
発売日:2011年1月25日
ジャンル:エモ、インディー・ロック、ポスト・パンク、ニューウェイヴ、オルタナティヴ・ロック
概要
The Get Up Kidsの5作目となるスタジオ・アルバム『There Are Rules』は、1990年代後半から2000年代初頭にかけてエモ/インディー・ロックの重要バンドとして評価された彼らが、再結成後に発表した異色作である。The Get Up Kidsといえば、1999年の『Something to Write Home About』によって、メロディックなギター、切実なヴォーカル、青春期の不安や距離感を描く歌詞を結びつけ、いわゆる第2波エモの代表的存在となったバンドである。Jimmy Eat World、The Promise Ring、Braid、Saves the Dayなどと並び、後のポップ・パンク/エモ・ポップ世代に大きな影響を与えた。
しかし『There Are Rules』は、そうした過去のイメージに素直に戻るアルバムではない。むしろ本作は、The Get Up Kidsが自分たちの「エモの名バンド」という看板から距離を取り、ポスト・パンク、ニューウェイヴ、シンセ・ロック、硬質なリズムを取り入れて、新しいバンド像を模索した作品である。再結成バンドの作品にありがちな懐古的な安心感は少なく、音は意図的に角張り、冷たく、時に不穏である。
タイトルの『There Are Rules』は、「ルールは存在する」という意味を持つ。これは、バンドが再び活動するうえでの制約、ロック・シーンやファンからの期待、過去の自分たちへの縛りを暗示しているようにも読める。再結成したThe Get Up Kidsには、多くのリスナーが『Something to Write Home About』の延長線上にある感情的なエモ・ロックを期待したはずである。しかし本作は、その期待をあえて裏切る。つまり、ここでの「ルール」とは、ファンやジャンルがバンドに課す見えない規則でもあり、それをどう扱うかがアルバム全体のテーマになっている。
音楽的には、過去の作品にあった温かいギター・ロック感は後退し、代わりに鋭いリズム、シンセサイザー、硬いギター、反復的なフレーズが前面に出る。Gang of Four、Wire、The Cars、Devo、XTC、初期New Orderなどのポスト・パンク/ニューウェイヴの影響を思わせる瞬間もあり、The Get Up Kidsが単なるエモの再現ではなく、より神経質で機械的なサウンドへ向かっていることが分かる。
歌詞面でも、過去のような青春の距離感や恋愛の切なさだけでなく、苛立ち、閉塞感、皮肉、社会的な違和感、自己検証が強く表れる。The Get Up Kidsのエモ的な感情表現は完全に消えたわけではないが、それは以前のように開かれたメロディで爆発するのではなく、より抑制され、屈折した形で提示される。感情が熱く燃えるというより、冷えた金属の中でまだ熱を持っているようなアルバムである。
キャリア上、『There Are Rules』は評価が分かれやすい作品である。初期The Get Up Kidsのファンにとっては、期待していた音から大きく外れている。しかし、バンドが単なるノスタルジーの対象に留まることを拒み、2010年代に自分たちを再定義しようとした作品として見るなら、本作は非常に重要である。再結成バンドが過去をなぞるのではなく、違和感を引き受けながら前へ進もうとした記録であり、その意味でThe Get Up Kidsのディスコグラフィの中でも独自の位置を占めている。
全曲レビュー
1. Tithe
オープニング曲「Tithe」は、本作の硬質な方向性を明確に示す楽曲である。タイトルの“Tithe”は宗教的な十分の一税を意味し、義務、献納、制度への従属を連想させる。アルバム冒頭から、個人的な恋愛感情よりも、何かに支払わされる感覚、あるいは見えない仕組みに従わされる感覚が提示される。
サウンドは、過去のThe Get Up Kidsらしい甘いエモ・ロックとは異なり、ギターもリズムも硬い。曲は疾走するというより、押しつけるように進む。ヴォーカルにもどこか冷えた緊張感があり、再結成後のバンドが昔の温度に戻るつもりがないことを示している。
歌詞では、義務や犠牲、何かを差し出すことへの違和感が読み取れる。これはバンド自身が過去の期待に対して何かを支払わされている感覚とも重なる。オープニングとして「Tithe」は、アルバム全体の不穏な空気を決定づける。
2. Regent’s Court
「Regent’s Court」は、ポスト・パンク的な鋭さと、The Get Up Kidsらしいメロディの断片が交差する楽曲である。タイトルには宮廷や権威、制度化された場所のイメージがあり、個人が大きな構造の中でどう振る舞うかというテーマを感じさせる。
サウンドは、ギターのカッティングとリズムの硬さが印象的で、曲全体に神経質な推進力がある。過去の作品のように感情が広がるサビへ一気に向かうのではなく、フレーズが細かく刻まれ、緊張を保ったまま進む。キーボードやシンセ的な質感も、曲に冷たい色合いを与えている。
