
発売日:1988年
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、ポストパンク、アート・ロック、インディー・ロック、ノイズ・ポップ
概要
Throwing Musesの2作目『House Tornado』は、1980年代後半のアメリカン・オルタナティヴ・ロックの中でも、とりわけ“神経のざわめき”そのものを音楽化したような作品である。バンドはクリスティン・ハーシュとタニヤ・ドネリーを中心に結成され、4ADから作品を発表したことで、当時の英国インディー文脈とも強く結びついて語られることが多い。しかしThrowing Musesの本質は、単に4AD的な耽美やドリーミーなポストパンクには収まらない。彼女たちの音楽には、もっと切迫した身体性、家庭や記憶や言語の断片がぶつかり合うような不安定さ、そして“曲”という形式が崩れそうになりながら辛うじて保たれている危うさがある。『House Tornado』は、その特徴がきわめて高い純度で現れたアルバムだ。
前作『Throwing Muses』にもすでに、彼女たちの独特な語法ははっきり現れていた。変則的なリズム、急旋回するメロディ、意味を一つに固定しにくい歌詞、クリスティン・ハーシュのひりついたヴォーカル。そのどれもが、当時の大学ラジオ系インディーやポストパンクの枠組みの中ではかなり異質だった。だが『House Tornado』では、それらの要素がさらに凝縮され、より緊張感の高いかたちで鳴っている。前作にあったニューウェイヴ的な輪郭や4AD的残響感が少し後退し、その代わりにバンドの演奏そのものの切迫感、曲の内部で起こるねじれ、そして言葉と音の衝突が前景化している印象だ。
タイトルの『House Tornado』も非常に示唆的である。“家の竜巻”という一見奇妙な言葉は、外からやってくる災厄というより、家庭や日常の内部で突然巻き起こる感情の暴風のように響く。Throwing Musesの歌には、昔から家庭、血縁、子供時代、精神の揺れ、身体感覚が異様な密度で入り込んでいるが、それらは決して整然とした告白や物語にはならない。むしろ、家の中の会話、記憶の断片、恐怖や愛着の入り混じった感覚が、曲の中で渦を巻きながら現れては消える。その意味で『House Tornado』というタイトルは、このアルバムの音楽的構造そのものを言い当てている。ここで鳴っているのは、“落ち着くはずの場所が落ち着けない”感覚であり、親密さがそのまま不穏さと隣り合っている世界である。
1988年という時代を考えると、この作品の特異性はさらに際立つ。アメリカのインディー・ロックは、R.E.M.やHüsker Dü、Pixies、Sonic Youthなどによって多様な進化を見せていたが、Throwing Musesのようなバンドはそのどれにも完全には似ていない。彼女たちはノイジーだが、ノイズ・ロックの破壊衝動だけではない。ポップな瞬間もあるが、ポップとして安定しない。ポストパンク的でもあるが、冷たく距離を取るというより、もっと近くて切実だ。つまり『House Tornado』は、ジャンル的な説明がしにくいからこそ重要なのである。後年の女性オルタナティヴ・アーティスト、あるいは“パーソナルでありながら実験的なロック”の系譜を考えるとき、このアルバムはきわめて先進的な響きを持っている。
音楽的な特徴としてまず挙げるべきは、クリスティン・ハーシュのソングライティングである。彼女の曲は、一般的なAメロ—サビ型のポップ構造を取らないことが多く、フレーズは突然向きを変え、リズムは跳ねたりつまずいたりし、メロディは会話の延長のように始まって叫びに近づく。そのため、初めて聴くとまとまりがないように感じる瞬間もある。だが、繰り返し聴くと、その不安定さの中に非常に精密な感情の流れがあることが分かる。Throwing Musesの曲は、完成された建築物というより、感情が移動していく道筋をそのまま録音したような構造を持っているのだ。
