
1. 歌詞の概要
Pere Ubuの「The Modern Dance」は、1978年にリリースされたデビュー・アルバム『The Modern Dance』のタイトル・トラックであり、ポストパンクの草創期における芸術的で挑発的な傑作です。
この楽曲では、“モダン・ダンス”という言葉が、単なる身体表現としてのダンスではなく、現代社会におけるアイロニー、文化的虚無、そして日常に潜む狂気の比喩として使われています。
歌詞全体は断片的で、ストーリーとしての一貫性はなく、まるで精神が分裂しかけた語り手の内面が、リズムとノイズに突き動かされて吐き出されたかのようです。
これは**「近代人がどこに向かって踊っているのか」を問う、現代の不安と疎外感の戯画**であり、Pere Ubuならではの“知的で不快”な世界が全開となっています。
2. 歌詞のバックグラウンド
「The Modern Dance」は、オハイオ州クリーヴランドというインダストリアルな都市の退廃的な風景を背景に活動していたPere Ubuの都市文化への皮肉と、反文化的なアプローチの集大成とも言える作品です。
1975年結成のPere Ubuは、パンクロックがシンプルな3コードと反抗精神に頼っていたのに対して、ノイズ、シンセ、ジャズ的アヴァンギャルド性を融合させたアートパンク/プロト・ポストパンクの旗手として台頭しました。
この楽曲の録音は、ジャンルという枠を完全に破壊するもので、特にヴォーカルのデヴィッド・トーマスは叫び・呻き・奇声・つぶやきといった非言語的表現を駆使し、音そのものを“意味の運搬装置”に変えています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius – Pere Ubu / The Modern Dance
“I might go out / I might stay in”
「外に出るかもしれないし/家にいるかもしれない」
“I don’t know / I don’t care”
「わからないし/どうでもいいさ」
“The modern dance is / Like a yo-yo”
「モダン・ダンスってのは/ヨーヨーみたいなもんだ」
“I don’t understand it / I just do it”
「意味なんてわからないけど/ただやってるんだよ」
“This is the modern dance / This is the modern dance”
「これがモダン・ダンスだ/これがモダン・ダンスなんだよ」
ここで繰り返される“モダン・ダンス”というフレーズは、現代人の行動様式を象徴するメタファーです。
“意味がわからなくてもやってしまう”という発言には、社会の中で無意識にルーティン化された行動や感情の形骸化、さらには文化的消費や快楽主義の空虚さへの鋭い風刺が込められています。
4. 歌詞の考察
「The Modern Dance」は、都市の退屈とノイズ、文化の崩壊と模倣の上に成り立つ“新しい時代の踊り”を描いた、アイロニカルな文化批評です。
“ヨーヨー”という比喩が象徴するように、現代の動きは反復し、上下し、制御されているようでされていない。
この曲の中で“踊っている”のは、自由な個人ではなく、どこか操られているような現代人の姿なのです。
「意味はわからないけど、とにかくやる」というセリフは、戦後社会におけるメディア、ファッション、ポップカルチャーの無批判な消費への皮肉とも取れます。
つまり、“モダン・ダンス”とは、理解を伴わない衝動の集合体=現代社会そのものであり、Pere Ubuはそれを音楽として突きつけているのです。
また、音楽的にもこの曲は極めて挑戦的で、規則性を拒むリズム、破壊的なギター、ミニマルで突き放すようなベースラインなど、あらゆる要素が“秩序の崩壊”を演出しています。
それでも不思議とポップな中毒性を持ち、“崩壊しているからこそ魅力的”というポストモダン的快感を与えてくれるのが、この曲の本質的な魅力です。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Marquee Moon” by Television
ポストパンク初期の知性と混沌が同居する、ギターの名曲。 - “She Is Beyond Good and Evil” by The Pop Group
政治・哲学・ファンクが融合した、ラディカルなアートパンク。 - “Deceit” by This Heat
音楽の枠を越えた反文化的ドキュメントのような不穏な名作。 - “We Are Time” by The Pop Group
時間と音の構造そのものを解体する、スリリングな実験音楽。 - “Sister Ray” by The Velvet Underground
反復と混沌を極めた、アメリカ・アンダーグラウンドの起点。
6. “踊ること”は自由か、命令か——ポストモダンのダンスの真意
「The Modern Dance」は、音楽と身体、都市と狂気、文化と模倣といった現代的テーマをすべて内包した“踊り”の比喩です。
それは、自由に見えて実は何かに操られている私たちの現実を浮き彫りにし、Pere Ubuはそこに詩とノイズ、ポップと脱構築の境界線を描き出しているのです。
この曲は決して“ノリのいいダンス・チューン”ではありません。むしろ、踊ることの意味を問う哲学的パンクであり、同時に1970年代後半のアメリカの“精神的アヴァンギャルド”を代表する一曲です。
「The Modern Dance」は、踊ることの意味を問う、ポストパンク時代の文化的マニフェスト。混沌の中にこそ見出される“今の自分”の姿が、Pere Ubuのノイズと共に突きつけられる。
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