Throwing Musesとは?Kristin Hershが鳴らす“壊れた感情のリズム”とオルタナティブ・ロックの原点

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

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Throwing Musesは、1980年代前半にアメリカのロードアイランド州で結成されたオルタナティブ・ロック・バンドである。中心人物はボーカル/ギター/ソングライターのKristin Hersh。初期には義姉のTanya Donellyも重要なメンバーとして活動した。

彼女たちの音楽を特徴づけるのは、感情の揺れがそのまま曲の形になったような不安定さだ。静かな歌が突然激しくなり、ギターの流れが途中で切れ、ドラムのアクセントも予想外の場所に入る。しかし、複雑さを見せるために難しい演奏をしているわけではない。怒り、不安、混乱、孤独といった感覚に合わせて曲が動いているように聞こえる。

1986年にイギリスの4ADからデビューし、Pixiesなどと並んで後のアメリカン・オルタナティブにつながる音を早くから作っていた。グランジが広く知られる前から、「きれいに整っていないこと」そのものをロックの表現に変えていた重要なバンドである。

Throwing Musesの背景と歴史

Throwing Musesの原型は1980年代前半に作られた。Kristin HershとTanya Donellyを中心に活動が始まり、ベースのLeslie Langston、ドラムのDavid Narcizoが加わって初期の形が整っていく。

彼女たちが活動していたロードアイランド周辺は、当時のアメリカ音楽産業の中心地ではなかった。その環境もあってか、Throwing Musesの初期作品には流行へ合わせようとする感覚が薄い。Kristin Hershが書く奇妙な構成の曲を、バンド全体でそのまま成立させることが優先されていた。

大きな転機となったのが、イギリスのインディー・レーベル4ADとの契約である。1986年にファースト・アルバムThrowing Musesを発表。アメリカのバンドでありながら、Cocteau TwinsやThis Mortal Coilなどを送り出していた4ADから作品を出したことで、まずイギリスのインディー・シーンで存在感を高めた。

1980年代後半にはHouse Tornado、Hunkpapaと作品を重ねる。初期の予測できない曲構成を残しながら、少しずつロック・バンドとしての力強さも増していった。

この時期、Tanya Donellyもソングライターとして存在感を強めていく。Kristin Hershの曲が緊張感や不安定さを持つのに対し、Donellyの曲には比較的まっすぐなメロディが目立った。二人の個性が同じバンドの中に存在していたことも、初期Throwing Musesの面白さだった。

1991年のThe Real Ramonaを最後にDonellyはバンドを離れ、その後Bellyを結成する。Throwing MusesはKristin Hershを中心とした形へ移行した。

1990年代にはRed Heaven、University、Limboを発表。オルタナティブ・ロックが巨大な市場へ成長していく時代だったが、Throwing Musesは極端に流行へ寄ることなく活動を続けた。1997年にはいったん活動を休止し、Hershはソロ活動や50 Foot Waveでも作品を発表していく。

2000年代に入るとThrowing Musesは再び活動を開始した。以後も断続的に作品を制作し、2010年代以降も新作を発表している。初期から続く「予想通りには進まない曲」という個性を残しながら、長い時間をかけて独自のロックを掘り下げてきたバンドである。

Throwing Musesの音楽スタイルと特徴

Throwing Musesを初めて聴くと、まず曲の動き方に違和感を覚えるかもしれない。

一般的なロックでは、一定のリズムの上でAメロ、サビ、Aメロ、サビと進む曲が多い。Throwing Musesでは、その安心できる流れが突然崩れる。テンポの感覚が変わったり、強く鳴る場所がずれたり、静かだったギターが急に激しくなったりする。

特に重要なのがDavid Narcizoのドラムだ。大きなドラムセットで派手に叩くタイプではなく、必要な音だけを選びながら独特のリズムを作る。Hershのギターにただ拍子を合わせるのではなく、歌の感情的な動きに反応するようにアクセントを変えていく。

Hershのギターも、きれいなコード進行を滑らかにつなぐことを目的としていない。乾いた音でコードをかき鳴らしたかと思えば、突然音数を減らす。鋭いフレーズが曲の途中に割り込むこともある。この途切れそうで途切れない感覚が、Throwing Muses特有の緊張を生んでいる。

ボーカルも同様だ。Hershは美しく一定の声で歌うより、低くつぶやいたり、急に声を強めたりする。声がひび割れるように聞こえる瞬間もあり、歌と会話と叫びの境目が曖昧になる。

歌詞はさらに独特である。出来事を順番に説明するというより、映像、会話、身体感覚、記憶の断片が突然つながっていく。そのため意味を一つに決めるのは難しい。しかし、その分だけ「頭の中で複数の感情が同時に動いている」ような生々しさがある。

