
- 発売日: 2005年5月24日
- ジャンル: インディー・ロック、ポスト・ハードコア、ガレージ・ロック、ノイズ・ロック、パンク・ロック、オルタナティブ・ロック
概要
Sleater-Kinneyの『The Woods』は、2005年にリリースされた7作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの第一期を締めくくる重要作である。ワシントン州オリンピア周辺のライオット・ガール/インディー・ロック・シーンから登場したSleater-Kinneyは、コリン・タッカー、キャリー・ブラウンスタイン、ジャネット・ワイスの3人によって、1990年代以降のアメリカン・インディー・ロックにおいて極めて大きな存在感を示した。ギター2本とドラムというベース不在の編成、女性の身体性や怒りを正面から扱う歌詞、パンクの切迫感とメロディの強さを併せ持つ楽曲によって、彼女たちは単なるフェミニスト・パンクの枠を超え、ロック・バンドとしての表現力を更新してきた。
『The Woods』は、そのキャリアの中でも最もヘヴィで、最もノイジーで、最も肉体的なアルバムである。前作『One Beat』では、9.11以降のアメリカ社会、母性、政治的不安を鋭く描きながら、バンドは比較的整理されたプロダクションと多彩なアレンジを見せていた。しかし本作では、音の輪郭が大きく変化する。プロデューサーにDave Fridmannを迎えたことで、ギターは歪み、音圧は上がり、ドラムは巨大に鳴り、ヴォーカルは時にミックスの中で叫びのように突き抜ける。Sleater-Kinneyはここで、インディー・ロックの鋭さを保ちながら、1970年代ハード・ロック、ブルース・ロック、サイケデリック・ロック、ノイズ・ロックの重量感へ踏み込んだ。
タイトルの『The Woods』は、「森」を意味する。森は、文明から離れた場所、迷い込む場所、隠れる場所、危険と変身の場所である。本作の音楽は、まさにその森のように濃密で、視界が悪く、ざらついた感触を持つ。従来のSleater-Kinneyの楽曲にあった鋭い線のようなギター・ワークは、本作ではより太く、うねり、時に制御不能な音の塊になる。森の中で方向感覚を失うように、聴き手はノイズとリズムの密林へ引き込まれる。
本作は、Sleater-Kinneyのディスコグラフィにおける到達点であると同時に、限界点でもある。バンドは1990年代半ばからほぼ休みなく活動し、インディー・シーンにおける象徴的な存在となっていた。『The Woods』の音には、蓄積した疲労、怒り、創造的な過熱、そして自分たちの枠を壊そうとする衝動が刻まれている。実際、バンドは本作のツアー後に長い活動休止へ入る。その意味で『The Woods』は、単なる新機軸ではなく、ひとつの時代の燃え尽きる瞬間を記録した作品でもある。
音楽的には、Led Zeppelin、The Who、Jimi Hendrix、Blue Cheerといったクラシック・ロックの重量感を、Sleater-Kinney特有のパンク的な緊張と女性ヴォーカルの切迫感によって再構築した作品と見ることができる。ただし、これは懐古的なハード・ロックではない。70年代ロックの巨大な音を借りながら、その男性中心的な歴史を内側から乗っ取り、女性の怒り、欲望、疲弊、攻撃性を鳴らしている。ここに本作の批評的な強さがある。
歌詞の面では、愛、権力、暴力、名声、社会的な視線、音楽業界の消耗、戦争、孤独が絡み合う。Sleater-Kinneyは以前から政治性の強いバンドだったが、『The Woods』では政治がスローガンとしてではなく、身体にかかる圧力として表れる。叫ぶこと、歪ませること、音を大きくすることそのものが、社会に対する反応になっている。特に「Entertain」では、消費されるロック・バンドとしての苛立ちが直接的に歌われ、「Jumpers」では自殺や都市の孤独が暗く描かれる。「Modern Girl」は一見明るいが、資本主義的幸福の空虚さを皮肉る楽曲である。
