
- 発売日: 2015年1月20日
- ジャンル: インディー・ロック、ポスト・パンク、パンク・ロック、オルタナティブ・ロック、アート・ロック
概要
Sleater-Kinneyの『No Cities to Love』は、2015年にリリースされた8作目のスタジオ・アルバムであり、2005年の『The Woods』以来、およそ10年ぶりとなる復帰作である。コリン・タッカー、キャリー・ブラウンスタイン、ジャネット・ワイスの3人によるこのバンドは、1990年代のライオット・ガール以降のアメリカン・インディー・ロックにおいて、女性の怒り、政治性、身体性、ギター・ロックの再構築を担った最重要バンドのひとつである。『No Cities to Love』は、その活動休止期間を経て、バンドが単なる懐古ではなく、鋭さを保ったまま現在形で戻ってきたことを示す作品である。
前作『The Woods』は、Sleater-Kinneyの第一期を極限まで押し広げたアルバムだった。Dave Fridmannのプロダクションによる過剰な歪み、ハード・ロック的な長尺曲、ノイズの塊のような音像によって、バンドは自らの限界まで突き進んだ。その後、活動休止へ入ったこともあり、『The Woods』は燃え尽きる直前の巨大な炎のような作品として聴かれてきた。それに対して『No Cities to Love』は、音の規模を再び引き締め、曲を短く、鋭く、緊密にまとめたアルバムである。復帰作でありながら、肥大化した再始動ではなく、むしろ余分なものを削ぎ落とした再起動である。
本作の大きな特徴は、コンパクトさと緊張感である。全10曲、収録時間は短めで、曲の多くは3分前後に収められている。しかし、その短さの中に、Sleater-Kinney特有の二本のギターの絡み、ジャネット・ワイスの力強くしなやかなドラム、コリンとキャリーの声の応酬が凝縮されている。ベース不在の編成は変わらず、ギターが低音とリフ、コードとノイズを兼ね、ドラムが空間を支配する。この独特のバンド・サウンドは、休止前からまったく古びていない。
アルバム・タイトルの『No Cities to Love』は、都市、帰属、場所、愛着の喪失を連想させる。Sleater-Kinneyは、オリンピアやポートランドといったアメリカ北西部のインディー・シーンと深く結びついたバンドだった。しかし、2010年代において都市は、かつてのカウンターカルチャーの拠点であると同時に、ジェントリフィケーション、消費、監視、孤独の場でもある。本作のタイトルは、愛すべき都市がないという断絶感を表すと同時に、特定の場所に自分たちを閉じ込めないという宣言にも聞こえる。
歌詞の面では、労働、アイデンティティ、消費社会、都市生活、老い、欲望、政治的無力感、メディア環境、自己の分裂といったテーマが扱われる。1990年代のSleater-Kinneyが、若い怒りやフェミニスト的な自己主張を鋭く鳴らしていたとすれば、本作では、その怒りはより成熟し、複雑になっている。彼女たちはもう単純な反抗の姿勢だけでは歌わない。社会の中で長く生き、働き、見られ、消費され、それでもなお声を上げることの困難さが、本作には刻まれている。
復帰作としての『No Cities to Love』が優れているのは、過去の自分たちの音を再現するだけではない点である。『Dig Me Out』のような若い爆発力や、『The Woods』のような過剰な重量感はここにはない。しかし、その代わりに、緊密で機能的なロック・ソングとしての完成度がある。ギターのフレーズは無駄がなく、ドラムは的確に曲を前へ進め、ヴォーカルは曲ごとに異なる角度から感情を切り出す。これは、バンドが休止を経てもなお、非常に高い演奏能力とソングライティングの集中力を保っていたことを示している。