Throwing Musesの代表曲5選

「Fish」

1986年のファースト・アルバムに収録された初期の代表曲である。ギター、声、ドラムが同じ方向へきれいに進むのではなく、それぞれが少し違う動きをしながら一つの曲を作っている。

静けさと激しさの境界も曖昧だ。普通ならサビへ向かって段階的に盛り上げるところを、突然感情があふれたように音が変わる。初期Throwing Musesの不安定な魅力を短い時間で理解できる曲である。

「Bright Yellow Gun」

1995年のUniversityを代表する曲で、Throwing Musesの中ではかなり直接的なロック・ナンバーだ。太いギター・リフと強いドラムが前へ進み、Hershのボーカルも鋭い。

それでも単純なハード・ロックにはならない。声の置き方やギターの細かな動きには落ち着かない感覚が残っている。90年代のオルタナティブ・ロックとThrowing Muses独自の曲作りが最も分かりやすく接近した曲の一つだ。

「Dizzy」

1989年のHunkpapaに収録された代表曲である。初期の複雑さを残しながら、メロディが以前より前へ出ている。

タイトル通り、少し目が回るような不安定さがあり、演奏の流れが完全には落ち着かない。しかし、その中に覚えやすい歌がある。Throwing Musesが「変わった曲を書くバンド」だけではなく、強いポップ・メロディも持っていたことが分かる。

「Counting Backwards」

1991年のThe Real Ramonaに収録された曲で、バンドのロックとしての勢いがよく分かる。ギターは太くなり、ドラムも力強いが、演奏は一直線には進まない。

Hershの声には切迫感があり、曲全体が何かに追われているように聞こえる。初期の奇妙なリズム感覚と、90年代に向かって強くなったギター・サウンドがうまく重なった一曲である。

「Not Too Soon」

同じくThe Real Ramonaに収録されたTanya Donelly作の曲である。Hershの作品よりもメロディが滑らかで、明るさのあるギター・ポップに近い。

この曲を聴くと、初期Throwing Musesが一人のソングライターだけで作られていたわけではないことがよく分かる。Donellyのポップな感覚は、その後のBellyにもつながっていった。

重要アルバムから見るThrowing Musesの進化

Throwing Muses(1986年)

ファースト・アルバムの段階で、バンドの基本的な個性はほぼ完成していた。

曲は突然方向を変え、ギターとドラムは予想しにくい場所で強くなる。Hershの歌も安定したメロディを守るより、言葉の感情に合わせて形を変える。後のオルタナティブ・ロックで広く使われる「静かな部分から突然大音量になる」という方法も見られるが、Throwing Musesの場合はもっと曲全体が不規則だ。

当時の一般的なロックからするとかなり変わった音だったが、奇抜さを狙った作品には聞こえない。Hershの曲を自然に演奏した結果として、この形になったような切実さがある。

House Tornado(1988年)

House Tornadoでは、ファースト・アルバムの不安定な感覚を残しながら、演奏がさらにまとまっている。

特徴的なのは、複雑な曲を複雑に聞かせすぎないことだ。拍子やアクセントが変わっても、バンドはそれを特別な仕掛けとして強調しない。普通のロック・バンドが一定のビートを演奏するのと同じような自然さで、奇妙なリズムを演奏している。

この感覚はThrowing Musesの大きな特徴である。難しい音楽を作りたいのではなく、曲の感情を追いかけた結果として構成が複雑になっている。

Hunkpapa(1989年)

3作目では、以前より曲の輪郭が分かりやすくなった。「Dizzy」のようにメロディがすぐ耳に残る曲もあり、初期の混乱した感覚とポップ・ソングとしての強さが近づいている。

音も少し開放的になり、Throwing Musesがより広いロックの聴き手へ届く可能性を見せた作品だった。ただし、不規則なリズムやHershの独特な歌詞は残されている。

The Real Ramona(1991年)

初期Throwing Musesの一つの到達点である。ギターは以前より厚くなり、演奏には当時広がり始めていたアメリカン・オルタナティブと共通する力強さがある。

「Counting Backwards」のようなHershの緊張感のある曲と、「Not Too Soon」のようなDonellyのポップな曲が同居している点も重要だ。

Donellyはこの作品を最後に脱退した。そのためThe Real Ramonaは、二人のソングライターが在籍した時代の最後を記録したアルバムでもある。

University(1995年)

Tanya Donellyの脱退後、Hershを中心としたThrowing Musesのスタイルが明確になった作品である。

「Bright Yellow Gun」に代表されるように、ギターはかなり重くなっている。初期作品にあった細く神経質な音とは違い、90年代オルタナティブらしい厚みが出た。

