
- イントロダクション:甘いメロディをノイズで汚す、美しき不良たち
- アーティストの背景と歴史:サンディエゴの地下から生まれたノイズポップ
- 音楽スタイルと特徴:ノイズポップ、サイケ、ガレージの危険な混合
- 代表曲の解説:退廃と陶酔を鳴らす楽曲たち
- アルバムごとの進化
- Summer of Hate:憎悪とノイズのデビュー作
- Sleep Forever:ノイズからサイケデリックな広がりへ
- Endless Flowers:甘さと退廃のサイケポップ
- Crimes of Passion:グラムとガレージの濃厚な混合
- Boys:カラフルで異国的なサイケデリア
- Dreamless:夢を失った後の冷たいポップ
- Love Is Here:ロックンロールの原点への回帰
- Upside Down in Heaven:退廃の果ての浮遊感
- 影響を受けたアーティストと音楽
- 影響を与えたアーティストと音楽シーン
- 同時代のアーティストとの比較:Crocodilesのユニークさ
- 歌詞の世界:愛、憎悪、退廃、そして安っぽいロマンス
- ライブパフォーマンス:ノイズと光が渦巻くクラブの幻覚
- ファンと批評家からの評価
- Crocodilesの魅力:汚れた夢を美しく鳴らすこと
- まとめ:Crocodilesは退廃を夢見るノイズポップの不良である
- 関連レビュー
イントロダクション:甘いメロディをノイズで汚す、美しき不良たち
Crocodiles(クロコダイルズ)は、アメリカ西海岸のインディーロックシーンから登場したバンドであり、ノイズポップ、サイケデリック・ロック、ガレージロック、ドリームポップ、ポストパンクを混ぜ合わせた退廃的なサウンドで知られる存在である。中心人物は、Brandon WelchezとCharles Rowell。彼らの音楽は、甘いポップメロディを、歪んだギター、薄汚れたシンセ、安っぽくも魅惑的なドラムマシン、そしてサイケデリックな残響で包み込む。
Crocodilesの楽曲には、いつも美しさと汚れが同居している。メロディだけを取り出せば、1960年代のガールズポップやThe Jesus and Mary Chain以降のノイズポップにも通じる甘さがある。しかし、その表面はざらざらに削られ、ノイズで覆われ、どこか壊れたネオン看板のように点滅している。きれいな夢ではなく、ドラッグストアの裏口や、夜明け前のモーテル、汗と煙の残るクラブで見る夢のようだ。
彼らは、ロックンロールの古い不良性と、ドリームポップの浮遊感をつなげるバンドである。Crocodilesの音楽には、The Velvet Undergroundの都市的な退廃、The Jesus and Mary Chainのノイズとポップの衝突、Spacemen 3の陶酔、Suicideの機械的な冷たさ、そして西海岸ガレージロックの乾いた荒々しさが流れている。
その魅力は、完璧に磨かれた美ではない。むしろ、剥がれかけた塗装、割れた鏡、にじんだアイライン、安物のサングラス、ノイズに埋もれた甘いコーラス。Crocodilesは、そうした「汚れた美しさ」を鳴らすバンドである。
アーティストの背景と歴史:サンディエゴの地下から生まれたノイズポップ
Crocodilesは、2008年頃にアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで結成された。中心となったBrandon WelchezとCharles Rowellは、それ以前にもパンクやノイズ寄りのバンドで活動していた。彼らは、一般的なインディーポップの清潔さよりも、もっと荒く、もっと危険で、もっと退廃的なロックンロールに惹かれていた。
2000年代後半のインディーシーンでは、ノイズポップ、シューゲイザー・リバイバル、ローファイ・ガレージ、ネオサイケが同時多発的に盛り上がっていた。Vivian Girls、Crystal Stilts、No Age、Wavves、The Raveonettes、A Place to Bury Strangersなどが、それぞれ異なる形でノイズとポップを結びつけていた時代である。Crocodilesもその空気の中で登場したが、彼らは特に不良っぽいロックンロールの美学を強く持っていた。