日本のリスナーにとって『No Cities to Love』は、Sleater-Kinneyへの入口としても比較的聴きやすい作品である。『The Woods』ほどヘヴィではなく、『Call the Doctor』や『Dig Me Out』ほど粗くもない。サウンドは鋭いが整理されており、曲も短い。それでいて、Sleater-Kinneyの本質である不安定なギター、強靭なドラム、切迫したヴォーカル、政治的な視線は失われていない。活動休止後の復活作でありながら、単なる再会の祝祭ではなく、現在の社会に向かって再び切り込むロック・アルバムである。
全曲レビュー
1. Price Tag
オープニング曲「Price Tag」は、アルバムの政治的な視線を最初から明確に示す楽曲である。タイトルは「値札」を意味し、商品、労働、消費、価値の測定というテーマを想起させる。Sleater-Kinneyはここで、現代社会において人間の労働や生活がどのように価格へ変換されるのかを、鋭いギター・ロックとして描いている。
音楽的には、曲の冒頭から緊張感が高い。ギターは鋭く刻まれ、ジャネット・ワイスのドラムは力強く、バンド全体がすぐに戦闘態勢へ入る。前作『The Woods』のような過剰な歪みではなく、よりタイトで乾いた音像である。復帰作の冒頭として、この曲はSleater-Kinneyが緩く戻ってきたのではなく、鋭さを保って再始動したことを示している。
歌詞では、生活のあらゆるものに値段がつけられ、労働者が消耗される社会が描かれる。安く買うこと、安く働かされること、豊かさの裏にある搾取がテーマとして浮かび上がる。これは単なる資本主義批判ではなく、日常の買い物や仕事の中に潜む構造への怒りである。Sleater-Kinneyは抽象的なスローガンではなく、身体にかかる圧力として経済を歌う。
コリン・タッカーのヴォーカルは、ここで非常に切迫している。彼女の声は、社会の不正を告発するだけでなく、その構造の中で生きる人間の疲労も伝える。声は鋭く、時に叫びに近いが、曲全体は非常に整理されている。この整理された怒りが、本作の大きな特徴である。
「Price Tag」は、『No Cities to Love』の出発点として完璧な楽曲である。活動休止を経たバンドが、懐かしさではなく現実の社会問題に向かっていることを示す。短く、鋭く、政治的で、Sleater-Kinneyらしい再登場の宣言である。
2. Fangless
「Fangless」は、「牙のない」という意味を持つタイトルを掲げた楽曲である。牙は攻撃性、防御力、野性、抵抗の象徴であり、それが失われているというタイトルには、力を奪われた状態、社会に飼いならされた状態が示されている。Sleater-Kinneyはここで、怒りや反抗が無力化される感覚を描いている。
音楽的には、曲は鋭いギターのリフと跳ねるようなリズムによって進む。Sleater-Kinneyらしいギター同士の絡みがあり、ベースがないにもかかわらず、音の空間は十分に満たされている。ギターは低音を補いながらも、上部で鋭く切り込む。この独特のアンサンブルは、彼女たちのバンドとしての個性を改めて感じさせる。
歌詞では、自分の攻撃性や抵抗力が削がれていく感覚が中心にある。怒りたいのに怒れない、噛みつきたいのに牙がない。その状態は、年齢を重ねたことによる疲労とも、社会に適応させられたことによる無力感とも解釈できる。活動休止を経て戻ってきたバンドが、このようなタイトルを歌うことには、自己言及的な意味もある。
キャリー・ブラウンスタインとコリン・タッカーの声は、ここでも互いに緊張関係を作る。Sleater-Kinneyの魅力は、単独のリード・ヴォーカルではなく、複数の声がぶつかり合うところにある。この曲では、牙を失ったというテーマに反して、声と演奏はなお鋭く響く。その矛盾が曲に力を与えている。
「Fangless」は、抵抗する力を失ったように感じる時代に、それでもなお音を鳴らすことの意味を示す楽曲である。タイトルは無力さを示すが、演奏は決して無力ではない。そこにSleater-Kinneyらしい反転がある。
3. Surface Envy
「Surface Envy」は、アルバムの中でも特に勢いがあり、復帰作としての生命力を強く感じさせる楽曲である。タイトルは「表面への羨望」あるいは「外見への嫉妬」と訳せる。表面、見た目、イメージ、他者にどう見られるかという問題が、現代社会の中でどれほど人間を支配しているかを示す言葉である。
