発売日: 2002年10月15日
ジャンル: インディーロック、バロックポップ、ポストロック、アートロック
- ざわめきの中の静けさ、人の中の忘れもの——“群れ”によって生まれた、都市と感情の交差点
- 全曲レビュー
- 1. Capture the Flag
- 2. KC Accidental
- 3. Stars and Sons
- 4. Almost Crimes (Radio Kills Remix)
- 5. Looks Just Like the Sun
- 6. Pacific Theme
- 7. Anthems for a Seventeen-Year-Old Girl
- 8. Cause = Time
- 9. Late Nineties Bedroom Rock for the Missionaries
- 10. Shampoo Suicide
- 11. Lover’s Spit
- 12. I’m Still Your Fag
- 13. Pitter Patter Goes My Heart
- 総評
- おすすめアルバム
ざわめきの中の静けさ、人の中の忘れもの——“群れ”によって生まれた、都市と感情の交差点
2002年、Broken Social Scene(以下BSS)が放った2作目『You Forgot It in People』は、
彼らの名を一躍世界に知らしめたブレイクスルー作にして、2000年代インディー・ロックの金字塔である。
前作『Feel Good Lost』がポストロック的アンビエントの静謐なスケッチだったのに対し、
本作ではメンバー数が一気に拡大。Feist、Emily Haines(Metric)、Amy Millan(Stars)など後のカナダ・インディーを担う名だたる女性たちも加わり、
音楽的にも感情的にも、ダイナミズムと親密さ、混沌と秩序が複雑に入り交じる構造となっている。
その音像は、ギターオーケストラ、重ねられたヴォーカル、予測不能な展開、時折挿入されるドラムの爆発、
そして何より、都市の孤独と、そこにあるつながりの可能性を捉えようとする眼差しに満ちている。
全曲レビュー
1. Capture the Flag
冒頭から言葉ではなく音による導入。
不穏なチェロとドローン、微かなノイズが絡む空気の層。
旗を奪う戦いではなく、むしろ始まりを導く無言の合図。
2. KC Accidental
BSSの原点ユニット名を冠した一曲。
ビートの連打とギターの多層構造が爆発的なカタルシスを生み、
ポストロックとインディーロックの境界を破壊するような躍動がある。
3. Stars and Sons
パーカッシブなリズムと繊細なメロディが絡む都市のスケッチのような楽曲。
“星と息子たち”という不思議なタイトルが、私的記憶と普遍的情景を結ぶ。
4. Almost Crimes (Radio Kills Remix)
男女ツインボーカルによる破壊的でありながらキャッチーなロックアンセム。
激情と切なさ、政治と恋愛が交錯する。
5. Looks Just Like the Sun
アコースティックで内省的。
“それはまるで太陽のようだった”という比喩に、思い出の断片と光の残像が重なる。
6. Pacific Theme
インストゥルメンタル。
トロピカルなパーカッションとギターが、逃避と解放、風と海の感覚をもたらす。
まるでカナダの真冬に見る“南国の夢”。
7. Anthems for a Seventeen-Year-Old Girl
Feistの囁くようなヴォーカルとテープの揺らぎが生む儚く甘い時間の泡。
“Park that car, drop that phone…”と繰り返されるリリックが青春の喪失感と静かな決意を封じ込める。
8. Cause = Time
変則的な構成とギターのリフが強烈に残る、アルバム中でもっとも躍動的な一曲。
時間の流れと因果、暴力性と進化を内包するナンバー。
9. Late Nineties Bedroom Rock for the Missionaries
タイトルからして私的で皮肉的。
淡いメロディと物語性が重なり、90年代という“個人的神話”の再構築が行われる。
10. Shampoo Suicide
シンセのループとサイケなギター。
消えていくもの、洗い流されるものへの哀悼。
暴力的な言葉と優しい音の対比が印象的。
11. Lover’s Spit
ゆったりとしたピアノと男性ヴォーカルの憂い。
愛と倦怠、肉体と情動が溶け合う夜のバラード。
のちにFeistによる別バージョンも登場する、BSSの代表曲のひとつ。
12. I’m Still Your Fag
タイトルの挑発性とは裏腹に、非常に繊細でエレガントな楽曲。
性とアイデンティティの境界を、ユーモアと傷つきやすさで乗り越える。
13. Pitter Patter Goes My Heart
ラストはノイズと残響に満ちたアンビエント小品。
心臓の鼓動のような微かな音だけが残される。
人が人であること、忘れかけていた感覚が、ここで静かに甦る。
総評
『You Forgot It in People』は、個と集団、私と公共、音と沈黙のはざまで生まれた、2000年代的感性の結晶である。
Broken Social Sceneはこのアルバムで、“インディーロック=孤高”というイメージを裏切り、むしろ“群れ”で音楽を作ることの希望と危うさを提示した。
この作品は、ロックというより都市の呼吸、記憶の断片、感情のインフラのようなものであり、
聴くたびにその音の多層性と親密さに心がほどけていく。
人の中に置き忘れてきたもの——それは、感情、関係、記憶、愛の予兆かもしれない。
このアルバムは、それらを音楽としてそっと手渡してくれるのだ。
おすすめアルバム
- Arcade Fire – Funeral
同じくモントリオール発。群像的構成と都市的感性が交差する傑作。 - The National – Alligator
内面の焦燥と外界のノイズが交錯するアメリカン・インディーの骨太な視点。 - Stars – Set Yourself on Fire
BSSファミリーの一員による、ロマンティックで切実なインディーポップ。 - Feist – Let It Die
BSSの紅一点が放った、極私的で優雅なソロ作。 - Sufjan Stevens – Illinois
個人と国家、歴史と感情を交差させるポストモダン・フォークオーケストラ。
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