歌詞では、権威、場所、他者との距離感が暗示される。The Get Up Kidsはここで、感情を直接吐き出すのではなく、場面や構造の中に不安を埋め込んでいる。『There Are Rules』の中でも、本作の新しい音楽的方向をよく示す曲である。
3. Shatter Your Lungs
「Shatter Your Lungs」は、タイトルからして身体的で暴力的なイメージを持つ楽曲である。「肺を砕く」という表現は、声を出すこと、呼吸すること、叫ぶことが破壊と結びつく感覚を示している。エモにおいて声は感情の出口だが、この曲ではその出口自体が壊される。
サウンドは、鋭く、テンションが高い。ギターとドラムは攻撃的で、ヴォーカルにも強い緊迫感がある。メロディはあるが、過去のような甘さよりも、押し込められた怒りのようなものが前面に出ている。
歌詞のテーマは、言葉や声の限界である。何かを伝えようとしても、それが身体を傷つけるほど苦しい。再結成後のThe Get Up Kidsが、過去のように素直な感情の爆発を選ばず、もっと歪んだ形で感情を表そうとしていることが分かる曲である。
4. Automatic
「Automatic」は、タイトル通り、自動的に動くこと、意思を失った反復、機械的な行動をテーマにした楽曲である。本作全体にあるニューウェイヴ的な感覚が特に強く出ており、感情よりもシステムや反復が前面に出る。
サウンドは、シンセや硬いリズムが印象的で、バンドが意識的に過去のエモ・ギター・ロックから離れていることが分かる。曲の動きはタイトで、やや無機質である。だが、その無機質さの奥に、The Get Up Kidsらしいメロディの感覚が残っている。
歌詞では、自分の意思ではなく自動的に反応してしまう状態が描かれる。これは現代生活のルーティン、関係の中での反復、あるいはバンドとして期待された役割を機械的にこなすことへの拒否とも読める。「Automatic」は、『There Are Rules』の冷たい質感を象徴する一曲である。
5. Pararelevant
「Pararelevant」は、タイトルからして意味がつかみにくい造語的な響きを持つ楽曲である。“para”には「傍ら」「超えて」「異常な」といったニュアンスがあり、“relevant”は「関連性がある」という意味を持つ。つまり、関係があるようでずれている、中心から少し外れた関連性という感覚がある。
サウンドは、不安定で、リズムやギターの配置に少し奇妙な感触がある。The Get Up Kidsはここで、分かりやすいエモ・アンセムではなく、もっと捻れた構造を作っている。曲はキャッチーさを完全に捨てているわけではないが、耳にすぐなじむというより、違和感を残す。
歌詞では、関係性のずれ、重要であることと無関係であることの境界が扱われているように響く。バンドが再びシーンに戻ってきた時、自分たちはまだ「relevant」なのかという問いも重なる。『There Are Rules』の自己批評的な側面が表れた曲である。
6. Rally ’Round the Fool
「Rally ’Round the Fool」は、アルバムの中でも比較的キャッチーでありながら、皮肉が強い楽曲である。タイトルは「愚か者の周りに集まれ」という意味で、群衆心理、リーダーへの盲信、または自分自身を愚か者として中心に置くような自己演出を感じさせる。
サウンドは、ポスト・パンク的なリズム感とメロディアスなフックがうまく結びついている。曲には一定の明るさがあるが、その明るさは素直なものではなく、どこか冷笑的である。The Get Up Kidsのポップ・センスが、本作の中では比較的分かりやすく表れている。
歌詞では、誰かを中心に集まることの滑稽さや危険性が描かれる。これは政治的にも、シーン的にも、バンドとファンの関係にも読める。再結成したバンドの周りに集まる期待や熱狂を、少し引いた視点で見ているようにも響く。
7. Better Lie
「Better Lie」は、タイトルからして嘘と自己防衛をテーマにした楽曲である。「より良い嘘」という言葉には、真実よりも受け入れやすい作り話、自分や相手を守るための虚構、あるいは巧妙な自己欺瞞が含まれる。
サウンドは、やや暗く、緊張感がある。ギターとリズムは抑制されているが、曲全体には不穏な雰囲気が流れる。The Get Up Kidsのエモ的な感情表現は、ここでは泣き叫ぶようなものではなく、冷たく観察するような形で現れる。
歌詞では、真実を言うことの難しさ、嘘によって関係を保とうとする心理が描かれる。若いエモ・バンド時代のThe Get Up Kidsが、感情を直接的にぶつけていたとすれば、この曲では大人になった後の複雑な嘘や沈黙が扱われている。成熟というより、より厄介になった感情の処理がテーマである。
8. Keith Case
