
1. 歌詞の概要
In a Good Wayは、アトランタ出身のシンガーソングライター、Faye Websterが2020年に発表した楽曲である。
2020年4月15日にシングルとして公開され、のちに2021年のアルバムI Know I’m Funny hahaに収録された。Faye Websterの音楽のなかでも、特に静かで、やわらかく、そして胸の奥をそっと押すような一曲である。
タイトルのIn a Good Wayは、いい意味で、という意味だ。
この言葉は、日常会話ではよく補足として使われる。泣きそう、でもいい意味で。変な感じ、でもいい意味で。怖いくらい幸せ、でもいい意味で。
この曲の歌詞も、まさにその微妙な感情の揺れを描いている。
幸せなのに泣きたくなる。
安心しているのに、なぜか胸がいっぱいになる。
誰かがそばにいることで、自分の中にまだ喜びを感じる力が残っていたことに気づく。
In a Good Wayは、恋愛の高揚を大きな声で叫ぶ曲ではない。むしろ、気づいたら涙が出そうになっているような曲である。
大げさな告白はない。
運命的なドラマもない。
あるのは、相手が目の前にいることに気づいた瞬間の、静かな驚きである。
Faye Websterの歌詞は、いつも小さな言葉で大きな感情をすくう。この曲でも、幸せという感情はまっすぐに輝いているわけではない。そこには少しの戸惑いがある。
自分が今、幸せになれるとは思っていなかった。
でも、あなたがその方法を見せてくれた。
その気づきは、明るいだけではない。むしろ、これまで幸せを感じられなかった時間の影があるからこそ、光がより淡く、美しく見える。
この曲の恋愛は、炎のように燃え上がるものではない。
カーテン越しに入ってくる朝の光のようなものだ。いつの間にか部屋を満たしていて、気づいたときには景色の色が変わっている。
だから、In a Good Wayは小さなラブソングでありながら、とても深く響く。
誰かに救われた、というよりも、誰かによって自分の中の感覚が少し戻ってきた曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Faye Websterは、アトランタを拠点に活動するアーティストである。
彼女の音楽は、インディー・フォーク、オルタナ・カントリー、R&B、ソフトロック、ラウンジ的な質感がゆるやかに溶け合っている。ペダルスティールの甘く伸びる音、乾いたギター、控えめなベース、ふわっとしたキーボード。そして、感情を大きく演じすぎない歌声。
この組み合わせが、Faye Websterの独特な空気を作っている。
2019年のアルバムAtlanta Millionaires Clubで彼女は広く注目を集めた。そこでは、カントリー的な素朴さとR&Bのなめらかさ、さらにアトランタのヒップホップ・カルチャーとの距離感までが自然に並んでいた。
In a Good Wayは、その次の時期に発表された楽曲である。
前作の余韻を引き継ぎながらも、この曲ではより柔らかく、より内側へ向かう。音数は多すぎず、空間には余白がある。そこにストリングス、クラシック・ギター、淡い鍵盤の響きが重なり、まるで古いフィルムの中に差し込む光のような質感が生まれている。
この曲は、のちに2021年6月25日リリースのアルバムI Know I’m Funny hahaに収録された。
I Know I’m Funny hahaは、Faye Websterにとって4作目のスタジオ・アルバムであり、Secretly Canadianからリリースされた作品である。プロデュースにはFaye Webster本人とDrew Vandenbergが関わっている。
アルバム全体には、恋愛、孤独、退屈、ユーモア、気まずさ、そして生活の中にある小さな感情が並んでいる。
Faye Websterの面白さは、ドラマチックな出来事よりも、何でもない瞬間にこそ強く反応するところだ。
友達が忙しくて会えないこと。
誰かの返事を待つ時間。
眠れない夜。
自分でもよくわからない寂しさ。
そうした日常の断片が、彼女の歌では不思議な重みを持つ。
In a Good Wayも、その延長線上にある。
恋愛の曲ではあるが、いわゆるラブソングらしい勝利感は薄い。むしろ、幸せという感情が自分の中に戻ってきたことへの驚きが中心にある。
それは、心がずっと曇っていた人が、ふと晴れ間に気づくような感覚に近い。