ヴォーカル面でも、本作は非常に独特である。クリスティン・ハーシュの歌は、いわゆるロック・ヴォーカルの強さとも、ドリーム・ポップ的な浮遊感とも異なる。彼女の声は鋭く、乾いていて、ときに子供っぽく、ときに怒鳴り声の一歩手前にあり、常に意味より先に感覚を突き刺してくる。タニヤ・ドネリーの声が加わると、そこに少し違う種類の甘さや透明感が混じるが、その甘さすら安定した救済にはならない。むしろ、二人の声のコントラストが、アルバム全体の居心地の悪い美しさを強めている。
演奏も見逃せない。Throwing Musesはしばしばソングライティングやヴォーカルの異様さばかり注目されがちだが、このバンドのリズム隊やギターの役割は非常に重要だ。ベースとドラムは、曲を安定させるよりも、むしろその不安定さを保ちながら進める役目を果たしている。ギターも壁のように鳴るのではなく、曲の内部で神経質に動き回り、音の隙間に棘を立てる。結果として『House Tornado』のサウンドは、分厚い轟音ではないのに異様に圧迫感がある。静かな曲でも落ち着けず、速い曲でも爽快にはならない。その不安定さこそが、この作品の強度なのだ。
キャリアの流れで見ると、『House Tornado』はThrowing Musesの初期を代表する重要作であり、同時に彼女たちの“もっとも神経が剥き出しになった時期”を記録したアルバムでもある。のちの作品では、曲の輪郭が少し整理されたり、メロディの美しさがより明瞭に見える瞬間も増えていくが、本作にはそうした整理以前の切迫がある。だからこそ『House Tornado』は、わかりやすい名盤というより、深く入り込むほど離れがたくなるタイプの作品として聴かれるべきだろう。家の中に吹く竜巻のように、このアルバムは近い場所をめちゃくちゃにしながら、そこにしかないリアリティを残していく。
全曲レビュー
1. Sunray Venus
アルバム冒頭を飾るこの曲は、『House Tornado』全体の不安定な美しさを端的に示すオープナーである。タイトルにはどこか神話的で、光と女性性が混ざり合ったような響きがあるが、実際のサウンドは決して神秘的に整ってはいない。むしろギター、リズム、ヴォーカルが微妙に軋み合いながら進み、その軋みそのものが魅力になっている。クリスティン・ハーシュの歌は、語りと叫びの境目のような場所にあり、意味を説明するというより、感覚を直接ぶつけてくる。アルバムの導入として、Throwing Musesがこの作品で快さより緊張を重視していることがすぐに伝わる、非常に機能的なオープナーである。
2. Cottonmouth
本作の中でも比較的知られた楽曲の一つで、初期Throwing Musesの代表的な切迫感がよく表れている。タイトルの“Cottonmouth”は乾きや毒、身体の違和感を思わせる言葉であり、実際この曲のサウンドにもそうした不快な身体感覚が宿っている。リズムはまっすぐに走るのではなく、わずかに引っかかりながら前へ進み、ギターもコードの面ではなく神経質な線として鳴る。その上でヴォーカルがせき立てるように言葉を運ぶため、曲全体が常に落ち着かない。Throwing Musesの魅力は、こうした“まともに呼吸させてくれない”ロックの作り方にある。この曲はその典型といえる。
3. Devil’s Roof
タイトルからして、家の構造物と不穏な存在が結びついており、アルバム全体の“家庭内の不穏さ”という主題とも深く響き合う。サウンドは比較的重めで、低域の圧とヴォーカルの鋭さが印象に残るが、ただハードなだけではない。曲の中ではフレーズが不意に曲がり、リズムが一瞬不安定になり、まるで屋根そのものが歪んでいるような感覚がある。Throwing Musesはしばしば抽象的だが、この曲では建物や場所の感覚が強く、空間そのものが感情を帯びているように聞こえる。非常にこのアルバムらしい一曲だ。
4. Dogsong
タイトルの簡潔さに対して、内容はかなり不穏で複雑な印象を残す。犬という存在は忠誠、家庭、野生、恐怖など多くの象徴を持ちうるが、Throwing Musesにおいては常にひとつに固定されない。この曲でも、歌詞やサウンドは何か生き物めいた気配を漂わせながら、それを明快には説明しない。リズム隊の動きにはどこか獣の落ち着かなさがあり、ヴォーカルも言葉を噛みしめるというより、吐き出しては引っ込めるように響く。家庭的なものと野生的なものが混ざる感覚が強く、アルバムの核心的な世界観に近い曲である。
