アルバムレビュー:Rembrandt Pussyhorse by Butthole Surfers

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1986年4月

ジャンル:ノイズ・ロック、サイケデリック・ロック、アヴァン・パンク、ポスト・ハードコア、エクスペリメンタル・ロック

概要

Rembrandt Pussyhorseは、アメリカ・テキサス州出身のバンド、Butthole Surfersが1986年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。前作Psychic… Powerless… Another Man’s Sacで、彼らはハードコア・パンク以降の地下ロックに、サイケデリア、ノイズ、悪趣味なユーモア、ドラッグ的な幻覚性、変調ヴォーカル、テープ操作、反復するリズムを混ぜ込んだ異様な音楽性を提示した。本作Rembrandt Pussyhorseは、その混沌をさらに奇妙で、遅く、ねじれた方向へ進めた作品であり、バンドの初期カタログの中でも特に不気味で実験的な一枚である。

Butthole Surfersは、1980年代アメリカ地下ロックの中でも極端に分類しにくい存在だった。彼らはパンク・バンドのエネルギーを持ちながら、パンクの簡潔さや政治性には収まりきらなかった。サイケデリック・ロックの影響を持ちながら、その音は60年代的な理想主義や美しい意識拡張とは無縁だった。ノイズ・ロックとして語ることもできるが、Sonic Youthのようなアート性や都市的な知性とは異なり、Butthole Surfersのノイズには悪臭、身体性、下品な笑い、腐敗したユーモアがつきまとっていた。

アルバム・タイトルのRembrandt Pussyhorseは、意味を明確に結びにくい奇妙な言葉の組み合わせである。「Rembrandt」は西洋美術史における巨匠レンブラントを連想させる一方、「Pussyhorse」は下品でナンセンスな響きを持つ造語のように聞こえる。高尚な芸術と低俗な身体性、クラシックな美と悪趣味な冗談が一つのタイトルに押し込まれている。この時点で、Butthole Surfersの基本姿勢が表れている。彼らは芸術を馬鹿にしながら、同時に極めて独自のアートを作るバンドである。

本作の音楽性は、前作に比べると全体的に遅く、湿っていて、不気味である。ハードコア的な速さよりも、スローダウンしたリズム、歪んだギター、ねじれたベース、遠くから聞こえるような声、テープの異物感が目立つ。楽曲は通常のロック・ソングとしての整合性をしばしば拒み、悪夢の中で断片的な場面がつながっていくように進む。これにより、アルバム全体は一種のホラー映画、あるいはドラッグによって歪んだカーニバルのような印象を持つ。

特に重要なのは、本作に収録されたThe Guess Whoの「American Woman」のカバーである。オリジナルは1970年のクラシック・ロックのヒット曲であり、反米的、反戦的なニュアンスも持つ楽曲だった。しかしButthole Surfers版では、原曲の力強いロックンロール感覚は完全に解体され、奇妙で不安定で病的なものへ変形されている。彼らはカバーを「敬意ある再演」として扱うのではなく、既存のロックの記憶を汚染し、別の怪物に変える。この姿勢は、本作全体の美学を象徴している。

Rembrandt Pussyhorseは、後のLocust Abortion TechnicianやHairway to Stevenに比べると、より地下的で、より掴みにくく、より不親切な作品である。だが、その不親切さこそが重要である。ここでは、ロックは聴き手を楽しませるための整った形式ではなく、意識を混乱させ、身体感覚を歪め、笑いと不快感の境界を曖昧にするための装置になっている。これは、1980年代アメリカ・アンダーグラウンドが持っていた自由と危険を非常によく示すアルバムである。

全曲レビュー

1. Creep in the Cellar

オープニング曲「Creep in the Cellar」は、アルバム全体の不穏な空気を決定づける楽曲である。タイトルは「地下室の気味悪い奴」と訳せる。地下室という場所は、家の中にありながら隠され、暗く、湿っていて、何かを閉じ込めておく空間である。この曲は、その地下へ降りていくように始まる。

