アルバムレビュー:Cloudland by Pere Ubu

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1989年5月

ジャンル:ポストパンク、アート・ロック、ニューウェイヴ、オルタナティヴ・ロック、エクスペリメンタル・ポップ

概要

Pere Ubuの『Cloudland』は、1989年に発表されたスタジオ・アルバムであり、バンドの長いキャリアの中でも特に「ポップ化」と「異物性」がせめぎ合う重要作である。1970年代後半の『The Modern Dance』や『Dub Housing』で、Pere Ubuはガレージ・ロック、ポストパンク、電子音、ノイズ、ダダ的ユーモア、工業都市クリーヴランドの荒廃感を融合し、ロックを根本から異物化した。David Thomasの不安定で演劇的なヴォーカル、Allen Ravenstineの奇怪なシンセサイザー、Tom Hermanの鋭いギター、Tony MaimoneとScott Kraussによる硬いリズム隊は、パンク以後のロックが単なる反抗ではなく、音響的・演劇的・哲学的な実験へ進めることを示した。

しかし『Cloudland』は、そうした初期Pere Ubuの密室的で不穏なサウンドとは明らかに異なる。1980年代後半に再始動したPere Ubuは、より明るく、整理されたプロダクション、親しみやすいメロディ、ニューウェイヴ/オルタナティヴ・ロック的な透明感を取り入れた。本作は、元Talking HeadsのJerry Harrisonがプロデュースを手がけており、その影響は大きい。Harrisonは、Pere Ubuの奇妙さを完全に消すのではなく、よりポップな輪郭の中に収める役割を果たしている。結果として『Cloudland』は、Pere Ubuの作品の中でも比較的聴きやすく、同時にどこか居心地の悪いポップ・アルバムになった。

タイトルの『Cloudland』は、「雲の国」「雲の世界」と訳せる。これは非常に象徴的である。初期Pere Ubuの音楽が、工場、倉庫、地下室、アパート、都市の隙間といった硬く暗い空間を思わせたのに対し、本作はより空が広く、光が入り、空間が開けている。しかし、その開放感は単純な幸福ではない。雲は軽く、柔らかく、明るいが、同時に形が定まらず、すぐに消え、現実感を失わせる。『Cloudland』のポップ性も同じである。表面は明るく、メロディは親しみやすいが、その下にはPere Ubu特有の不安定さ、異様さ、滑稽さ、孤独が残っている。

1989年という時代も重要である。オルタナティヴ・ロックが1990年代に向けて徐々にメインストリームへ浮上しつつあり、R.E.M.やTalking Heads、The Replacements、Pixiesなどが、アンダーグラウンドとポップの境界を変えつつあった時期である。Pere Ubuもまた、その流れの中で再評価される可能性を持っていた。しかし、彼らは完全に時代に迎合したわけではない。『Cloudland』は、80年代後半のクリアなプロダクションとポップな構成を持ちながらも、David Thomasの声と歌詞、バンドの奇妙な演奏感覚によって、普通のカレッジ・ロックやニューウェイヴにはならない。

本作を語る際に避けられないのが、「Waiting for Mary」の存在である。この曲はPere Ubuとしては異例なほどキャッチーで、シングルとしても注目された。明るいリズム、覚えやすいメロディ、軽快なギター、そしてDavid Thomasの奇妙な声が、意外なほどポップにまとまっている。しかし、それでも完全に普通のポップ・ソングではない。歌詞の反復、待ち続けるというテーマ、どこか不安な空気が、曲にPere Ubuらしいねじれを与えている。

『Cloudland』の歌詞には、待つこと、移動すること、空や雲を見ること、孤独な人物、奇妙な関係、日常の不確かさが繰り返し現れる。初期作品のような都市の閉塞感は薄まり、代わりにより風景的、寓話的、時にノスタルジックな感覚が増している。ただし、それは素直な郷愁ではない。Pere Ubuの音楽において、懐かしさは常に歪んでいる。雲の下の世界は美しく見えるが、その美しさはどこか信用できない。

キャリア上の位置づけとして、『Cloudland』はPere Ubuの再始動期を代表する作品である。初期の過激な実験性を期待するリスナーには、やや丸くなったと感じられるかもしれない。しかし、Pere Ubuの本質を「ロックを不安定にする力」と捉えるなら、本作にもその力は十分に残っている。むしろ、ポップな形式の中でどれだけ奇妙でいられるかを試した作品として聴くべきである。『Cloudland』は、Pere Ubuがポップに近づいたアルバムであると同時に、ポップそのものをわずかに歪ませたアルバムでもある。

