
発売日:2014年2月11日
ジャンル:Electronic Rock / Alternative Rock / Darkwave
概要
Crosses (†††)は、DeftonesのChino Moreno、FarのShaun Lopez、Chuck DoomによるプロジェクトCrosses(†††)が2014年に発表したデビュー・アルバムである。2011年のEP †、2012年のEP ††に収録された楽曲を中心に、新曲を加えて15曲のアルバムへ再構成した作品で、Crossesがそれまで断片的に提示してきた音楽性をまとめて聴ける内容になっている。
Deftonesとの最大の違いは、ヘヴィなギター・リフをサウンドの中心に置いていないことだ。LopezとDoomが作るシンセサイザー、プログラミング、低く沈むベース、細かな電子ビートの上に、必要な場面だけギターが加わる。1980年代のダークウェイヴやニューウェイヴ、トリップホップ、ドリーム・ポップ、インダストリアルなどを思わせる要素があるが、過去のジャンルをそのまま再現するのではなく、2010年代らしい低音の強いプロダクションへまとめている。
Morenoの歌唱も重要である。ささやきに近い低い声、息を多く含む高音、突然力を増すサビを使い分け、歌詞では欲望、信仰、罪、死、依存といったイメージを繰り返す。ただし宗教的な記号は特定の教義を語るためというより、官能性や危険を強める視覚的・言語的なモチーフとして使われることが多い。暗さと甘さを分離せず、親密なポップソングの中に不穏な感覚を残すことが、このプロジェクトの基本的な美学である。
全曲レビュー
1. 「This Is a Trick」
低くうなる電子音と機械的なビートが空間を作り、その上へMorenoの柔らかな声が浮かぶ。ヴァースでは音数を抑える一方、サビではギターとシンセが厚くなり、静かな誘惑が突然大きな感情へ変わる。タイトルにある「trick」は、相手や状況を完全には信用できない感覚を残し、官能性と警戒心が同居する。Crossesの暗い電子音とポップなメロディを一曲で示すオープナーだ。
2. 「Telepathy」
直接言葉を交わさなくても相手とつながれるという発想を、反復するビートと浮遊するシンセで表現する。Morenoは声を強く押し出さず、耳元で歌うような距離を保つため、曲全体に秘密の通信のような親密さが生まれる。メロディは非常に明快だが、背景では電子音が細かく出入りしており、単純なシンセポップにはならない。
3. 「Bitches Brew」
Miles Davisのアルバムを思わせる題名を持つが、音楽はジャズの再現ではなく、重い低音と粘るビートを使ったダークなエレクトロニック・ロックである。Morenoの声はヴァースで抑えられ、サビに入ると広いコーラス処理によって急に大きく感じられる。欲望と危険が接近した歌詞のイメージも含め、Crossesの楽曲の中でも特に妖しい身体性を持つ。
4. 「Thholyghst」
「holy ghost」を崩したような表記から、宗教的な言葉と人工的な記号を混ぜるCrossesの美学がよく見える。シンセは明るく開かず、暗い和音を長く伸ばし、その下でビートが一定の緊張を保つ。Morenoの歌も祈りのような響きを帯びるが、救済を明確に求める宗教歌ではない。聖性と欲望を曖昧に重ねることで、不安定な精神状態を作っている。
5. 「Trophy」
所有や獲得を連想させるタイトルに対して、曲は勝利を祝うようには進まない。相手を「手に入れる」ことと、本当に親密な関係を築くことの違いを思わせる不穏さがあり、Morenoの抑えた歌唱がその距離を強める。リズムは比較的簡潔で、背景のシンセとギターが少しずつ厚くなるため、音量の急変ではなく密度の変化によってサビを大きく聞かせている。
6. 「The Epilogue」
題名は「終章」だがアルバムの前半に置かれ、通常の物語の順序を意図的に崩す。明るさを含んだシンセと覚えやすいボーカル・メロディによって、本作では特にポップな入口を持つ曲である。その一方、歌詞には関係の終わりを予感させる感触があり、音の開放感と内容が完全には一致しない。暗いサウンドだけに頼らず、明るい音色にも喪失を置けることを示している。
7. 「Bermuda Locket」
バミューダとロケットという二つの言葉を組み合わせた題名からして、現実と幻想の境界が曖昧である。低いビートの上を電子音が漂い、Morenoの声も前へ強く出るよりサウンドの一部として溶け込む。何かを保存するロケットという物のイメージは記憶や執着を連想させ、曲全体にも過去から完全には離れられないような感触が残る。
8. 「Frontiers」
アルバム中盤でテンポと推進力を上げ、閉ざされた室内のようだった前半から視界を広げる。ビートは比較的直線的で、シンセも上方向へ広がるため、タイトルにある「境界」やその先へ進む動きが音から感じられる。ただしMorenoの声にはいつもの陰りがあり、完全な解放にはならない。明るさと不安を同時に維持できるCrossesのポップ感覚がよく表れた曲だ。
9. 「Prurien†」
「prurient」を変形させた題名は、性的な欲望や覗き見るような関心を連想させる。曲もその意味に合わせ、低音と電子ビートを近い距離で鳴らし、Morenoの息を含んだ声によって閉鎖的な官能性を作る。大きなロック・サビへ逃げず、反復するリズムの中で緊張を保つため、欲望が解放されるというより、頭の中で長く循環しているように聞こえる。
10. 「†elepa†hy」
「Telepathy」を別表記で呼び戻す短い断片で、アルバムの中に反復と記憶の感覚を作る。独立した新曲として展開するより、以前聞いた素材を加工して再提示することで、Crossesの世界が一直線には進まないことを示す。電子音楽では同じ素材をリミックスして別の意味を作る方法が多用されるが、ここではそれをアルバム構成そのものに組み込んでいる。
