
1. 楽曲の概要
「R&B」は、イングランド・リーズ出身のインディー・ロック・バンド、English Teacherの楽曲である。初出は2021年にNice Swan Recordingsから発表された「R&B (Theo Verney Version)」で、のちに2024年のデビュー・アルバム『This Could Be Texas』へ再録版として収録された。アルバム版のプロデュースはMarta Salogniが担当している。
English Teacherは、Lily Fontaine、Lewis Whiting、Nicholas Eden、Douglas Frostによる4人組である。リーズの音楽シーンから登場し、ポストパンク、インディー・ロック、アートロック、スポークン・ワード的な要素を横断するバンドとして注目された。『This Could Be Texas』は2024年4月にIsland Recordsからリリースされ、同年のMercury Prizeを受賞した作品でもある。
「R&B」は、バンドの初期から重要な位置を占める曲である。タイトルは音楽ジャンルとしてのR&Bを指しているが、曲そのものは一般的なR&Bではなく、ギター・バンドの緊張感を持ったインディー・ロックとして作られている。このズレが曲の核である。Lily Fontaineは、音楽業界や周囲から「R&Bを歌う人」と見なされることへの違和感を、曲の主題として扱っている。
2021年版はTheo Verneyがプロデュースした初期シングルで、荒さと即時性が目立つ。一方、2024年のアルバム版は、バンドの成長と『This Could Be Texas』全体の文脈に合わせて再構成されている。曲の持つ批評性はそのままに、アンサンブルの輪郭やダイナミクスがより整理されている点が特徴だ。
2. 歌詞の概要
「R&B」の歌詞は、恋愛関係、創作上の行き詰まり、人種やジャンルに対する先入観を重ねている。語り手は、相手との関係の中でうまく自分を保てず、同時に「自分はどのような音楽を作るべきだと見なされているのか」という外部からの視線にも直面している。
曲の重要なポイントは、個人的な失恋や作曲の悩みが、より広い社会的な問題と結びついていることである。Lily Fontaineは、相手との関係の中でライターズ・ブロックに陥り、その時に浮かんだアイデアが「R&Bのトップライン」だったと語っている。しかもそのジャンルは、周囲が彼女に期待しがちだったものでもあった。この経験が、曲の皮肉な出発点になっている。
歌詞の語り口は、直接的な怒りだけで構成されているわけではない。むしろ、自分でも状況を見つめ直しながら、違和感を言語化していくような作りである。相手に近づきたいという感情、創作を続けたいという意志、そして自分を一つのジャンルに押し込めようとする視線への抵抗が、短いフレーズの中で交差する。
「R&B」というタイトルは、単なるジャンル名ではない。ここでは、音楽的カテゴリーが人の属性や外見と結びつけられてしまう問題を示している。語り手は、自分の声や存在が先に分類され、その後で音楽が聴かれることに抵抗している。この曲が鋭いのは、その抵抗を説教としてではなく、バンド・サウンドの中で具体的な緊張として表現している点である。
3. 制作背景・時代背景
「R&B」が最初に発表された2021年は、イギリスのインディー・シーンでポストパンク系のバンドが再び注目されていた時期である。Black Country, New Road、Squid、Dry Cleaning、Wet Legなど、話し言葉に近いボーカルや変則的な曲構成を用いるバンドがメディアで語られていた。English Teacherもその周辺で紹介されることが多かったが、「R&B」は、そうした枠組みにも単純には収まらない曲である。
バンドはリーズを拠点としており、ロンドン中心の音楽産業とは異なる地域性も背景にある。『This Could Be Texas』は、北部イングランドの生活感、階級、教育、場所への帰属感、疎外感などを扱うアルバムとして受け止められた。その中で「R&B」は、人種化された音楽ジャンルのイメージと、ギター・バンドのフロントに立つ有色人種女性への視線を扱う曲として重要である。
2024年のアルバム版は、単なる旧曲の再収録ではない。バンドがメジャー・レーベルからデビュー・アルバムを出す段階で、この曲を再び取り上げたことには意味がある。初期の突破口となった曲を、アルバム全体の主題であるアイデンティティ、場所、違和感、社会的観察の中へ組み込み直している。
