
1. 楽曲の概要
「Bitches Brew」は、アメリカのエレクトロニック・ロック・プロジェクト、Crosses、表記上は†††による楽曲である。2013年11月に公開され、2014年2月11日にSumerian Recordsからリリースされたセルフタイトルのデビュー・アルバム『†††』に収録された。同作では「This Is a Trick」「Telepathy」に続く3曲目に置かれている。楽曲の表記では、Crossesらしく文字の一部を十字記号に置き換えた「Bi†ches Brew」とされることもある。
Crossesは、DeftonesのChino Moreno、FarのShaun Lopez、Chuck Doomによって結成されたプロジェクトである。Deftonesがヘヴィロック、オルタナティヴ・メタル、シューゲイザー的な重さを併せ持つバンドであるのに対し、Crossesではよりエレクトロニックで、ダークウェイヴ、ドリーム・ポップ、トリップホップ、ゴシック・ポップに近い音像が前面に出る。Chino Morenoの声の官能性や浮遊感は共通しているが、ギターの重さよりも、シンセ、ビート、空間的な処理が重要になる。
「Bitches Brew」は、アルバム『†††』の中でも特に暗く、儀式的なムードを持つ曲である。タイトルはMiles Davisの1970年のアルバム『Bitches Brew』を想起させるが、Crossesの曲はジャズ・フュージョンではなく、ダークで電子的なロックである。ここでの「brew」は、何かが煮え立ち、混ざり合い、形を変えていく感覚を示す言葉として機能している。曲の中でも、狼、月、炎、獣、変身といったイメージが登場し、身体と欲望が不穏に変化していく。
ミュージック・ビデオはRaul Gonzoが監督し、2013年11月に公開された。アルバム『†††』は、2011年と2012年にリリースされたEPの楽曲と新曲をまとめた作品であり、「Bitches Brew」はその新曲群の一つとして位置づけられる。Crossesのサウンドが、単なるChino Morenoのサイド・プロジェクトではなく、独自のダーク・ポップとして成立していることを示した楽曲である。
2. 歌詞の概要
「Bitches Brew」の歌詞は、夜、月、狼、炎、獣、変身をめぐるイメージで構成されている。語り手は誰かの中に潜むものが目覚める瞬間を見つめている。相手はただの恋愛対象ではなく、内側に別の存在を抱えている人物として描かれる。その内側の存在は、欲望、獣性、トラウマ、衝動、あるいは性的なエネルギーとして読むことができる。
曲は、相手が「変わる」瞬間に焦点を当てている。月が昇り、狼が現れ、炎が上がり、何かが身体の中で動き出す。これらのイメージは、ホラー映画やゴシック文学の語彙に近い。人間の中にある獣性や隠された欲望が、夜の儀式の中で表面化するような構図である。
ただし、歌詞は物語をはっきり説明しない。誰が誰を支配しているのか、これは恋愛なのか、性的な関係なのか、精神的な変容なのかは曖昧である。Crossesの歌詞では、この曖昧さが重要である。言葉は明確な筋を作るよりも、サウンドの暗い質感と結びつき、聴き手に映像的な印象を残す。
サビでは、炎や空に投げられる形、泣きながら近づいてくる相手の姿が歌われる。そこには陶酔と苦痛が同時にある。相手の変化を見たいという欲望と、その変化が危険なものであることへの不安が重なっている。「Bitches Brew」は、ロマンティックな曲というより、欲望の中にある暴力性や変身願望を描いた曲だといえる。
3. 制作背景・時代背景
Crossesは2011年に最初のEP『EP 1』を発表し、2012年に『EP 2』を続けた。その後、2014年にセルフタイトルのフル・アルバム『†††』を発表した。このアルバムには、過去のEP曲のリマスター版と、新たに制作された楽曲が含まれている。「Bitches Brew」は、アルバム発表に先立って公開された新曲の一つであり、2013年11月にはミュージック・ビデオも公開された。
この時期のChino Morenoは、Deftonesだけでなく、Team Sleep、Palms、Crossesなど複数のプロジェクトで活動していた。Deftonesではヘヴィなバンド・サウンドの中で声を鳴らしていたが、Crossesではよりミニマルで、電子的で、夜の空気を持つ音楽へ向かっている。Chino自身はCrossesについて、Deftonesとは違う、より落ち着いたもの、普段聴く音楽に近いものとして語っている。
Shaun Lopezの役割も非常に大きい。彼はギターだけでなく、プロダクション、エンジニアリング、ミックスにも深く関わっている。Crossesの音は、単にバンド演奏を録音したものではなく、シンセ、ギター、ビート、空間処理を細かく組み合わせたスタジオ作品である。「Bitches Brew」でも、低音、電子音、声の残響が、曲の暗い儀式性を作っている。
