Quarry by Wednesday(2023)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Quarry」は、ノースカロライナ州出身のオルタナティブ・カントリー/シューゲイズ・バンド、Wednesdayが2023年に発表したアルバム『Rat Saw God』の冒頭を飾る楽曲であり、地方都市に生きる若者の混乱、痛み、そして瞬間的な輝きを、鋭い言語感覚と荒涼としたサウンドで描き出す、バンドの新章を告げる1曲である。

歌詞は、銃声、ファストフード店の駐車場、テレビの音、カウンターカルチャーといった断片的なイメージが立ち上がる構造で構成されており、**具体的な情景と抽象的な感情が交錯する“生活の断面詩”**のような印象を与える。主人公は、日常に潜む暴力や不安定さに晒されながらも、どこか達観した視点で世界を見つめており、その冷ややかさと切実さの共存が、「Quarry」の魅力の一つとなっている。

タイトルの「Quarry(採石場)」は、かつて何かが削り取られ、今は空虚な場所として残されたもの。これは主人公の心象風景そのものであり、“すでに何かが欠けたまま存在している”状態を象徴している。

2. 歌詞のバックグラウンド

Wednesdayの中心人物であるKarly Hartzman(カーリー・ハーツマン)は、このアルバムで自らの育ったノースカロライナという土地の土臭さ、暴力性、そして孤独を逃げずに描くことに挑戦している。「Quarry」はその冒頭に位置し、まさにアルバム全体の世界観を象徴する導入曲となっている。

アルバム『Rat Saw God』は、90年代オルタナティブやグランジの影響に加え、アメリカーナ、スロウコア、ポスト・グランジ的な文脈を持つ重層的なサウンドが特徴であり、そのすべてが「Quarry」に集約されている。硬質で轟音的なギター、ゆがみながらもメロディックな展開、そして語るように紡がれる歌詞が、極めて現代的な“地方都市の若者の肖像”を描いている。

なお、この曲には“青春”という言葉が似合わない。なぜならその視線は、すでに多くを失った場所から世界を見つめているからだ。光よりも影、希望よりも不在、でもそこに確かにある生の断片——それこそがこの楽曲の核である。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Quarry」の印象的な歌詞とその和訳を紹介する。

“You came for the weekend, stayed for the summer”
君は週末だけ来るはずだったのに、夏じゅう居ついてしまった

“Shooting at stop signs from the window of your car”
君は車の窓から、停止標識を撃ってたね

“There’s a quarry somewhere behind your house / I remember jumping in”
君の家の裏手に採石場があったっけ 飛び込んだ記憶がある

“Heard your dad on the TV talking through the static”
テレビ越しに聞こえた君の父さんの声 ノイズまじりだった

“You said you were afraid of what your body might do”
君は、自分の体が何をしでかすか怖いって言ってたね

歌詞引用元:Genius – Wednesday “Quarry”

4. 歌詞の考察

「Quarry」は、青春のノスタルジーではなく、**荒んだ郊外の記憶を冷徹なまでに俯瞰した“記録”**である。そこには甘さや希望はほとんどなく、あるのは“暴力と破壊の気配が日常と同居している”リアルな空気感だ。主人公が思い出すのは、標識に銃を撃つ恋人、テレビに映る父の声、自傷の不安、夜の採石場。どれもが危うく、どれもが愛おしい。

「You said you were afraid of what your body might do(自分の体が何をしでかすか怖い)」というラインは、特にこの曲の根底に流れる不安と自己喪失感を象徴している。これは自己破壊的な衝動や、若さゆえの過剰さ、あるいはトラウマ的な経験を示唆していると考えられる。

採石場というモチーフは、かつて“何かが掘られた場所”としての空虚さと、無邪気な飛び込みという危険な遊びの両義性を持っている。それは“青春”の比喩でありながら、同時に“喪失と再生の場”でもある。

この楽曲が力強いのは、そのような荒廃した風景を悲しみや怒りではなく、ただ“記憶の一部”として淡々と記録している点だ。だからこそ、逆に深い共感と痛みをもって響くのだろう。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Motion Sickness by Phoebe Bridgers
     身体と心の違和感を静かに告白する名バラード。感情の暴れ具合が近い。

  • Your Best American Girl by Mitski
     文化的なギャップと自己否定を内包した、爆発的な自己主張の歌。

  • Fade Into You by Mazzy Star
     静かな絶望と自己溶解を夢見心地のサウンドで包み込んだ90年代の名曲。

  • Never Meant by American Football
     青春期の過ちと未完成さを、そのまま詩とギターにしたようなエモ・クラシック。

6. “採石場=喪失の記憶装置としての風景”

「Quarry」は、Wednesdayの音楽が単なるジャンルの枠を超えた**“風景の記憶装置”**であることを明確に示している。採石場、銃声、テレビのノイズ、身体への恐れ。すべてが断片的で、線ではなく点の集合だ。だがその点を繋ぐことで、私たちはある風景──失われたものの存在感──を確かに感じ取ることができる。

この曲の本質は、明確な主張ではなく、消えていく記憶を、消えていくそのままに鳴らすことにある。それは一見冷たいが、実はとても誠実なやり方だ。Wednesdayは「Quarry」で、現代の地方都市に生きる若者たちの声にならない声を、確かにロックの文脈で可視化した。


「Quarry」は、誰の中にもある“掘り起こされたままの記憶”を、荒削りで美しい音に変えた歌だ。残酷で、静かで、痛いほどリアル。そして、そのリアルこそが、ロックが今も鳴る理由である。

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