デビューアルバムSummer of Hateは、粗い音質、ドラムマシン、歪んだギター、甘いメロディが一体となった作品で、Crocodilesの基本形を示した。タイトルからして、ヒッピー的な「Summer of Love」を反転させたような皮肉がある。愛と平和の夏ではなく、憎悪と退廃の夏。そこに彼らの美学がよく表れている。
続くSleep Foreverでは、サウンドがより広がり、サイケデリックな陶酔感が強まった。以降も、彼らはアルバムごとにノイズ、ポップ、サイケ、ガレージ、グラム的な要素を少しずつ変化させながら、自分たちの退廃的な世界を拡張していった。
Crocodilesは、巨大な商業的成功を求めるバンドではない。むしろ、インディーロックの暗い路地裏で、古いロックの亡霊たちと一緒に煙草を吸っているような存在だ。しかし、その姿勢こそが彼らの魅力である。彼らは、ノイズとメロディ、退廃とロマンス、安っぽさと美しさの狭間で、自分たちだけの音を鳴らし続けている。
音楽スタイルと特徴:ノイズポップ、サイケ、ガレージの危険な混合
Crocodilesの音楽を特徴づける最大の要素は、甘いメロディと汚れた音像の対比である。彼らの曲は、基本的にはポップである。サビは覚えやすく、メロディにはロマンティックな匂いがある。しかし、その周囲を覆う音は、決して清潔ではない。
ギターはしばしばファズで潰れ、リバーブに溶け、時に耳障りなノイズとして鳴る。だが、そのノイズは単なる乱暴さではない。甘いメロディを汚すための装置であり、曲に危うい色気を与える。まるで、きれいな花に黒いスプレーを吹きかけるような音楽だ。
ドラムマシンの使用も重要である。初期Crocodilesでは、生ドラムの自然な揺れよりも、機械的で単調なビートが曲を支えることが多い。この冷たい反復が、SuicideやThe Jesus and Mary Chainを思わせる不気味な推進力を生む。人間的な熱と機械的な冷たさがぶつかることで、Crocodilesの音楽は独特の退廃感を帯びる。
サイケデリックな要素も強い。彼らのサイケデリアは、幻想的で平和なものではなく、もっと都市的で、薬っぽく、夜のクラブに似合う。音はぐにゃりと歪み、ボーカルは遠くに引き伸ばされ、シンセやギターが壁のように揺れる。そこには、現実から逃げる快楽と、逃げきれない不安が同時にある。
また、Crocodilesの音楽にはガレージロック的な荒さもある。演奏は過度に技巧的ではなく、むしろ勢いと質感が重視される。きっちり整えられたポップではなく、汗とノイズが残る音。そこに、アメリカ西海岸の地下ロックらしい自由さがある。
代表曲の解説:退廃と陶酔を鳴らす楽曲たち
I Wanna Kill
I Wanna Killは、Crocodilesの初期を象徴する楽曲である。タイトルからして挑発的であり、そこにはパンク的な怒りと、ロックンロールの不良性が詰め込まれている。
曲はシンプルな構造を持ちながら、ノイズとドラムマシンによって不穏な緊張感を作り出している。メロディにはポップな引力があるが、音像はざらつき、危険で、少し壊れている。この「壊れたポップ」感覚こそ、Crocodilesの本質である。
タイトルの過激さは、必ずしも直接的な暴力の歌というより、若さの苛立ち、退屈、破壊衝動の比喩として響く。世界があまりにもつまらないとき、人は何かを壊したくなる。Crocodilesは、その衝動をノイズポップとして鳴らした。
Summer of Hate
Summer of Hateは、デビューアルバムのタイトル曲として、Crocodilesの美学を鮮明に示す楽曲である。1960年代の理想主義的な「愛の夏」を皮肉るように、ここでは憎悪、倦怠、退廃が夏のイメージと結びついている。
サウンドには、焼けたアスファルトのような乾いた熱がある。明るい季節のはずの夏が、Crocodilesの手にかかると、汗、ノイズ、ドラッグ、嫉妬、焦燥の季節になる。そこが面白い。
この曲は、単なる暗いロックではない。むしろ、暗さをポップに変える力がある。嫌悪や不満を、踊れるノイズポップへ変換する。その反転のセンスがCrocodilesらしい。
Sleep Forever
Sleep Foreverは、Crocodilesのサイケデリックな側面が濃く表れた楽曲である。タイトルは、永遠に眠るという死や逃避を連想させる。だが、曲にはどこか甘美な陶酔もある。
