
発売日:1987年8月31日
ジャンル:ポップ、R&B、ファンク、ダンス・ポップ、ロック、ソウル、ニュー・ジャック・スウィング前夜、アダルト・コンテンポラリー
概要
Michael Jacksonの『Bad』は、1987年に発表された7作目のソロ・スタジオ・アルバムであり、『Off the Wall』『Thriller』に続くQuincy Jonesとの三部作の最終章にあたる作品である。1982年の『Thriller』は、ポップ・ミュージック史上最大級の成功を収め、Michael Jacksonを世界的スターから、ほとんど神話的な存在へと押し上げた。その後に発表された『Bad』は、単なる続編ではなく、圧倒的な成功の後にアーティストがどのように自己像を再構築するかを示すアルバムである。
『Thriller』がディスコ、R&B、ロック、ファンク、ポップを横断し、幅広い聴衆に届く完璧なバランスを持っていたのに対し、『Bad』はより硬質で、より自己主張が強く、より攻撃的なサウンドを持つ。アルバム・タイトルの「Bad」は、単に「悪い」という意味ではない。ここでは、強さ、ストリート的な態度、挑発、自己防衛、自信、そして「自分は誰にも支配されない」という宣言として機能している。Michael Jacksonはこの作品で、優れたエンターテイナー、ロマンティックなシンガー、ダンサーとしてだけでなく、自らのイメージを能動的に作り替えるポップ・アイコンとしての姿を強く打ち出した。
本作の背景には、『Thriller』後の巨大な期待がある。『Thriller』の成功はあまりにも大きく、どんな作品を作っても比較される状況にあった。そこでMichaelとQuincy Jonesは、前作のフォーマットを完全に繰り返すのではなく、1980年代後半のデジタル・サウンド、シンセサイザー、ドラムマシン、鋭いベース、硬いリズム、ロック・ギター、映像的な演出を取り込み、より近未来的でシャープな音像を作り上げた。『Bad』は、1980年代後半のポップの音を象徴する作品であり、同時に1990年代のダンス・ポップやR&Bへ向かう橋渡しでもある。
『Bad』の重要な特徴は、Michael Jackson自身の作曲比率が高いことである。彼は本作の多くの楽曲を自ら書き、音楽的な主導権をさらに強めた。「Bad」「The Way You Make Me Feel」「Speed Demon」「Liberian Girl」「Another Part of Me」「I Just Can’t Stop Loving You」「Dirty Diana」「Smooth Criminal」など、アルバムの核となる曲の多くがMichael自身の作品である。これは、彼が単なる歌手やパフォーマーではなく、ソングライター、コンセプト・メイカー、サウンドと映像を統合する作家であったことを示している。
歌詞面では、本作は非常に多面的である。「Bad」では自己主張と対決の姿勢が、「The Way You Make Me Feel」では身体的な恋愛の高揚が、「Liberian Girl」では異国的で理想化されたロマンスが、「Man in the Mirror」では自己変革と社会的責任が、「Dirty Diana」ではセレブリティと性的誘惑の危険が、「Smooth Criminal」では犯罪映画的な緊張と暴力のイメージが描かれる。『Bad』は、恋愛アルバムでも社会派アルバムでもなく、Michael Jacksonという人物が1980年代後半に抱えていた複数の自己像を集めた作品である。
また、本作は映像文化との結びつきが極めて強い。Michael Jacksonは『Thriller』でミュージック・ビデオをポップ・ミュージックの中心的表現へ押し上げたが、『Bad』でもその姿勢をさらに発展させた。「Bad」のショート・フィルムはMartin Scorseseが監督し、都市の地下鉄やストリートを舞台に、Michaelの新しいタフなイメージを提示した。「Smooth Criminal」は映画『Moonwalker』と結びつき、白いスーツ、フェドラ帽、傾斜する身体のダンスなど、Michaelの視覚的記号を決定づけた。『Bad』は音だけでなく、映像、衣装、振付、身体表現を含む総合的なポップ作品である。
Quincy Jonesのプロデュースも、本作の完成度を支える重要な要素である。『Off the Wall』ではディスコとソウルの洗練を、『Thriller』ではポップとR&Bの完璧なバランスを作り上げたJonesは、『Bad』ではよりデジタルで硬質な音作りに対応している。シンセ・ベース、サンプラー、ドラムマシン、鋭いホーン、緻密なコーラス、空間的なミックスが、Michaelの声と身体的なリズムを最大限に引き立てる。音は80年代的でありながら、細部まで非常に緻密に作られている。