眩しすぎて、少し泣きたくなる。
Faye Websterは、この曲のミュージックビデオもHunter Airheartと共同で監督している。映像では、きらめく衣装やスマイルマークの風船といった、少しシュールで可愛らしいイメージが使われている。
ただし、曲そのものは単純な可愛さだけではない。
そこには、幸せを受け取ることへの不器用さがある。
嬉しいはずなのに、すぐに笑顔になれない。
涙が出そうになる。
それでも、それは悪い涙ではない。
In a Good Wayは、その名前の通り、いい意味で心が揺れてしまう瞬間を歌っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲の引用にとどめる。
I didn’t know that I was capable
私にそんなことができるなんて、知らなかった。
この一節には、自分自身への驚きがある。
人は、つらい時間が長く続くと、自分が幸せになれることさえ忘れてしまう。笑えるはずなのに笑えない。楽しいはずのものに反応できない。何かを期待することにも疲れてしまう。
この曲の語り手は、そういう状態から少しだけ抜け出したところにいる。
幸せは外から突然降ってきたものというより、相手の存在によって、自分の中にまだ残っていた感覚が見つかったものなのだ。
You make me wanna cry
あなたは私を泣きたくさせる。
このフレーズだけを切り取ると、悲しい曲のようにも聞こえる。
けれど、曲名が示すように、それは悪い意味ではない。相手の優しさや存在の近さが、心の深いところに触れてしまう。嬉しいのに、なぜか涙になる。
この感覚は、Faye Websterらしい。
彼女の曲では、感情がいつも一色ではない。嬉しさの中に寂しさがあり、退屈の中に愛おしさがあり、ユーモアの中に孤独がある。
In a Good Wayの涙も、単なる悲しみではない。
むしろ、幸せを感じられる自分に戻れたことへの、静かな反応なのだ。
4. 歌詞の考察
In a Good Wayの核心は、幸せが怖いほどやさしくやってくる、という感覚にある。
恋愛を歌う曲には、さまざまなタイプがある。
燃えるような恋。
手に入らない相手への思い。
終わった恋への後悔。
運命的な出会い。
けれどIn a Good Wayが描くのは、そのどれとも少し違う。ここにあるのは、幸せになってしまったことへの戸惑いである。
これはかなり繊細な感情だ。
幸せなら、ただ喜べばいい。
そう思うかもしれない。
でも実際には、人は幸せを受け取るのが苦手なことがある。特に、長いあいだ孤独や不安に慣れていると、やさしさがまぶしすぎる。誰かに大切にされることが、自分には少し不釣り合いに感じられることもある。
In a Good Wayは、その感覚をとても自然に歌っている。
幸せを歌っているのに、テンションは高くない。
むしろ、声は低く、近く、少し眠そうですらある。Faye Websterは、感情を押し広げるのではなく、手のひらにのせて見せるように歌う。
この抑制が美しい。
サウンドにも、その抑制がある。
曲はゆっくりと進む。ベースは大きく跳ねず、じんわりと体温を作る。ギターは強く主張せず、音の隙間にそっと置かれる。ストリングスは感情を煽るのではなく、空気を少しだけ厚くする。
全体として、泣かせにくる曲ではない。
けれど、なぜか泣きたくなる。
それがIn a Good Wayのすごさである。
歌詞の中で特に印象的なのは、幸せが自分ひとりの力ではなく、相手によって開かれている点だ。
ここでの相手は、救世主のように大げさには描かれない。
ただ、目の前にいる。
それだけで、語り手の世界の角度が変わる。
Faye Websterのラブソングは、しばしば相手との距離の取り方が絶妙である。相手に依存しすぎるわけではない。かといって、完全に自立したクールな視点でもない。好きだからこそ少し不安で、近いからこそ照れてしまう。
In a Good Wayでは、その距離感がとても柔らかい。
相手のことを見ている。
でも同時に、自分の心の変化も見ている。
あなたが好き、というより、あなたがいることで私はこうなった、という歌なのだ。
ここが重要である。
この曲の幸福は、相手を所有することではない。
相手によって、自分の中の眠っていた感覚が起こされることにある。