サウンドは初期よりも広がりを持ち、ギターとシンセが重なり合い、夢の中に沈んでいくような感覚を作る。ノイズは荒々しいだけでなく、音の霧として機能している。聴き手は、その霧の中で少しずつ現実感を失っていく。
Sleep Foreverは、Crocodilesが単なるガレージノイズバンドではなく、サイケデリックな音響美を持つバンドであることを示している。退廃はここで、眠りのような甘い逃避になる。
Mirrors
Mirrorsは、Crocodilesの中でも比較的メロディアスで、ドリームポップ的な魅力を持つ楽曲である。タイトルの鏡は、自己愛、自己嫌悪、幻想、反射するイメージを連想させる。
この曲では、ノイズの中にきらめくようなメロディが浮かぶ。歪みは強いが、そこには透明感もある。Crocodilesの音楽が面白いのは、汚れた音の中から、時折非常に美しい光が差し込むところだ。
Mirrorsは、彼らの退廃的なロマンティシズムをよく示している。鏡に映る自分は本物なのか、ただのイメージなのか。そんな曖昧な感覚が、リバーブに包まれたサウンドとよく合っている。
Hearts of Love
Hearts of Loveは、Crocodilesの甘いポップ感覚が前面に出た楽曲である。タイトルだけを見るとロマンティックだが、彼らが鳴らすと、愛は少し汚れ、少し危険で、少し皮肉っぽく響く。
この曲には、60年代ポップへの愛情が感じられる。メロディはキャッチーで、コーラスには甘さがある。しかし、サウンドはきれいに磨かれていない。そこにノイズポップとしての魅力がある。
Crocodilesにとって愛は、ピュアな救済ではない。むしろ、欲望、退屈、依存、自己破壊と絡み合うものだ。Hearts of Loveには、その甘さと毒が同時にある。
Endless Flowers
Endless Flowersは、Crocodilesの中でも特にサイケポップとしての美しさが際立つ楽曲である。タイトルは終わりなき花々という幻想的なイメージを持ち、音楽もそれにふさわしく、柔らかな陶酔感をまとっている。
この曲では、ノイズの荒さよりも、メロディと浮遊感が前に出ている。だが、完全に明るい曲ではない。花々は美しいが、どこか人工的で、永遠であることが逆に少し不気味でもある。
Endless Flowersは、Crocodilesが退廃だけでなく、サイケデリックな夢見心地も持つバンドであることを示す楽曲である。光と影、甘さと毒。そのバランスが美しい。
Sunday (Psychic Conversation #9)
Sunday (Psychic Conversation #9)は、Crocodilesのサイケデリックな遊び心が表れた楽曲である。タイトルにある「Psychic Conversation」という言葉が、精神的な交信や奇妙な対話を思わせる。
この曲には、60年代サイケの残響と、現代インディーロックのローファイ感覚が混ざっている。日曜日という穏やかな言葉と、サイキックな会話という不思議な言葉の組み合わせが、Crocodilesらしい奇妙な空気を作る。
音楽は軽やかだが、少し歪んでいる。普通の休日の裏側にある退屈や幻覚を、彼らはポップソングとして鳴らしている。
Teardrop Guitar
Teardrop Guitarは、タイトルからしてロマンティックで、どこか古いロックンロールの匂いを持つ楽曲である。涙のしずく型のギターというイメージは、1960年代のビートバンドやガレージロックを連想させる。
この曲には、Crocodilesのヴィンテージ趣味とノイズポップ感覚がよく出ている。ギターは甘く、しかし歪み、メロディは懐かしく、しかし現代的な冷たさもある。
Teardrop Guitarは、彼らが過去のロックンロールを愛しながら、それをきれいに保存するのではなく、ノイズで汚して再生していることを示す曲である。
アルバムごとの進化
Summer of Hate:憎悪とノイズのデビュー作
2009年のSummer of Hateは、Crocodilesの出発点であり、彼らの美学を最も荒削りな形で示した作品である。ドラムマシン、ファズギター、ローファイな録音、投げやりで甘いボーカルが混ざり合い、退廃的なノイズポップを作り出している。