音楽的には、疾走感のあるギターとドラムが特徴である。曲は短く、無駄がなく、前へ突き進む。『No Cities to Love』の中でも特にライブ映えする曲であり、Sleater-Kinneyのパンク的な即効性が戻ってきたことを印象づける。ギターはメロディとノイズの中間を走り、ドラムは曲に強い推進力を与える。
歌詞では、表面上の成功やイメージへの欲望、あるいはその虚しさが描かれる。現代社会では、見られること、表示されること、評価されることが日常化している。人は自分の内面よりも、外からどう見えるかを意識する。この曲は、そのような表面の世界に対する苛立ちを持っている。
「We win, we lose, only together do we break the rules」という感覚に代表されるように、この曲には個人ではなく集団としての抵抗のニュアンスもある。Sleater-Kinneyは、孤立した個人の怒りではなく、バンドという共同体によって音を鳴らす。そのため、曲の疾走感には、再び集まった3人の力が強く表れている。
「Surface Envy」は、『No Cities to Love』の中で最もストレートにエネルギッシュな曲のひとつである。見た目や表面に支配される社会への苛立ちを、短く鋭いロック・ソングとして鳴らしている。復帰作に必要な勢いと現在性を同時に備えた重要曲である。
4. No Cities to Love
表題曲「No Cities to Love」は、アルバム全体のテーマを象徴する中心的な楽曲である。タイトルは「愛すべき都市はない」という意味を持ち、場所への帰属、都市への失望、移動、孤独、現代の生活空間への違和感を含んでいる。Sleater-Kinneyの復帰作にこのタイトルが置かれることは、非常に重要である。
音楽的には、非常にタイトで、キャッチーなギター・ロックである。リフは明確で、ドラムは力強く、ヴォーカルは鋭い。曲の構成はコンパクトで、表題曲としての即効性がある。『The Woods』の長大な爆発とは異なり、この曲ではバンドのエネルギーが短い形に圧縮されている。
歌詞では、都市が愛着の対象であると同時に、失望の対象でもあることが示される。都市は自由やコミュニティを与える場所である一方、消費、孤独、過密、排除を生む場所でもある。Sleater-Kinneyは、特定の都市へのノスタルジーを歌うのではなく、どこにも完全には帰属できない感覚を歌っている。
この曲の重要性は、Sleater-Kinney自身の歴史とも関係している。彼女たちはオリンピアやポートランドのインディー・シーンと深く結びついてきたが、復帰後の彼女たちはもはや特定のローカル・シーンだけのバンドではない。都市への愛が失われたという言葉は、場所への依存から離れたバンドの姿勢にも聞こえる。
ヴォーカルの掛け合いも非常に印象的である。コリンとキャリーの声は、都市への違和感をそれぞれの角度から叫ぶように響く。ジャネットのドラムは、その声を支えながら曲を強く前進させる。3人のアンサンブルが、復帰作のタイトル曲にふさわしい緊密さを示している。
「No Cities to Love」は、アルバムの核となる楽曲である。都市、帰属、現代の孤独、バンドとしての再出発が一つに結びついた、Sleater-Kinneyの復帰を象徴する曲である。
5. A New Wave
「A New Wave」は、アルバムの中でも比較的ポップで、軽快なエネルギーを持つ楽曲である。タイトルは「新しい波」を意味し、ニューウェイヴという音楽ジャンルへの連想も含む。Sleater-Kinneyはこの曲で、自分たちの過去を繰り返すのではなく、新しい波として再び動き出す感覚を提示している。
音楽的には、ギターのフレーズが明るく跳ね、ドラムも軽快である。曲のテンポと構成は非常にコンパクトで、アルバムの中でも特に聴きやすい。Sleater-Kinneyらしいギターの鋭さは保たれているが、全体には開放感がある。復帰作の中で、重さだけでなく、楽しさや機敏さも提示する重要な曲である。