全曲レビュー

1. Breath

オープニング曲「Breath」は、『Cloudland』の空気を象徴する楽曲である。タイトルは「息」を意味し、呼吸、生命、空気、存在の軽さを連想させる。初期Pere Ubuの重く閉じた音響に比べると、この曲は明らかに開けた響きを持っている。アルバムの冒頭で「息」という言葉が置かれることは、バンドが新たな空間へ入っていくことを示している。

音楽的には、ギターとリズムが比較的軽快で、プロダクションも整理されている。Jerry Harrisonの手腕によって、Pere Ubu特有の奇妙さが過度に濁らず、明瞭なポップ・ロックとして響く。ただし、David Thomasのヴォーカルが入ることで、曲はすぐに通常のロックから外れていく。彼の声は、呼吸のように自然であると同時に、どこか不安定で、身体の内側から漏れる奇妙な音のようでもある。

歌詞では、呼吸や存在の感覚が、直接的に大きな物語として語られるわけではない。むしろ、息をすることそのものが不思議な行為として響く。Pere Ubuの音楽では、日常的な行為がしばしば異様な意味を帯びる。息をすること、生きていること、空気の中にいること。それらが、当たり前ではなく、少し奇妙な状態として提示される。

「Breath」は、アルバムの入口として非常に効果的である。『Cloudland』は初期作品ほど暗くないが、単純に明るい作品でもない。この曲は、その開放感と違和感のバランスを最初に示している。

2. Race the Sun

「Race the Sun」は、「太陽と競争する」というタイトルを持つ楽曲であり、移動、速度、時間、光への追跡を連想させる。Pere Ubuの作品において、こうした風景的なタイトルはしばしば、現実の旅であると同時に、精神的な逃走や追跡の比喩として機能する。

音楽的には、前へ進む推進力があり、比較的明るいギター・ロックとして聴ける。リズムは軽快で、バンド全体が以前よりも整理された形で演奏している。しかし、その軽快さの中にも、Thomasのヴォーカルの奇妙な抑揚によって、不安定な感覚が残る。太陽と競争するというイメージは、爽快であると同時に、勝てない競争でもある。

歌詞では、光に向かって進むこと、何かに追いつこうとすること、時間と競争することが示唆される。太陽は希望や明るさの象徴であるが、人間は太陽に追いつけない。沈む前にどこかへ行かなければならないという焦りも感じられる。この焦燥感が、曲の軽快なリズムの背後にある。

「Race the Sun」は、『Cloudland』の中でもポップな推進力を持つ曲である。しかし、Pere Ubuらしく、そのポップさはどこか落ち着かない。明るい空の下を走っているのに、なぜか安心できない。そこに本作の魅力がある。

3. Cry

「Cry」は、タイトル通り「泣くこと」をテーマにした曲である。Pere Ubuの音楽では、感情表現はしばしばストレートでありながら、同時に滑稽で、奇妙にずれる。David Thomasの声自体が、泣き声、叫び声、語り声、歌声の間を揺れ動くため、「Cry」というタイトルは彼のヴォーカルの性質とも強く結びついている。

音楽的には、比較的メロディアスで、アルバムのポップな側面がよく表れている。だが、普通の哀愁のバラードにはならない。リズムやギターの配置には軽さがあり、涙を大げさに劇化するのではなく、どこか乾いた感覚で扱っている。泣くことが、悲劇的な行為というより、日常に突然現れる奇妙な身体反応として響く。

歌詞では、悲しみや感情の噴出が示されるが、それは完全に説明されない。なぜ泣くのか、誰のために泣くのか、泣いた後に何が変わるのか。そうした問いは開かれたままである。Pere Ubuの歌詞は、感情を説明するより、感情が発生する場面だけを切り取ることが多い。

「Cry」は、Pere Ubuがポップなメロディを扱っても、感情を単純化しないことを示す曲である。泣くことは、癒やしでも、弱さでも、演技でもあり得る。その曖昧さが曲に独特の余韻を与えている。

4. Why Go It Alone?

「Why Go It Alone?」は、「なぜ一人で行くのか」という問いをタイトルに持つ楽曲である。孤独、共同性、助けを求めること、あるいは自分だけで進もうとする頑固さがテーマになっている。Pere Ubuの音楽には常に孤独な人物が登場するが、この曲ではその孤独に対して疑問が投げかけられる。