日本のリスナーにとって『The Woods』は、Sleater-Kinneyの入門作としては強烈すぎるかもしれない。『Dig Me Out』や『The Hot Rock』に比べると、音は荒く、ヘヴィで、聴き疲れする部分もある。しかし、ロック・バンドがキャリアの終盤で自らの形式を爆発させる瞬間として、本作は非常に重要である。インディー・ロック、パンク、フェミニズム、クラシック・ロック、ノイズの交差点に立つアルバムであり、Sleater-Kinneyの表現力が最も危険な形で開いた作品である。
全曲レビュー
1. The Fox
オープニング曲「The Fox」は、『The Woods』というアルバムの異様な音圧と寓話的な世界観を一気に提示する楽曲である。タイトルの狐は、民話や寓話においてしばしば狡猾さ、逃走、捕食、変身を象徴する動物である。この曲では、動物的なイメージが、権力や暴力、追われる者と追う者の関係を暗示する。
音楽的には、これまでのSleater-Kinneyのシャープなポスト・パンク的ギターとは異なり、分厚く歪んだギターが前面に押し出される。ドラムは巨大で、ジャネット・ワイスの演奏は曲全体を地面から突き上げるように鳴る。音像はきれいに整理されておらず、むしろ荒々しい塊として聴き手に迫ってくる。この時点で、本作が従来のインディー・ロック的な軽さから大きく離れていることが分かる。
コリン・タッカーのヴォーカルは、ここで非常に鋭く、切迫している。彼女の声は、Sleater-Kinneyの初期から重要な武器だったが、『The Woods』ではさらに野生化したように響く。声はメロディを歌うと同時に、警告、悲鳴、攻撃として機能する。狐という動物的なイメージと、ヴォーカルの緊張感が強く結びついている。
歌詞は寓話的で、直接的な政治メッセージというより、暴力的な世界の中で生きる存在を描く。森の中の動物たちの話のようでありながら、そこには人間社会の権力関係や捕食性が透けて見える。Sleater-Kinneyはここで、現実を動物の物語に変換することで、社会の暴力をより原初的な形で見せている。
「The Fox」は、本作の幕開けとして非常に効果的である。アルバム全体を覆う森のイメージ、音の過剰さ、身体的な危険、寓話的な不穏さが凝縮されている。聴き手はこの曲によって、Sleater-Kinneyが安全な場所から離れ、より暗く濃密な森へ踏み込んだことを知らされる。
2. Wilderness
「Wilderness」は、タイトル通り「荒野」や「未開の地」をテーマにした楽曲である。『The Woods』というアルバムにおいて、森や荒野は単なる自然の風景ではなく、文明的な秩序が崩れ、身体と本能がむき出しになる場所として描かれる。この曲では、都市や社会の枠組みから外れた場所で、自分が何者であるかを問い直すような感覚がある。
音楽的には、リフが太く、リズムは重い。ギターはざらつき、Sleater-Kinney特有の二本のギターの絡み合いは、ここでは鋭い線というより、絡み合う蔦や枝のように密集している。ジャネット・ワイスのドラムは非常に力強く、曲にロック的な重量を与えている。彼女の演奏は単なるビートの支えではなく、曲の荒野を切り開くような推進力そのものである。
歌詞では、荒野へ出ること、既存の世界から離れることが描かれる。しかし、それは牧歌的な自然回帰ではない。むしろ、荒野は厳しく、危険で、孤独な場所である。Sleater-Kinneyにとって、社会から離れることは自由であると同時に、保護を失うことでもある。この二重性が曲に緊張を与えている。
ヴォーカル面では、コリンとキャリーの声の対比も重要である。Sleater-Kinneyは、二人のヴォーカルが応答し、ぶつかり、重なり合うことで独特のドラマを作るバンドである。この曲でも、声は単独の語りではなく、複数の視点が荒野の中で響き合うように聴こえる。
