
1. 歌詞の概要
Thholyghstは、Crosses、表記としては†††の初期を象徴する楽曲のひとつである。
2011年にセルフリリースされたEP 1に収録され、のちに2014年のセルフタイトル・アルバム†††にも収められた。メンバーはDeftonesのChino Moreno、FarのShaun Lopez、そしてChuck Doom。暗く艶のあるエレクトロニック・ロックを、宗教的な記号と官能的なムードで包み込むプロジェクトである。
タイトルのThholyghstは、holy ghostを思わせる造語的な表記だ。
Holy Ghostは、キリスト教における聖霊を指す言葉である。だが、この曲ではそれがそのまま清らかな信仰のイメージとして響くわけではない。むしろ、聖なるものと不吉なものが混ざった、甘くて暗い霧のような言葉になっている。
曲の歌詞には、夢、憑依、身体、密室、誘惑の気配がある。
誰かの夢の中に入り込み、そこに残り続ける。触れてはいけないものに触れる。近づくほどに境界が曖昧になっていく。Thholyghstで描かれる関係は、明るい恋愛ではない。もっと湿っていて、夜に近く、どこか危険である。
愛というより、取り憑くこと。
抱きしめるというより、侵入すること。
救いというより、忘れられない幻になること。
そうした感覚が曲全体に漂っている。
Chino Morenoの歌声は、この曲で非常に重要な役割を果たしている。彼の声はもともと、囁きと叫び、官能と破壊、透明感とざらつきのあいだを自在に行き来する。Deftonesでもその魅力は大きいが、Crossesではより冷たく、より近く、より影の濃い場所で響く。
Thholyghstでは、その声がまるで暗い部屋の隅から聞こえてくるようだ。
近いのに、姿が見えない。
優しいのに、安心できない。
その二重性が、曲の歌詞と強く結びついている。
サウンドは、重いギターで押し切るロックではない。電子的なビート、沈み込む低音、空間を漂うシンセ、冷たい質感のギターが組み合わさり、夜の病院の廊下のような無機質な美しさを作っている。
そこにChinoのヴォーカルが入り、曲は一気に体温を帯びる。
冷たい音の中に、熱を持った声がある。
そのコントラストこそ、Thholyghstの魅力である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Crossesは、Chino Moreno、Shaun Lopez、Chuck Doomによるプロジェクトとして2011年に動き出した。
EP 1は2011年8月2日にデジタルでセルフリリースされ、Thholyghstはその中の4曲目に収録されている。EP 1にはThis Is a Trick、Option、Bermuda Locket、Thholyghst、Crossが収められ、のちのセルフタイトル・アルバム†††にもその楽曲群が再収録された。
2014年のアルバム†††では、Thholyghstは4曲目に配置されている。アルバムはそれまでのEP楽曲を中心に構成され、Crossesの初期美学を一枚にまとめた作品となった。
Crossesのサウンドは、しばしばウィッチハウス、エレクトロニック・ロック、ダークウェイヴ的な文脈で語られる。
ただし、彼らの音楽をひとつのジャンルに閉じ込めるのは難しい。Deftonesのようなヘヴィネスを期待すると、少し違う。ここにあるのは、音の重さというより、空気の重さである。
ギターは鳴っている。
だが、主役は歪みの暴力ではない。
むしろ、低く沈む電子音、夜のネオンのようなシンセ、肌に近いヴォーカルが作る、密室的なムードが中心にある。
Chino Morenoは、Deftonesでラウドロック、オルタナティヴ・メタル、シューゲイズ的な浮遊感を融合させてきたヴォーカリストである。一方、Shaun LopezはFarでポストハードコアやオルタナティヴ・ロックの文脈を歩んできたミュージシャンであり、Crossesではギター、キーボード、プロダクション面で大きな役割を担っている。
Thholyghstは、そのふたりの感性が非常に濃く出ている曲だ。
Chinoの声が持つ濡れた官能性。
Shaun Lopezの作る、冷たく整えられた音像。
Chuck Doomの低音が生む、暗い床のような安定感。
それらが重なり、曲は聖と俗のあいだへ沈んでいく。
Crossesという名前自体も象徴的である。
十字架を意味するCrossに、複数形のsがつく。さらに表記は†††。宗教的な記号を使いながら、そこに明確な信仰告白があるわけではない。むしろ、宗教的なイメージが持つ美しさ、恐れ、儀式性、死の匂いを、ポップソングやロックの中に持ち込んでいる。
Thholyghstというタイトルも、その美学の延長にある。