音楽的には、ミッドテンポのポップ・ロックとしてまとまりがあり、メロディも比較的親しみやすい。だが、その問いかけは単純な励ましには聞こえない。David Thomasの声には、優しさと皮肉が同時にある。誰かに「一人で行くな」と言っているのか、自分自身に言い聞かせているのかも曖昧である。

歌詞では、他者と共にいることの可能性が示される一方で、その難しさも感じられる。Pere Ubuの世界では、人と人は簡単にはつながらない。つながりたいという願いがあっても、声はずれ、言葉は反響し、関係は少し奇妙になる。この曲の問いは、だからこそ切実である。

「Why Go It Alone?」は、『Cloudland』の中で人間関係のテーマを比較的明確に扱う曲である。雲の下の広い世界で、一人で歩き続ける必要があるのか。それとも誰かと進むことができるのか。その問いは、アルバム全体の孤独感と響き合っている。

5. Waiting for Mary

「Waiting for Mary」は、『Cloudland』を代表する楽曲であり、Pere Ubuのキャリアの中でも特にポップなシングルとして知られる。タイトルは「Maryを待っている」という意味で、待つこと、期待、遅れ、反復、そして届かない相手への執着がテーマになっている。

音楽的には、明るく軽快なリズム、覚えやすいメロディ、整理されたアレンジが特徴である。初期Pere Ubuの過激なノイズや歪んだ構成を想像すると、この曲のポップさは驚くほどである。しかし、完全に普通のポップ・ソングにはならない。David Thomasのヴォーカルは、明るい伴奏の上でどこか不安定に揺れ、Maryを待ち続ける人物の滑稽さと切実さを同時に表現する。

歌詞では、Maryを待つという単純な状況が繰り返される。だが、なぜ待っているのか、Maryは誰なのか、彼女は来るのかは明確に説明されない。待つという行為だけが、曲の中で反復される。これはポップなフックであると同時に、Pere Ubuらしい不条理な状況でもある。

「Waiting for Mary」は、Pere Ubuがポップ・ソングの形式に接近した成功例である。キャッチーでありながら、奇妙であり、軽快でありながら、どこか不安である。『Cloudland』の性格を最も分かりやすく示す重要曲である。

6. Ice Cream Truck

Ice Cream Truck」は、タイトルから子ども時代、郊外、夏、甘い記憶を連想させる。しかし、Pere Ubuの音楽において、アイスクリーム・トラックは単なる無邪気なノスタルジーにはならない。むしろ、楽しいはずのものが少し不気味に見えてくる。

音楽的には、軽さと奇妙さが同居している。曲は比較的親しみやすいが、どこか子ども向けのメロディが歪んだような印象もある。アイスクリーム・トラックの音楽は、本来なら子どもを呼び寄せる明るい音である。しかし、その反復するメロディは、場所や状況によっては不気味にもなる。この曲はその二面性を利用している。

歌詞では、子ども時代の記憶や日常の風景が暗示されるが、それは完全に温かなものではない。Pere Ubuのノスタルジーは、いつもどこか毒を含む。記憶は甘いが、同時に薄気味悪い。アイスクリームの甘さの裏に、時間が過ぎ去ったことの寂しさや、日常の不気味さがある。

「Ice Cream Truck」は、『Cloudland』の中でも特に寓話的な曲である。子ども時代の象徴を使いながら、それを少し歪ませることで、Pere Ubuらしい奇妙なポップ世界を作っている。

7. Busman’s Honeymoon

「Busman’s Honeymoon」は、タイトルからして皮肉が込められている。“Busman’s holiday”は、普段の仕事と変わらない休日を意味する表現であり、そこに“Honeymoon”が加わることで、楽しいはずの新婚旅行や休暇が、労働や日常の延長になってしまうような感覚が生まれる。Pere Ubuらしい言葉遊びである。

音楽的には、軽快なロック・チューンとして進むが、その背景には奇妙な疲労感がある。曲のタイトルが示すように、休暇や幸福のはずの時間が、どこか空回りしている。演奏は明るめだが、Thomasの声がそこに滑稽なずれを加える。