「Wilderness」は、『The Woods』の世界観をさらに深める楽曲である。人間社会から外れた場所に向かいながら、そこにある危険と解放を同時に描く。アルバムの野生的な音作りと、心理的な孤立感が強く結びついた一曲である。
3. What’s Mine Is Yours
「What’s Mine Is Yours」は、本作の中でも特に長尺で、Sleater-Kinneyの即興性とノイズ的な爆発が強く表れた楽曲である。タイトルは「私のものはあなたのもの」という意味を持ち、一見すると共有や愛情を示す言葉に思える。しかし、曲の音と歌詞の緊張を考えると、この言葉はより複雑である。所有、支配、献身、搾取、境界の消失といったテーマが含まれている。
音楽的には、前半は比較的歌ものとして始まるが、途中から大きく展開し、ノイズとギターの長いセクションへ突入する。この構成が重要である。曲は単なるロック・ソングとして完結せず、途中で形式を破壊するように広がっていく。ギターは歪み、フィードバックし、ドラムは力強く打ち込まれ、楽曲は制御された混沌へ向かう。
この展開は、Sleater-Kinneyが本作でクラシック・ロックの長尺性やジャムの感覚を取り込んでいることを示している。しかし、それは男性中心的なロックの自己陶酔的なギター・ソロとは異なる。ここでの長尺ノイズは、感情の処理不能、関係の過熱、境界の崩壊を音そのものとして表している。ギターは見せ場としてではなく、感情が言葉を超えた結果として暴走する。
歌詞のテーマも、関係の中で自分と相手の境界が曖昧になる感覚と結びつく。愛において「私のものはあなたのもの」と言うことは、一見寛大である。しかし、それは同時に、自分の領域を失うこと、相手に侵入されることでもある。Sleater-Kinneyはこの二重性を、甘いバラードではなく、ノイズと歪みの中で描く。
「What’s Mine Is Yours」は、『The Woods』の実験性を象徴する楽曲である。曲の途中でロック・ソングの形式が崩れ、音の森へ飲み込まれていく。その過程そのものが、本作のテーマである自己の喪失、過剰な感情、制御不能な関係を表している。
4. Jumpers
「Jumpers」は、『The Woods』の中でも特に暗く、重いテーマを持つ楽曲である。タイトルは、橋や高所から飛び降りる人々を指す言葉として読める。歌詞は自殺、都市の孤独、人生からの離脱を暗示し、Sleater-Kinneyの楽曲の中でも非常にシリアスな位置を占める。バンドの政治性はここで、社会の大きな構造ではなく、個人の孤独と絶望の形で表れる。
音楽的には、曲は緊張感のあるリフと重いリズムによって進む。ギターの音は鋭くも重く、ドラムは抑えた部分と爆発する部分を行き来する。曲全体には、落下する前の時間が引き延ばされているような不穏さがある。サビでは感情が大きく開けるが、それは解放というより、絶望が一気に視界へ広がるように響く。
歌詞では、語り手が高所から世界を見下ろしているような視点が感じられる。都市の風景、人々の無関心、身体が空中へ投げ出されるイメージが重なり、非常に映像的である。Sleater-Kinneyはここで、死をセンセーショナルに扱うのではなく、そこへ追い込まれる心の状態を、音楽の緊張によって表現している。
コリン・タッカーのヴォーカルは、曲の悲劇性を強める。彼女の声は泣き崩れるのではなく、張り詰めた状態で歌う。そのため、感情はむき出しでありながら、どこか凍りついたような印象もある。キャリーのギターとジャネットのドラムが、その緊張をさらに増幅する。
「Jumpers」は、『The Woods』の中で最も強い心理的深度を持つ楽曲のひとつである。社会から切り離された個人の孤独を、ヘヴィでドラマティックなロックとして描いている。Sleater-Kinneyが単なる怒りのバンドではなく、絶望の細部を音楽化できるバンドであることを示す重要曲である。
5. Modern Girl