「Keith Case」は、タイトルに人物名らしき言葉を含む楽曲であり、アルバムの中でも少し謎めいた印象を与える。The Get Up Kidsの曲には、具体的な物語をはっきり説明するというより、断片的な場面や名前によって感情を立ち上げるものがあるが、この曲もその系譜にある。
サウンドは、タイトで、やや直線的である。メロディは過度に甘くならず、バンドの演奏は硬い。ニューウェイヴ的な鋭さと、インディー・ロックとしての簡潔さが混ざっている。
歌詞の人物像は明確には語られないが、タイトルの固有名によって、何か特定の記憶や事件を想像させる。『There Are Rules』では、歌詞が以前よりも説明を拒む場面が多く、この曲もその一つである。聴き手に余白を残す楽曲である。
9. The Widow Paris
「The Widow Paris」は、タイトルが非常に文学的で、映画的なイメージを持つ楽曲である。「未亡人」と「パリ」という言葉の組み合わせは、喪失、都市、過去、記憶、孤独を連想させる。アルバムの中でも、言葉の雰囲気が特に強い曲である。
サウンドは、やや暗く、緊張感を保ちながら進む。明快なポップ・パンクというより、影のあるインディー・ロック/ポスト・パンクとして聴ける。ヴォーカルのメロディには感情があるが、アレンジはそれを過度に開放させない。
歌詞では、喪失や残された者の感覚が暗示される。未亡人という言葉は、誰かを失った後も生き続ける存在を示す。これは恋愛や人間関係だけでなく、バンドが過去の自分たちを失った後にどう存在するかというテーマにも重なる。『There Are Rules』の中でも、特に陰影の深い楽曲である。
10. Birmingham
「Birmingham」は、都市名をタイトルに持つ楽曲である。Birminghamという地名は、アメリカ南部の歴史、労働、工業、社会的緊張を連想させる一方、英国の都市としての響きも持つ。The Get Up Kidsがこの地名を使うことで、個人的な場所の記憶と、より広い社会的な空気が重なる。
サウンドは、アルバムの中でも比較的重く、地に足のついた印象がある。曲は大きく開放されるより、硬い緊張を維持する。ギターの響きには、過去のエモ的な切なさもわずかに感じられるが、全体のムードはより暗い。
歌詞では、場所と記憶、そこに残された感情が扱われる。The Get Up Kidsにとって地名は、単なる背景ではなく、過去の出来事や関係性を呼び起こす装置である。「Birmingham」は、アルバム終盤に重みを加える楽曲である。
11. When It Dies
「When It Dies」は、何かが死ぬ瞬間、終わる瞬間をテーマにした楽曲である。タイトルは非常に直接的で、関係、情熱、バンド、感情、時代の終わりを連想させる。再結成後のアルバム終盤に置かれることで、過去の死と現在の再生が重なって聞こえる。
サウンドは、鋭く、やや切迫している。曲はエネルギーを持っているが、そこには明るい希望よりも、終わりを見つめる冷静さがある。The Get Up Kidsの音楽にかつてあった青春の切実さは、ここではもっと苦味を帯びたものになっている。
歌詞では、何かが終わることを避けられないものとして見つめる姿勢がある。大人になったバンドが、関係や感情が永遠には続かないことを知ったうえで歌っているように響く。「When It Dies」は、アルバム全体の冷たさと諦念をよく示す曲である。
12. Rememorable
ラスト曲「Rememorable」は、タイトルからして“remember”と“memorable”を混ぜたような造語的な響きを持つ。記憶すること、記憶に残ること、しかしその記憶が完全ではないことが示される。『There Are Rules』の終幕として非常にふさわしいタイトルである。
サウンドは、アルバムの中では比較的メロディアスで、終わりの余韻を持つ。しかし、それは昔のThe Get Up Kidsのような開放的なエモ・アンセムではなく、どこか冷えていて、距離がある。過去を振り返るが、そこに完全には戻れない感覚がある。
歌詞では、記憶、忘却、過去との距離がテーマになる。再結成バンドにとって記憶は避けられない。ファンは過去を覚えており、バンド自身も過去から自由ではない。しかし記憶は常に変形され、完全なものではない。「Rememorable」は、その不完全な記憶を抱えたままアルバムを閉じる。
総評
『There Are Rules』は、The Get Up Kidsの作品の中でも最も挑戦的で、最も評価が分かれるアルバムである。『Something to Write Home About』のような青春の切実さや、『On a Wire』のような落ち着いたインディー・ロックを期待すると、本作の硬さや冷たさは意外に感じられる。しかし、再結成後のバンドが単なるノスタルジーに流れず、自分たちの音楽を新しい形へ更新しようとした作品として見るなら、本作は非常に重要である。