このアルバムには、The Jesus and Mary ChainやSuicide、The Velvet Undergroundへの強い愛が感じられる。しかし、それは単なる模倣ではない。サンディエゴの地下シーンから生まれた、もっと乾いた、もっと安っぽく、もっと若い苛立ちがある。
I Wanna KillやSummer of Hateには、タイトルからして不穏なエネルギーがある。愛と夢のサイケデリアではなく、退屈と嫌悪のサイケデリア。Crocodilesは、インディーポップの甘さをあえて汚し、ノイズの中で再生させた。
Summer of Hateは、完璧なアルバムではない。むしろ、粗い。しかし、その粗さが重要である。ここには、初期衝動、DIY精神、そして壊れたポップへの強い信仰が刻まれている。
Sleep Forever:ノイズからサイケデリックな広がりへ
2010年のSleep Foreverでは、Crocodilesのサウンドはより広がりを持つようになる。前作のローファイな攻撃性は残しながらも、音像はよりサイケデリックで、深く、夢のようになっている。
タイトル曲Sleep ForeverやMirrorsに代表されるように、このアルバムではノイズがただの暴力ではなく、空間を作るためのものとして使われている。ギターやシンセは厚く重なり、ボーカルはその中で遠くに揺れる。
この作品には、死、眠り、鏡、幻覚といったイメージが漂う。現実から離れたいという欲望が、音そのものに染み込んでいる。しかし、その逃避は完全に幸福ではない。むしろ、甘い悪夢のような感触がある。
Sleep Foreverは、Crocodilesが単なるノイズポップバンドから、よりサイケデリックな音響世界を持つバンドへ進化したことを示す重要作である。
Endless Flowers:甘さと退廃のサイケポップ
2012年のEndless Flowersは、Crocodilesのポップな側面が強く出たアルバムである。前作までの暗さやノイズを保ちつつ、メロディはより明確になり、サウンドには開放感が加わった。
タイトル曲Endless Flowersは、その象徴である。花という美しいイメージを使いながら、曲全体にはどこか人工的で退廃的な空気が漂う。Crocodilesのポップは、晴れやかなだけではない。常にどこかに毒がある。
このアルバムでは、60年代サイケポップやガレージロックへの愛情がより鮮やかに表れている。ギターの響きは明るくなり、曲の展開も比較的聴きやすい。しかし、彼らの根本にあるざらつきは消えていない。
Endless Flowersは、Crocodilesがノイズとポップのバランスを最もわかりやすく提示した作品のひとつである。退廃的でありながら、花のようにカラフルでもある。
Crimes of Passion:グラムとガレージの濃厚な混合
2013年のCrimes of Passionは、Crocodilesの音楽にグラムロック的な艶とガレージロックの荒さがさらに加わった作品である。タイトルからして、情熱の犯罪という退廃的でロマンティックな響きがある。
このアルバムでは、音がより派手になり、曲にもロックンロール的な勢いが増している。初期のローファイで冷たい質感よりも、少し肉体的で、酒場やクラブに似合う熱がある。
Crocodilesの魅力は、こうした変化をしても根本の美学が変わらないところにある。どれだけポップになっても、どれだけロックンロール色が強くなっても、音の中には退廃とノイズが残る。
Crimes of Passionは、彼らがドリームポップ的な浮遊感だけでなく、不良っぽいロックバンドとしての側面も持っていることを強く示している。
Boys:カラフルで異国的なサイケデリア
2015年のBoysは、Crocodilesのサウンドがよりカラフルで、異国的な方向へ広がった作品である。メキシコで制作されたこともあり、全体に熱気と湿度があり、これまでとは少し違う開放感がある。
このアルバムでは、ノイズポップの枠を超え、ラテン的なリズムやサイケポップの色彩が感じられる。Crocodilesの退廃は、ここでより陽気で、少し祝祭的なものへ変化している。
ただし、明るくなったからといって清潔になったわけではない。むしろ、派手な色の裏にある疲労や欲望が強く感じられる。南国的な光の中にも、Crocodilesらしい薄暗さが残っている。