「Modern Girl」は、本作の中で最も親しみやすいメロディを持つ楽曲のひとつでありながら、歌詞は非常に鋭い皮肉を含んでいる。ハーモニカを含む比較的明るく素朴なサウンドによって始まるため、アルバムの中では一見すると休息のように聴こえる。しかし、その明るさは単純な幸福ではなく、現代社会の空虚な満足を描くための装置である。
歌詞では、「My whole life was like a picture of a sunny day」というような明るいイメージが提示される一方で、その幸福はどこか作り物のように響く。家、恋人、買い物、満足、現代的な生活のパッケージが並ぶが、それらは本当の充足ではなく、消費社会が与える幸福の模造品のように感じられる。タイトルの「Modern Girl」は、現代的な女性像への皮肉として機能している。
音楽的には、カントリーやフォークにも近い軽さがあり、アルバムの他のヘヴィな曲とは大きく異なる。しかし、後半に向かうにつれて曲は歪みを増し、明るい表面が崩れていく。この構成が非常に重要である。最初は幸福なポップ・ソングのように見えるものが、次第に不安とノイズに侵食される。これは歌詞のテーマと完全に一致している。
キャリー・ブラウンスタインの歌唱は、ここで皮肉と脆さを同時に持つ。彼女は幸福を歌っているようで、どこか信じていない。その微妙な距離感が、曲の批評性を強めている。Sleater-Kinneyは、現代女性の自由や成功を単純に祝うのではなく、それが消費社会の枠組みの中でどのように管理されるかを見ている。
「Modern Girl」は、『The Woods』の中で最も美しく、同時に最も不気味な曲のひとつである。明るいメロディと皮肉な歌詞、素朴なアレンジと後半の崩壊が組み合わさり、現代的な幸福の空洞を鋭く描いている。
6. Entertain
「Entertain」は、『The Woods』の中でも最も攻撃的で、Sleater-Kinneyの苛立ちが直接的に表れた楽曲である。タイトルは「楽しませる」「娯楽を提供する」という意味を持つが、この曲ではその言葉が強烈な皮肉として使われている。バンドはここで、音楽業界、観客、メディア、消費されるロックへの怒りを爆発させる。
音楽的には、鋭いギター・リフと強烈なドラムが曲を支配する。リズムはタイトで、ヴォーカルは叫びに近い。これまでのSleater-Kinneyにも怒りの曲は多かったが、「Entertain」は特に直接的で、容赦がない。音の歪みと演奏の緊張感が、歌詞の攻撃性をさらに強めている。
歌詞では、音楽が商品として消費されること、バンドが期待される役割を演じさせられることへの反発が描かれる。ロック・バンドは観客を楽しませるために存在するのか。怒りや政治性や痛みも、結局は娯楽として消費されるのか。Sleater-Kinneyはその問いを、皮肉ではなく叫びとして突きつける。
この曲が重要なのは、Sleater-Kinney自身がインディー・ロックの中で象徴的存在になっていたことと関係している。彼女たちはフェミニスト・ロックの代表、ライオット・ガール以降の重要バンドとして称賛される一方で、その役割に固定され、消費される危険にも直面していた。「Entertain」は、その圧力に対する反撃である。
コリンとキャリーのヴォーカルは、ここで非常に激しくぶつかる。二人の声は調和するというより、互いを押し上げながら怒りを増幅する。ジャネットのドラムも容赦なく、曲全体を戦闘的なものにしている。
「Entertain」は、『The Woods』の核心的な楽曲である。バンドがロック産業と観客の欲望に対して突きつけた拒絶の歌であり、同時に、それでも圧倒的なロック・ソングとして成立してしまう矛盾を抱えている。その矛盾こそ、この曲の力である。
7. Rollercoaster
「Rollercoaster」は、感情の急上昇と急降下、関係の不安定さ、快楽と恐怖の混在を描く楽曲である。タイトルのローラーコースターは、恋愛や人生の比喩としてよく使われるが、Sleater-Kinneyはそれを単なる比喩以上の身体的な感覚として音にしている。曲には、制御不能な速度と揺れがある。