サウンドは遅く、濁っている。ギターは鋭く切り裂くというより、腐った壁のように音をにじませる。リズムは重く、前へ進むというより、足を引きずるように展開する。Gibby Haynesのヴォーカルは、通常の歌唱というより、悪夢の中の声、あるいは壊れたラジオから聞こえる人物の独白のように響く。

歌詞では、地下室に潜む存在、隠された欲望、見たくないものが暗示される。Butthole Surfersの音楽では、恐怖は外部からやってくる怪物ではなく、日常の下に隠れている何かとして現れる。家の地下にいる「creep」は、社会の外部ではなく、自分たちの生活の内部に存在する。

この曲は、Rembrandt Pussyhorseが明るいパンク・アルバムではなく、暗い地下へ降りていくアルバムであることを明確に示している。聴き手はここで、整ったロックの世界から切り離され、湿った異常空間へ連れて行かれる。

2. Sea Ferring

「Sea Ferring」は、タイトルからして意味が曖昧な楽曲である。海を連想させる「Sea」と、奇妙な響きを持つ「Ferring」が組み合わされ、具体的な情景よりも、歪んだ言葉の感触そのものが前に出ている。Butthole Surfersにおいて、曲名はしばしば意味を説明するものではなく、音楽の不気味な空気を増幅する役割を持つ。

サウンドはゆらめきがあり、サイケデリックな質感を持つ。ただし、ここでのサイケデリアは美しい海辺の幻想ではなく、船酔いのような不安定さに近い。音は左右に揺れ、リズムは確かな足場を与えず、ギターや声は現実感を薄めていく。

歌詞は断片的で、明確な物語は提示されない。だが、この不明瞭さが曲の核心である。海というイメージがあるなら、それは解放の海ではなく、溺れる可能性のある海である。水面は美しいが、その下には何があるか分からない。曲全体に、そのような不安が漂う。

「Sea Ferring」は、Butthole Surfersのサイケデリックな側面を示す曲である。だがそれは、精神を高みに導くものではなく、方向感覚を奪うものとして機能している。聴き手はこの曲で、アルバムの足場のなさをさらに強く感じることになる。

3. American Woman

The Guess Whoの「American Woman」をカバーしたこの曲は、本作の中でも特に重要な位置を占める。原曲は1970年代クラシック・ロックの有名曲であり、力強いリフと明快な歌唱を持つ。しかしButthole Surfersは、その原曲をほとんど原形をとどめないほど歪め、気味悪く、不安定で、悪意に満ちたものへ変えている。

このカバーの意義は、単に有名曲を演奏したことではない。Butthole Surfersはここで、ロックの共有された記憶を破壊している。多くのリスナーが知っているはずの曲が、別の場所から聞こえてくる壊れた残骸のように変化している。これは敬意あるトリビュートではなく、文化的な死体解剖のような行為である。

サウンドは原曲のハードロック的な安定感を失い、奇妙な間、歪んだ声、悪夢的なムードによって支配される。Gibby Haynesの歌唱は、堂々としたロック・ヴォーカルではなく、皮肉、嘲笑、狂気を含んだ声として響く。アメリカ女性というタイトルが持つ政治的・性的な意味も、ここでは曖昧に腐食している。

この曲は、Butthole Surfersがクラシック・ロックをどのように扱うかをよく示している。彼らは伝統を無視しているのではない。むしろ、伝統をよく知ったうえで、それを汚し、ねじ曲げ、別の異常な生命体に変えている。この姿勢は、後のHairway to Stevenにもつながる。

4. Waiting for Jimmy to Kick

「Waiting for Jimmy to Kick」は、タイトルからして不穏な楽曲である。「Jimmyがキックするのを待っている」とも、「Jimmyが死ぬ/効き始めるのを待っている」とも取れるような曖昧さがある。「kick」という言葉には、蹴る、薬物が効く、死ぬなど複数の含意があり、Butthole Surfersらしい悪い冗談と危険な空気が漂う。