歌詞では、自分たちが時代の中でどう変化し、どう生き残るのかがテーマになっている。新しい波は、単なる流行ではなく、変化の可能性である。Sleater-Kinneyは、1990年代のバンドとして懐古されることを拒み、2010年代の現在に新しい形で存在しようとしている。この曲には、その意志が表れている。
タイトルには、音楽史的な自己意識も感じられる。ニューウェイヴは、パンク以降に生まれた、よりアート性やポップ性を持つ音楽の流れである。Sleater-Kinneyもまた、パンクの衝動を引き継ぎながら、単純な3コードの爆発にとどまらない複雑なギター・ロックを作ってきた。「A New Wave」は、その自覚を軽やかに表現している。
この曲は、ミュージック・ビデオの印象も含め、復帰後のSleater-Kinneyをより広いリスナーへ開いた楽曲である。鋭さを保ちながら、ポップな入口を作る。そのバランスが見事である。
「A New Wave」は、『No Cities to Love』の中で最も前向きな推進力を持つ曲のひとつである。過去を背負いながらも、現在の波へ再び乗るバンドの姿勢が、軽快なギター・ロックとして表れている。
6. No Anthems
「No Anthems」は、タイトルからして非常にSleater-Kinneyらしい自己批評的な楽曲である。「アンセムはない」という言葉は、ロック・バンドに期待される大きな合唱曲、世代を代表するメッセージ、分かりやすいスローガンへの拒否として読める。Sleater-Kinneyは常に政治的なバンドとして語られてきたが、この曲では、単純なアンセムを求める聴き手の欲望から距離を取っている。
音楽的には、やや不穏で緊張感のあるギター・ワークが中心である。曲は大きく開けるサビへ向かうというより、内側に圧力を溜めながら進む。タイトル通り、安易にみんなで歌えるアンセムにはならない。むしろ、アンセムを拒むためのロック・ソングである。
歌詞では、声を上げること、代表すること、期待される役割を担わされることへの違和感が感じられる。Sleater-Kinneyは、フェミニスト・ロックの象徴として称賛される一方で、その象徴性自体に縛られる危険もあった。「No Anthems」は、そのような役割への抵抗として機能している。
この曲の重要性は、復帰作でありながら、バンドが「みんなが待っていた帰還の大合唱」を提供しない点にある。彼女たちは復活を祝うアンセムを書くこともできたはずだが、あえてその形式を疑う。これは非常にSleater-Kinneyらしい。自分たちに向けられる期待を、そのまま満たすのではなく、批判的に扱う。
ヴォーカルは、ここでも強い緊張を持つ。コリンとキャリーの声は、肯定的なメッセージを一体となって歌うというより、問いを投げかけ、反発し、揺れる。ジャネットのドラムは、その不安定さを支えながらも、曲を力強く進める。
「No Anthems」は、『No Cities to Love』の中でも特に自己意識の強い楽曲である。バンドに求められる役割、政治性の消費、ロックのアンセム化に対して、Sleater-Kinneyが冷静に抵抗する曲である。
7. Gimme Love
「Gimme Love」は、タイトルだけを見ると直接的なラブソングのように思えるが、Sleater-Kinneyの文脈では、愛への要求、承認欲求、孤独、関係性の不均衡が絡み合う楽曲として響く。「愛をくれ」という言葉はシンプルだが、その背後には満たされなさと焦りがある。
音楽的には、曲は比較的シンプルで、リズムとギターの絡みが明確である。Sleater-Kinneyの演奏は常に緊張感を持つが、この曲ではその緊張が内側へ向かっている。派手な爆発よりも、反復されるフレーズとヴォーカルの切迫感が中心である。
歌詞では、誰かに愛を求める声がある。しかし、それは純粋なロマンティックな願いというより、現代社会の中で自分が認められたい、見られたい、必要とされたいという欲望にもつながる。Sleater-Kinneyは恋愛を個人的な感情としてだけでなく、社会的な承認の問題としても扱う。