Boysは、彼らの音楽が単なる暗いノイズポップに留まらず、より広いサイケデリック・ロックへ展開できることを示した作品である。
Dreamless:夢を失った後の冷たいポップ
2016年のDreamlessは、タイトル通り、夢のない状態、あるいは夢から醒めた後の冷たさを感じさせるアルバムである。Crocodilesのドリームポップ的な側面がありながら、その夢はどこか空虚で、少し冷え切っている。
この作品では、シンセサイザーや電子的な質感がより目立つ。ギター中心のノイズポップから、少しダークなシンセポップやポストパンクへ接近している印象もある。
Dreamlessは、退廃がより内向きになったアルバムである。初期のような外へ向かう怒りやノイズではなく、心の中で色が失われていくような感覚がある。Crocodilesの音楽が持つ虚無感が、ここではよりはっきりと表れている。
Love Is Here:ロックンロールの原点への回帰
Love Is Hereは、Crocodilesが再びロックンロールの原点へ戻ったような作品である。タイトルはシンプルで、愛はここにある、という直接的な言葉を掲げている。しかしCrocodilesが歌う愛は、常に少しねじれている。
このアルバムでは、ガレージロックやグラム、ノイズポップの要素がコンパクトにまとまり、バンドの基本的な魅力が改めて示されている。メロディは親しみやすく、ギターはざらつき、全体には不良っぽい軽さがある。
Crocodilesにとって、愛は清らかな救済ではない。むしろ、退屈や欲望や孤独の中で、それでもしぶとく残るものだ。Love Is Hereというタイトルは、皮肉にも、誠実にも聞こえる。その曖昧さが彼ららしい。
Upside Down in Heaven:退廃の果ての浮遊感
Upside Down in Heavenは、Crocodilesのキャリア後期における成熟を感じさせる作品である。タイトルには、天国で逆さまになるという奇妙でサイケデリックなイメージがある。幸福と混乱、救済と転倒が同時に存在するような言葉だ。
このアルバムでは、彼らのノイズポップ、サイケデリア、ガレージロック、ドリームポップの要素がより自然に混ざり合っている。初期の衝動的な荒さとは違い、音の作りに余裕があり、メロディもより成熟している。
それでもCrocodilesの音楽は、完全には落ち着かない。どこか不安定で、少し危険で、甘い夢の中に黒い染みがある。Upside Down in Heavenは、その退廃的な美学が長い時間を経ても失われていないことを示す作品である。
影響を受けたアーティストと音楽
Crocodilesの音楽において、最も大きな影響源のひとつはThe Jesus and Mary Chainである。甘いポップメロディを過剰なノイズで包む手法、サングラスと革ジャンが似合う退廃的なロックンロール感覚は、Crocodilesに深く受け継がれている。
The Velvet Undergroundの影響も大きい。都市的な冷たさ、ミニマルな反復、麻薬的な陶酔、ロマンティックで危険な雰囲気。Crocodilesの音楽には、Velvetsが残した地下ロックの美学が流れている。
Suicideからの影響も感じられる。特にドラムマシンの冷たい反復、ミニマルで不穏な構造、ロックンロールを機械的な悪夢へ変える感覚は、初期Crocodilesと強く響き合う。
さらに、Spacemen 3やPrimal Screamのサイケデリックな陶酔、The Brian Jonestown Massacreのネオサイケ的な反復とロマン、The Crampsの不良趣味、60年代ガレージロックやサーフロックの影響も見逃せない。
Crocodilesは、これらの影響を隠さない。むしろ、過去の不良ロックの美学を集め、それを2000年代以降のインディーシーンの中で再び鳴らしたバンドである。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Crocodilesは、2000年代後半から2010年代のノイズポップ/ネオサイケ/ガレージリバイバルの文脈で重要な存在である。彼らは、シューゲイザーやノイズポップを、より不良っぽく、ロックンロール的に再解釈した。