2010年代前半には、ウィッチハウス、ダークウェイヴ、トリップホップ再評価、インディーR&B、シンセポップの暗い系譜が交差していた。Crossesはその時代の中で、ヘヴィロック出身のアーティストが、電子的でゴシックなポップへ接近した例として位置づけられる。「Bitches Brew」は、Deftones的な重さを直接鳴らすのではなく、その重さを影として残しながら、より冷たい電子音の中へ移した曲である。
4. 歌詞の抜粋と和訳
As the moon ascends
和訳:
月が昇ると
この冒頭の一節は、曲全体のゴシックな雰囲気を作る。月は、変身、夜、狼、隠された欲望を連想させる。ここでは日常の時間ではなく、別の力が働き始める時間が示されている。
The wolves come out
和訳:
狼たちが現れる
狼は、抑えられた本能や獣性の象徴として機能する。曲の中では、外から来る危険であると同時に、相手の内側に潜むものを呼び覚ます存在のようにも聞こえる。
Say something, pray for something
和訳:
何か言ってくれ、何かを祈ってくれ
このフレーズは、曲の終盤で強い反復として現れる。語り手は相手に言葉や祈りを求めているが、それは救済のためなのか、儀式を完成させるためなのか曖昧である。言葉を求めながら、曲は言葉では解決できない状態へ深く入っていく。
歌詞の権利はCrossesおよび各権利者に帰属する。本稿では批評・解説の目的で、必要最小限の短いフレーズのみを引用した。
5. サウンドと歌詞の考察
「Bitches Brew」のサウンドは、Crossesの美学を非常にわかりやすく示している。まず重要なのは、低く沈んだビートとシンセの暗い質感である。曲はロック・バンドの勢いで進むのではなく、電子的なリズムと厚い空間処理によって、ゆっくりと圧力を高めていく。リズムにはトリップホップ的な粘りがあり、夜のクラブというより、閉じられた部屋の中で鳴る儀式音楽のような感覚がある。
ギターは、Deftonesのように前面で重いリフを鳴らすのではなく、音の影として配置される。Shaun Lopezのギターは、輪郭のはっきりしたロック・リフというより、シンセやノイズと溶け合う質感を重視している。これにより、曲全体はヘヴィでありながら、金属的な直接性ではなく、煙のような重さを持つ。
Chino Morenoのボーカルは、曲の中心である。彼の声はDeftonesでも官能性と緊張を同時に持つが、Crossesではそれがより露骨に前面へ出る。「Bitches Brew」では、声は低く滑らかに始まり、サビや終盤で徐々に切迫する。囁き、祈り、誘惑、命令の間を行き来するような歌唱であり、歌詞の中の変身や獣性と深く結びついている。
この曲で特徴的なのは、サウンドが明確なカタルシスへ向かわない点である。多くのロック曲であれば、サビでギターが爆発し、感情が解放される。しかし「Bitches Brew」では、解放よりも緊張の持続が重視される。炎、狼、変身、祈りといったイメージが重なっても、曲は完全に明るい場所へ出ない。むしろ、暗い場所の中でさらに深く沈んでいく。
タイトルの「Bitches Brew」は、Miles Davisの名盤との関係を完全に無視することはできない。もちろん、音楽的には直接的なジャズ・フュージョンではない。しかし、何か異質なものが混ざり合い、熱を持ち、予測不能な形へ変化するという意味では、タイトルの感覚は曲に合っている。Crossesの「brew」は、電子音、ロック、ゴシック、欲望、ホラー的な映像が混ざる鍋のようなものだ。
アルバム『†††』の中で見ると、「Bitches Brew」は初期のEP曲と新曲群をつなぐ重要な位置にある。「This Is a Trick」や「Telepathy」がCrossesのメロディアスでダークな入口を示した後、この曲はより儀式的で身体的な方向へ進む。以後の「Thholyghst」や「Trophy」へ続く流れの中で、アルバムの暗い色調を決定づけている。
Deftonesの楽曲と比較すると、この曲の性格はより明確になる。たとえば「Digital Bath」や「Change (In the House of Flies)」には、官能性と不穏さが同時にある。「Bitches Brew」はその要素を、ヘヴィなバンド・サウンドから切り離し、電子的な闇の中へ移した曲だといえる。Chino Morenoの声の魅力は共通しているが、Crossesではその声がより冷たく、より儀式的に響く。
一方で、Crossesは単なるDeftonesの別形態ではない。Chuck Doomの低音感覚、Shaun Lopezのプロダクション、電子的なリズムの扱いによって、曲はダークウェイヴやシンセポップの領域にも近づいている。「Bitches Brew」は、ヘヴィロックのリスナーにも、暗いエレクトロニック・ポップのリスナーにも届く中間地点にある。