5. Giant
「Giant」は、本作の中でも比較的リフ感覚が強く、バンドの演奏のフィジカルな魅力が前に出た曲である。もっとも、その“巨人”はヒロイックな強大さではなく、むしろ圧倒されるような異物感として響く。Throwing Musesの曲にはしばしば、身近なものが突然巨大化するような感覚があるが、この曲もそうした心理的拡大の音楽化として聴ける。ギターは分厚くないのに妙な圧を持ち、リズムは直線的に進むようでいて微妙に揺れる。そのアンバランスさが“巨きさ”の不気味さを支えている。アルバム中盤の緊張をしっかり保つ重要曲である。
6. Burning
タイトルの直截さどおり、感情や状況の燃焼を思わせる楽曲だが、その熱は爽快な炎というより、内側でじわじわ燃え続けるような不穏なものだ。Throwing Musesはパンク的な衝動を持ちながらも、それを単なる速さや怒りには変換しない。この曲でも、燃えているのは破壊的なエネルギーというより、逃げ場のない神経の摩擦のように感じられる。ヴォーカルの刺々しさと、曲全体の乾いた質感が相まって、非常に生々しい熱を持ったトラックになっている。短くても印象の強い一曲だ。
7. Honeychain
本作の中ではやや柔らかい響きを持ちながらも、決して安らぎには向かわない曲。タイトルに含まれる“honey”の甘さと“chain”の拘束感の並置が示すように、この曲には魅力と閉塞が同時にある。Throwing Musesの楽曲はよく“美しいのに怖い”と形容されるが、この曲はまさにその感覚をよく体現している。メロディには確かに耳を惹くものがあるが、その周囲の音やリズムが安心させてくれない。甘さの裏に引っかかりがある、その複雑な感触がきわめて魅力的である。
8. Fall Down
タイトル通り、“落ちる”感覚がそのまま曲の運動になっているような一曲。Throwing Musesの音楽は前へ進むより、ずれる、傾く、落ちる、といった感覚と結びついていることが多い。この曲でも、リズムやフレーズが安定した着地を拒み続けるため、ずっと不安定な斜面を転がっていくような感覚がある。ヴォーカルも感情を整えず、そのままの重心で投げ出される。アルバムの中でも特に“身体が宙吊りになる感じ”が強い曲であり、聴き手を落ち着かせない力が非常に強い。
9. Colder
ここではアルバム全体の温度がさらに下がり、感情が冷えていく感覚がかなりはっきり出ている。Throwing Musesの音楽は熱を持っていても冷たく、冷たくても内側ではざわめいていることが多いが、この曲ではその二重性が特に際立つ。ギターは刺々しく、ヴォーカルは切迫しているのに、曲の印象としてはむしろ冷気が漂っている。タイトルが示す“さらに冷たく”という感覚は、心情の変化というより、世界の温度そのものが下がっていくように聞こえる。アルバム終盤に向けて、感情の景色がさらに不穏になる重要なトラックである。
10. House Tornado
タイトル曲にして、アルバム全体の感触を最もよく表す一曲。ここではThrowing Musesの持つ歪んだ親密さ、不安定な家庭感覚、突発的な感情の渦が凝縮されている。サウンドは決して巨大ではないのに、曲全体が渦を巻いているような圧がある。フレーズは落ち着く場所を見つけず、リズムもどこか巻き込むように進んでいく。タイトルのイメージどおり、外から来る災害ではなく、内部から吹き上がる竜巻のような曲であり、本作の核心といえる。Throwing Musesというバンドが、日常や親密圏をどれほど危険なものとして感じ取っていたかが、この曲にははっきり表れている。
11. Silver Leaves
アルバムの終盤に置かれたこの曲は、比較的抒情的な響きを持ちながらも、やはり落ち着いた美しさには収まらない。タイトルの“銀の葉”というイメージには、自然物でありながら少し人工的で冷たい光沢が感じられ、それがそのまま曲の質感と重なる。Throwing Musesは自然や家庭的なモチーフを使っても、それを穏やかな象徴にはしない。この曲でも、葉は風景の一部というより、感情の断片として光っているように聞こえる。アルバム後半の中では、少し呼吸を与えつつ、なお不穏さを保つ役割を果たしている。