サウンドは緊張感があり、反復するリズムが待機状態を作る。曲は何かが起こる直前のような感覚を持ちながら、すぐには爆発しない。この「待つ」感覚が重要である。聴き手は曲の中で、何かが壊れる瞬間を待たされる。

歌詞では、Jimmyという人物を中心にした奇妙な状況が示唆されるが、それが具体的に何を意味するかは明確ではない。Butthole Surfersの楽曲では、人物名がしばしば現実のキャラクターというより、不快な場面や異常な状態を呼び出すための装置になる。この曲のJimmyも、特定の人物であると同時に、何か壊れかけた存在の象徴のように響く。

「Waiting for Jimmy to Kick」は、アルバムの中で時間の停滞と不安を作る楽曲である。ロックの快感が爆発にあるとすれば、この曲はその爆発を遅延させることで、聴き手を不快な緊張の中に閉じ込める。

5. Strangers Die Everyday

Strangers Die Everyday」は、タイトルだけでも強い冷たさを持つ楽曲である。「見知らぬ人々は毎日死ぬ」という言葉は、死が日常化し、他者の死に対して人間が無感覚になっていく状態を示しているように聞こえる。Butthole Surfersの悪趣味なユーモアの背後には、しばしばこのような冷酷な現実認識がある。

サウンドは不気味で、どこか行進のようでもあり、葬送のようでもある。楽曲は明るい感情を与えず、死を大げさな悲劇としてではなく、淡々と繰り返される現象として提示する。そこに強い不気味さがある。

歌詞では、他者の死に対する距離感が中心にある。知らない人が死ぬことは、ニュースや統計として日々流れていく。人はそれに慣れ、何も感じなくなる。この曲は、その無感覚さを責めるというより、冷たく観察しているように聞こえる。

Butthole Surfersの音楽はしばしば下品で馬鹿げているが、この曲には異様な社会的な鋭さもある。笑いと死、ナンセンスと虚無が隣り合っている。Rembrandt Pussyhorseの中でも、アルバムの暗い哲学を感じさせる楽曲である。

6. Perry

「Perry」は、比較的短く、人物名をタイトルにした楽曲である。Butthole Surfersの曲における人物名は、親しみやすいキャラクター紹介ではなく、どこか異様で歪んだ肖像のように機能する。この曲でも、Perryという名前は具体的な説明を伴わず、断片的な印象だけを残す。

サウンドは荒く、ノイズとロックの中間にある。短い曲ながら、音の質感は濃く、普通のロック・ソングとしての明快さは少ない。ギターやヴォーカルは、曲を整理するよりも、むしろ不安定にしている。

歌詞の意味は明確ではないが、Perryという人物、あるいは名前の響きそのものが、曲の異物感を作っている。Butthole Surfersは、物語を語るために名前を使うのではなく、聴き手の想像の中に不快な人物像を発生させるために使うことが多い。

「Perry」は、アルバム全体の中では小品的な位置にあるが、作品の断片性を強める役割を持つ。Rembrandt Pussyhorseは整然とした物語ではなく、奇妙な人物や場面の残骸が並ぶアルバムであり、この曲はその一片である。

7. Whirling Hall of Knives

「Whirling Hall of Knives」は、本作の中でも特に強烈なタイトルを持つ楽曲である。「回転する刃物の広間」と訳せるこの言葉は、遊園地的な眩暈と暴力的な危険が同時に存在する空間を想像させる。Butthole Surfersの音楽世界を表すのに、これほどふさわしい言葉は少ない。

サウンドはまさにタイトル通り、回転感と危険を持つ。音が渦を巻くように動き、ギターや声は刃物のように切り込むというより、空間全体を危険なものに変える。聴き手は安全な場所から音を眺めるのではなく、その「広間」の中に放り込まれる。