『This Could Be Texas』は、2024年のMercury Prizeを受賞した。審査では、アルバムの独創性、社会観察、シュルレアリスム的な歌詞、音楽的な多層性が評価された。こうした評価の中で「R&B」は、English Teacherが単なるポストパンク・バンドではなく、ジャンルや属性の固定化そのものを題材化するバンドであることを示す代表的な曲といえる。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I’ve been writing R&B for you
和訳:
君のためにR&Bを書いていた
この一節は、曲の皮肉を端的に示している。語り手は相手のために曲を書こうとしているが、その行為は単純な愛情表現ではない。ここで言われる「R&B」は、語り手が自然に選んだジャンルであると同時に、外部から押しつけられたイメージでもある。
つまり、このフレーズには二重の意味がある。ひとつは、恋愛の相手に向けて曲を書こうとする個人的な行為。もうひとつは、周囲が語り手に期待する音楽的役割への違和感である。曲はこの二つを分けず、同じ言葉の中に重ねている。
Despite appearances, I haven’t got the voice for R&B
和訳:
見た目に反して、私はR&B向きの声を持っていない
このフレーズは、曲の社会的な主題をさらに明確にする。ここで問題にされているのは、音楽の好みや技術だけではない。外見、人種、声、ジャンルのイメージが結びつけられ、本人の意思とは別に「こういう音楽をやるはずだ」と判断されることへの抵抗である。
引用した歌詞は批評目的の最小限にとどめている。歌詞の権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「R&B」のサウンドは、タイトルから想像される滑らかなR&Bとは大きく異なる。リズムは鋭く、ギターは硬く、全体に乾いた緊張感がある。バンドはジャンル名をタイトルに掲げながら、その期待を意図的に裏切る。ここに曲の批評性がある。
2021年のTheo Verney Versionは、よりラフで直線的な印象が強い。ギターの切れ味、ボーカルの生々しさ、バンド全体の勢いが前に出ており、初期シングルとしての即効性がある。曲の中にある苛立ちや皮肉が、荒い録音の質感と結びついている。
2024年のアルバム版では、同じ曲でありながら、より立体的な響きが加わっている。Marta Salogniのプロダクションは、バンドの勢いを削るのではなく、細部の配置を明確にする方向に働いている。ドラムとベースの推進力、ギターの短い刺し込み、ボーカルの抑揚がより整理され、歌詞の聞こえ方も強くなっている。
Lily Fontaineのボーカルは、この曲において非常に重要である。彼女はR&B的な装飾を多用するのではなく、言葉を切るように歌い、時に話すような発声を用いる。これは、歌詞が扱う「声への期待」と直接関係している。つまり、曲は「R&Bを歌うべき声」という先入観に対して、実際の声の使い方で反論している。
ギターの役割も大きい。Lewis Whitingのギターは、滑らかなコード進行で曲を包むというより、短いフレーズで曲に角を作る。Nicholas Edenのベースは、過度に前へ出るわけではないが、曲の不安定な勢いを支える。Douglas Frostのドラムは、曲をダンス・ミュージック的に丸めるのではなく、バンドとしての硬さを保っている。
この曲の構成は、典型的なポップ・ソングの安心感を意図的に避けている。フックはあるが、すぐに解放されるわけではない。むしろ、短いフレーズの反復と、ボーカルの言い回しによって緊張を蓄積していく。歌詞の中で語られる違和感が、曲構成そのものにも反映されている。
『This Could Be Texas』全体の中で見ると、「R&B」はアルバムの主題をわかりやすく示す曲である。「The World’s Biggest Paving Slab」や「Nearly Daffodils」が社会や場所への視線を広げていくのに対し、「R&B」はより音楽業界の内部、つまりバンドがどのように見られ、どのように分類されるかを扱っている。その意味で、アルバムの自己言及的な中心のひとつといえる。
近い文脈の曲と比較すると、Dry Cleaningのようなスポークン・ワード的ポストパンク、Black Country, New Roadのような不規則な展開、Wet Legのような皮肉を含んだインディー・ロックと接点がある。ただしEnglish Teacherの場合、ユーモアや違和感の背後に、人種、性別、地域性、ジャンル分類への具体的な問いがある。「R&B」は、その問いを最も明確に提示した曲である。
