発売日: 1968年7月30日
ジャンル: カントリーロック、フォークロック、ブルーアイド・ソウル、サイケデリック・ロック
終わりの始まり、そして始まりの終わり——解体寸前の輝きが放つ、バラバラな美学の集大成
1968年にリリースされた『Last Time Around』は、Buffalo Springfieldにとって最後のスタジオ・アルバムであり、
実際にはバンドがすでに実質的に解散した後にまとめられた“遺作”である。
だがその背景とは裏腹に、本作はメンバー個々の方向性と才能がくっきりと浮かび上がる、
きわめて豊かで、多様で、予兆に満ちた作品となっている。
Neil Youngはほとんど参加しておらず、Stephen StillsやRichie Furayが主導。
一方で、ポップ、カントリー、R&B、サイケ、バロックポップなど、当時のアメリカ音楽の“すべて”が詰め込まれているような広がりがある。
まさに、解体の瞬間にのみ訪れる創造のスパークが収められたアルバムだ。
全曲レビュー
1. On the Way Home
ニール・ヤング作ながら、リッチー・フューレイがヴォーカルを担当。
郷愁と優しさに満ちたカントリーロックの名曲で、CSNYへと続くサウンドの原型がここにある。
2. It’s So Hard to Wait
ストリングスとスウィートなメロディが印象的なバラード。
ポップとR&Bの境界線を行き来する繊細な構成に、バンドの実験的な気質が表れている。
3. Pretty Girl Why
スティルスによるブルーアイド・ソウル的な感触の楽曲。
ジャジーなコードと粘り気のあるグルーヴが印象的で、後年の彼のソロにも通じるムードが漂う。
4. Four Days Gone
スティルスのピアノ弾き語り。
徴兵逃れをテーマにした社会的バラードであり、
静かな演奏の中に、政治と個人の葛藤がにじむ傑作。
5. Carefree Country Day
オーケストレーションとナイーブなメロディが共存する一曲。
皮肉と牧歌性が入り混じった、1968年という時代の空気そのもの。
6. Special Care
スティルスによるロックンロール・トラック。
ストーンズ風のグルーヴに、政治的なメッセージがねじ込まれる。
ザラついたギターと力強い歌唱が光る。
7. The Hour of Not Quite Rain
地元ラジオ局主催のコンテストで選ばれた詩を元に作られた異色作。
バロックポップ風アレンジと耽美な世界観が際立つ、Buffalo Springfieldの中でも最も実験的な楽曲のひとつ。
8. Questions
スティルス作。のちにCSNYの「Carry On」へと発展する重要曲。
人生の意味、選択、迷いを問うリリックと、繊細なコード進行が胸に刺さる。
9. I Am a Child
ニール・ヤングによる珠玉のバラード。
子どもとしての視点から描かれた純粋な言葉と、揺らぐようなギターが融合する、
後のソロ活動を予感させる名曲。
10. Merry-Go-Round
ブラスが効いたポップ・ナンバー。
サイケデリックな要素も含みつつ、どこか不安定な“回転”感が、終焉の気配を忍ばせる。
11. Uno Mundo
スティルスによるラテン・ロック調ナンバー。
スペイン語で“One World”を意味するタイトルの通り、多文化主義と平和への憧れが滲む。
12. Kind Woman
リッチー・フューレイによるラストトラックにして、カントリーロックの金字塔的名曲。
Steel GuitarのTom Brumley(元Buck Owens)が参加し、Pocoへの流れを決定づけた一曲。
終幕としてあまりに美しい。
総評
『Last Time Around』は、バンドの終焉を記録する“お別れのアルバム”でありながら、
その実、新たな出発へのスケッチブックのようでもある。
それぞれのメンバーが、すでに次の自分の音楽人生に向けて動き出している。
だからこそ、このアルバムには統一感はない。だが、断片の一つ一つが驚くほど生き生きとしている。
この作品をもってBuffalo Springfieldは終わりを迎えた。
だがここから、Neil Young、Stephen Stills、Richie Furay、そしてPocoやCSNYといった新たな歴史が静かに始まっていく。
その“静かな引き金”となった、ささやかで、鮮やかな別れの記録なのだ。
おすすめアルバム
- Neil Young – Everybody Knows This Is Nowhere
“ソロのヤング”の幕開け。荒野とギターの神話。 - Stephen Stills – Manassas
ジャンルを横断する巨大プロジェクト。『Last Time Around』の多様性を継ぐ。 - Poco – Pickin’ Up the Pieces
フューレイが立ち上げたバンドのデビュー作。カントリーロックの始祖的存在。 - Crosby, Stills, Nash & Young – Déjà Vu
BSSの“その後”の金字塔。個の集合と融合の奇跡。 - The Flying Burrito Brothers – The Gilded Palace of Sin
同時代のカントリーロック革新派。スプリングフィールドの精神的親戚。
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