アルバムレビュー:Live at Bush Hall by Black Country, New Road

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発売日: 2023年3月24日
ジャンル: ポストロック、チェンバー・ポップ、エクスペリメンタル、ライブアルバム


声を失ったあとに見つけたもの——“語り”から“共鳴”へと向かう新しい章

Live at Bush Hall』は、2023年にリリースされたBlack Country, New Road(以下BCNR)のライブ・アルバムであり、Isaac Wood脱退後初の“新曲によるライブ録音”作品である。
通常のライブアルバムとは異なり、ここで披露されるのは全て未発表曲
新体制での“次の一手”を、そのまま記録した「スタジオよりも先にステージから始まった新章」として、極めてユニークな意味合いを持っている。

3日間にわたってロンドンの老舗会場Bush Hallで行われた演奏は、劇場的な演出(学校劇、ツーリスト、プロムなど各夜で設定が異なる)と共に撮影・収録され、音楽ドキュメンタリーとしても高い評価を得た。
そして何より注目すべきは、“語りの中心”だったIsaacを失ってなお、バンドが解体ではなく再構築を選んだこと
それは喪失ではなく、変容だった。


全曲レビュー

1. Up Song

「Look at what we did together」と繰り返すコーラスが、まるで過去と今をつなぐ鎮魂歌のように響く。
エモーショナルなギターと分厚いコーラスは、Isaac不在という“空白”をみんなで埋めようとするような連帯感を宿す。

2. The Boy

Lewis Evansがリードを取る、柔らかく内省的な楽曲。
少年の成長と記憶をテーマにしたリリックは、どこか懐かしく、Sufjan Stevensにも通じる叙情を感じさせる。

3. I Won’t Always Love You

May Kershawのピアノと歌が主体となった、儚くも誠実な愛の記録。
「愛していられなくなる日が来る」と語ることは、同時に「今、愛している」ことの証明なのだと気づかされる。

4. Across the Pond Friend

友情と距離、思い出と現実の摩擦を描いた心温まる一曲。
Mayの歌声が、まるで過去の手紙を読み返すように、丁寧に感情を紡いでいく。

5. Laughing Song

静けさの中で感情が少しずつ膨らんでいく、抒情的なバラード。
笑いという行為の裏側にある孤独や悲しみがにじみ、まるで“笑っているのに泣いている”ような不思議な余韻を残す。

6. The Wrong Trousers

ライブらしい躍動感を持った楽曲。
ポストパンク的なグルーヴと不規則な展開の中に、バンド全体の即興性と新たな方向性が垣間見える。

7. Turbines/Pigs

アルバム中もっとも静かで、もっとも深い楽曲。
ピアノとヴァイオリンが交錯するなか、Mayの語り口がまるで詩のように響き渡る。
「私は誰かにとっての“遠くの灯”になれるか?」という問いが、長い余韻とともにリスナーに投げかけられる。

8. Dancers

ジャジーで優雅なイントロから始まる、ダンスと感情の交差を描いた一曲。
夜の終わり、あるいは人生の交差点で踊るふたりの姿が浮かび上がるような、映像的なナンバー。

9. Up Song (Reprise)

最初のトラックが再構築され、感情的なクレッシェンドを迎えるフィナーレ。
「We did it together」と繰り返されるその言葉は、聴くたびに意味が変わる。
今では、それは祈りであり、誓いであり、別れの言葉でもある。


総評

Live at Bush Hall』は、Black Country, New Roadが“語ること”から“響かせること”へと移行した記録である。
Isaac Woodの退場という巨大な穴を、メンバーたちは“音楽の集合体”として埋めていく。
語る者は不在でも、語るべき物語は残り、それを別の声と楽器で紡ぎ直すという行為そのものが、このアルバム最大のテーマだ。

声を失ったあと、彼らは誰か一人のリードに頼るのではなく、共同体として“語り直す”方法を選んだ。
それは“再出発”ではなく、“つづき”なのだ。
今までと同じではない。だが、たしかに彼らの音楽はここにある。
『Live at Bush Hall』は、喪失のあとにこそ響く“やさしい奇跡”である。


おすすめアルバム

  • Low – HEY WHAT
    構造と空白の美学。集団としての声と残響の使い方が似ている。
  • Sufjan StevensThe Age of Adz
    個人的な痛みと共同体性が融合する、語りと音響の再構築アルバム。
  • Dirty ProjectorsBitte Orca
    複数の声が織りなすアンサンブルと、変則的な構成の妙。
  • Florist – Florist
    自然体の語りと室内楽的サウンドの融合。BCNRの“優しい側面”に近い。
  • Rachel’s – The Sea and the Bells
    クラシカルな構成美とポストロック的情緒が溶け合う、語られない“物語音楽”。

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