歌詞とサウンドの関係では、「目覚める」という主題が重要である。曲中では、相手の中の何かが目覚める。その目覚めは、救済ではなく、危険な変身に近い。サウンドも同じように、静かなビートから始まり、少しずつ内側の獣を呼び起こすように膨らんでいく。最後の「Say something, pray for something」の反復は、儀式のクライマックスとして機能する。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Telepathy by Crosses (†††)
『†††』収録曲で、Crossesのメロディアスで官能的な側面がよく出ている。「Bitches Brew」よりも少し開けたサビを持つが、暗いシンセ、滑らかなボーカル、夜の質感は共通している。Crossesの入口として聴きやすい曲である。
- Thholyghst by Crosses (†††)
同じアルバムに収録された、よりスロウで幽霊的なムードを持つ楽曲である。「Bitches Brew」の儀式的な暗さが好きな人には相性がよい。Chino Morenoの声が、電子的な残響の中でより深く響く曲である。
- Option by Crosses (†††)
初期EPからの代表曲で、Crossesのドリーム・ポップ寄りの美しさが表れている。「Bitches Brew」ほど獣性は強くないが、暗いロマンティシズムとエレクトロニックな質感が共通している。プロジェクトの静かな側面を知るのに適している。
- Digital Bath by Deftones
Chino Morenoの官能的で不穏なボーカル表現を理解するうえで重要な曲である。「Bitches Brew」よりもバンド・サウンドは重いが、欲望、危うさ、夢のような音像が共通している。CrossesとDeftonesをつなぐ比較対象として聴きたい。
- Tear You Apart by She Wants Revenge
ダークウェイヴ、ポストパンク、性的な緊張を持つ楽曲として相性がよい。「Bitches Brew」よりもロック寄りで直線的だが、低いビート、暗い欲望、ゴシックなムードが近い。Crossesのダーク・ポップ性が好きな人に向いている。
7. まとめ
「Bitches Brew」は、Crosses (†††) のセルフタイトル・アルバムに収録された、プロジェクトのダークで儀式的な側面を代表する楽曲である。Chino Moreno、Shaun Lopez、Chuck Doomによる音楽は、Deftonesのヘヴィネスをそのまま持ち込むのではなく、電子音、低いビート、ゴシックなムードへと変換している。
歌詞では、月、狼、炎、獣、変身といったイメージが使われる。人間の中に眠るものが目覚める瞬間が描かれており、そこには欲望、恐怖、陶酔、支配が混ざっている。物語は明確ではないが、映像的な断片が曲の暗い世界を作っている。
サウンド面では、トリップホップ的なビート、ダークウェイヴ的なシンセ、抑制されたギター、Chino Morenoの声が一体となる。曲は爆発的なロックのカタルシスへ向かわず、緊張を持続させたまま深く沈む。その持続する不安こそが、「Bitches Brew」の魅力である。
Crossesは、Chino Morenoのサイド・プロジェクトとして語られることが多い。しかし「Bitches Brew」を聴くと、このプロジェクトが独自の美学を持っていることがわかる。ヘヴィロックの影を残しながら、電子的で官能的な闇へ進む。その方向性を最も強く示した一曲だといえる。
参照元
- Spotify – Bitches Brew by Crosses
- Amazon Music – Bitches Brew by Crosses
- Apple Music – Bitches Brew by ††† (Crosses)
- Loudwire – Chino Moreno’s Crosses Unveil Video for Bitches Brew
- Blow The Scene – Crosses release Bitches Brew music video
- Rockin’on – Deftonesのチノ・モレノの†††、新曲Bitches BrewのMVを公開
- Dork – Bitches Brew by Crosses Track Profile
- Lyricstranslate – Crosses Bitches Brew Lyrics
- Wikipedia – Crosses album

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