音楽的には、ギターが勢いよくうねり、ドラムが曲を大きく前へ押し出す。『The Woods』の中では比較的ロックンロール的な推進力が強い曲であり、ライブ感のあるエネルギーが前面に出る。しかし、その楽しさは安定したものではない。リズムやヴォーカルには、常に転落の予感がある。
歌詞では、恋愛関係や感情の激しい上下動が描かれる。高揚と不安、欲望と疲労、相手に惹かれることと振り回されることが同時に存在する。ローラーコースターは楽しい乗り物であると同時に、身体を強制的に揺さぶる機械でもある。この二重性が曲のテーマと合っている。
Sleater-Kinneyの演奏は、この曲で非常に肉体的である。ギターはきれいなコードを鳴らすというより、感情のカーブを描くように歪む。ドラムは曲の振動そのものであり、聴き手の身体を揺らす。ヴォーカルはその上で叫び、笑い、警告するように響く。
「Rollercoaster」は、『The Woods』の中で感情の過剰さを最も直接的に楽しめる曲である。危険で、速く、魅力的で、降りた後には疲労が残る。アルバム全体のヘヴィな質感の中で、ロックンロールの快楽とその危うさを同時に提示している。
8. Steep Air
「Steep Air」は、アルバムの中でもやや抽象的で、不穏な空気を持つ楽曲である。タイトルは直訳すれば「急な空気」や「険しい空気」となり、通常の表現としては少し奇妙である。この奇妙さが曲の感覚をよく表している。呼吸しにくい空間、圧力のある空気、上昇や落下の感覚が漂う。
音楽的には、重く、うねるようなギターと、緊張感のあるドラムが中心である。曲は明快なフックで引っ張るというより、空気そのものを濃くしていくように進む。『The Woods』における森のイメージを考えると、この曲は密林の中で湿った空気を吸い込むような感覚を持つ。
歌詞は直接的な物語を語るというより、断片的なイメージによって不安を作る。Sleater-Kinneyは本作で、政治的なメッセージを明確なスローガンとしてではなく、身体感覚や環境の圧力として表現することが多い。「Steep Air」もその例であり、何かが迫っているが、それが何かははっきりしないという不安がある。
ヴォーカルは、楽器の濃密な音に飲み込まれそうになりながらも、必死に浮上するように響く。このバランスが曲の緊張を生む。声は支配的ではなく、音の森の中で方向を探す存在として機能している。
「Steep Air」は、アルバムの中で地味に感じられるかもしれないが、『The Woods』の空気感を作るうえで重要な曲である。視界の悪さ、息苦しさ、方向感覚の喪失が音楽として表れている。アルバムのヘヴィな世界をさらに深く沈ませる役割を持つ。
9. Let’s Call It Love
「Let’s Call It Love」は、『The Woods』の中でも最も大胆な長尺曲であり、約11分に及ぶ大作である。タイトルは「それを愛と呼ぼう」という意味を持つが、その言葉はロマンティックな確信ではなく、むしろ混沌とした欲望や暴力的な関係に名前を与えようとする不安定な試みに聞こえる。ここでの愛は、穏やかで安全なものではない。
音楽的には、ブルース・ロックやハード・ロックの影響が強く、Sleater-Kinneyが本作で70年代ロックの巨大なフォームへ挑んでいることが最も明確に表れる。ギターは長くうねり、リフは重く、ジャネット・ワイスのドラムは圧倒的なパワーで曲を支える。バンドはここで、インディー・ロックのコンパクトさを完全に放棄し、長いジャムの中へ入っていく。
しかし、この曲は単なるクラシック・ロックへのオマージュではない。むしろ、男性中心的なハード・ロックの歴史を、Sleater-Kinneyが自分たちの身体と声で奪い返しているように聴こえる。ギター・ソロや長尺展開は、しばしばロックにおける男性的な自己誇示と結びついてきた。Sleater-Kinneyはその形式を使いながら、そこに女性の欲望、怒り、疲労、制御不能な感情を注ぎ込む。
