発売日: 2010年5月11日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、トイ・ポップ、エクスペリメンタル・ロック
概要
『Oooh La La!』は、Crash Test Dummiesが2010年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、
そのキャリアの中でもひときわ異彩を放つ、**“おもちゃと遊ぶ大人の音楽実験”**として語り継がれる作品である。
このアルバムの制作のきっかけとなったのは、Brad Robertsが**ヴィンテージのアナログ・シンセサイザーや、児童教育用楽器「オプティガン」などの“トイ・インストゥルメント”**に魅せられたこと。
その結果、かつてのフォークやブルースとも異なる、レトロでカラフル、かつ奇妙に捻れたポップサウンドが生まれることになった。
Crash Test Dummiesが90年代に築いた“低音ボーカルによる哲学的なユーモア”は健在だが、
ここではそれがより柔らかく、遊び心を帯びた形で再構築されており、
ユーモアの質も、皮肉ではなく**“ナンセンスな祝祭”**へと昇華している。
このアルバムはまた、バンド名義としての事実上の最後のスタジオ作品であり、
その意味でも“Crash Test Dummiesが最も自由だった瞬間”を記録する重要作といえる。
全曲レビュー
1. Songbird
アルバムの幕開けにふさわしい、メロトロン風の音色とレトロ感が漂うポップソング。
“私は君のソングバード”という比喩は、愛情と忠誠の再定義のようでもあり、可愛らしくも深い。
2. You Said You’d Meet Me (In California)
前作『Puss ‘n’ Boots』からの再録だが、よりブラスとオルガンを多用した60年代風アレンジで再構築されている。
“行けなかったカリフォルニア”という約束の地は、叶わなかった夢の象徴である。
3. And It’s Beautiful
タイトル通り、世界の無意味ささえ“美しい”と受け止める、やさしく肯定的な歌。
Brad Robertsの包み込むようなバリトンが光る、シンプルで温かいナンバー。
4. Paralyzed
愛や人生に対する無力感を、軽快なリズムに乗せて描くアンビバレント・ポップ。
“麻痺してしまった”という感覚を、深刻にならず表現する独特の軽さが魅力。
5. The In-Between Place
存在の曖昧さや、分類不能な心情を描くスロー・バラード。
“生と死のあいだ”のような不思議な場所が舞台となっており、Crash Test Dummies特有の詩的ファンタジーが表れている。
6. Not Today Baby
“今日はやめておこう”という軽い拒絶を繰り返す、ちょっと気だるくもユーモラスなトラック。
Bradの語りがどこかナイトクラブのMCのような親密さを帯びる。
7. Heart of Stone
“心を石に変えてしまいたい”という切実な願いが、レトロなスウィングに包まれて展開される。
痛みと希望の共存を描いた、どこかグレン・キャンベル的な感触もある楽曲。
8. Lake Bras d’Or
ノヴァスコシアの地名をタイトルにした叙景詩的トラック。
実際の風景と、心象風景が交錯する構成で、トイ・ピアノの響きがノスタルジアを強調する。
9. What I’m Famous For
本作のなかでも最も自己風刺的な楽曲。
“人に覚えられるのは、ロクでもないことばかり”というテーマが、明るくユーモラスな音像で包まれる。
10. Now You See Her
失われた恋と、見えなくなった存在の不思議さを描いた楽曲。
Bradの声はどこか切実で、この軽やかなアルバムの中に深い陰影を与えている。
11. And So Will Always Be
静かなギターとハーモニーで締めくくられるエンディング。
“ずっとこうであるように”という繰り返しが、時間の流れと小さな永遠を感じさせる。
総評
『Oooh La La!』は、Crash Test Dummiesのキャリアにおいて、
最も自由で、最も遊び心にあふれた作品であり、大人のためのトイ・ポップ実験とも言える。
それは、難解なコンセプトでも、商業的野心でもなく、
“音を使って遊ぶ”という音楽の原点に立ち返った姿勢から生まれている。
歌詞はナンセンスで、楽器は子どものようで、しかしどこか切ない。
それはまさに、“歳を重ねたクラッシュ・テスト・ダミーズがもう一度無邪気になってみせた”瞬間であり、
その姿は、滑稽で、愚かで、そして本当に愛おしい。
本作をもって、バンド名義の作品は一区切りを迎えるが、
それは終わりというより、**“バカバカしくて美しい音楽人生の余韻”**なのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- The Magnetic Fields – i (2004)
アルファベット縛りのポップ作品。構成の妙とナンセンスな歌詞が共鳴。 - Beck – The Information (2006)
音のコラージュ感とトイ・ポップ的感性が光る、遊び心ある作品。 - Jens Lekman – Night Falls Over Kortedala (2007)
日常とユーモアの融合。優しい語り口とポップセンスが共通。 -
They Might Be Giants – The Else (2007)
風変わりで知的なユーモア・ポップ。Crash Test Dummiesと親和性が高い。 -
Belle and Sebastian – Dear Catastrophe Waitress (2003)
レトロと現代が交差するポップマジック。本作の柔らかさと親戚関係にある。
制作の裏側（Behind the Scenes）
本作で特徴的なのは、“Optigan（オプティガン）”という70年代のトイ楽器の多用である。
これはアナログの光学式サンプラーであり、音楽教育用おもちゃとして開発されたものだが、
Brad Robertsはこの“制限ある楽器”からインスピレーションを得て、
あえてコード進行やメロディを“即興的に制御不能な状態”で組み立てていった。
そのため、このアルバムには**“コントロールできない美しさ”と“偶然性の芸術”が宿っており、
それは、すべてが論理と編集で構成されたポップミュージックとは対極の存在感**を放っている。
Crash Test Dummiesの晩年は、実験精神に満ちた遊戯そのものだった。
それは敗者の戯れでも、老境の妥協でもなく、音楽への誠実な好奇心の結晶なのだ。
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