重要なのは、この曲が「ジャンルに縛られたくない」という一般論だけで終わっていない点だ。誰がどのジャンルを歌うと見なされるのか。その判断はどこから来るのか。ギター・バンドのフロントに立つ有色人種女性は、なぜ説明を求められやすいのか。曲はそうした問題を、理論ではなく、短いロック・ソングの中で扱っている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The World’s Biggest Paving Slab by English Teacher
English Teacherの社会観察とバンド・アンサンブルの鋭さを知るうえで重要な曲である。「R&B」よりも物語性が強く、日常的な視点から社会の圧迫感を描いている。
- Nearly Daffodils by English Teacher
『This Could Be Texas』の中でも、リズムとメロディの変化が印象的な楽曲である。「R&B」の硬い緊張感に対して、こちらはより展開の大きい構成を持ち、バンドの幅を確認できる。
- Scratchcard Lanyard by Dry Cleaning
話し言葉に近いボーカルと硬質なギター・サウンドという点で、「R&B」と近い文脈にある。日常的な言葉を不穏なロック・サウンドへ変換する方法を比較して聴ける。
- Chaise Longue by Wet Leg
ユーモア、皮肉、ギター・バンドのシンプルな構成を組み合わせた曲である。「R&B」のように、軽い言葉の表面に批評性を忍ばせるタイプのインディー・ロックとして接点がある。
- Sunglasses by Black Country, New Road
ポストパンク以降のイギリスのバンドが、語り、緊張、長い構成を使って現代的な不安を描いた代表的な曲である。「R&B」と比べると大作志向だが、ジャンルの枠をずらす感覚は共通している。
7. まとめ
「R&B」は、English Teacherの初期からの重要曲であり、2024年の『This Could Be Texas』に再録されることで、バンドの中心的な主題を担う楽曲になった。タイトルはR&Bというジャンルを示しているが、曲はそのジャンルを再現するのではなく、ジャンル名が人に貼りつけられる構造を批評している。
歌詞では、恋愛、創作の停滞、外部からの期待、人種化された音楽ジャンルのイメージが重なっている。Lily Fontaineのボーカルは、その問題を言葉だけでなく発声そのもので表現している。R&B的な歌唱を期待されることに対し、彼女はインディー・ロックの硬いサウンドの中で、別の声のあり方を提示している。
サウンド面では、鋭いギター、前に進むリズム、乾いたプロダクションが曲の緊張を支えている。2021年版の荒さと、2024年アルバム版の整理されたアンサンブルを比較することで、English Teacherが初期の衝動を保ちながら、より複雑な表現へ進んだことも見えてくる。
「R&B」は、単にジャンルを横断する曲ではない。ジャンルがどのように人を分類し、どのような期待を生むのかを問い直す曲である。English Teacherの音楽を理解するうえで、この曲は入口であると同時に、バンドの批評性を最も明確に示す一曲といえる。
参照元
- English Teacher – This Could Be Texas | Universal Music Japan
- English Teacher share album version of their single, “R&B” | The Line of Best Fit
- English Teacher – R&B (Theo Verney Version) | Bandcamp
- English Teacher share video for album version of “R&B” | DIY
- English Teacher – “R&B” | Stereogum
- English Teacher win 2024 Mercury Prize for This Could Be Texas | Pitchfork
- English Teacher wins Mercury Prize for debut album This Could Be Texas | Reuters
- English Teacher: This Could Be Texas | Pitchfork

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