Smooth Criminal by Michael Jackson(1987)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Smooth Criminal」は、マイケル・ジャクソンが1987年にリリースしたアルバム『Bad』に収録された楽曲であり、緊迫感とミステリーに満ちた物語性の強い一曲である。タイトルの「スムーズ・クリミナル」とは、直訳すれば「鮮やかな犯人」。その言葉通り、この曲はある種の犯罪劇――しかもひとつの愛と暴力の断片を描いた“音楽スリラー”である。

歌詞は、主人公が「アニー」という女性の身に何が起こったのかを追いかける構成になっており、彼女が「部屋で血を流していた」「誰かに襲われた」というショッキングな情景が断片的に描かれていく。問いかけのように繰り返される “Annie, are you OK?” というラインが、不穏な緊張を高め、聴く者を事件の中心へと引き込んでいく。

この曲に明確な答えはない。事件の全貌は語られず、何が起こったのか、誰が犯人なのかすら不明のまま物語は終わる。しかしそれこそが、「Smooth Criminal」という楽曲の本質である。言葉にならない恐怖、説明不能な暴力、そして日常に潜む不条理。それらが音とリズムの中に封じ込められているのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

マイケル・ジャクソンは『Bad』制作時、自らの音楽性をより攻撃的かつエッジーなものに進化させようとしていた。その中でも「Smooth Criminal」は、彼の音楽的・視覚的表現力が極限にまで高まった楽曲である。

この曲はもともと「Al Capone」という仮タイトルで制作されていたが、何度も再構築された末に現在の形へと進化した。マイケルはこの曲のリズムを非常に重要視しており、ベースラインとリズムセクションの間で緻密なバランスを保つことで、張り詰めた空気感を演出している。

さらに注目すべきは、この曲が後に“ゼロ・グラヴィティ(無重力)”ムーブとして知られる、45度に傾く独自のダンスパフォーマンスと不可分な存在となったことだろう。音楽と動きが一体となって「犯罪劇」を可視化するこの演出は、マイケルの音楽観がいかに視覚的でもあったかを証明している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Smooth Criminal」の代表的な一節とその日本語訳を記載する。

As he came into the window
It was the sound of a crescendo

彼が窓から侵入したとき
それはクレッシェンド(高まり)のような音だった

He came into her apartment
He left the bloodstains on the carpet

彼は彼女の部屋に入って
カーペットには血痕が残された

Annie, are you OK?
Will you tell us that you’re OK?

アニー、大丈夫?
本当に大丈夫だと言ってくれないか?

(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “Smooth Criminal”)

4. 歌詞の考察

「Smooth Criminal」は、一聴すると犯罪を扱ったダークな曲のように感じられるが、実はその内側には“無力感”や“傍観者としての責任”といった、より普遍的で哲学的なテーマが潜んでいる。

たとえば繰り返される “Annie, are you OK?” という問いかけは、言葉通りの心配ではあるが、それが繰り返されるごとに、“何もできなかった自分への問い”にも感じられてくる。事件の核心に触れることなく、ただ周囲を回っているような歌詞の構成は、都市における暴力とそれに対する無関心、あるいは衝撃と無力さの象徴とも取れる。

また、犯人の行動や背景は描かれず、アニーの心情も見えない。すべてが音の断片として提示されるだけで、それぞれのリスナーが想像力によって物語を補完する構造になっている。その意味で「Smooth Criminal」は、ストーリーテリングとして極めて洗練された“オープン・エンディング”を持つ作品なのである。

音楽的には、激しく刻まれるビートとシャープなブラス、タイトなベースラインが、まるで時間の歯車を逆回転させるかのような緊迫感を生んでおり、歌詞のサスペンスと見事に噛み合っている。

(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “Smooth Criminal”)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Dirty Diana by Michael Jackson
     誘惑と破滅をテーマにしたロック・バラード。ドラマティックな展開と強烈なボーカルが「Smooth Criminal」と共鳴する。
  • Somebody’s Watching Me by Rockwell(feat. Michael Jackson
     監視社会とパラノイアを描いた80年代のエレクトロ・ポップ。マイケルのボーカル参加も話題に。
  • Thriller by Michael Jackson
     ホラー的世界観を音楽と映像で融合させた代表作。恐怖とエンタメの境界線を鮮やかに超える。
  • Maneater by Hall & Oates
     不穏な雰囲気をファンク・ポップに落とし込んだヒット曲。人間関係の“捕食”をテーマにしている点が共通。

6. 音楽とサスペンスの完璧な融合

「Smooth Criminal」は、マイケル・ジャクソンの音楽キャリアの中でも特に演出性と構築美に富んだ楽曲である。その緊張感、物語性、そして不安定な感情の揺らぎ――それらをリズム、メロディ、言葉、映像のすべてで表現するという手法は、まさに“完璧主義者マイケル”ならではの芸術的到達点といえるだろう。

この曲が提示するのは、ただの事件ではなく、人間の“心の闇”であり、そこに降り立つ月のような冷たさと美しさである。耳に残るのはビートだけではない。問いかけの残響、“Annie, are you OK?” のエコーが、長い時間を経てもなお、聴き手の心のどこかで鳴り続けている。

「Smooth Criminal」は、音楽が持つ物語性と情動の喚起力を極限まで引き出した、“スリラーの系譜”を継ぐ傑作である。そして、マイケル・ジャクソンという表現者が、いかにして聴覚と視覚、現実と虚構の境界を超えた存在であったかを物語る、唯一無二の楽曲なのである。

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