
発売日: 2018年3月16日(EP)
ジャンル: ベッドルームポップ、インディーフォーク、ローファイ
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概要
『Lice』は、Beabadoobeeがわずか17歳で自主制作・発表した初のEPであり、その後のキャリアを決定づける“原点”とも言える作品である。
このEPは、ロンドンの自室で録音された非常にローファイな音質と、未完成ながらも瑞々しい感性が印象的で、Beabadoobee(本名:Beatrice Laus)の“歌うことによる自己確認”の第一歩が記録されている。
『Lice』はTikTokでのバイラルヒット「Coffee」収録EPとして知られており、Beaの音楽がインターネットカルチャーを通して一気に拡散される契機となった。その結果、Dirty Hitとの契約につながり、本格的なアーティスト活動への扉が開かれた。
音楽的には、アコースティックギターと囁くような歌声、そしてティーンエイジャーならではの無垢な感情が、そのまま録音されたかのようなシンプルで素朴な構成が特徴的。現代のベッドルームポップ・ムーブメントにおいて、もっとも純粋でプリミティブな形がここにある。
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全曲レビュー
1. Coffee
Beabadoobeeの出世作であり、インターネット上で彼女の名を知らしめた代表曲。恋人との静かな時間を“コーヒー”という日常の象徴で描き、シンプルなギターとリリックが驚くほど深く響く。
2. Susie May
幼少期の思い出や親密な人間関係を、優しく甘い音色で描写するトラック。メロディラインにある無邪気さと儚さが共存している。
3. Dance with Me
控えめな恋の告白を歌ったこの曲は、内気な感情がそのままサウンドに表れている。Beaの声の震えや間の取り方に、真実味がにじむ。
4. Art Class
学校生活での孤独感や疎外感を、“美術の授業”という具体的な舞台に乗せて描く。Beaの詞作には既に物語性の萌芽が見られる。
5. Soren
後のEP『Loveworm』にも再収録される重要曲。別れと再生をテーマにし、Beaの歌詞世界が本格的に始まった瞬間のひとつ。
6. The Moon Song
アルバムのクロージングにふさわしい、幻想的でややサイケデリックな空気を湛えた曲。月を見上げる孤独と、見えない繋がりへの想いが漂う。
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総評
『Lice』は、Beabadoobeeというアーティストの“誕生”を捉えた記録であり、音楽的には未熟で粗削りながらも、その中にしか存在しえない圧倒的な純度がある。
歌詞、演奏、録音のすべてが「ただ、音にしてみたかった感情」でできており、だからこそこのEPは聴く者の心を静かに揺さぶる。後のアルバムで聴かれるような完成度やコンセプトの緻密さはまだないが、その分Beaの“そのままの声”がここにはある。
まるで手紙のように、自分の部屋からそっと投げられた音楽。それが世界に届き、たくさんの共感を呼んだという事実は、Z世代の創作環境と自己表現の新しい在り方を象徴している。
『Lice』は、音楽が“完璧”でなくても、人の心に届くことを証明してくれる作品である。
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おすすめアルバム(5枚)
- Daniel Johnston『Hi, How Are You』
ローファイ録音と心の内側をさらけ出す歌詞。DIY精神においてBeaの先駆。 - Frankie Cosmos『Zentropy』
シンプルなコード進行と日常感覚の歌詞。『Coffee』と同じ空気を感じさせる。 - Rex Orange County『bcos u will never b free』
同世代のDIYアーティストによる内省的な記録。家庭録音の共通点も。 - Phoebe Bridgers『Killer』(EP)
Beaほど若くはないが、弾き語りと喪失感というテーマの共振がある。 - Mitski『Lush』
若き女性による痛みと美の交錯。ローファイながらも鋭いリリックが重なる。
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制作の裏側(Behind the Scenes)
『Lice』は、Beabadoobeeが高校在学中に、自室のMacBookとGarageBandだけで制作した完全DIY作品である。
録音機材もほとんどが家庭用。ギターはYamahaのクラシックモデル、録音はMac内蔵マイクやiPhoneマイクで済まされており、編集も最小限。
この時期の彼女は、音楽制作を「自分のためだけにやっていた」と語っており、それが逆に聴き手にとっては“自分のための歌”として届いたことが、この作品の最大の魅力である。
つまり『Lice』は、音楽が「誰かに見せるもの」になる前の、最もピュアな衝動が残された断片なのだ。
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