発売日: 1981年5月**
ジャンル: パンク・ロック、アメリカーナ、ロカビリー、ポストパンク
概要
『Wild Gift』は、ロサンゼルスを拠点とするバンドXが1981年にリリースしたセカンド・アルバムであり、
デビュー作『Los Angeles』の衝撃を超える完成度で、西海岸パンクに“家庭と日常の破壊”というリアルな主題を持ち込んだ名盤である。
レイ・マンザレク(The Doors)が再びプロデュースを担当し、
その結果、**音はよりタイトに、言葉はより内省的に、パンクはより生活に根ざした“感情の報告書”**として鳴らされている。
特筆すべきは、パンクでありながらロカビリーやトラディショナルなアメリカン・ミュージックの要素が強まり、
カリフォルニアの暑苦しいキッチンと安モーテルのベッドの上で交わされるような会話をそのまま音楽に封じ込めたことである。
恋愛、家族、貧困、諦め、そしてそれでも続く日常。
『Wild Gift』は、“パンク以後のロックンロールの家族像”を描いた1枚なのだ。
全曲レビュー
1. The Once Over Twice
疾走するギターと不穏なツインボーカルのかけ合い。
「もう一度だけ…もう二度目か」という関係性の不信感と惰性が、冒頭からリスナーを掴む。
2. We’re Desperate
「私たちは必死なんだ」と繰り返す歌詞は、都会に生きる貧しき若者たちの祈りのような叫び。
パンクの怒りではなく、切実な生活感がにじむ名曲。
3. Adult Books
ポルノショップをめぐる一夜の風景をスケッチするようなトラック。
だがその背景には、性、恥、孤独、娯楽、逃避といった日常の矛盾がすべて入り込んでいる。
4. Universal Corner
やや不穏で陰のあるメロディに乗せて、同じ場所に立ち続ける人々の断片的肖像を描く。
“普遍の角”とは、誰もが回避できない「交差点」のことかもしれない。
5. I’m Coming Over
自分本位な誘惑の歌でありながら、どこか孤独と不安がにじむ不思議なバラッド。
“行くよ”という言葉の軽さと重みが交錯する。
6. It’s Who You Know
タイトル通り「コネのある世界」に対する風刺と諦めが込められた、タイトでパンキッシュな一曲。
政治でも音楽でも恋でも、**すべては“誰を知っているか”なのか?**という問い。
7. In This House That I Call Home
最も詩的でエモーショナルな曲のひとつ。
「この家」とは、物理的な空間であると同時に、壊れかけた関係とそれを維持しようとする儚い意思の象徴である。
8. Some Other Time
軽快なテンポに反して、「また今度」という言葉に込められた現実逃避と感情の回避が皮肉に響く。
9. White Girl
本作の中でも特に有名なナンバー。
実話をもとにした歌詞は、階級、恋愛、人種といった複雑な関係性を“白い女の子”という単語に凝縮している。
10. Beyond and Back
現世のうんざりする現実から逃げようとしつつも、結局は戻ってきてしまうこと。
輪廻のような都市生活の閉塞感が反復される。
11. Back 2 the Base
アンダーグラウンドな文化と自己再生の欲求を、高速ロカビリー風にまとめた熱量あるトラック。
“原点回帰”ではなく“地下への潜行”のような響き。
12. When Our Love Passed Out on the Couch
この曲タイトルだけでもう映画が1本撮れそうな一曲。
破れたソファ、消えかけた愛、吐き出せない本音――家庭の風景としての恋愛の終焉を描く珠玉の短編。
13. Year 1
シンプルなフレーズの反復が、変わらない日常と“始まりすら思い出せない関係”の空虚さを際立たせる。
終わりではなく“1年目”というタイトルが、逆に悲しい。
総評
『Wild Gift』は、家庭のなかに潜む暴力と優しさ、パンクのなかに宿る日常と詩情を見事に織り交ぜた作品である。
『Los Angeles』が街を描いたとすれば、本作はその中の部屋、台所、寝室、ソファの上の沈黙を描いている。
これは暴動ではなく、“暮らしのなかでパンクしそうな心”の記録だ。
男女のツインボーカルという独自のフォーマットを活かしながら、
ジョン・ドウとエクシーンは愛と絶望、ロマンスとルーティーン、皮肉と祈りを歌い続ける。
その語り口は、同時代のBlack FlagやDead Kennedysとは全く異なる、“詩としてのパンク”を確立するものだった。
おすすめアルバム
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The Replacements / Let It Be
ロックと生活の交差点に立ち、青春と厭世を同時に鳴らす傑作。 -
The Go-Go’s / Beauty and the Beat
LAのもう一つの顔、女性視点からのポップ・パンク的日常。 -
Violent Femmes / Violent Femmes
恋愛と苦悩をフォーク・パンクで表現する共鳴盤。 -
Patti Smith / Radio Ethiopia
女性詩人がパンクとロックを媒体に、都市と私を語った作品。 -
Hüsker Dü / Zen Arcade
アメリカーナとパンクをつなぎ、家庭崩壊と再生の物語を描く壮大な叙事詩。
特筆すべき事項
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『Wild Gift』はローリング・ストーン誌によって1980年代の最重要アルバムのひとつに選出されており、
その評価は今なお高い。 -
プロデューサーのレイ・マンザレクは、Xの家庭的でローカルな視点に魅了され、
“ドアーズにはなかったリアルな詩情”があると語っている。 -
タイトル『Wild Gift(野生の贈り物)』とは、日常のなかにある“制御不能な感情”そのもの。
パンクは破壊ではなく、その“贈り物”を鳴らすための手段だったのかもしれない。
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