歌詞では、愛と呼ばれるものの曖昧さが描かれる。関係の中にある支配、衝動、快楽、痛みを、便宜的に「愛」と呼んでいるようにも感じられる。タイトルの「Let’s call it love」は、愛の本質を確信している言葉ではなく、むしろ名前をつけなければ耐えられない混沌を示している。
後半の演奏は、ほとんど儀式的な熱を帯びる。ギターとドラムが繰り返し衝突し、曲は通常の構造から離れていく。これは『The Woods』というアルバムの音楽的な頂点のひとつである。Sleater-Kinneyが自分たちの限界まで音を押し広げていることが分かる。
「Let’s Call It Love」は、本作の最も重要な楽曲のひとつである。愛、ノイズ、ロックの歴史、身体的な過剰さがすべて混ざり合い、Sleater-Kinneyの第一期の終盤にふさわしい壮絶な表現となっている。
10. Night Light
アルバムの最後を飾る「Night Light」は、「Let’s Call It Love」から続く形で収録され、長い爆発の後に残る余韻のような楽曲である。タイトルは「夜の灯り」を意味し、暗闇の中に小さく残る光を連想させる。『The Woods』という濃密で暗いアルバムの最後に、この言葉が置かれることは非常に象徴的である。
音楽的には、前曲の巨大なノイズとロック的な熱を受け継ぎながら、より締めくくりとしての性格を持つ。曲は完全な安息を与えるわけではないが、アルバム全体の過剰なエネルギーを一つの終点へ導いていく。ギターはまだ歪んでおり、ドラムも力強いが、そこには終わりへ向かう感覚がある。
歌詞では、暗闇の中で光を探すようなイメージが感じられる。『The Woods』では、森、荒野、落下、消費、暴力、孤独が描かれてきた。その最後に「Night Light」が置かれることで、完全な救済ではないが、暗闇を照らす最小限の光が提示される。これは希望というより、生き延びるための小さな灯りである。
ヴォーカルは、ここで疲労と決意の両方を帯びている。アルバム全体を通じて叫び、怒り、ノイズに身を投じた後、最後に残る声は、なお消えていない。Sleater-Kinneyが本作の後に活動休止へ向かうことを考えると、この曲は第一期の終幕として非常に重く響く。
「Night Light」は、『The Woods』のラストとして、破壊の後に残るわずかな光を描く楽曲である。明快なカタルシスではなく、暗闇の中に残る小さな持続としてアルバムを閉じる。その余韻は非常に深い。
総評
『The Woods』は、Sleater-Kinneyの第一期における最もヘヴィで、最も危険なアルバムである。初期のライオット・ガール的な鋭さ、『Dig Me Out』の爆発的なポップ・パンク性、『The Hot Rock』の複雑なギター・ワーク、『One Beat』の政治的広がりを経て、バンドは本作で音そのものを巨大化させた。ギターは歪み、ドラムは轟き、声は叫び、曲はしばしば通常の構造を超えて暴走する。
本作の音作りは、Sleater-Kinneyのディスコグラフィの中でも非常に特徴的である。Dave Fridmannのプロダクションは、バンドの音をクリアに整理するのではなく、むしろ過剰に歪ませ、音圧を高め、荒々しい質感を前面に出している。これによって、Sleater-Kinneyの楽曲はインディー・ロックの鋭い線から、ハード・ロックやノイズ・ロックに近い巨大な塊へ変化した。このサウンドは賛否を呼びうるが、本作のテーマには極めて合っている。
歌詞の面では、愛、権力、消費、孤独、現代社会の空虚、音楽業界への怒りが描かれる。「Modern Girl」は消費社会が提示する幸福の空洞を皮肉り、「Entertain」はバンドが娯楽として消費されることへの怒りを爆発させる。「Jumpers」は自殺と都市の孤独を描き、「Let’s Call It Love」は愛と呼ばれるものの中にある暴力や欲望を長大な音の渦として表現する。『The Woods』は、政治的であると同時に、極めて身体的なアルバムである。
