発売日: 2021年9月10日
ジャンル: ピアノロック、アートポップ、ソフトロック、オルタナティヴ・ロック
それは“色彩の喪失”を描いた、極私的な風景画——Manic Street Preachers、美と孤独の果てに辿り着いた新たな調和
『The Ultra Vivid Lament』は、Manic Street Preachersが2021年に発表した14作目のスタジオ・アルバムであり、ピアノ主導のサウンドと澄みきったポップ性によって、バンド史上もっとも“穏やかで鮮やかな悲しみ”をたたえた作品である。
COVID-19によるパンデミック下で制作された本作は、直接的な怒りや政治的プロテストを封印し、むしろ“言葉にならない感情”や“風景としての記憶”を繊細に描写することに焦点を当てている。
AbbaやPrefab Sprout、Roxy Musicの影響を公言しながら、ウェールズの海岸線や孤独な都市の風景といった静謐なモチーフを、メロディアスなピアノとソフトなギターサウンドで包み込む、詩的で耽美なアルバムとなっている。
タイトルの「Ultra Vivid Lament(極彩色の嘆き)」が示すように、これは“美しくあること”と“痛みを抱えること”が矛盾せず共存しうる、という希望のかたちを模索する試みなのだ。
全曲レビュー
1. Still Snowing in Sapporo
1993年、札幌でのライヴの記憶をもとに書かれた1曲。失踪したリッチー・エドワーズへの想いが、雪の中で静かに語られる叙情的な幕開け。
2. Orwellian
本作のリードシングル。“言葉の意味が操作される時代”を描いた、現代社会へのメタ批評。 明るいサウンドに対し、歌詞の鋭さが際立つ。
3. The Secret He Had Missed(feat. Julia Cumming)
彫刻家オーギュスト・ロダンと弟カミーユの関係を題材にした楽曲。二人の視点が男女デュエットで描かれ、失われた才能と共鳴の不在を浮き彫りにする。
4. Quest for Ancient Colour
“古の色を探す”という詩的なイメージが印象的。記憶と色彩、過去への郷愁をテーマにした本作屈指の美旋律。
5. Don’t Let the Night Divide Us
「夜で分断されるな」というメッセージが、団結と希望の寓話として響くシンセ・ポップ風ナンバー。
6. Diapause
“休眠期”というタイトルが象徴するように、心を凍結させることでしか乗り越えられなかった時間を描く、切ない小品。
7. Complicated Illusions
自己欺瞞と幻想の交錯。ABBAを彷彿とさせるコード進行と、80年代的ポップネスが繊細に融合する。
8. Into the Waves of Love
潮騒のように寄せては返すピアノとストリングス。“愛の波”という比喩が、感情の繊細なゆらぎを可視化する。
9. Blank Diary Entry(feat. Mark Lanegan)
故マーク・ラネガンの低い声が、“書かれなかった日記”に静かに命を吹き込む。 本作中もっとも深く沈むトーン。
10. Happy Bored Alone
孤独を“退屈な幸せ”と表現する、ポスト・パンデミック的日常への洞察。 語り口は穏やかだが、どこかひりついている。
11. Afterending
終わりの、そのさらにあとにあるもの。アルバムを静かに閉じるこの曲は、余韻と再生の可能性を柔らかく提示する。
総評
『The Ultra Vivid Lament』は、Manic Street Preachersというバンドが“静かなる耽美主義”という新たな領域に到達したことを示す傑作である。
彼らの代名詞であった政治的激情はここでは抑制され、代わりに登場するのは、個人の記憶、色彩、孤独、そして言葉にならない喪失感。
しかしそれは決して弱さではない。むしろ、感情の精度を極限まで高めたからこそ到達した“静かなる力強さ”なのだ。
音は柔らかく、言葉は少し遠くから響き、それでも心の奥に確実に届いてくる。
このアルバムは、“叫ぶ必要がなくなった後の音楽”であり、それでもなお、美と真実に向かって音を鳴らし続ける意思の記録なのである。
おすすめアルバム
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Steve McQueen / Prefab Sprout
80年代ポップスの耽美と知性を融合した、文学的ポップの金字塔。 -
Avalon / Roxy Music
洗練された静けさと愛の漂流を描く、アートポップの極北。 -
A Moon Shaped Pool / Radiohead
個人の喪失と時間の流れを静かに封じ込めた美しい黙示録。 -
Sol Invictus / Faith No More
復活後の成熟と情熱を内包した、静かなる野心の記録。 -
Out of Season / Beth Gibbons & Rustin Man
霧のような声と繊細なアレンジが織りなす、孤独と安らぎの音楽詩。
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