1. 歌詞の概要
「Say It(セイ・イット)」は、アイルランド・ゴールウェイ出身のドリームポップ/インディーロックバンド NewDad(ニューダッド) による2021年のEP『Waves』に収録された楽曲であり、言葉にされない感情、伝えられなかった真実、そして静かに崩れていく関係性を描いた、内省的かつ耽美なラブソングである。
「言ってくれればよかったのに」——そんな後悔や苛立ちが、決して大声でなく、むしろ囁くようなトーンで語られていくことで、より深いリアリティと切なさを帯びて響いてくる。
この曲の本質は、愛の終わりそのものではなく、終わっていく過程にある“曖昧な沈黙”の苦しみなのだ。
サウンドは、濃密なギターのリバーブと霞んだベースラインに包まれ、まるで霧の中を手探りで歩いているような浮遊感がある。
歌声は儚くも芯があり、痛みを静かに抱きしめながら“なかったことにできない記憶”と向き合っていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
NewDadは、フロントウーマンの Julie Dawson を中心とした4人組で、2020年以降のポスト・コロナ時代のベッドルーム・ポップシーンで頭角を現した存在。
その音楽は、The CureやWolf Alice、beabadoobeeなどの影響を受けたギター中心の音像に、10代〜20代前半の孤独、感情の抑圧、不器用な愛といったテーマが乗せられている。
「Say It」は、Julieがある実体験を元に書いたとされる曲で、関係が壊れていく過程で、相手が本音を語らなかったことへの苛立ちと悲しみが込められている。
ただしその語り口は決して攻撃的ではなく、むしろ自分の側にも非があるのではないかと考え続けてしまう、優しすぎる視点で構成されているのが特徴的だ。
この曲はNewDadの音楽性の中でも、最もダイレクトに“感情の影”を描いた作品であり、リリース当時からファンの間で強い共感を呼んだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“If you didn’t mean it / Then why’d you say it?”
「本気じゃなかったのなら/どうしてそんなこと言ったの?」“I could feel it slipping through / But I still held on to you”
「手の中からこぼれていくのを感じてた/それでも、私はあなたを離せなかった」“Why couldn’t you just say it?”
「どうして、ちゃんと言ってくれなかったの?」“I would’ve tried / I could’ve stayed”
「頑張ってみたかもしれない/ここに残ったかもしれないのに」
これらのリリックは、誤解や沈黙によって終わってしまった関係の後悔と怒りを、あまりにも静かで淡々とした語り口で表現しており、それがかえって深い感情の揺れを引き立てている。
4. 歌詞の考察
「Say It」の美しさは、“言葉にならなかったものたち”を見つめる誠実さにある。
語られなかった理由を責めるのではなく、「言ってくれればよかったのに」と呟くように訴えるその姿には、どこかでまだ相手を理解したいと思っている優しさが滲んでいる。
特に、「I could feel it slipping through」というラインにある“予感”の描写は、関係の終わりをただ悲劇としてではなく、時間の中でどうしようもなく解けていったものとして受け止めている点でリアルであり、詩的である。
また、「I would’ve tried」という仮定法の使い方には、もし相手が本音を言ってくれていれば、何かが変わっていたかもしれない、という淡い希望と、その叶わなかった現実が同時に存在している。
この“言葉にされなかった感情の残骸”を、まるで夢のようなサウンドで包み込むことで、NewDadは「忘れられないもの」を音楽に昇華しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Your Best American Girl” by Mitski
自分を変えようとした恋の痛みと自我の目覚めを描いた名曲。感情の質感が近い。 - “No One Knows Me Like the Piano” by Sampha
語られなかった感情に耳を傾けるようなピアノ・バラード。 - “Moon Song” by Phoebe Bridgers
傷ついてもなお愛を差し出してしまう切なさ。沈黙の中に宿る想いが共鳴する。 - “Deep End” by Holly Humberstone
崩れていく関係と自責の念。音と心が滲むように重なる。 - “She’s in Parties” by Wolf Alice
切なくも美しいサイケ・ドリームポップの逸品。音像と空気感がNewDadと通じる。
6. 言わなかった言葉、聞けなかった本音——沈黙の重さと優しさ
「Say It」は、語られなかったことが時に語られたこと以上に大きな意味を持つという真理を、静かに、しかし確かな声で伝える楽曲である。
恋は終わった。
でも、その終わりは、何かをはっきりと告げられて起こったのではない。
むしろ、「言ってくれなかった」こと、「気づいていたけど話さなかった」ことが積み重なって、やがて二人の間に深い距離を生んだ——
その“言葉の不在”そのものを主題にしたラブソングとして、「Say It」は静かに私たちの心に残り続ける。
この曲を聴くとき、人はきっと誰かとの会話を思い出す。
もしくは、交わされなかった会話、胸の中でずっと繰り返してきた“もしも”の言葉たちを。
それでもNewDadは叫ばない。
ただ、沈黙の中にも確かに感情があったこと、そしてそれを音にすることで残すことができるのだと、そっと教えてくれる。
「Say It」は、傷の跡を美しく照らす、現代ドリームポップの新たなクラシックである。
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