『Bad』は、『Thriller』の影に隠れて語られることもあるが、単体の作品として非常に重要である。『Thriller』がポップの全方位的な完成形だとすれば、『Bad』はMichael Jacksonが自らのスター像をさらに人工的、攻撃的、映像的に研ぎ澄ませた作品である。ここには、無邪気な少年スターでも、単なるディスコ/ソウルの継承者でもない、世界最大のポップ・アイコンとしてのMichael Jacksonがいる。
全曲レビュー
1. Bad
アルバムの幕開けを飾る「Bad」は、本作全体のコンセプトを最も直接的に示す楽曲である。タイトルの「Bad」は、悪人であることを意味するのではなく、強さ、格好よさ、支配されない態度、ストリート的な自信を示す言葉として使われている。Michael Jacksonはここで、前作『Thriller』後に高まった巨大な期待と世間の視線に対して、自らの存在を挑発的に提示している。
サウンドは硬質で、シンセ・ベースとドラムの鋭いリズムが中心にある。『Off the Wall』のような滑らかなディスコ感覚とは異なり、ここでは音がより角張っている。リズムはタイトで、Michaelの声のアタック、息遣い、短い叫びがビートの一部として機能している。彼のヴォーカルはメロディを歌うだけでなく、身体の動きと一体になった打楽器的な役割も果たしている。
歌詞では、相手に向かって「誰が本当に悪いのか」を問いかける。これは対決の歌であり、自己証明の歌である。Michaelは少年時代からスターとして見られ続け、常に他者の期待や評価の中にいた。その彼が「自分の強さ」を自ら宣言することには大きな意味がある。
Martin Scorseseが監督したショート・フィルムも重要である。都市の地下空間、黒い革、集団ダンス、対決の構図は、Michaelのイメージをよりタフで男性的な方向へ押し出した。楽曲単体だけでなく、映像と結びつくことで、「Bad」はMichael Jacksonの新しい時代の宣言となった。
2. The Way You Make Me Feel
「The Way You Make Me Feel」は、恋愛の高揚と身体的な喜びを明るく表現した楽曲である。タイトルは「君が僕に感じさせるこの気持ち」という意味で、相手の存在によって心と身体が動き出す感覚を歌っている。『Bad』の中では、攻撃的なタイトル曲の後に置かれることで、Michaelのポップでロマンティックな側面を提示する。
サウンドは、シャッフル感のあるリズムと跳ねるようなグルーヴが特徴である。重すぎず、軽すぎず、非常に身体的な躍動感がある。シンセサイザーやベースは80年代的な質感を持つが、曲の根底にはR&Bとソウルの伝統がある。Michaelのヴォーカルは明るく、リズムに対する反応が非常に鋭い。
歌詞では、魅力的な女性に出会った時の興奮が描かれる。Michaelの恋愛表現は、時に純粋で、時に劇的で、時に官能的だが、この曲では明るく開放的である。相手への憧れと、近づきたいという欲求が、軽快なリズムに乗って表現されている。
この曲の映像では、夜の街で女性を追いかけるMichaelの姿が描かれる。現代の視点では、追いかける男性像には時代性も感じられるが、当時のポップ・ビデオの文脈では、ダンスと恋愛の駆け引きを結びつける演出として機能していた。「The Way You Make Me Feel」は、Michaelのリズム感、明るい色気、ポップな親しみやすさが見事に表れた楽曲である。
3. Speed Demon
「Speed Demon」は、スピード、逃走、機械的な推進力をテーマにしたファンク寄りの楽曲である。タイトルは「スピードの悪魔」を意味し、車やバイクで高速に走るような感覚が、音楽全体に反映されている。『Bad』の中でも特にコミカルで映像的な曲であり、Michaelの遊び心が感じられる。
サウンドは、鋭いリズム、シンセ・ベース、短いフレーズの反復によって構成されている。曲全体が前へ前へと走るように作られており、リズムの切れ味が重要である。Michaelの声は、歌というより、スピード感を生むためのリズム楽器のように使われる場面が多い。
歌詞では、制限速度や追跡から逃れようとする人物が描かれる。これは単なる車の歌としても聴けるが、より広く見ると、スターとして常に追われるMichael自身の感覚とも重なる。メディア、ファン、期待、社会の視線から逃れようとするスピード感が、楽曲の背後にあるようにも感じられる。
映画『Moonwalker』におけるクレイアニメ的な映像表現も、この曲のコミカルな側面を強調している。「Speed Demon」は大ヒット・シングル的な楽曲ではないが、『Bad』の機械的で映像的な世界を広げる重要なアルバム曲である。