12. Snail Head
ラストを飾るこの曲は、タイトルからして奇妙で、どこか身体の一部が変形したような不快さを伴っている。Throwing Musesらしい生物的な違和感、身体感覚のずれ、そして言葉の妙な手触りが強く残る一曲だ。エンディングとして大団円を与えるタイプではなく、むしろアルバム全体の不穏さを最後にもう一度凝縮し、未解決のまま残していく。サウンドも最後まで落ち着かず、どこかうごめくような感触がある。『House Tornado』という作品は、結局どこにも完全には着地しない。そのことを、このラスト曲は見事に体現している。
総評
『House Tornado』は、Throwing Musesというバンドの核心が最も神経質で、最も切迫したかたちで刻まれた初期の重要作である。後年の作品に比べれば、曲の整理は甘く、わかりやすいメロディの美しさも控えめかもしれない。しかし、このアルバムにはそれを補って余りある強度がある。ここで鳴っているのは、感情の説明ではなく、その感情が発生している現場そのものだ。だから曲は安定しないし、心地よさだけを与えてもくれない。だが、その不安定さこそが本作のリアリティであり、Throwing Musesというバンドの本質でもある。
音楽的には、ポストパンク、インディー・ロック、ノイズ、アート・ロックといった要素があるが、どのラベルでも十分ではない。『House Tornado』の本当の価値は、“家庭的な親密さ”と“神経の崩壊寸前の緊張”を同時に鳴らせるところにある。クリスティン・ハーシュのソングライティングは、ジャンルや構成の常識を無視しているようでいて、実際には非常に精密に感情の流れを捉えている。その精密さが、このアルバムを単なる奇妙な作品ではなく、深く再聴に耐えるものにしている。
また、本作は女性主導のオルタナティヴ・ロックの歴史を考えるうえでも非常に重要だ。だがその重要性は、単に“女性バンドとして先進的だった”ということにとどまらない。Throwing Musesは純粋に、そしてまず何よりも、音楽的に異常なバンドだった。その異常さが、後年の多くのアーティストに影響を与えた。言葉と身体のずれ、感情の断片化、メロディとノイズの接続。そのすべてが、今聴いてもなお独創的である。
Throwing Musesの入門としては、もう少し輪郭の見えやすい作品を選ぶ人もいるだろう。しかし、バンドの神経そのものに触れるなら、『House Tornado』は避けて通れない。これは気軽に“良いアルバム”とまとめられるタイプの作品ではない。むしろ、何かがずっとざわつき続けるアルバムであり、そのざわつきが時間とともに中毒性へ変わっていく。近くて怖くて、美しくて落ち着かない。そうしたThrowing Musesの魅力がもっとも濃く表れた一枚として、本作はきわめて重要である。
おすすめアルバム
- Throwing Muses『Throwing Muses』
デビュー作にして原点。『House Tornado』へ至る前の、より4AD的な陰影と初期衝動が詰まっている。
– Throwing Muses『Hunkpapa』
初期の荒々しさを保ちつつ、曲の輪郭やメロディが少し整理されていく重要作。『House Tornado』との比較が非常に面白い。
– Kristin Hersh『Hips and Makers』
クリスティン・ハーシュのソングライティングの核を、より剥き出しの形で味わえる傑作ソロ作。Throwing Musesの異常な親密さの源泉が見える。
– Pixies『Surfer Rosa』
同時代ボストン周辺の異形オルタナとして並べて聴く価値が高い。切迫感、変則的構成、ポップとノイズの交差が共鳴する。
– Sonic Youth『Sister』
1980年代後半のアメリカ地下ロックにおける神経質な自由さを味わえる名盤。Throwing Musesの異物感を別方向から照らしてくれる。

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