歌詞では、移動、労働、休暇、関係の不自然さが暗示される。新婚旅行というロマンティックなイメージは、ここでは理想化されない。むしろ、人生のイベントさえも日常の反復や労働の影から逃れられないように描かれる。

「Busman’s Honeymoon」は、Pere Ubuのユーモアがよく出た楽曲である。日常の言い回しを少しずらすだけで、幸福なはずの状況が不条理な場面へ変わる。『Cloudland』のポップな表面の下にある皮肉を示す曲である。

8. Love Love Love

Love Love Love」は、非常に単純で普遍的な言葉をタイトルに持つ曲である。だが、Pere Ubuが「Love」を三度繰り返す時、それは素直な愛の賛歌というより、愛という言葉の反復そのものを少し奇妙に見せる。愛は大きなテーマだが、繰り返しすぎると空虚にも聞こえる。この曲は、その危うさを含んでいる。

音楽的には、比較的明るく、ポップなメロディを持つ。80年代後半のオルタナティヴ・ロックらしい透明感もある。しかし、David Thomasの声は愛を甘く歌い上げるのではなく、どこか不格好に、ぎこちなく、時に子どものように発する。このぎこちなさが、曲の魅力である。

歌詞では、愛という言葉が中心に置かれるが、その意味は単純ではない。愛を信じたいのか、愛を疑っているのか、愛という言葉にすがっているのか、あるいは愛という言葉の空虚さを笑っているのか。Pere Ubuらしく、答えは固定されない。

「Love Love Love」は、『Cloudland』におけるポップ性を象徴する曲のひとつである。同時に、ポップ・ミュージックの最も基本的なテーマである「愛」を、少しずらした角度から扱っている。愛を歌いながら、愛の不確かさを残す曲である。

9. Lost Nation Road

「Lost Nation Road」は、タイトルから非常にアメリカ的なロード・イメージを持つ楽曲である。「失われた国の道」あるいは「Lost Nation」という地名めいた響きは、アメリカの地方道、忘れられた町、歴史の裏側、失われた共同体を連想させる。Pere Ubuの後期作品に見られる歪んだアメリカーナ的感覚が、ここにすでに表れている。

音楽的には、ロード・ソング的な開放感があるが、普通のアメリカン・ロックのような素朴な郷愁にはならない。ギターとリズムは進行感を作るが、どこか不安が残る。道はどこかへ続いているが、その先に何があるのかは分からない。

歌詞では、失われた場所、移動、記憶、国や土地の不確かさが感じられる。Pere Ubuにとってアメリカとは、明確な故郷ではなく、奇妙な地名と壊れた記憶の集合体である。「Lost Nation Road」というタイトルは、その感覚を非常によく表している。

「Lost Nation Road」は、『Cloudland』の中で風景的な広がりを持つ重要曲である。雲の国というタイトルにふさわしく、ここでは道路と空、移動と喪失が結びついている。後の『St. Arkansas』にもつながるPere Ubuのアメリカ的幻覚の一部として聴ける。

10. Nevada!

「Nevada!」は、アメリカ西部の州名をタイトルに持ち、さらに感嘆符が付けられている。ネバダは砂漠、ラスベガス、核実験場、空虚な風景、人工的な光、放浪を連想させる土地である。Pere Ubuがこの地名を使うと、それは単なる旅行先ではなく、アメリカの奇妙さが凝縮された場所として響く。

音楽的には、比較的明るく、勢いがある。だが、その明るさにはどこか空虚さもある。ネバダという土地が持つ乾いた広がりや人工的な眩しさが、曲の雰囲気に反映されているように感じられる。感嘆符は、興奮を示すと同時に、少し過剰で滑稽でもある。

歌詞では、地名そのものが強いイメージを持つため、具体的な物語以上に風景が前面に出る。砂漠の道、強い光、空っぽの広さ、観光と孤独。Pere Ubuは、地名を通じてアメリカの神話的な空間を呼び出し、それを少し歪ませる。

「Nevada!」は、『Cloudland』の地理的な広がりをさらに強める曲である。クリーヴランドの工業都市から出発したPere Ubuが、1989年にはアメリカの広い風景を奇妙なポップ・ロックとして描いていることが分かる。

11. Flat

「Flat」は、「平らな」「単調な」「気の抜けた」といった意味を持つタイトルである。『Cloudland』には空や雲、道や州名といった広がりのあるイメージが多いが、「Flat」はその広がりを平坦さとして捉える言葉である。開放感と空虚さは、しばしば表裏一体である。