4. Liberian Girl
「Liberian Girl」は、『Bad』の中で最も柔らかく、幻想的なロマンティシズムを持つ楽曲である。タイトルは「リベリアの少女」を意味し、アフリカ的なイメージを伴う異国的なラブソングとして構成されている。冒頭のスワヒリ語風の語りが、楽曲に神秘的な空気を与える。
サウンドは非常に滑らかで、シンセサイザー、パーカッション、柔らかなコーラスが、夢のような空間を作る。Michaelのヴォーカルは抑制され、優しく、官能的である。彼はここで激しいダンス・トラックのように声を打楽器的に使うのではなく、メロディをしなやかに流している。
歌詞では、理想化された女性への憧れが描かれる。相手は現実の人物であると同時に、幻想の中のミューズでもある。Michaelの恋愛曲には、しばしば現実の関係というより、遠くにある美しい存在への憧れが表れる。「Liberian Girl」は、その傾向が非常に強い楽曲である。
一方で、現代の視点では、この曲のアフリカ表象には注意も必要である。具体的なリベリア文化を描くというより、西洋ポップにおける異国的イメージとしてアフリカが使われている側面がある。しかし、楽曲自体はMichaelのロマンティックで幻想的な側面を示す美しいバラードであり、『Bad』の中に柔らかな陰影を与えている。
5. Just Good Friends feat. Stevie Wonder
「Just Good Friends」は、Stevie Wonderを迎えたデュエット曲である。Michael JacksonとStevie Wonderは、どちらもモータウンを出発点に持ち、幼少期から天才として注目されたアーティストである。その二人が共演すること自体が、ポップ/ソウル史において大きな意味を持つ。
楽曲は軽快なポップ・ファンク調で、男女関係の曖昧さをテーマにしている。タイトルの「Just Good Friends」は「ただの良い友達」という意味だが、歌詞では、本当に友達なのか、それ以上の関係なのかという駆け引きが描かれる。恋愛の境界線をめぐる軽い緊張が、二人のヴォーカルの掛け合いによって表現される。
サウンドは明るく、リズムも軽快である。Stevieの声は温かく、ソウルフルで、Michaelの鋭く軽い声と良い対比を作る。ただし、二人の歴史的な重要性を考えると、楽曲そのものはやや軽めで、名デュエットというよりアルバム内の楽しいアクセントとして機能している。
「Just Good Friends」は、『Bad』の中では大きな代表曲ではないが、Michaelのモータウン的なルーツを思い出させる楽曲である。Stevie Wonderとの共演によって、Michaelがソウルの伝統を継承しながら、1980年代ポップの中心へ進んだ存在であることが示される。
6. Another Part of Me
「Another Part of Me」は、宇宙的なメッセージとダンス・グルーヴを結びつけた楽曲である。もともとディズニーの3D映画アトラクション『Captain EO』でも使用されており、Michael JacksonのSF的・未来的なイメージと強く結びついている。タイトルは「僕のもう一つの部分」という意味で、個人と宇宙、自己と他者のつながりを示唆している。
サウンドは明るく、ファンクとポップの要素が混ざっている。ベースラインは弾み、リズムは前向きで、ホーンやシンセが楽曲に祝祭感を与える。Michaelのヴォーカルは非常にエネルギッシュで、言葉よりもリズムと身体の動きが先に伝わるような楽曲である。
歌詞では、人類が一つであること、宇宙的な計画の中で互いにつながっていることが示される。Michaelの音楽には、後に「Heal the World」や「Earth Song」へつながる、世界を一つにするメッセージ性があるが、「Another Part of Me」はその比較的初期の表現といえる。深刻なバラードではなく、ダンス・トラックとしてメッセージを伝えている点が特徴である。
この曲は、『Bad』の中でMichaelのポジティブで未来志向の側面を担っている。攻撃的な自己主張、恋愛、誘惑、犯罪的イメージが並ぶアルバムの中で、「Another Part of Me」はより広い共同体的なビジョンを提示する楽曲である。
7. Man in the Mirror
「Man in the Mirror」は、『Bad』の中でも最も重要な楽曲のひとつであり、Michael Jacksonの社会的メッセージを代表するバラードである。Siedah GarrettとGlen Ballardによって書かれたこの曲は、世界を変えるためにはまず自分自身を変えなければならないという、非常に明快で普遍的なテーマを持つ。