本作の中心には、「過去に戻れない」という事実がある。The Get Up Kidsは90年代エモの象徴的なバンドであり、多くのリスナーにとって青春の記憶と結びついている。だが、2011年の彼らはもはやその時代の若者ではない。だからこそ、『There Are Rules』は、過去の感情をそのまま再演するのではなく、冷えたポスト・パンクやニューウェイヴ的な音を通じて、現在の違和感を鳴らしている。
音楽的には、ギターの温かいコード感よりも、リズムの硬さ、シンセの質感、反復、角張ったアレンジが目立つ。これはThe Get Up Kidsのディスコグラフィの中では異質だが、バンドの演奏力とメロディ感覚が完全に失われているわけではない。むしろ、メロディをあえて開放しきらず、緊張した音像の中に閉じ込めることで、過去とは違う感情の表現を試みている。
歌詞面では、若い頃の恋愛の切なさよりも、制度、嘘、記憶、終わり、自己認識が目立つ。「Tithe」「Automatic」「Better Lie」「When It Dies」「Rememorable」といった曲名だけでも、本作が義務、自動化、虚構、死、記憶をめぐるアルバムであることが分かる。これは、年齢を重ねたエモ・バンドが、自分たちの感情表現をどう変化させるかという問いに対する一つの答えである。
アルバム・タイトル『There Are Rules』も象徴的である。音楽シーンにはルールがある。ファンの期待にもルールがある。再結成バンドには「昔のような曲を作るべきだ」という暗黙のルールがある。しかしThe Get Up Kidsは、それをそのまま受け入れなかった。本作は、ルールがあることを認めながら、その中で別の動きを試みるアルバムである。
もちろん、本作は聴きやすいアルバムではない。初期の代表曲のような一聴して胸をつかむサビは少なく、曲ごとのフックも意図的に抑制されている。全体の音像も冷たく、過去のThe Get Up Kidsの温かいエモ・サウンドを期待すると距離を感じる。しかし、その距離感こそが本作の意味でもある。過去のバンドと現在のバンドの間には距離がある。その距離を隠さず音にしたのが『There Are Rules』である。
日本のリスナーにとって本作は、The Get Up Kidsをエモの代表バンドとして知っている場合、最初は戸惑う作品かもしれない。しかし、ポスト・パンクやニューウェイヴ、再結成後のバンドが過去とどう向き合うかに関心があるリスナーには、興味深いアルバムである。感情を熱く爆発させるのではなく、冷たい音の中で屈折させる。その変化を受け入れると、本作の独自性が見えてくる。
『There Are Rules』は、The Get Up Kidsが自分たちの過去をなぞることを拒んだアルバムである。名盤として広く愛されるタイプの作品ではないかもしれない。しかし、バンドが再び存在するために、懐古ではなく違和感を選んだ記録として、本作は非常に誠実である。エモの記憶を抱えながら、そこから冷たく距離を取る。そこに、このアルバムの緊張感と価値がある。
おすすめアルバム
1. The Get Up Kids – Something to Write Home About(1999)
The Get Up Kidsの代表作であり、90年代後半エモの重要作品。切実なヴォーカル、メロディックなギター、青春の距離感が詰まっている。『There Are Rules』の変化を理解するためには、まずこの作品で彼らの原点を確認することが重要である。
2. The Get Up Kids – On a Wire(2002)
ポップ・パンク/エモの疾走感から離れ、より落ち着いたインディー・ロックへ向かった作品。発表当時は評価が分かれたが、後年の変化を考えると重要な転換点である。『There Are Rules』の実験性を受け入れるための前段階として聴ける。
3. The Get Up Kids – Guilt Show(2004)
活動休止前の作品で、メロディックなロック・バンドとしての完成度が高い。初期のエモ感と、より大人びたポップ・ロック感が混在している。『There Are Rules』以前のThe Get Up Kidsがどこまで変化していたかを理解できる。
4. Wire – Pink Flag(1977)
ポスト・パンクの重要作。短く鋭い楽曲、無駄を削った構成、冷たい緊張感が特徴である。『There Are Rules』に見られる角張ったリズムやポスト・パンク的な方向性を理解するための参照点になる。
5. The Promise Ring – Very Emergency(1999)
The Get Up Kidsと同時代のエモ/インディー・ロック重要作。よりポップで明るいメロディ感覚を持ちながら、青春の不安や距離感を描いている。『There Are Rules』とは音の方向性が異なるが、90年代エモの背景を理解するうえで関連性が高い。

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