歌詞は明確な叙述よりも、音響的な体験と結びついている。この曲で重要なのは、言葉の意味よりも、タイトルが示すような場に実際に入った感覚である。回転する刃物の広間では、どこに立っても安全ではない。音楽も同じように、聴き手へ安定した足場を与えない。

「Whirling Hall of Knives」は、Butthole Surfersのアヴァン・パンク的な側面が非常に強く出た楽曲である。ロックの曲というより、悪夢的なインスタレーションのようでもある。アルバムの中でも特に視覚的で、暴力的な印象を残す曲である。

8. Mark Says Alright

「Mark Says Alright」は、タイトルだけを見ると軽い会話の断片のようである。「Markが大丈夫だと言っている」という言葉には、日常的な無意味さがある。しかし、Butthole Surfersの音楽では、このような何気ないフレーズが不気味なものへ変化する。

サウンドは奇妙で、声の扱いにも異物感がある。曲は安定したロック・ソングというより、誰かの会話や発言の断片が歪んだ音の中に埋め込まれているように響く。タイトルの「alright」は安心を示す言葉だが、曲の雰囲気はまったく安心できない。このズレが重要である。

歌詞や声の断片は、意味を明確に伝えるよりも、状況の異様さを作る。誰かが「大丈夫」と言うとき、本当に大丈夫なのか、それとも逆に何かが大きく壊れているのか。Butthole Surfersは、その不信感を音楽化している。

この曲は、アルバムの中でナンセンスと不安の関係を示す小品である。何気ない言葉が、歪んだ文脈に置かれるだけで、不気味な呪文のように変わる。Butthole Surfersのユーモアは、このような日常のずれからも生まれている。

9. In the Cellar

「In the Cellar」は、オープニング曲「Creep in the Cellar」と呼応するようなタイトルを持つ楽曲である。アルバムは再び地下室へ戻る。これは偶然ではなく、本作全体が地下、隠されたもの、抑圧されたもの、腐敗したものをめぐる作品であることを示している。

サウンドは暗く、閉じ込められたような感覚がある。地下室という空間は、外の光から隔絶され、湿気と古い匂いを持つ。曲もまた、そのような閉塞感を音で作っている。ギターは乾いたロックンロールの爽快さを失い、濁った空気の中で鳴っている。

歌詞では、地下にいること、隠れていること、あるいは外へ出られないことが示唆される。地下室は現実の場所であると同時に、心理的な場所でもある。意識の下層、社会の下層、家庭の中の隠された場所。Butthole Surfersは、そのすべてを混ぜ合わせる。

「In the Cellar」は、Rembrandt Pussyhorseの閉塞した空気をさらに強める楽曲である。アルバムは上昇せず、むしろ地下へ、内部へ、腐敗した場所へと沈んでいく。この沈降感が、本作の大きな特徴である。

10. Concubine

「Concubine」は、「側室」「妾」を意味するタイトルを持つ楽曲であり、性的な権力関係や従属、身体の所有を連想させる。Butthole Surfersの音楽では、性はしばしば美しい恋愛や官能ではなく、歪んだ支配、滑稽さ、身体的不快感と結びつく。この曲も、その感覚を持っている。

サウンドは不安定で、どこか儀式的な雰囲気もある。声は通常のロック・ヴォーカルのように堂々と前に出るのではなく、音の中で歪み、別の人格のように変化する。曲全体に、性的なテーマを扱いながらも快楽的ではない、むしろ不気味な空気がある。

歌詞では、所有される身体、支配される関係、欲望の不均衡が暗示される。ただし、Butthole Surfersはそれを道徳的に説明するのではなく、奇妙で不快なイメージとして投げ出す。聴き手は意味を理解する前に、その音の歪みと気持ち悪さを体感する。