タイトルの「鏡の中の男」は、自分自身を指す。歌詞では、貧困や孤独に苦しむ人々を見て、語り手が自分の生き方を問い直す。世界の問題を他人事として見るのではなく、自分の行動から変えていく必要がある。このメッセージは非常に直接的だが、Michaelの歌唱とゴスペル的なコーラスによって強い説得力を持つ。
サウンドは、静かな始まりから徐々に大きく広がっていく構成である。最初は個人的な内省として始まり、後半では合唱によって共同体的な祈りへ変化する。この展開が非常に効果的である。自分自身を変えるという個人的な決意が、やがて社会全体への呼びかけへ広がっていく。
Michaelの歌唱は、感情の高まりを段階的に作る。彼は最初から過剰に歌い上げるのではなく、言葉を丁寧に置き、後半で声を開いていく。その結果、曲は単なる道徳的メッセージではなく、実感を伴った自己変革の歌として響く。「Man in the Mirror」は、Michael Jacksonの人道主義的な側面を象徴する名曲である。
8. I Just Can’t Stop Loving You feat. Siedah Garrett
「I Just Can’t Stop Loving You」は、Siedah Garrettとのデュエットによるロマンティックなバラードであり、『Bad』からの先行シングルとして発表された楽曲である。タイトルは「君を愛することをやめられない」という意味で、愛の不可避性を非常にストレートに表現している。
サウンドは、1980年代アダルト・コンテンポラリー寄りの滑らかなバラードである。シンセサイザー、柔らかなリズム、ロマンティックなコード進行が、二人の声を包む。Michaelの声は繊細で、Siedah Garrettの声は温かく力強い。二人の掛け合いは、恋人同士の対話のように構成されている。
歌詞は非常に直接的で、愛が自分の意思では止められない感情であることを歌う。Michaelのラブ・バラードの中でも、この曲は特に正統派である。劇的な悲劇や幻想ではなく、愛し続けることそのものがテーマになっている。
『Bad』というアルバム全体の中では、この曲は柔らかな情緒を担っている。攻撃的なタイトル曲や硬質なダンス・トラックの間に置かれることで、Michaelのロマンティックなヴォーカリストとしての魅力が際立つ。派手なダンス曲ではないが、彼の声の美しさを堪能できる重要なバラードである。
9. Dirty Diana
「Dirty Diana」は、『Bad』の中で最もロック色が強く、暗い性的緊張を持つ楽曲である。タイトルのDianaは特定の人物というより、スターに近づく誘惑的な女性、グルーピー的存在、セレブリティを取り巻く危険な欲望の象徴として描かれる。Michaelの楽曲の中でも、性的誘惑と恐怖が強く結びついた作品である。
サウンドは重く、Steve Stevensによるロック・ギターが楽曲に鋭い攻撃性を与えている。『Thriller』の「Beat It」がロックとポップの融合だったとすれば、「Dirty Diana」はより暗く、より危険な質感を持つ。ドラムは大きく、ギターは鋭く、Michaelの声は切迫している。
歌詞では、ステージ裏やホテルの部屋を思わせる状況で、Dianaという女性が語り手を誘惑する。ここでの女性像は魅力的であると同時に危険であり、スターとしてのMichaelが直面する欲望と搾取の世界を表している。Michaelの歌唱には、惹かれる気持ちと逃れたい気持ちが同時に含まれている。
「Dirty Diana」は、Michael Jacksonの音楽におけるセレブリティ不安の重要な表現である。スターであることは憧れられることであると同時に、欲望の対象になることでもある。この曲は、その暗い側面をロックの形で描いている。『Bad』の中でも特に緊張感の強い楽曲である。
10. Smooth Criminal
「Smooth Criminal」は、『Bad』を代表する楽曲のひとつであり、Michael Jacksonの犯罪映画的な美学とダンス表現が結晶した名曲である。タイトルは「滑らかな犯罪者」「洗練された犯罪者」を意味し、暴力、スリル、謎、映画的なスタイルが楽曲全体を支配している。
サウンドは極めてタイトで、鋭いビート、緊張感のあるベース、短く刻まれるシンセサイザーが、犯罪現場のような緊迫した空気を作る。Michaelのヴォーカルは、ここで非常にリズミックである。彼は長く歌い上げるのではなく、短いフレーズ、息遣い、叫び、疑問文を鋭く配置する。声がビートそのものと一体化している。