同時期のインディーシーンには、ローファイで内省的なバンドも多かったが、Crocodilesはそこにグラム的な派手さや退廃的なスタイルを持ち込んだ。音だけでなく、態度や見た目も含めて、彼らは古いロックンロールの危険な魅力を引き継いでいた。
後続のガレージサイケ系バンドや、ノイズポップを鳴らすインディーアーティストにとって、Crocodilesの存在は重要だった。ポップであることと汚れていることは矛盾しない。甘いメロディにノイズをかけることで、むしろ魅力は増す。彼らはそのことを示した。
同時代のアーティストとの比較:Crocodilesのユニークさ
Crocodilesと同時代には、ノイズポップやネオサイケを鳴らす多くのバンドがいた。A Place to Bury Strangers、The Raveonettes、Crystal Stilts、Wavves、No Age、The Black Angelsなどである。
A Place to Bury Strangersがより轟音シューゲイザー/ノイズロックの爆発力へ向かったのに対し、Crocodilesはもっとポップで、グラム的で、退廃的なロックンロール感覚を持っている。音は汚いが、メロディの甘さを捨てない。
The Raveonettesとは、The Jesus and Mary Chain以降のノイズポップとロマンティックな退廃という点で近い。しかしThe Raveonettesがより整った北欧的なクールさを持つのに対し、Crocodilesはもっと安っぽく、汗っぽく、地下のクラブに近い。
Crystal Stiltsはポストパンク的で冷えたノイズポップを鳴らしたが、Crocodilesはよりサイケデリックで、色彩とロックンロールの不良性が強い。Wavvesと比べると、同じ西海岸のローファイ感覚を共有しながらも、Crocodilesのほうがより退廃的で、夜の匂いが濃い。
The Black Angelsが重く暗いサイケデリック・ロックを追求したのに対し、Crocodilesはもっと軽薄で、ポップで、ネオンのような明滅感がある。その軽薄さは欠点ではなく、彼らの魅力だ。深刻すぎず、しかし決して健全ではない。そのバランスがCrocodilesらしい。
歌詞の世界:愛、憎悪、退廃、そして安っぽいロマンス
Crocodilesの歌詞世界には、愛、憎悪、欲望、退屈、孤独、ドラッグ、死、夢、ロックンロール的な虚勢が漂う。彼らは大きな社会的メッセージを歌うタイプではない。むしろ、個人的で、感覚的で、時にわざと軽薄な言葉を使う。
だが、その軽さが重要である。Crocodilesのロマンスは、純文学的な深刻さではなく、B級映画や古いパルプ小説、安いラブソングのような魅力を持つ。愛は崇高なものではなく、煙草の灰とビールの染みの隣にある。そこが彼ららしい。
Summer of HateやI Wanna Killのようなタイトルには、若さの破壊衝動がある。Hearts of LoveやEndless Flowersのような曲には、甘い言葉の中に毒がある。彼らは愛と憎しみ、夢と虚無を、同じ安っぽいサングラス越しに眺めている。
Crocodilesの歌詞は、過度に説明しない。むしろ、言葉は音のムードを補強するためにある。重要なのは、そこに漂う空気である。退廃的で、ロマンティックで、少し危険な空気。その空気こそが、Crocodilesの世界を作っている。
ライブパフォーマンス:ノイズと光が渦巻くクラブの幻覚
Crocodilesの音楽は、ライブでより生々しい力を持つ。録音ではローファイな質感やサイケデリックな音像が印象的だが、ライブではギターのノイズ、ビートの反復、ボーカルの投げやりな色気が、より直接的に観客へ届く。
彼らのライブには、きれいに作り込まれたショーというより、地下クラブの混沌が似合う。照明は暗く、音は大きく、ギターは歪み、観客は汗をかく。そこに、ドリームポップ的な浮遊感とガレージロックの荒さが同時に現れる。
Crocodilesの楽曲は、ライブで少し粗くなることで魅力を増す。もともと彼らの音楽は完璧な再現を求めるものではない。むしろ、少し崩れ、少し過剰になり、ノイズが暴れることで、本来の退廃性が立ち上がる。
ライブにおけるCrocodilesは、音の中にドラマを作るバンドである。甘いメロディが聞こえたと思えば、次の瞬間にはノイズに飲み込まれる。その感覚は、恋愛や夢や欲望が、現実の汚れにすぐ汚されてしまうことにも似ている。