この曲の魅力は、要求の直接性にある。「Gimme love」という短いフレーズは、幼くもあり、切実でもある。人間は成熟しても、愛されたいという欲望から自由にはなれない。復帰後のSleater-Kinneyがこの言葉を歌うことで、若いパンクの叫びとは異なる、大人の孤独が浮かび上がる。
ヴォーカルは、懇願と命令の間にある。愛を求めているのか、奪おうとしているのか、その境界が曖昧である。この曖昧さが、曲にSleater-Kinneyらしい緊張を与えている。
「Gimme Love」は、短くシンプルながら、愛と承認を求める人間の根源的な欲望を鋭く捉えた楽曲である。復帰作の中で、感情的な飢えを最も直接的に示す曲のひとつである。
8. Bury Our Friends
「Bury Our Friends」は、アルバムの中でも特に強い存在感を持つ楽曲であり、復帰作のシングルとしても重要な曲である。タイトルは「私たちの友人を埋める」という意味を持ち、喪失、世代、過去との別れ、生き残ることの重さを連想させる。非常に不穏なタイトルだが、曲は力強く、前へ進むエネルギーに満ちている。
音楽的には、鋭いギターのリフと力強いドラムが曲を支配する。イントロからSleater-Kinneyらしい緊張感があり、復帰作の中でも特にバンドのアンサンブルが強く機能している。ギターは互いに絡み合い、ドラムは曲全体を押し上げる。曲は短いが、非常に密度が高い。
歌詞では、過去を埋めること、友人を埋めること、生き残った者として進むことがテーマになっている。これは単なる死の歌ではなく、時間の経過によって失われる関係や、過去の自分たちを葬ることにもつながる。活動休止を経て戻ってきたSleater-Kinneyにとって、この曲は非常に自己言及的に響く。
この曲の中で印象的なのは、喪失と再生が同時に存在する点である。友人を埋めるというイメージは重いが、演奏は沈み込まない。むしろ、死や過去を抱えたまま、前へ進むための曲として鳴っている。Sleater-Kinneyの強さは、痛みをきれいに癒やすのではなく、痛みを燃料として演奏に変えるところにある。
コリンとキャリーのヴォーカルは、ここでも力強く応答し合う。個人の喪失が、バンドという共同体の声によって共有される。ジャネットのドラムは、葬送ではなく進軍のような力を曲に与える。
「Bury Our Friends」は、『No Cities to Love』の中でも特に象徴的な楽曲である。過去を埋め、喪失を認め、それでもなお声を上げる。復帰作としての本作の精神を、非常に明確に示している。
9. Hey Darling
「Hey Darling」は、アルバムの中でやや個人的で親密な呼びかけを持つ楽曲である。タイトルの「Hey Darling」は、恋人や近しい相手への呼びかけとして響くが、Sleater-Kinneyの曲においては、その親密さにも常に距離や不安が含まれている。この曲では、関係性の中での呼びかけと、そこに潜む違和感が中心になる。
音楽的には、他の曲に比べてやや軽やかで、ギターのフレーズにも明るさがある。しかし、完全に穏やかな曲ではない。Sleater-Kinneyのギターは常に少し不安定で、メロディの中に引っかかりを作る。ドラムも曲をただ支えるのではなく、細かなアクセントによって緊張を加える。
歌詞では、誰かに語りかける形式が取られている。親密な呼びかけは、安心感を生む一方で、相手に届いているのか分からない不安も伴う。Sleater-Kinneyの歌詞では、親密さはしばしば不完全であり、言葉は相手との距離を埋めると同時に、その距離を浮かび上がらせる。
この曲は、アルバム後半において少し空気を変える役割を持つ。政治的、社会的な緊張の強い曲が多い中で、「Hey Darling」はより個人的な感情へ焦点を移す。ただし、その個人性も社会から切り離されたものではない。親密な関係もまた、時間、労働、消費、役割の中で揺れている。