音楽的には、比較的抑制された曲で、過度な盛り上がりを避けている。タイトル通り、どこか平坦な感覚があり、その平坦さが単調さではなく、意図された空気になっている。Pere Ubuは、感情を大きく盛り上げるよりも、奇妙な温度の低さを作ることが多い。

歌詞では、世界が平らに感じられること、感情が起伏を失うこと、あるいは風景が広がっているのに何も起こらない感覚が示唆される。これはアメリカ中西部や西部の広大な平地のイメージとも結びつく。広いのに退屈で、明るいのに空虚である。

「Flat」は、アルバム終盤に静かな違和感を与える曲である。『Cloudland』のポップな明るさの中にある、平坦な不安、何も起こらないことの不気味さを表している。

12. The Waltz

アルバムを締めくくる「The Waltz」は、タイトル通りワルツを思わせる終曲である。ワルツは三拍子の優雅な舞曲であり、回転、社交、古典的な形式、懐かしさを連想させる。しかし、Pere Ubuの「The Waltz」は、ただ優雅に終わるための曲ではない。ワルツという形式そのものが、どこかずれた舞踏として響く。

音楽的には、終曲らしい余韻を持ち、アルバム全体を静かに閉じていく。だが、その閉じ方は完全な解決ではない。踊りは続いているようで、どこか足元が不安定である。ワルツの回転は美しいが、同時に目眩を生む。この二面性が曲の中心にある。

歌詞では、明確な結論よりも、動き続けること、回り続けること、終わりながらも完全には止まらない感覚が示される。『Cloudland』は、呼吸から始まり、道や雲や待機や愛や地名を通過し、最後にワルツで閉じる。これは、現実から少し浮いた世界の舞踏のようでもある。

「The Waltz」は、『Cloudland』の終曲として非常にふさわしい。アルバムはポップに開かれた作品でありながら、最後にはPere Ubuらしい奇妙な優雅さを残す。雲の国での短い旅は終わるが、その回転感は聴き終えた後も残る。

総評

『Cloudland』は、Pere Ubuの作品の中でも特に評価が分かれやすいアルバムである。初期の『The Modern Dance』や『Dub Housing』にあった尖った実験性、ノイズ、工業都市的な閉塞、電子音の異物感を期待すると、本作は明るく、整いすぎているように感じられるかもしれない。しかし、その一方で、『Cloudland』はPere Ubuがポップ・ミュージックの形式と向き合った非常に興味深い作品である。バンドの奇妙さを消すのではなく、ポップな表面の下に忍ばせることで、独自の不安定な魅力を作っている。

本作の最大の特徴は、開放感と不安の同居である。タイトル通り、アルバムには空、雲、太陽、道、ネバダ、失われた国といった広い風景のイメージが多い。初期Pere Ubuの閉じた部屋や工業都市から比べると、明らかに空間が広がっている。しかし、その広がりは自由や幸福だけを意味しない。広い場所には、迷うこと、待つこと、失われること、何も起こらないことの不安もある。『Cloudland』の明るさは、常に少し空虚である。

Jerry Harrisonのプロデュースは、本作の音楽性を大きく方向づけている。Talking Headsで培われたポップと実験のバランス感覚が、Pere Ubuにも適用されている。サウンドは明瞭で、曲の輪郭ははっきりし、リズムやギターも聴きやすい。しかし、David Thomasの声と歌詞、バンドの奇妙な演奏感覚によって、完全な商業的ポップにはならない。この絶妙な中間性が、『Cloudland』の面白さである。

David Thomasのヴォーカルは、本作でもPere Ubuの中心である。サウンドがどれだけ整理されても、彼の声が入るだけで、曲は通常のポップから外れていく。彼の声は、明るいメロディの中でも、どこか不安で、滑稽で、孤独である。特に「Waiting for Mary」のようなキャッチーな曲でも、Thomasの歌唱によって、待ち続ける人物の奇妙な執着が浮かび上がる。これは、普通のポップ・シンガーでは生まれない効果である。

歌詞面では、初期作品の都市的な神経症から、より寓話的で風景的な方向へ移っている。「Race the Sun」「Lost Nation Road」「Nevada!」のような曲では、移動と広い土地のイメージが強い。「Ice Cream Truck」や「Busman’s Honeymoon」では、日常やノスタルジーが少し歪められる。「Love Love Love」では、ポップ・ミュージックの基本語彙である愛が、奇妙な反復として扱われる。これらの曲は、Pere Ubuが1980年代後半に自分たちの不条理感覚をより開けた風景へ移したことを示している。

