アルバムレビュー：Throwing Muses by Throwing Muses (2003)

アルバムレビュー

2025.05.08

発売日: 2003年3月17日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ポストパンク

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Throwing Muses』（2003）は、1996年の『Limbo』以来7年ぶりにリリースされた、Throwing Musesの再始動アルバムであり、バンド名を冠しながらも「帰還」ではなく「継続と変化」の姿勢を示した作品である。

本作は、中心人物クリスティン・ハーシュと、オリジナルメンバーであるデヴィッド・ナルソン（ドラム）とのコンビによって制作され、初期Throwing Musesの狂気と激情、90年代以降の構築美と抑制を両立させたハイブリッドな音像が印象的である。

かつての共同ソングライターであるターニャ・ドネリーは不在だが、代わりにハーシュの表現はさらに濃密で内省的になっており、“孤独な対話者”としてのThrowing Muses像が色濃く浮かび上がっている。

バンド名を再び冠することは、自己模倣ではなく、むしろ“変わらずに変わる”というThrowing Musesの美学そのものの表明なのだ。

全曲レビュー

1. Mercury

冒頭からリズムが転がるように躍動し、不協和のギターが全開に鳴る攻撃的なトラック。
“水銀”というタイトルが示す通り、毒性と滑らかさを併せ持った導入。

2. Civil Disobedience

政治的にも読めるタイトルながら、歌詞は極めて個人的な“内なる抵抗”を描く。
構造はシンプルだが、怒りと疲弊が火花のようにぶつかり合う。

3. Pandora’s Box

神話的なモチーフを借りながら、“開けてはならない記憶”や“過去の扉”を暗示する静かな爆発。
アルペジオが美しくも不穏。

4. Status Quo

鋭く反復するギターと、冷たく乾いたビートが支配する中速ナンバー。
現状維持に対する苛立ちと、皮肉まじりの冷笑がにじむ。

5. Speed and Sleep

タイトル通り、躁と鬱の間を揺れ動くような曲構成。
ハーシュの低くささやくようなヴォーカルが印象的で、夢と覚醒の境界が曖昧になる。

6. Pretty Deep

抑えたテンポと曖昧なコード進行で進行する、アルバムの“静けさの中心”。
“pretty”と“deep”という言葉の並置が、表層と深層のズレを象徴している。

7. Flying

ミニマルな編成と浮遊感のあるアレンジが、孤独な浮遊体験を想起させる。
ハーシュの歌声が空間の奥へと消えていくような印象を残す。

8. Militia

再び激しく緊張感のある展開へ。
“民兵”というタイトルが示すように、戦う相手は他者ではなく自己なのかもしれない。

9. Los Flamingos

抽象的なイメージが並ぶ短編詩のような一曲。
音像は柔らかくも不穏で、“美しさの裏に潜む違和感”を丁寧に描く。

10. Solar Dip

陽の光をテーマにしつつ、どこか夕暮れのような寂しさを帯びたナンバー。
アルバム後半のクールダウン的役割も果たす。

11. Half Blast

ノイズの海の中から突き刺すように立ち上がる、短く鋭いトラック。
爆発ではなく“半分だけの爆発”というタイトルが示す中途性がThrowing Musesらしい。

12. Epiphany

静かで詩的な最終曲。
“啓示”というタイトルにふさわしく、アルバム全体を締めくくる“気づき”と“余韻”が残る。
ハーシュのギターと声が、最も親密な距離で響く瞬間。

総評

2003年の『Throwing Muses』は、バンド名を冠しながらも、過去への回帰ではなく、むしろ“これからの孤独”を引き受ける作品として強い意志を感じさせるアルバムである。

クリスティン・ハーシュのソングライティングは、もはやポップとカオスの狭間で揺れるものではなく、混沌を受け入れたうえで精緻に構築された自己表現へと到達している。

音の肌触りは硬質で無骨、だが内側には燃えるような感情があり、言葉ではなく音楽という形でしか吐き出せない“知性ある痛み”がある。
それはかつての若き激情とは異なる、静かな怒りと生き延びた者の重みを持った音なのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

このアルバムには、明示的なストーリーテリングやメッセージはほとんどない。
だがその代わりに、“感情の断片”がまるで詩行のように積み重なり、楽曲ごとに異なる視界を作り出している。

『Throwing Muses』（2003）は、ポストグランジ以後のロックの枠を軽やかに超え、音楽がいかに個人の精神を映し出す装置たりえるかを、静かに証明した作品である。