11. 「Option」
ピアノを中心にした穏やかな導入が、それまでの電子的な質感から大きく離れる。Morenoの歌唱も特に素直で、愛情と献身を正面から伝えるメロディが中心になるため、本作では珍しいバラードとして際立つ。それでも背景には薄い電子音が残り、完全なアコースティック曲にはしない。暗い欲望を描いてきた作品の中で、親密さをより温かな形で提示する転換点である。
12. 「Nineteen Ninety Four」
年号を題名にすることで、具体的な記憶や過去への視線を感じさせる。電子音はどこか遠くで鳴っているように処理され、現在の出来事というより、時間を隔てて過去を見返すような空間を作る。Morenoの歌詞は詳細な回想録にはならず、断片を残すことで聞き手の想像を許す。ノスタルジアを明るい懐古ではなく、戻れない時間への距離として表した曲だ。
13. 「†」
記号だけをタイトルにした短いインタールードで、Crossesというプロジェクトそのものの象徴を楽曲名にしている。メロディ中心の曲から離れ、音響や雰囲気を優先することで終盤への区切りを作る。十字架の記号は作品全体で宗教、死、禁忌、美しさを曖昧に結びつけてきたが、ここでも特定の意味を説明せず、記号そのものを余白として残している。
14. 「Blk Stallion」
「Black Stallion」を省略した題名に合わせ、力強く暗い低音が中心となる。馬のイメージには速度や野性を連想させる部分があり、リズムも終盤で再び身体的な推進力を取り戻す。ギターを全面に押し出さなくても十分な重量があり、CrossesがDeftonesとは異なる方法で「重さ」を作っていることが分かる。歪みより低音と反復を使う点が重要である。
15. 「Death Bell」
最後は死を告げる鐘という明確に不吉な題名を置く。低く沈んだ音像とMorenoの静かな声によって、巨大なクライマックスではなく徐々に暗闇へ消えるような終わり方を選んでいる。アルバムを通して現れた信仰、欲望、親密さ、死のイメージがここで再び近づくものの、一つの物語として解決はされない。甘いメロディの後ろに常に死や喪失を置いてきた作品にふさわしい余韻である。
総評
Crosses (†††)の大きな特徴は、「重い音楽」をギターの音圧だけで作らないことにある。低く沈むシンセ、サブベース、乾いた電子ビート、広い残響を組み合わせ、必要なところだけギターを加える。そのためDeftonesと同じMorenoの声が聞こえても、身体に伝わる重量の作り方はかなり違う。ロック・バンドの演奏を電子音で飾るのではなく、電子音そのものが曲の骨格になっている。
そこへMorenoの声が入ることで、冷たい機械音に人間的な揺れが加わる。彼は叫びを抑え、ささやきやファルセットを多く使うため、CrossesではDeftones以上にR&Bやドリーム・ポップへ近いメロディ感覚が見えやすい。「Option」のようなバラードから「Bitches Brew」の暗い官能性まで、歌唱の強さより距離感を調整することで曲を変化させている。
一方、もともと二枚のEPとして発表された曲を多く含むため、15曲のアルバムとしては似たテンポや暗い音色が続く箇所もある。明確なコンセプト・ストーリーで全曲を束ねる作品でもない。しかし「†elepa†hy」のような再提示や短いインタールードを挟み、同じ音やイメージが繰り返し戻ることで、断片を一つの空間へまとめている。宗教的な記号についても意味を固定しないことが、むしろ作品全体の謎めいた感触につながった。
2010年代前半には、インディーR&B、ダークウェイヴ、シンセポップ、エレクトロニックなオルタナティヴ・ロックの境界が大きく曖昧になっていた。本作はその流れと自然に接続しながら、MorenoとLopezがヘヴィ・ロックで培った音の重量感を持ち込んでいる。サイド・プロジェクトとして本体の音を薄めるのではなく、Morenoのメロディや官能性を別の制作方法から引き出したことが、Crosses (†††)を独立した作品として成立させている。
おすすめアルバム
Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.
2023年作。初作のダークな電子音を受け継ぎながら、シンセポップ、インダストリアル、R&Bの輪郭をさらに明確にした。Crossesが独立したユニットとして発展した姿を確認できる。
Koi No Yokan by Deftones
2012年作。巨大なギターと浮遊するシンセの間でMorenoの柔らかな歌声を生かしており、Crossesと近い時期の作品である。同じボーカリストが異なる「重さ」をどう使い分けるかが分かる。
White Pony by Deftones
2000年作。オルタナティヴ・メタルへアンビエント、電子音、ニューウェイヴ的な陰影を取り込み、Morenoの官能的な歌唱を広げた作品。Crossesへ至る重要な音楽的な前段階として聞ける。
Mezzanine by Massive Attack
1998年作。巨大な低音、遅いビート、暗い電子音と親密なボーカルから、閉鎖的で官能的な空間を作る。ロック的な重量を電子プロダクションへ置き換える方法で本作と強く響き合う。
Violator by Depeche Mode
1990年作。シンセサイザーを中心にしながらギターや生々しい声を効果的に配置し、欲望、信仰、罪を暗いポップソングへ変えた作品である。Crossesの宗教的な記号と官能性、簡潔な電子ビートの組み合わせを考えるうえで重要な比較対象になる。

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