『Cloudland』は、Pere Ubuにとって一種の「日中のアルバム」とも言える。『Dub Housing』が夜のアパート、地下室、反響する壁の音楽だとすれば、『Cloudland』は昼の空、道、雲、広い土地の音楽である。ただし、その昼は健康的な昼ではない。光が強すぎて現実感が薄れ、雲が形を変え、道がどこへ続くのか分からない。夜の不安が昼の空虚へ変わった作品である。

音楽史的には、本作はPere Ubuが1980年代後半のオルタナティヴ・ロックの文脈に接近したアルバムとして重要である。R.E.M.やTalking Heads、XTC、The B-52’s、The Feeliesなどがアンダーグラウンドとポップの境界を変えていた時代に、Pere Ubuもまた自分たちの異様な表現をより広いリスナーへ届ける可能性を探った。その結果として生まれた『Cloudland』は、初期の革新性とは別の意味で挑戦的である。奇妙なバンドがどこまでポップになれるのか、そしてポップになっても奇妙でいられるのか。その問いが本作にはある。

一方で、本作には弱点もある。初期Pere Ubuの過激な電子音や構造の崩壊を求めると、サウンドはやや整いすぎているように感じられる。80年代後半特有のクリアなプロダクションも、現在聴くと時代性を感じる部分がある。しかし、その時代性も含めて、『Cloudland』はPere Ubuのディスコグラフィの中で独自の位置を持つ。過激さではなく、奇妙さをポップな光の中に置いた作品として評価すべきである。

日本のリスナーにとって『Cloudland』は、Pere Ubuへの入口としても比較的聴きやすいアルバムである。『The Modern Dance』や『Dub Housing』が難解に感じられる場合、本作のメロディや明るいサウンドは入りやすい。ただし、Pere Ubuの本質的な不安定さは十分に残っているため、聴き込むほどに表面のポップさの下から奇妙な影が見えてくる。ポストパンク、ニューウェイヴ、Talking Heads、XTC、R.E.M.、初期オルタナティヴ・ロックに関心があるリスナーには、特に興味深い作品である。

『Cloudland』は、Pere Ubuが雲の上に作ったポップ・アルバムである。明るく、軽く、開かれているように見えるが、足元は不安定で、雲はすぐに形を変える。初期の荒廃した都市から一度空へ浮かび上がったPere Ubuが、そこで見た風景を奇妙なメロディとともに記録した作品であり、バンドの多面性を理解する上で欠かせない一枚である。

おすすめアルバム

1. Pere Ubu – The Modern Dance

Pere Ubuのデビュー作であり、ポストパンク/アヴァン・ロックの歴史的名盤。『Cloudland』のポップ化された姿と比較することで、バンドの原点にあるガレージ・ロック、電子音、都市的な不安、David Thomasの異様なヴォーカル表現がより明確に理解できる。

2. Pere Ubu – Dub Housing

Pere Ubu初期の最高傑作のひとつ。閉所恐怖的な音響、Allen Ravenstineの奇怪な電子音、反響する住居空間のようなサウンドが特徴。『Cloudland』の開放的なサウンドとは対照的であり、バンドの振れ幅を知るために重要である。

3. Pere Ubu – Worlds in Collision

『Cloudland』に続く1991年の作品で、同じく比較的ポップな方向性を持つアルバム。後期Pere Ubuのニューウェイヴ/オルタナティヴ・ロック的な側面をさらに理解する上で有効であり、再始動期の流れを追うのに適している。

4. Talking Heads – Little Creatures

Jerry Harrisonが関わるTalking Headsの中でも、比較的ポップでアメリカーナ的な要素を持つ作品。『Cloudland』の整理されたプロダクションや、奇妙さをポップな形へ収める感覚と関連性がある。Pere Ubuよりも明るく、より整った作品である。

5. XTC – Oranges & Lemons

1989年発表のカラフルなアート・ポップ作品。Pere Ubuとは音楽性が異なるが、80年代後半にポップな形式の中で奇妙な言葉、ひねったメロディ、サイケデリックな感覚を展開している点で関連性が高い。『Cloudland』の明るい表面とひねくれた内面を好むリスナーに適している。

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