歌詞では、Annieという女性が襲撃され、語り手が「Annie, are you OK?」と問いかける。物語は明確でありながら、断片的で、ミステリアスである。聴き手は事件の全貌を完全には知らされず、緊張した場面の中に放り込まれる。この映画的な断片性が、楽曲の魅力である。
『Moonwalker』における映像は、この曲をさらに伝説的なものにした。白いスーツ、フェドラ帽、1930年代ギャング映画風の空間、集団ダンス、そして有名な前傾姿勢は、Michael Jacksonの身体表現の象徴となった。「Smooth Criminal」は、音楽、映像、ダンス、衣装、物語が完璧に結びついた、Michaelならではの総合芸術的な楽曲である。
11. Leave Me Alone
「Leave Me Alone」は、CD版などに追加収録された楽曲であり、Michael Jacksonがメディアや世間の過剰な詮索に対して直接的に反発する重要な曲である。タイトルは「放っておいてくれ」という意味で、スターとしてのMichaelが感じていた圧力と怒りが率直に表現されている。
サウンドはファンキーで、シンセ・ベースと硬いリズムが非常に印象的である。曲は明るいポップ感覚を持ちながらも、歌詞には強い苛立ちがある。この対比がMichaelらしい。彼は怒りを重苦しい表現にするのではなく、鋭く踊れるポップ・トラックに変換している。
歌詞では、しつこく追いかける相手に対して距離を求める。表面的には恋愛関係の終わりを歌っているようにも聴けるが、当時のMichaelを取り巻くメディア報道を考えると、明らかにプライバシー侵害やゴシップへの反応としても読める。彼はここで、自分の人生を消費しようとする外部の視線に対して、はっきり拒絶の意思を示している。
この曲の映像では、Michael自身のゴシップや奇妙な噂が遊園地的なイメージとして表現される。自己風刺とメディア批判が混ざった非常に重要なビデオである。「Leave Me Alone」は、『Bad』の自己防衛的な側面を最も直接的に示す楽曲であり、後のMichaelがさらに強くメディアと対立していくことを予告している。
総評
『Bad』は、Michael Jacksonが『Thriller』後の巨大な期待に対して、単なる再現ではなく、より硬質で攻撃的な自己像を提示したアルバムである。『Thriller』がポップ、R&B、ロック、ディスコを完璧に統合した国民的・世界的な作品だったのに対し、『Bad』はよりMichael個人の意思が強く刻まれた作品である。彼はここで、自分が「良い子」や「天才少年」の延長ではなく、世界最大のポップ・スターとして自らを定義し直そうとしている。
音楽的には、『Bad』は1980年代後半のデジタル・ポップの完成度を示す作品である。ドラムマシン、シンセ・ベース、サンプラー、鋭いギター、精密なコーラス、緻密なミックスが、Michaelの声とリズム感を中心に組み立てられている。『Off the Wall』の生々しいディスコ/ソウル感、『Thriller』の普遍的なポップ感に比べると、本作の音はより人工的で、機械的で、硬い。しかし、その硬さが「Bad」というアルバムの自己主張とよく合っている。
Michael Jacksonのヴォーカルは、本作で非常に多面的である。「Bad」や「Smooth Criminal」では声をリズム楽器のように使い、短い叫びや息遣いによって緊張感を作る。「The Way You Make Me Feel」では明るい恋愛の高揚を表現し、「I Just Can’t Stop Loving You」では柔らかなバラード表現を見せる。「Dirty Diana」では誘惑と恐怖をロック的に歌い、「Man in the Mirror」では自己変革と社会的責任をゴスペル的な高揚へ導く。彼の声は単に美しいだけでなく、演劇的で身体的である。
歌詞面では、自己主張、恋愛、誘惑、社会意識、メディアへの反発、犯罪映画的な想像力が混在している。『Bad』は一つのテーマに収束するアルバムではないが、全体を貫くのは「自分はどう見られるのか」「自分はどう見せるのか」という自己像の問題である。Michaelはここで、タフな存在、ロマンティックな存在、危険な存在、社会的な存在、傷ついた存在を同時に演じている。『Bad』は、Michael Jacksonという巨大なイメージの多面性を音楽化したアルバムである。
本作は映像との結びつきにおいても極めて重要である。「Bad」「The Way You Make Me Feel」「Smooth Criminal」「Leave Me Alone」などのビデオは、楽曲の意味を大きく拡張した。Michael Jacksonにとって、音楽は単に聴くものではなく、見るもの、踊るもの、演じるものでもあった。『Bad』は、その総合的なポップ表現がさらに洗練された作品である。