聖霊のようであり、幽霊のようでもある。
救いの象徴のようであり、取り憑くもののようでもある。
この曖昧さが曲の入口になっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲の引用にとどめる。
Here on this stainless table
このステンレスの台の上で。
この一節は、非常に冷たいイメージを持っている。
ステンレスという言葉には、清潔さ、無機質さ、医療的な感触、そしてどこか死体安置所のような不穏さがある。温かいベッドではない。やわらかなソファでもない。金属の表面に身体が置かれているような、ひんやりとした景色が浮かぶ。
恋愛の歌であれば、普通は温度のある場所が選ばれる。
部屋。
車。
ベッド。
街角。
けれどThholyghstは、冷たい台から始まる。
この時点で、曲はただのラブソングではなくなる。身体があるのに、生命感が遠い。欲望があるのに、どこか臨床的である。官能と無機質がぶつかることで、独特の緊張感が生まれている。
haunt your dreams
あなたの夢に取り憑く。
この短いフレーズは、Thholyghstの核心に近い。
ここでの愛は、相手のそばにいることではない。相手の眠りの中に入り込み、意識の奥に残ることだ。つまり、現実の関係よりもさらに深い場所、無防備な夢の領域へ侵入していく。
夢に出てくる人は、現実の人よりも厄介である。
会わなければ忘れられる、というわけにはいかない。眠った瞬間に現れる。自分の意思では追い払えない。忘れたいのに、潜在意識が勝手に呼び戻してしまう。
Thholyghstの語り手は、そのような存在になろうとしている。
優しい恋人というより、甘い幽霊。
救う存在というより、離れられなくする存在。
タイトルのThholyghstは、このフレーズによってさらに意味を増す。
聖なる霊ではなく、欲望の幽霊。
祈りの対象ではなく、夢に染み込む影。
その不気味な美しさが、この曲を忘れがたいものにしている。
4. 歌詞の考察
Thholyghstの歌詞を考えるうえでまず大切なのは、この曲が愛を清らかなものとして扱っていない点である。
愛は救いになることもある。
だが同時に、人を縛ることもある。
誰かを思う気持ちは、美しくもあるが、相手の内側に入り込みたいという欲望にもなる。見られたい。覚えていてほしい。忘れられたくない。夢の中にまで残りたい。
この曲が描くのは、そうした愛の暗い側面である。
ただし、Crossesはそれを露骨な言葉だけで表現しない。宗教的なイメージ、幽霊のイメージ、医療的で無機質な質感を混ぜることで、欲望をまるで儀式のように見せている。
そこが面白い。
Thholyghstの世界では、身体的な親密さと霊的な侵入が重なっている。
誰かの身体に近づくこと。
誰かの夢に入り込むこと。
誰かの記憶に残ること。
それらが、ほとんど同じ意味を持っているように聞こえる。
これはとてもCrossesらしい感覚だ。
彼らの音楽には、直接的な肉体感と、霊的な冷たさが同時に存在する。Chino Morenoの声は官能的だが、サウンドはしばしば無機質である。甘く歌っているのに、背景には冷たい電子音がある。包み込まれるようでいて、どこか監視されているような感覚もある。
Thholyghstは、その二重性が特に濃い。
歌詞の語り手は、相手を安心させようとしているようにも聞こえる。だが、その言葉の奥には支配的な気配もある。夢に取り憑くという表現はロマンティックでありながら、不穏でもある。
ここに、この曲の危うさがある。
愛しているから忘れないでほしい。
それは自然な願いかもしれない。
だが、忘れさせない、となると話は変わる。
Thholyghstは、その境界線の上に立っている。
聴き手は、語り手に惹かれる。声は甘い。メロディは美しい。サウンドは深く沈み、夜の空気のように魅惑的だ。
けれど、完全には信頼できない。
この人に身を任せていいのか。
この夢に入っていいのか。
その迷いが、曲の緊張感を作っている。
また、タイトルの綴りにも注目したい。
Thholyghstという表記は、普通のHoly Ghostからずれている。Crossesらしい†記号の美学ともつながる、少し歪められた聖性である。
正しい宗教用語ではない。
清らかな賛美歌でもない。
聖なるものを思わせながら、そこにノイズや歪みを入れる。
この歪みが、曲そのものの性質を表している。
聖なるものは、ここでは汚されているのかもしれない。
あるいは、最初から聖と汚れは切り離せないものとして描かれているのかもしれない。
Crossesの音楽には、しばしばこうした反転がある。十字架、祈り、儀式、死、夢、身体。そうしたイメージが、クラブミュージックやインダストリアル、オルタナティヴ・ロックの質感と混ざり合う。
