発売日: 2009年5月5日
ジャンル: ロック・オペラ、パワーポップ、カバーアルバム
『The Smithereens Play Tommy』は、The Smithereensが2009年に発表したThe Whoの伝説的ロック・オペラ『Tommy』(1969年)のトリビュート・アルバムであり、
彼らのカバー・シリーズ第三弾として、“自分たちが思春期に聴き、人生を変えた音楽”への真っ向からの敬意を表した意欲作である。
すでに『Meet The Smithereens!』と『B-Sides The Beatles』でビートルズ愛を全開にしていた彼らが、
ここではより叙事的・精神的なテーマを持つ大作に挑み、“自分たちの血肉となったロックの神話”を誠実に再構築している。
オリジナルの『Tommy』は、盲目で口もきけず耳も聞こえない少年が“ピンボールの神様”として覚醒するという壮大な物語を持ち、
宗教、トラウマ、名声、覚醒といった重層的なテーマが交錯する作品である。
The Smithereensはこの複雑な原作を、15曲の抜粋という形で再構成し、
あくまでも「バンド・スタイル」で演奏することで、オリジナルの“精神”をコンパクトかつ骨太に伝えることに成功している。
全曲レビュー(抜粋カバー構成)
1. Overture
原作同様、幕開けを飾るインストゥルメンタル。
スミザリンズの演奏は、キース・ムーン的な爆発力よりも、ギター中心の堅実な構成に重点が置かれ、
ドラマティックな幕開けとして機能している。
2. It’s a Boy
重厚なギターリフに包まれた、物語の始まりを告げる短いナンバー。
パット・ディニツィオの低めのヴォーカルが、未来への不穏な空気を含んでいる。
3. Amazing Journey
浮遊感あるオリジナルの世界観を、スミザリンズはよりロック寄りのサウンドに変換。
“旅”というテーマに相応しい流動的なアレンジとメロディ展開が美しい。
4. Sparks
The Who版ではライブの名演でも知られるインスト・ナンバー。
ここではエネルギーよりも構造の美しさを意識したアレンジに。
5. Eyesight to the Blind
サニー・ボーイ・ウィリアムスンのブルースを下敷きにした原曲を、
より骨太でアメリカンなロックンロールとして再提示。バンドの得意分野が光る1曲。
6. Christmas
スミザリンズはすでに自作『Christmas with The Smithereens』で本曲を一度カバーしており、
ここではさらに宗教的問いと家族の苦悩をパワーポップ的なリフとともに再演。
シンプルながら深い名カバー。
7. Cousin Kevin
いじめの象徴として描かれるキャラクターを、
コミカルさを抑えたダークな演奏で再構築。ギターのリフが重苦しさを強調する。
8. Pinball Wizard
本作最大の見どころ。
ロック史上でもっとも有名なリフのひとつを、
スミザリンズは原曲をリスペクトしつつ、あくまで自分たちの“地に足のついた”スタイルで再演。
疾走感よりも、ピンボールというモチーフの“神秘性”に寄せた表現が新鮮。
9. Go to the Mirror!
内面の目覚めを象徴する曲で、バンド全体のアンサンブルの緊張感が見事。
原曲のドラマ性に対し、こちらはよりクールに、しかし確かなエモーションを伝える。
10. I’m Free
ピンボールの神から“解放される者”へと変化する過程を歌う一曲。
コーラスの厚みとギターの分離感が、スミザリンズならではのタイトな響きを生んでいる。
11. We’re Not Gonna Take It / See Me, Feel Me
アルバムのクライマックス。
叛逆と救済が同時に描かれるこの終盤パートを、原作への深い理解とともに収めた見事なフィナーレ。
“See me, feel me, touch me, heal me”のフレーズが、ディニツィオの朴訥な声によって、
壮大というより“人間的な祈り”として響く。
総評
『The Smithereens Play Tommy』は、The Whoのロック・オペラをただなぞるのではなく、“自分たちの言葉で語り直した”音楽的対話の記録である。
彼らはオーケストラもプロダクションの魔法も使わない。
ギター、ベース、ドラム、そして誠実なヴォーカルだけで、あの大作をリデザインした。
その姿勢はまさに、ロックの最も純粋な精神を表している。
結果としてこのアルバムは、The Smithereensのバンドとしての演奏力・構成力・解釈力の集大成となっており、
ファンにとっては“トリビュート以上、再構築未満”という絶妙なバランスを楽しめる一枚である。
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The Minus 5 / Down with Wilco
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