Bitches Brew by Crosses (†††)(2014)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Bitches Brew」は、Crosses (†††)が2014年に発表したセルフタイトルのデビューアルバム『††† (Crosses)』に収録された楽曲であり、官能と不穏、信仰と呪詛が絡み合う“夜の儀式”のような世界観を描き出したダーク・エレクトロの象徴的ナンバーである。

曲名の「Bitches Brew」は、マイルス・デイヴィスが1970年に発表した実験的ジャズ作品と同名であるが、ここでの用法はその直接的オマージュというよりも、“魔女の秘薬”や“妖しき混合物”のような意味合いを強く持っている。
本作において“brew(煮出されたもの)”は、欲望、迷信、毒性、そして人間の奥底に眠る衝動が複雑に煮詰められた暗喩として機能しており、「bitches(魔女、女たち)」という語と組み合わせることで、女神性と悪魔性が同居するイメージが提示される。

この曲は、恋愛や性の側面から解釈することもできるが、それ以上に呪術的、超自然的な儀礼のような空気を持ち、“引き込まれていく側”の視点で語られる陶酔と崩壊の物語とも言える。

2. 歌詞のバックグラウンド

Crosses (†††)は、Deftonesのフロントマンチノ・モレノ(Chino Moreno)、元-Farのギタリストショーン・ロペス(Shaun Lopez)、および初期メンバーであるチャック・ドゥーム(Chuck Doom)によって結成されたプロジェクトであり、オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ、ゴシック、エレクトロニカの融合体として独自の音世界を築いている

「Bitches Brew」は、その中でも特にエレクトロニックなビートとダークウェイヴ的質感、チノの退廃的かつ耽美なボーカルが交錯する1曲であり、聴く者を引き込む“魔術的な魅惑”のような感覚が強い。

チノ・モレノの歌詞は一貫して身体性と霊性、現実と幻覚のあいだを揺らぐ感情を描いており、「Bitches Brew」もまたその延長線上にある。ここでの“魔女”たちは、単なる他者ではなく、自分の内面に棲む破壊的欲望や快楽の象徴とも受け取ることができる。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“She’s in my head again / She knows where I sleep”
彼女がまた 俺の中にいる
俺の眠る場所を知っているんだ

“She crawls inside my veins / And takes control of me”
彼女は俺の静脈の中に忍び込み
俺を支配する

“She’s got the poison touch / She’ll always make you bleed”
彼女の指先は毒にまみれてる
いつだって お前を血まみれにするだろう

“Just like a bitches brew / She keeps me wanting more”
まるで“魔女の秘薬”のように
彼女は俺に もっと欲しがらせる

※ 歌詞引用元:Genius

4. 歌詞の考察

「Bitches Brew」が描くのは、性的誘惑の物語であると同時に、精神的支配の譬喩でもある。
「She’s in my head again(彼女がまた俺の中にいる)」という冒頭のラインは、文字通りの関係を超えて、ある種の“侵食”や“寄生”を思わせる

彼女は「俺の眠る場所を知っている」、つまり無意識や夢の領域にまで入り込んでくる存在であり、明確な拒絶や拒否ができない。
彼女の支配は甘美でありながら、有害でもある。「poison touch(毒のある触れ方)」「make you bleed(血を流させる)」といった表現は、快楽と痛みが表裏一体であることを示している

また、「Just like a bitches brew」というリフレインには、その中毒性、抗えなさ、そしてそれを求めてしまう哀しみが込められている。
この「brew(秘薬)」は、薬草の煎じ汁ではなく、**欲望・悪徳・依存・カルト的信仰が入り混じった現代的“ポーション”**とも言えよう。

Crossesの世界観において、こうした“彼女”の存在は、しばしば自己の奥底に眠る危険な魅力の象徴であり、それに飲み込まれながらも抗えない自己認識の物語となっている。
したがってこの曲は、表面上のラブソングではなく、**“自我の崩壊を見つめる自己との対話”**として読むことができる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Digital Bath” by Deftones
     官能と暴力が曖昧に混ざり合う、チノ・モレノの美学の原点とも言える一曲。
  • Strangers” by Portishead
     痛みと欲望がサイケデリックに漂う、トリップホップの名曲。
  • “Closer” by Nine Inch Nails
     性と支配の欲望が破滅的に爆発するインダストリアル・ラブソング。
  • Genesis” by Grimes
     神秘と未来感が融合する、夢のようで不穏なエレクトロニカ。
  • “Cherry-coloured Funk” by Cocteau Twins
     言葉が意味を超え、感覚と感情が渦巻く夢幻的ポップの名作。

6. 魔女の秘薬、自己の崩壊——「Bitches Brew」に漂う魅惑と破滅の境界

「Bitches Brew」は、CrocodilesやDeftonesといった90年代以降の退廃美学の延長線上にある現代的ノワール・ポップの象徴であり、
それは欲望に酔いながら、自己を壊していく過程を、美しくも残酷に描く儀式である。

Crosses (†††)はこの曲で、性的かつ霊的な“支配される快楽”を歌いながら、それが逃れられない運命であることを淡々と受け入れている
その態度はどこか宗教的ですらあり、恋愛と信仰、破滅と救済の境界が曖昧になる場所を見せてくれる。

「Bitches Brew」は、音という名の秘薬であり、“深く沈むことでしか得られない理解”を、闇のなかに静かに囁きかけてくる詩なのだ。

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