Thholyghstでは、それがかなりコンパクトにまとまっている。
曲の構造は、そこまで複雑ではない。
だが、音の質感が濃い。
イントロから漂う暗い空気、低く脈打つリズム、シンセの冷たい光、ギターの陰影。そこにChinoの声が入ることで、曲はまるで夜の儀式のように立ち上がる。
この曲の魅力は、派手な展開ではなく、空気そのものにある。
大きなサビで一気に開けるというより、ずっと薄暗い部屋の中で、照明の色だけが少しずつ変わっていくような感覚だ。聴き手は曲の中で迷う。出口は見えているようで見えない。
そして、その迷いが心地よい。
Thholyghstは、快楽と不安を同時に鳴らす曲である。
気持ちいい。
でも怖い。
美しい。
でも冷たい。
近づきたい。
でも近づきすぎると戻れなくなる。
この感情の両立こそ、Chino Morenoが関わる音楽の大きな魅力でもある。Deftonesでも彼は、甘いメロディと重いサウンドを重ね、愛や欲望を単純なロマンスではなく、時に暴力的で、時に神秘的なものとして描いてきた。
Crossesでは、その要素がより電子的で、より夜の質感を持っている。
Thholyghstは、Deftonesのヘヴィさを期待する人にはやや静かに聞こえるかもしれない。だが、内側にある緊張は非常に強い。音圧で押しつぶすのではなく、空気で包み込む。叫びではなく、囁きで逃げ場をなくす。
この曲の怖さは、そこにある。
激しくないのに、強い。
大きくないのに、深い。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Bitches Brew by Crosses (†††)
Crossesの妖しい美学をさらにわかりやすく味わえる曲である。Thholyghstの暗い官能性が好きなら、Bitches Brewの湿ったグルーヴと不穏なメロディにも惹かれるはずだ。タイトルからして魔術的で、音の中にも夜の儀式のようなムードがある。
- Bermuda Locket by Crosses (†††)
Thholyghstよりも少し浮遊感が強く、夢の中を漂うような曲である。Crossesの冷たい電子音とChino Morenoの甘い歌声の組み合わせを堪能できる。暗い部屋でひとり聴くと、時間の感覚がゆっくり溶けていくような魅力がある。
- Digital Bath by Deftones
Chino Morenoの官能性と危うさを語るうえで外せない名曲である。美しいメロディと不穏な歌詞、静けさと暴力性の同居という点で、Thholyghstと深くつながっている。Crossesを入り口にChinoの世界へ入るなら、必ず聴いておきたい一曲だ。
- The Great Destroyer by Nine Inch Nails
電子的な冷たさとロックの身体性を結びつける感覚が、Crossesの音像にも近い。Thholyghstの無機質な質感や、内側からじわじわ侵食してくるような不安が好きな人には、Nine Inch Nailsの暗いエレクトロニック・ロックも響くだろう。
- Black Celebration by Depeche Mode
宗教的なムード、暗い祝祭感、シンセの冷たい美しさという点で、Crossesの源流のひとつとして聴ける曲である。Thholyghstにある、聖と不吉が混ざる感覚をよりクラシックなシンセポップの形で味わえる。
6. 聖なる幽霊としてのChino Morenoの声
Thholyghstを特別な曲にしている最大の要素は、やはりChino Morenoの声である。
彼の声は、常に複数の意味を持つ。
優しく聞こえる。
だが、その優しさの奥に危険がある。
官能的に聞こえる。
だが、その官能の奥に孤独がある。
祈っているように聞こえる。
だが、その祈りは救いに向かっているのか、破滅に向かっているのか、はっきりしない。
Thholyghstでは、その声がタイトル通り幽霊のように響く。
肉体を持っているようで、持っていない。
耳元にいるようで、どこにもいない。
夢の中に入り込んでくる声である。
この曲を聴いていると、ヴォーカルがメロディを歌っているというより、空間そのものに染み込んでいくように感じる。言葉は意味として届くだけでなく、湿度や温度として身体にまとわりつく。
Crossesのサウンドは、その声を最大限に活かすように作られている。
Deftonesでは、Chinoの声はしばしば巨大なギターの壁とぶつかる。叫び、囁き、メロディが、重いバンドサウンドの中で火花を散らす。
一方、Crossesでは、声の周りにもっと空間がある。