「Concubine」は、アルバム後半で身体性と支配のテーマを濃くする楽曲である。Butthole Surfersの性の扱いは、ロックの伝統的なセクシュアリティを脱臼させる。そこにあるのは魅力的な欲望ではなく、歪んだ力関係と不快な笑いである。

11. Graveyard

「Graveyard」は、「墓地」を意味するタイトルを持つ楽曲である。アルバム全体の暗さを考えると、非常に自然な終盤の曲である。地下室、死、他者の消滅、悪夢的な人物たちを通過してきた本作は、ここで墓地という明確な死の場所へ到達する。

サウンドは重く、乾いた死の空気を持つ。ホラー映画的な演出というより、もっと荒涼としていて、気味の悪い静けさがある。Butthole Surfersの墓地は、ゴシック的に美しい場所ではなく、腐敗とナンセンスが混ざる場所である。

歌詞では、墓地という空間が、死の終点であると同時に、奇妙な物語が発生する場所として機能する。死者は完全に静かではなく、記憶や悪趣味なユーモアとして戻ってくる。Butthole Surfersにおいて、死は厳粛なものではなく、しばしば滑稽で不快なものとして扱われる。

「Graveyard」は、Rembrandt Pussyhorseの死のイメージを集約する楽曲である。アルバムはここで、地下室から墓地へと移動する。しかし、それは解放ではない。むしろ、腐敗の場所が変わっただけである。

12. Pittsburgh to Lebanon

アルバムを締めくくる「Pittsburgh to Lebanon」は、地名をつなげたタイトルを持つ楽曲である。ピッツバーグからレバノンへという移動は、現実の地理とも、意味の飛躍とも取れる。Butthole Surfersにおいて、こうした地名の組み合わせは、明確な旅程というより、混乱した精神地図のように機能する。

サウンドは、アルバムの終幕にふさわしく、奇妙な余韻を残す。曲は明確な解決へ向かわず、断片が漂うように終わる。通常のロック・アルバムであれば、最後に大きなクライマックスや感動的な締めくくりが用意されることが多いが、Butthole Surfersはそのような秩序を拒む。

歌詞では、移動、地理、距離、異国性が暗示されるが、それは旅のロマンではない。むしろ、場所から場所へ移動しても、悪夢の構造そのものからは逃れられないように感じられる。ピッツバーグであれレバノンであれ、Butthole Surfersの世界では現実はすでに歪んでいる。

ラスト曲として、「Pittsburgh to Lebanon」はアルバムをきれいに閉じない。むしろ、聴き手を奇妙な移動の途中に置き去りにする。Rembrandt Pussyhorseは始まりから終わりまで、明確な出口を持たないアルバムである。

総評

Rembrandt Pussyhorseは、Butthole Surfersの初期作品の中でも特に暗く、不気味で、実験的なアルバムである。前作の混沌を引き継ぎながらも、ここではハードコア的なスピードよりも、スローダウンしたサイケデリア、地下室のような閉塞感、歪んだ声と音のコラージュ、悪夢的なユーモアが強調されている。聴き手を興奮させるというより、気分を悪くさせながら引き込む作品である。

本作の最大の魅力は、ロックの形式を徹底的に不安定にしている点にある。ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルという通常のロック・バンド編成を使いながら、曲は一般的な意味でのロック・ソングとして機能しにくい。リフはあるが気持ちよく解放されない。声はあるが明確なメッセージを伝えない。リズムはあるが身体を素直に踊らせない。この中途半端な歪みが、Butthole Surfersの独特な不快感を生んでいる。

The Guess Whoの「American Woman」のカバーは、本作の姿勢を象徴している。彼らは既存のロック・クラシックを尊重して再演するのではなく、解体し、汚し、別の病的な形へ変える。これは単なるパロディではなく、ロックの記憶そのものを疑う行為である。クラシック・ロックが持っていた力強さや男性的な自信は、Butthole Surfersの手にかかると、腐敗した幻覚、壊れたラジオ、悪意ある冗談へ変わる。