ファンと批評家からの評価
Crocodilesは、メインストリームで巨大な成功を収めたバンドではない。しかし、ノイズポップやネオサイケ、ガレージロックを好むリスナーからは、独自の存在として支持されてきた。
批評的には、初期のSummer of HateやSleep Foreverが特に注目された。The Jesus and Mary Chain以降のノイズポップを、2000年代後半のインディーシーンに再び持ち込んだ作品として評価されることが多い。
一方で、彼らの音楽はあまりにも過去の影響が明確だと見なされることもある。確かにCrocodilesは、ロック史の引用を隠さないバンドである。しかし、その引用の仕方には一貫した美学がある。彼らは過去を博物館化するのではなく、自分たちの退廃的なロックンロールとして使い直している。
ファンにとってCrocodilesは、清潔なインディーポップでは物足りないときに聴きたくなるバンドである。甘いメロディは欲しい。しかし、きれいすぎるものは信じられない。そんな人に、Crocodilesのノイズまみれのドリームポップはよく響く。
Crocodilesの魅力:汚れた夢を美しく鳴らすこと
Crocodilesの最大の魅力は、汚れた夢を美しく鳴らすことだ。彼らの音楽には、ロマンティックなメロディがある。しかし、その夢は最初から少し汚れている。完璧な恋、純粋な青春、清らかなサイケデリア。そうしたものを彼らは信じていないように聞こえる。
代わりにあるのは、安物の美しさである。ネオン、煙、ノイズ、古いレコード、汚れた壁、壊れたミラー、朝方の疲れた表情。Crocodilesは、そうしたものの中にロックンロールの美を見つける。
彼らの音楽は、深刻すぎない。だが、軽すぎるわけでもない。むしろ、その軽薄さの中に孤独がにじむ。派手なサウンドの奥に虚無があり、甘いメロディの奥に退屈がある。この二重性が、Crocodilesの音楽を長く聴かせる。
ノイズは、彼らにとって美しさを壊すものではない。美しさを現実に引きずり下ろすものだ。きれいなメロディがノイズに汚れることで、かえって本物らしくなる。Crocodilesは、そのことを本能的に知っているバンドである。
まとめ:Crocodilesは退廃を夢見るノイズポップの不良である
Crocodiles(クロコダイルズ)は、アメリカ西海岸から登場し、ノイズポップ、サイケデリック・ロック、ガレージ、ドリームポップ、ポストパンクを混ぜ合わせた、退廃的なインディーロックバンドである。彼らの音楽は、甘いメロディをノイズで汚し、ロマンティックな夢を安っぽいネオンの下へ引きずり出す。
デビュー作Summer of Hateでは、憎悪とローファイノイズにまみれた初期衝動を鳴らし、Sleep Foreverではサイケデリックな広がりを獲得した。Endless Flowersでは甘くカラフルなサイケポップへ接近し、Crimes of Passionではグラムとガレージの不良性を強めた。Boysでは異国的な熱気を取り込み、Dreamlessでは冷たいシンセポップ的な虚無を漂わせ、後期作品では成熟した退廃美を見せている。
代表曲I Wanna Killは若さの破壊衝動をノイズポップへ変え、Summer of Hateは愛の季節を憎悪の季節へ反転させた。Sleep ForeverやMirrorsではサイケデリックな陶酔を示し、Endless FlowersやHearts of Loveでは甘いメロディの奥に毒を忍ばせた。
Crocodilesの音楽は、清潔ではない。だが、その汚れが美しい。ノイズ、ファズ、リバーブ、ドラムマシン、安っぽいシンセ、甘い声。すべてが少し壊れているからこそ、そこにはロックンロールの真実がある。
彼らは、夢を信じきれない者たちのためのドリームポップを鳴らす。愛を歌いながら、その愛がすでに汚れていることも知っている。サイケデリックな光の中に、退廃の影を置く。Crocodilesは、ノイズとサイケにまみれた西海岸の不良ロマンであり、今も暗いクラブの奥で、汚れた夢を美しく鳴らし続けている。

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