アルバムレビュー:Psychic… Powerless… Another Man’s Sac by Butthole Surfers

Spotifyジャケット画像

発売日: 1984年12月
ジャンル: エクスペリメンタル・ロック、サイケデリック・ロック、ノイズロック、ハードコア・パンク


精神崩壊と官能の裏側で——“狂気”を解き放つテクスチャーの襲撃

1984年にリリースされたButthole Surfers(バットホール・サーファーズ)の実質的なデビュー・アルバム『Psychic… Powerless… Another Man’s Sac』は、
アメリカ・アンダーグラウンドにおける音と肉体と暴力の美学の異形の結晶である。

そのアルバムタイトルからして挑発的で、意味のあるようで意味を拒む。
“Psychic”=精神、“Powerless”=無力、“Another Man’s Sac”=他人の袋(?)——
この連なりそのものが、言語的な無意味と身体的な不安を並置する前衛的コンセプトのようにも読める。

内容は一言でいえばサイケとパンク、ノイズとカントリーの“暴走するコラージュ”
だがその背後には、アメリカ南部的な退廃美、反権威的ユーモア、精神異常のようなサウンド実験があり、
まるで夢と悪夢が同時に再生される壊れたカセットテープを聴いているかのような、感覚の混濁を誘う。


全曲レビュー

1. Concubine

鋭利なギターリフとひび割れたヴォーカル。
「妾」という挑発的タイトル通り、性と暴力が皮肉混じりに交錯する開幕。
爆音と不協和の洪水に早くも飲み込まれる。

2. Eye of the Chicken

リズムの迷宮とねじれたメロディ。
鶏の目から世界を見たような視点のズレと滑稽さが、サイケデリックの皮をかぶったノイズ・カオスとして炸裂する。

3. Dum Dum

B級映画の断片のようなループとギターの発作的暴走。
ポップスへのパロディなのか、本気の退行なのか判然としない不穏なグルーヴ。

4. Woly Boly

60年代ロックンロールのカバー(?)を解体して再構築。
もはや原型を留めない、記憶とサウンドの破壊的リミックスのような奇怪な一品。

5. Negro Observer

タイトルからして危ういが、音楽的にもミニマルとノイズが入り混じる、社会的観察のねじれたレンズのよう。
サイケでありつつ、冷笑的な距離感が漂う。

6. Butthole Surfer

セルフタイトルの異常な一曲。
ボーカルは性別も意図も崩壊し、リズムはフリージャズのように暴走。
バンドの名を冠するだけあって、すべてをぶち壊す宣言のようでもある。

7. Lady Sniff

咳、くしゃみ、トイレ音…音の暴力とコントの境界線を撹乱する一曲。
笑うべきか、吐くべきか、判断が追いつかない“感覚の崩壊芸術”。

8. Cherub

アルバム中最も“音楽的”でキャッチーなトラック。
だがそのメロディにもどこか病的なほどの執着と壊れかけた優しさが滲む。
唯一の“バラッド風”であり、混沌の中の仄かな光。

9. Mexican Caravan

サーフロック的リフと断片的な会話、効果音のコラージュ。
境界の喪失と、国境越えの比喩的トリップとして聴こえる。

10. Cowboy Bob

カントリー調のギターとパンクのリズムがねじれながら走る。
“西部劇×幻覚”という狂った映像が頭に浮かぶ、バンドの代表的異常楽曲。

11. Gary Floyd

テキサスのパンクバンドThe Dicksのゲイ・パンクの象徴的人物名を冠したトリビュート曲。
アイデンティティとカウンターカルチャーの祝祭を、ぶっ壊れたサイケで祝う。


総評

Psychic… Powerless… Another Man’s Sac』は、音楽という形式に対する“破壊的な問いかけ”であり、
同時にアメリカ文化の矛盾と病理を、ノイズとジョークと身体を通して可視化する装置
でもある。

この作品を聴くということは、意味の崩壊、秩序の拒絶、笑いと吐き気の狭間に身を投じることだ。
まさに“聴く体験”ではなく、“巻き込まれる体験”。

それはきっと、80年代のレイガン政権下で育った南部の若者たちが、
音と言葉で世界に牙をむいた瞬間のドキュメント
なのだ。


おすすめアルバム

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  • Pere UbuThe Modern Dance
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  • Captain Beefheart – Trout Mask Replica
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