その空間は、決して明るく広々としているわけではない。むしろ、暗く、閉じていて、少し冷たい。だが、その余白があるからこそ、Chinoの声の細かな揺れがよく見える。
Thholyghstのサウンドには、ガラスのような質感がある。
触れれば冷たい。
強く押せば割れそう。
だが、そこに映るものは美しい。
電子音は硬く、リズムは抑制され、ギターは影を作る。全体として、曲はかなりスタイリッシュに整えられている。だが、その整った音像の中に、ヴォーカルだけが生々しく息をしている。
この対比がたまらない。
無機質な台の上に、熱を持った身体が置かれている。
歌詞の冒頭にあるステンレスのイメージは、まさに音そのものにも通じている。
冷たさと体温。
清潔さと欲望。
聖性と汚れ。
それらが、Thholyghstの中でひとつになっている。
この曲は、Crossesの初期作品の中でも、プロジェクトの美学をよく示している。彼らはラウドに叫ぶためのバンドではない。暗い部屋に光る十字架、深夜のクラブ、古い宗教画、映画の中の殺風景な手術室、夢に残る誰かの声。そうしたイメージを音にするプロジェクトである。
Thholyghstは、その世界への入口として非常に優れている。
曲名を見ただけで、何かが歪んでいることがわかる。
聴き始めると、もっと歪んでいることがわかる。
だが、その歪みは美しい。
Crossesの音楽における宗教的な記号は、信仰そのものというより、雰囲気と象徴として使われている。十字架、聖霊、祈りを思わせる言葉は、欲望や死や記憶と混ざることで、より複雑な意味を持つ。
Thholyghstの幽霊は、恐怖映画の幽霊ではない。
むしろ、忘れられない恋の記憶に近い。
いなくなったはずなのに、夢に出てくる。
触れられないのに、肌の感覚だけが残っている。
過去のはずなのに、今も部屋にいる。
そういう幽霊である。
この曲が描く取り憑きは、超自然現象というより、感情の現象なのだ。
人は誰かを忘れようとしても、完全には忘れられないことがある。音、匂い、言葉、場所、夢。そうしたものをきっかけに、相手は何度でも戻ってくる。現実にはもういないのに、心の中では生きている。
Thholyghstは、その感覚を暗く美しい形で鳴らしている。
だから、この曲は単なるセクシーなダーク・ロックではない。
記憶の曲でもある。
夢の曲でもある。
そして、消えないものの曲である。
サウンドの中で特に印象的なのは、曲全体が過剰に爆発しないことだ。大きく盛り上げることもできたはずだが、Crossesは抑制を選んでいる。熱があるのに、表面は冷えている。叫びたいのに、声は囁きに近い。
この抑制が、曲の色気を生んでいる。
何でも言い切ってしまうより、少し隠されているほうが強く残る。
Thholyghstは、その隠し方が非常にうまい。
歌詞の全体像を追うよりも、断片が残る。
ステンレスの冷たさ。
夢に取り憑く感覚。
逃げられない誘い。
暗い部屋。
十字架の影。
そうした断片が、曲を聴いたあとも頭の中に残り続ける。
まさに、幽霊のように。
Crossesは、Deftonesのサイドプロジェクトとして語られることが多い。もちろん、Chino Morenoの存在は大きい。だが、Thholyghstを聴けば、このプロジェクトが単なる余技ではないことがわかる。
ここには、Deftonesとは別の暗さがある。
別の官能がある。
別の静けさがある。
Deftonesが巨大な波や崩れる壁のような音を持つなら、Crossesは夜の水面に沈む光のような音を持つ。
Thholyghstは、その水面の下へゆっくり沈んでいく曲である。
浮かび上がることもできる。
でも、もう少し沈んでいたくなる。
その危うい快感が、この曲の核心にある。
聖なるものと不吉なもの。
愛と侵入。
夢と現実。
冷たさと体温。
Thholyghstは、それらの境目をぼかしながら、聴き手を暗い幻想の中へ連れていく。
そして曲が終わっても、その声だけがどこかに残る。
それこそが、この曲の名が示す幽霊なのだ。
参照元・引用元
- Thholyghstは2011年8月2日にセルフリリースされたEP 1に収録されている。ウィキペディア
- 2014年のセルフタイトル・アルバム†††では、Thholyghstは4曲目として収録されている。
- CrossesはChino Moreno、Shaun Lopez、Chuck Doomを中心とするプロジェクトとして確認できる。
- 楽曲の作詞作曲クレジットはChino Moreno、Chuck Doom、Shaun Lopezとして確認できる。Readdork
- 歌詞の短い引用は、公開されている歌詞情報をもとに、著作権に配慮して最小限にとどめた。著作権は各権利者に帰属する。

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