発売日: 2005年11月1日
ジャンル: グランジ、オルタナティヴ・ロック、アーカイブ音源
削り取られた断片、響き合う真実——Nirvana、その“未完”の中にある核心を見せた小さな遺言
『Sliver: The Best of the Box』は、2004年にリリースされた膨大なアーカイブ集『With the Lights Out』から、特に象徴的かつアクセスしやすい20曲を抽出したコンパクトな編集盤である。
タイトルは1990年のシングル曲「Sliver」に由来し、その言葉どおり、Kurt Cobainというアーティストの“断片（sliver）”を通して、全体像を想像することができる構成となっている。
本作はベスト盤の形式をとりながら、従来のスタジオアルバムに収録されなかった楽曲、未発表のデモ音源、オルタネイト・バージョン、Cobainのホーム・レコーディングなどを中心に選曲されており、“未完成だからこそ触れられるNirvanaの素顔”が垣間見える。
初心者にも届きやすいボリューム感と編集のバランスを持ちながら、Nirvanaの“内面史”に触れる第一歩としても、ファンの再確認用にも最適なアルバムである。
収録楽曲レビュー（全曲）
1. Spank Thru（Fecal Matter demo）
KurtがNirvana以前に録音した自宅デモ。不穏なユーモアと反抗心が初期衝動として炸裂している。
2. Sappy（early demo）
「Verse Chorus Verse」とも呼ばれた未発表曲。旋律美と暗い主題の対比が、まさにCobainらしい。
3. Come As You Are（Boom Box version）
ラフな自宅録音テイク。リヴァーブに頼らない素の輪郭が生々しい。
4. Old Age（demo）
後にHoleへ提供されるこの曲のNirvanaバージョン。Kurt自身が歌うことで歌詞が一層内向きに響く。
5. Oh, The Guilt
轟音と罪悪感の間にあるような不穏なナンバー。オフィシャル未収録のハードコアな名曲。
6. Rape Me（acoustic demo）
荒々しさを剥いだ弾き語り。その分、詞の鋭さがむき出しになる。
7. Do Re Mi
Kurt晩年の未完曲。未熟なままの形が、そのまま彼の壊れかけた心象風景を映す。
8. You Know You’re Right（acoustic demo）
正式音源とはまるで異なる静寂の中の叫び。Cobainの“遺書のような一曲”。
9. All Apologies（acoustic demo）
美しくも痛ましい自宅録音。アルバム版よりも個人的な“赦し”の祈り。
10. Smells Like Teen Spirit（Boom Box rehearsal）
ガレージで鳴らされる伝説の原型。無防備でラフだからこそ、リアルな始まりが見える。
11. Pennyroyal Tea（acoustic demo）
自己中絶のメタファーを静かに吐き出す。声の震えにCobainの疲弊がにじむ。
12. Heartbreaker（Led Zeppelinカバー）
1987年のライヴ録音。原曲を崩しながら、初期のカートのギターへの憧憬が伺える。
13. Mrs. Butterworth
未完成のインスト・ジャム。無邪気さと混乱のミックスが、リハーサル音源ならではの魅力。
14. Blandest
正式発表を見送られたレア曲。暗くて重いが、旋律はどこか美しい。
15. Ain’t It a Shame（Lead Bellyカバー）
フォーク・ブルースへの敬意を感じる演奏。Cobainの音楽的ルーツが垣間見える。
16. Token Eastern Song
オリエンタルなスケール感を持った異色曲。バンドとしての探求精神が現れた実験的楽曲。
17. Opinion（radio performance）
Cobainがラジオで弾き語りした社会風刺的ナンバー。アコースティックな怒り。
18. You Know You’re Right（studio version）
重厚なサウンドと繰り返されるフレーズ。Cobainが遺した最後の咆哮。
19. Verse Chorus Verse（別テイク）
『Nevermind』のボーナストラック候補だった幻曲。グルーヴとメランコリーが共存する名演。
20. They Hung Him on a Cross（Lead Bellyカバー）
Cobain単独による古いゴスペル曲のカバー。悲しみと信仰と孤独が滲み出る弾き語り。
総評
『Sliver: The Best of the Box』は、Nirvanaというバンドが完成に至らなかった断片のなかに、いかに豊かな感情と探求心を抱えていたかを証明する、もうひとつの“ベスト盤”である。
整った音ではなく、“鳴らされたまま”の音——それを聴き取れる耳と心があれば、このアルバムはスタジオ作とはまた別の深みをもたらしてくれる。
未発表という“未熟さ”ではなく、そこにしかない“誠実さ”を、Sliver（かけら）は教えてくれる。
まさにこれは、“壊れかけの肖像”としてのNirvanaのもう一つの真実なのだ。
おすすめアルバム
-
With the Lights Out / Nirvana
膨大なアーカイブ音源を収録した本作の元箱。フルセットで聴きたい人に。 -
MTV Unplugged in New York / Nirvana
アコースティックによる極限の美しさと内省。Sliver収録の多くと響き合う。 -
The Bootleg Series Vol. 1–3 / Bob Dylan
デモ・アウトテイク集としての完成度と精神性で共鳴する音楽ドキュメント。 -
Posthumous / Elliott Smith
未完の美と静かな焦燥を描いた、別の時代のCobain的存在による遺作群。 -
Unreleased & Rare / Jeff Buckley
未公開音源の中に込められた“生きていた音”。聴くこと自体が追悼となる一枚。
コメント