『Bad』はまた、Michael JacksonとQuincy Jonesの最後の共同スタジオ・アルバムでもある。二人は『Off the Wall』でソウルとディスコの洗練を、『Thriller』で世界的ポップの完成形を、『Bad』で硬質な80年代後半のデジタル・ポップを作り上げた。この三部作は、20世紀後半のポップ・ミュージックにおける最も重要な共同作業のひとつである。『Bad』はその最後にふさわしく、完成度と緊張感を兼ね備えている。
一方で、『Bad』は『Thriller』と比較され続ける宿命を持つ作品でもある。『Thriller』のような自然なバランスや温かさに比べると、『Bad』はより計算され、硬く、時に過剰に自己演出的である。しかし、その過剰さこそが1987年のMichael Jacksonを表している。彼はもはや普通のポップ・スターではなく、世界中の注目と期待を背負う存在だった。その状況の中で、彼は自分の声、身体、映像、イメージを武器にして、新しい自己像を構築した。
日本のリスナーにとって『Bad』は、Michael Jacksonの全盛期を理解するうえで欠かせないアルバムである。「Bad」「The Way You Make Me Feel」「Man in the Mirror」「Smooth Criminal」など、現在でも強く記憶される楽曲が並び、彼のダンス、映像、ファッション、声のすべてが強烈に刻まれている。特に「Smooth Criminal」は、音楽とダンスの融合という点で、Michael Jacksonの芸術性を象徴する楽曲である。
『Bad』は、世界最大の成功の後に作られた、自己証明のアルバムである。Michael Jacksonはここで、ただ前作の成功をなぞるのではなく、より鋭く、より硬く、より映像的なポップ表現へ進んだ。愛、怒り、孤独、誘惑、社会的責任、メディアへの反発が、緻密なサウンドと圧倒的なパフォーマンスによってまとめられている。『Thriller』がMichael Jacksonを世界の中心へ押し上げた作品だとすれば、『Bad』は、その中心に立った彼が、自分自身をどう演じ、どう守り、どう更新しようとしたかを示す重要な名盤である。
おすすめアルバム
1. Thriller by Michael Jackson
1982年発表の前作であり、Michael Jacksonのキャリアを世界的な頂点へ押し上げた歴史的アルバム。「Billie Jean」「Beat It」「Thriller」などを収録し、ポップ、R&B、ロック、ファンクを完璧に融合している。『Bad』を理解するためには、この巨大な前作の成功と音楽的バランスを確認することが不可欠である。
2. Off the Wall by Michael Jackson
1979年発表の重要作で、Quincy Jonesとの最初の共同作業となったアルバム。ディスコ、ソウル、ファンク、ポップが滑らかに融合し、Michaelが子どもスターから大人のソロ・アーティストへ変貌した作品である。『Bad』の硬質な音と比較すると、より生々しく温かいグルーヴが際立つ。
3. Dangerous by Michael Jackson
1991年発表の次作。Quincy Jonesから離れ、Teddy Rileyらとともにニュー・ジャック・スウィングを取り入れたアルバムである。『Bad』で強まった攻撃性、社会的メッセージ、メディアへの反発がさらに拡張され、1990年代的な重いビートと結びついている。Michaelの次の段階を知るために重要である。
4. Control by Janet Jackson
1986年発表のJanet Jacksonの代表作。Jimmy Jam & Terry Lewisのプロデュースにより、硬質なリズム、シンセ・ファンク、自立した自己像が打ち出された。『Bad』と同時代のデジタルR&B/ダンス・ポップの文脈を理解するうえで重要であり、Jacksonファミリー内の異なる自己表現としても比較できる。
5. Sign o’ the Times by Prince
1987年発表のPrinceの代表作。同じ1987年に発表された重要作であり、ファンク、ロック、ソウル、ポップ、社会的テーマを多様に展開している。『Bad』が緻密で巨大なポップ・スター像を提示したのに対し、『Sign o’ the Times』はより自由で多面的な作家性を示す。1980年代後半のポップ/R&Bの豊かさを比較するうえで非常に有効な作品である。

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