ヴォーカルは比較的柔らかいが、Sleater-Kinneyらしい芯の強さを失わない。呼びかけの中に、甘さだけでなく、問いや苛立ちがある。この複雑さが曲を単純なラブソングにしない。
「Hey Darling」は、『No Cities to Love』の中で親密な声のあり方を探る楽曲である。大きな社会的テーマから少し距離を取りながらも、関係性の中にある緊張を繊細に描いている。
10. Fade
アルバムの最後を飾る「Fade」は、消えていくこと、薄れていくこと、終わりに向かう感覚をテーマにした楽曲である。復帰作のラストに「Fade」という曲を置くことは、非常に意味深い。再始動のアルバムでありながら、最後には消滅や変化の感覚が残される。Sleater-Kinneyらしい、単純な勝利宣言を避ける終幕である。
音楽的には、重く、ドラマティックな雰囲気を持つ。曲は他の短く鋭い楽曲よりも、やや大きなスケール感を持って進む。ギターは厚く、ドラムは力強く、ヴォーカルはアルバムの最後にふさわしい緊張を帯びている。『The Woods』ほどの過剰なノイズではないが、終曲としての重みがある。
歌詞では、消えていくことへの不安と、それを受け入れるような感覚が描かれる。バンドとしての時間、個人としての時間、記憶、名声、身体、声。すべてはいつか薄れていく。Sleater-Kinneyは復帰作の最後に、その事実から目をそらさない。戻ってきたことを祝うだけではなく、戻ってきてもなお消える可能性があることを歌う。
この曲の重要性は、本作全体の成熟を示す点にある。若いバンドなら、復活の最後を勝利や未来への希望で締めくくるかもしれない。しかしSleater-Kinneyは、「Fade」という言葉を選ぶ。そこには、続けることの難しさ、時間がすべてを変えてしまうことへの理解がある。それでも曲は力強く鳴る。この矛盾が美しい。
ヴォーカルは、最後まで強く、しかしどこか影を帯びている。ジャネットのドラムは、曲の終わりに向かっても揺るがない。消えていくことを歌いながら、演奏は確かに存在している。この対比が、アルバムの締めくくりとして深い余韻を残す。
「Fade」は、『No Cities to Love』のラストにふさわしい楽曲である。復帰、継続、消滅、時間の経過を一つにまとめ、Sleater-Kinneyが単なる再結成バンドではなく、現在の自分たちの状態を正直に音楽化するバンドであることを示している。
総評
『No Cities to Love』は、Sleater-Kinneyにとって非常に重要な復帰作である。10年の活動休止を経たバンドが、過去の栄光をなぞるのではなく、現在の社会と自分たちの身体感覚に向き合いながら、新たに短く鋭いロック・アルバムを作り上げた。本作には、懐かしさよりも緊張感がある。再会の祝祭よりも、再び声を上げることの困難さと必要性がある。
音楽的には、前作『The Woods』の巨大で過剰なサウンドから一転し、曲はコンパクトにまとめられている。ギターは歪んでいるが、音像は比較的整理され、リズムはタイトで、各曲の輪郭は明確である。これは後退ではなく、集中である。バンドは『The Woods』で音を最大限に膨張させた後、本作ではそのエネルギーを短い曲の中へ圧縮している。
Sleater-Kinneyの核である3人のアンサンブルは、本作でも極めて強力である。コリン・タッカーの鋭いヴォーカル、キャリー・ブラウンスタインの不安定で切り込むギターと声、ジャネット・ワイスの力強く柔軟なドラム。ベース不在という編成は、彼女たちの音を独特のものにし続けている。低音の空白があるからこそ、ギターとドラムが緊張し、声が前に出る。本作ではその特徴が非常にタイトに機能している。
歌詞の面では、成熟したSleater-Kinneyの視点が明確に表れている。若い頃の怒りは失われていないが、それはより複雑な形を取る。「Price Tag」では消費社会と労働の問題が、「No Cities to Love」では都市への帰属不可能性が、「No Anthems」では政治的バンドとして消費されることへの違和感が、「Bury Our Friends」では喪失と生き残ることの重さが、「Fade」では時間と消滅への意識が歌われる。どれも単純なスローガンではなく、長く生きたバンドだからこそ鳴らせるテーマである。