この作品が重要なのは、Sleater-Kinneyがクラシック・ロックの巨大な音を借りながら、それを自分たちの文脈へ奪い返している点である。1970年代ハード・ロックやブルース・ロックの長尺性、ギターの歪み、ドラムの重量感は、長く男性的なロックの象徴として扱われてきた。Sleater-Kinneyはそれを模倣するのではなく、女性の怒りと欲望を通じて再構築する。ここには、ロック史への批評と愛情が同時にある。
アルバムとしては、決して聴きやすい作品ではない。音は荒く、曲は長く、感情は過剰で、時に息苦しい。しかし、その息苦しさこそが『The Woods』の本質である。これは、整えられたロック・アルバムではなく、バンドが自分たちの限界まで音を膨張させた記録である。美しい均整よりも、燃焼の強度が重視されている。
Sleater-Kinneyは本作後に長い活動休止に入るため、『The Woods』は第一期の終着点として聴かれることが多い。その文脈で聴くと、本作の過剰さはさらに意味を持つ。ここには、続けることの疲労、期待される役割への反発、ロック・バンドとしての創造的な衝動、そして一度すべてを燃やし尽くそうとする意志がある。『The Woods』は終わりを予感させるアルバムでありながら、非常に生命力が強い。
日本のリスナーにとっては、Sleater-Kinneyを初めて聴くなら『Dig Me Out』や『One Beat』の方が入りやすいかもしれない。しかし、バンドの表現がどこまで拡張可能だったのかを知るには、『The Woods』は避けて通れない。パンク、インディー、ノイズ、ハード・ロック、フェミニズム、消費社会批評が一つの音の塊としてぶつかり合う作品である。
総じて『The Woods』は、Sleater-Kinneyの最も過激な到達点である。鋭さよりも重量、整理よりも過剰、メッセージよりも身体の反応が前面に出る。森の中で道を失いながら、なお叫び、鳴らし、燃え続けるようなアルバムである。第一期Sleater-Kinneyの終幕にふさわしい、巨大で危険なロック作品である。
おすすめアルバム
1. Sleater-Kinney – Dig Me Out(1997)
Sleater-Kinneyの代表作のひとつであり、ジャネット・ワイス加入後のバンドの爆発力が最も分かりやすく表れた作品。『The Woods』よりもコンパクトで鋭いパンク/インディー・ロックが中心で、バンドの基本的な魅力を理解するうえで重要である。
2. Sleater-Kinney – One Beat(2002)
『The Woods』の前作にあたり、政治性、母性、アメリカ社会への不安を多面的に描いた作品。サウンドは本作ほどヘヴィではないが、歌詞のテーマやバンドの成熟を理解するうえで欠かせない。『The Woods』への橋渡しとして重要である。
3. Bikini Kill – Pussy Whipped(1993)
ライオット・ガールを象徴する作品のひとつ。Sleater-Kinneyの初期背景を理解するうえで重要であり、女性の怒り、身体、政治性をパンクの形で表現した歴史的作品である。『The Woods』のフェミニストなロック表現の源流を知るために適している。
4. PJ Harvey – Rid of Me(1993)
女性の身体性、怒り、欲望を荒々しいギター・ロックとして提示した重要作。Steve Albiniによる生々しい録音も含め、『The Woods』のヘヴィで危険なロック表現と強く響き合う。女性アーティストによるロックの過激な表現を比較するうえで重要である。
5. The Breeders – Pod(1990)
オルタナティブ・ロックとノイズ、女性ヴォーカルの不穏な魅力が結びついた作品。Sleater-Kinneyとは異なる緩さと奇妙さを持つが、1990年代以降の女性主体のオルタナティブ・ロックを理解するうえで重要な関連作である。

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