それでも曲の内部にはThrowing Musesらしいねじれがある。大きなギターを使っても単純なグランジにはならず、Hersh特有のリズムとメロディが残っている。

Purgatory/Paradise(2013年)

長いキャリアを経て制作された作品で、通常のアルバムよりも断片的な構成が目立つ。

短い曲や音の断片がつながり、アルバム全体が一つの流れを作っていく。初期からあった「普通の曲構成に従わない」という発想が、より大きな作品の形へ広げられたと考えると分かりやすい。

若い頃の不安定さを再現するのではなく、長年続けてきた独自の曲作りを別の方法で組み立て直した作品である。

Throwing Musesが影響を受けた音楽

Throwing Musesは、単純に「このバンドの影響でこの音になった」と説明しにくい存在である。Kristin Hersh自身が幅広い音楽を聴いてきたことに加え、初期から曲作りの方法がかなり独自だったためだ。

音楽的な系譜としては、1970年代後半から80年代のポストパンクと共通する部分がある。ギターを単なるコード伴奏として使わず、鋭い音や空白によって緊張感を作る方法は、その流れに近い。

一方でHershの曲にはフォーク的な部分もある。後のソロ活動ではアコースティック・ギターを使うことが増えたが、Throwing Musesでも曲の中心には声と言葉がある。大きなバンド・サウンドを取り除いても成立する曲が少なくない。

初期に所属した4ADの周辺にはCocteau Twinsなど個性的なバンドが多くいた。ただしThrowing Musesは、4ADらしい幻想的な音を模倣したわけではない。同じレーベルの中でも、乾いたギターと生々しいリズムを持つ異質な存在だった。

Pixiesや同時代のオルタナティブとの違い

Throwing Musesを音楽史の中で考えるとき、Pixiesとの比較は分かりやすい。どちらもアメリカ北東部から登場し、1980年代後半に4ADから作品を発表した。

Pixiesは静かな部分と大音量の部分をはっきり切り替え、その落差を強烈なフックにした。Throwing Musesにも静と動の変化はあるが、もっと不規則である。いつ大きくなるのか、どこでリズムが変わるのかが簡単には予測できない。

同時代のR.E.M.などと比べても違いは明確だ。R.E.M.が流れるようなギターとメロディによって曲をまとめていたのに対し、Throwing Musesは曲の中にある違和感を消さなかった。

この「整えすぎない」という姿勢が、後のオルタナティブ・ロックにつながっていく。ロックは必ずしも滑らかである必要はなく、不安定な声や荒いギター、突然の変化もそのまま表現になることを、彼女たちは早い時期から示していた。

後のオルタナティブ・ロックへの影響

Throwing Musesは、1990年代のオルタナティブ・ロックが大きなブームになる前から、その時代につながる多くの要素を持っていた。

特に重要なのは、感情の不安定さを演奏そのものへ反映させたことだ。悲しい内容なら悲しいメロディを付ける、怒っているなら大きな音を出す、という単純な方法ではない。曲のリズムや構成そのものが落ち着かなくなる。

女性ソングライターがオルタナティブ・ロックの中心に立つ流れを考えるうえでも重要である。Throwing Musesが活動を始めたのは、HoleやBellyなどが広く知られるより前だった。

Tanya Donelly自身がBellyへ進んだことも、この流れを分かりやすくしている。Throwing Musesの内部にあったポップな部分はDonellyの活動へつながり、Hershはより個人的で予測不能な作曲を追求していった。

Throwing Musesは巨大なヒットによって後続を変えたバンドではない。むしろ作品を聴いたミュージシャンやインディー・ロックの聴き手の間で長く評価され、アメリカン・オルタナティブの可能性を早い段階で広げた存在だった。

まとめ

Throwing Musesの最大の特徴は、Kristin Hershの不安定な感情の動きを、歌詞だけではなくギター、声、リズム、曲構成そのものへ落とし込んだことにある。突然強くなる演奏や予想外のアクセントも、技巧を見せるためではなく、曲が求める感情の流れとして鳴っている。

1980年代半ばからこの方法を続けていたため、後に広がるオルタナティブ・ロックの感覚を早くから持っていたバンドでもある。同時にTanya Donellyのポップな曲やDavid Narcizoの独特なドラムが加わり、単純にHersh一人の個性だけでは説明できない音を作った。

Throwing Musesは、ロックの「ずれ」や「不安定さ」を欠点ではなく音楽の中心に置き、1990年代以降のアメリカン・オルタナティブにつながる道を早くから切り開いたバンドである。

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