歌詞やタイトルにおいても、本作は高尚な意味を拒んでいるように見える。しかし、それは単なる無意味ではない。「Creep in the Cellar」「Strangers Die Everyday」「Whirling Hall of Knives」「Graveyard」などのタイトルは、地下、死、暴力、日常の無感覚を強く想起させる。Butthole Surfersは、それらを真面目に説明せず、悪趣味なイメージとして投げ出す。その結果、アルバム全体は一種の不条理なホラーとして機能する。

音楽史的には、Rembrandt Pussyhorseは1980年代アメリカ・アンダーグラウンドの異端性を理解するうえで重要な作品である。同時代にはSonic Youth、Big Black、Scratch Acid、Hüsker Dü、Minutemen、Flipperなど、ロックの形を壊すバンドが数多く存在した。その中でもButthole Surfersは、知的な実験性と低俗な悪ふざけをまったく分離しなかった点で異彩を放つ。彼らはアートと下品さ、ノイズと笑い、恐怖と馬鹿馬鹿しさを同じレベルで扱った。

この姿勢は、後のオルタナティヴ・ロックやグランジにも影響を与えた。Nirvanaをはじめとする90年代のバンドが持つ、メインストリームへの嫌悪、悪趣味なユーモア、ロック神話への不信、ノイズとポップの混在には、Butthole Surfers的な感覚が少なからず流れている。ただし、Butthole Surfersはその後のオルタナティヴ・ロックほど聴きやすくはない。彼らは妥協よりも異物感を優先した。

一方で、本作は非常に聴き手を選ぶ。整ったメロディ、分かりやすい歌詞、爽快なギター・ロックを求めるリスナーにとっては、退屈、不快、意味不明に感じられる可能性が高い。曲のテンポも遅く、音は濁り、構成も曖昧である。しかし、その聴きにくさは失敗ではなく、作品の意図そのものである。Rembrandt Pussyhorseは、快適に消費されることを拒むアルバムである。

日本のリスナーにとっては、Hairway to StevenやLocust Abortion Technicianに比べても、さらに地下的で掴みにくい作品として響くかもしれない。しかし、Butthole Surfersの本質を知るには非常に重要である。彼らが単に奇抜なノイズ・バンドではなく、ロック、身体、死、悪趣味、アメリカ文化、サイケデリアをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる独自の美学を持っていたことが分かる。

Rembrandt Pussyhorseは、美しくない。親切でもない。だが、その不快さの中に、ロックの別の可能性がある。地下室で腐りかけた音、壊れたカバー曲、意味を失った人物名、死と笑いが並ぶ悪夢。Butthole Surfersは本作で、ロックを洗練された表現ではなく、精神と身体を歪ませる異常な装置として提示した。アメリカ地下ロックの最も奇妙で危険な記録の一つである。

おすすめアルバム

  • Psychic… Powerless… Another Man’s Sac by Butthole Surfers

初期Butthole Surfersの混沌とした出発点。パンク、ノイズ、サイケデリア、悪趣味なユーモアが荒々しく混ざり、本作の前段階を理解できる。
– Locust Abortion Technician by Butthole Surfers

バンドの代表作の一つ。より極端で、よりグロテスクなノイズ・サイケデリアが展開されており、Butthole Surfersの異常性を最も強く体験できる。
– Hairway to Steven by Butthole Surfers

Rembrandt Pussyhorse後の作品で、サイケデリック・ロックの要素がより大きなスケールで展開されている。ロック神話へのパロディ性も強い。
– Bad Moon Rising by Sonic Youth

1980年代ノイズ・ロックの重要作。都市的な不穏さ、不協和音、暗い反復という点で、本作と比較して聴く価値が高い。
– Atomizer by Big Black

スティーヴ・アルビニ率いるBig Blackの代表作。機械的なリズム、暴力的なギター、冷たい悪意が特徴で、Butthole Surfersとは異なる形の地下ロックの過激さを示している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました