発売日: 1989年10月24日
ジャンル: パワーポップ、ハードロック、オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック
『11』は、The Smithereensが1989年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らの音楽キャリアにおいて商業的・音楽的なピークを記録した代表作である。
タイトルの「11」は、映画『This Is Spinal Tap』の“ボリューム11”ジョークへのオマージュであり、
その名に違わず、サウンドはこれまでよりも格段に厚く、力強く、スタジアム・ロック的スケール感を帯びている。
本作のプロデューサーにはエド・ステイシアム(Ramones、Living Colour、Soul Asylum)を起用し、
バンドのコアである60sビートポップやガレージの美学に、80年代末的なハードロックのアグレッションを巧みに融合させた。
その結果、「A Girl Like You」や「Blue Period」など、バンド史上最もキャッチーで洗練されたシングル群が生まれた。
メロディは甘いが、内容は決して軽くない。
愛、失望、後悔、喪失といったパット・ディニツィオの内省的なテーマは健在であり、
音のスケールは大きくなっても、心の陰影を描く力はより強くなっている。
全曲レビュー
1. A Girl Like You
シンプルなコードとパンチのあるリフ、キャッチーなコーラスが融合したバンド最大のヒット曲。
Originally written for Cameron Crowe’s Say Anything…, the track retains a cinematic scale.
力強いロックサウンドに反して、恋の幻影と喪失がテーマ。
重厚なプロダクションと甘さのバランスが絶妙。
2. Blues Before and After
タイトなリズムと硬質なギターが際立つロックナンバー。
歌詞では過去と現在、愛と痛みを行き来するような“感情の時差”が描かれる。
3. Blue Period
ベル・アンド・セバスチャンも顔負けの、内省的で美しいバラード。
ベルンダ・カーライルをフィーチャーした男女デュエットで、恋の終焉と未練を絵画的に描く。
“青の時代”というタイトルがすべてを物語る名曲。
4. Baby Be Good
アップビートでノリのよい曲だが、内実は不安定な恋愛関係への警告のような内容。
エルヴィス・コステロ的な皮肉と、70年代パブロックの爽快さが共存。
5. Room Without a View
閉塞感と孤独を直球で描いたナンバー。
タイトルの「眺めのない部屋」は、文字通りの物理空間であると同時に、内面のメタファーでもある。
6. Indiglo
幻想的で浮遊感のあるサウンド。
タイトルの“Indiglo(青緑の光)”が示すように、夢と夜、淡い恋を描いたセンチメンタルな曲。
7. Drown in My Own Tears
『Green Thoughts』にも同名曲があるが、本作ではよりドラマティックかつオーケストラルなアレンジで再解釈されている。
痛みを昇華した、まるで80年代最後のソウル・バラード。
8. Yesterday Girl
ビートルズ的メロディを下地に、恋人を“過去の人”として語る一曲。
懐かしさと決別が同居する、美しくも冷たいナンバー。
9. Cut Flowers
“枯れた花”という比喩を通じて、死んだ恋を淡々と振り返る。
ギターのリフが葬送曲のように響き、アルバム中もっとも陰影の濃い楽曲のひとつ。
10. William Wilson
エドガー・アラン・ポーの短編『ウィリアム・ウィルソン』を下敷きにした文学的ロック。
自我の二重性や破壊的欲望を描く異色曲で、バンドの知的な一面が際立つ。
11. Maria Elena
パット・ディニツィオが敬愛していたバディ・ホリーの妻の名を冠した曲。
愛と喪失、ノスタルジアとロックンロールの精神を集約した、切なく温かいクロージング。
総評
『11』は、The Smithereensにとって**“最高に売れたロック・アルバム”であると同時に、最も自己認識的で完成度の高い作品**でもある。
パワーポップというジャンルの枠に収まりきらない、ハードロック的な力強さと、ソフトロック的な情緒が共存しており、
それはバンドの音楽的成熟と、ソングライティングの深化によって可能になった。
エド・ステイシアムのプロダクションは、時代の空気を吸い込みつつもバンドの良心を壊すことなく、
The Smithereensを一気にMTV時代のフロントへと押し上げた。
だが、彼らの本質は決して“売れ線”ではなく、人肌の温度を帯びた孤独と回想のロックにある。
その本質が、ハードに装飾されながらも貫かれているからこそ、『11』は今も80年代パワーポップの金字塔として語り継がれている。
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より荒削りなパワーを保ちながらも、メジャー感あるプロダクションが通じ合う。
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