本作が復帰作として優れているのは、過去の自分たちに対して批評的である点である。Sleater-Kinneyは、ファンが求める「昔のSleater-Kinney」をそのまま提供しない。同時に、まったく別のバンドになろうともしていない。彼女たちは、自分たちの音楽的核を保ちながら、その核を2010年代の社会と身体の中で再配置している。このバランスは非常に難しいが、本作はそれに成功している。
アルバム全体の長さも重要である。『No Cities to Love』は長大な復帰作ではない。むしろ、非常に短く、無駄がない。そのため、聴き終えた後に強い密度が残る。これは、バンドが復帰に際して自分たちを過剰に説明しようとしなかったことを示している。必要なことだけを鳴らし、余計な装飾を避ける。その姿勢が、本作に独特の強さを与えている。
日本のリスナーにとって、本作はSleater-Kinneyの入口としても有効である。初期作品ほど荒々しくなく、『The Woods』ほど重くもないため、比較的聴きやすい。しかし、聴きやすいからといって軽い作品ではない。ギターの緊張、歌詞の批評性、ヴォーカルの切迫感は非常に強く、Sleater-Kinneyというバンドの本質を十分に伝えている。
総じて『No Cities to Love』は、復帰作として理想的なアルバムである。懐古に溺れず、過去を否定せず、現在の自分たちに必要な音を鳴らしている。都市を愛せず、アンセムを拒み、友人を埋め、消えていくことを知りながら、それでもギターを鳴らし、ドラムを叩き、声を重ねる。その姿勢こそが、本作の核心である。Sleater-Kinneyがなお現在形のロック・バンドであることを証明した、鋭く密度の高い復活作である。
おすすめアルバム
1. Sleater-Kinney – Dig Me Out(1997)
Sleater-Kinneyの代表作のひとつであり、ジャネット・ワイス加入後のバンドの爆発力が最も分かりやすく表れた作品。『No Cities to Love』のタイトな復帰サウンドを理解するうえで、彼女たちの基本形を知るために欠かせないアルバムである。
2. Sleater-Kinney – One Beat(2002)
政治性、母性、戦争、アメリカ社会への不安を扱った重要作。『No Cities to Love』の成熟した社会批評は、この作品の延長線上にある。サウンドはより多彩で、Sleater-Kinneyがパンクの枠を超えて表現を広げた時期を知ることができる。
3. Sleater-Kinney – The Woods(2005)
活動休止前の第一期ラスト作であり、最もヘヴィでノイジーなアルバム。『No Cities to Love』のコンパクトさと比較すると、バンドがどのように音の過剰さから緊密な復帰作へ戻ってきたかがよく分かる。Sleater-Kinneyの表現の限界点を示す作品である。
4. Wild Flag – Wild Flag(2011)
キャリー・ブラウンスタインとジャネット・ワイスが参加したバンドの唯一のアルバム。Sleater-Kinney活動休止中のエネルギーが別の形で表れており、『No Cities to Love』へ至る前段階として聴くことができる。よりガレージ・ロック的で明るい勢いがある。
5. Ex Hex – Rips(2014)
Mary Timony率いるEx Hexのデビュー作で、シンプルで鋭いギター・ロックの快感に満ちたアルバム。Sleater-Kinneyほど政治性は強くないが、2010年代における女性主体のギター・ロックの活力を知るうえで関連性が高い。『No Cities to Love』の復帰時代のインディー・ロック文脈を補完する作品である。

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