だから曲は、恋愛の歌でありながら、自己発見の歌でもある。
自分はまだ幸せになれる。
自分はまだ泣ける。
自分はまだ誰かの存在で心を動かされる。
それを知ることは、静かな救いである。
もうひとつ大切なのは、歌詞にある日常的なディテールだ。
相手が最近悪夢を見ていること。
自分が先に寝てしまうこと。
このような細かい生活の場面が、曲にリアリティを与えている。
恋愛を大きな言葉で語ることはできる。
永遠、運命、奇跡。
そういう言葉も悪くない。
でも、実際の愛はもっと小さな場所に宿る。相手の寝つきの悪さを知っていること。自分が先に眠ってしまったことを少し申し訳なく思うこと。ベッドの中で、相手の重みや体温を感じること。
In a Good Wayは、そういう小さな愛を大切にしている。
この生活感が、曲を甘すぎないものにしている。
美しいストリングスが入っていても、曲は空に飛んでいかない。ちゃんと部屋の中にいる。ベッドがあり、夜があり、誰かの呼吸がある。
Faye Websterの音楽には、常にこの部屋の感覚がある。
大きな感情も、生活の中に置かれる。
だから彼女の曲は、聴き手の記憶に入り込みやすい。
In a Good Wayを聴いていると、自分の人生のなかにも似たような瞬間があった気がしてくる。誰かに何かを言われたわけではない。ただ一緒にいるだけで、急に胸が詰まる。幸せなのに、悲しいような気もする。悲しいのに、どこか満たされている。
その曖昧な感情を、Faye Websterは無理に説明しない。
ただ、いい意味で、と添える。
この一言がとてもいい。
In a Good Wayというタイトルは、感情に余白を残している。
泣きたい。
でも悪いことではない。
苦しい。
でも嫌ではない。
怖い。
でも逃げたいわけではない。
幸せ。
でも単純ではない。
この複雑な感情を、たった一言で包んでしまう。
Faye Websterの歌詞の魅力は、こういうところにある。日常会話のような短いフレーズが、ふいに深く刺さる。詩的な言葉で飾るのではなく、何気ない言い方の中に本音を置く。
だから、聴き手は油断する。
軽く聴いていたはずなのに、急に自分の感情が反応してしまう。
In a Good Wayは、まさにそのタイプの曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Kingston by Faye Webster
Faye Websterの代表曲のひとつで、甘さと気だるさのバランスが絶妙なラブソングである。In a Good Wayのやわらかい恋愛感情が好きなら、この曲のゆるやかなグルーヴとペダルスティールの響きにも惹かれるはずだ。好きという感情を大げさにしすぎず、でも確かに胸に残すところが近い。
- Right Side of My Neck by Faye Webster
別れの後に残る身体的な記憶を、とても短い言葉で描いた曲である。In a Good Wayが幸せの涙を歌うなら、こちらは喪失の余韻を歌う。どちらも、感情を説明しすぎず、ひとつの場面だけで心の全体を見せるFaye Websterらしさがある。
- Moon Song by Phoebe Bridgers
誰かを大切に思いすぎることの苦しさを、静かに描いた曲である。In a Good Wayのように、愛情が美しいだけでなく、少し痛くなる瞬間を感じたい人に合う。声の近さ、言葉の細さ、感情の深さがゆっくり胸に沈む。
- Andromeda by Weyes Blood
壮大でありながら、とても個人的な孤独を歌った曲である。In a Good Wayのストリングスや柔らかな広がりに惹かれる人には、Weyes Bloodのクラシックで夢見心地なサウンドも響くだろう。愛を求めることの切実さが、美しいメロディの中に溶けている。
- Valentine by Snail Mail
恋愛の傷と執着を、インディーロックの熱で鳴らした曲である。In a Good Wayよりも激しさはあるが、感情が自分の想像を超えてあふれてしまうところに共通点がある。好きという感情が、嬉しさだけでなく、涙や混乱まで連れてくることを感じられる一曲である。
6. いい意味で泣きたくなる、という小さな奇跡
In a Good Wayは、Faye Websterの美学が静かに結晶した曲である。
この曲には、派手な展開がない。
劇的な転調で感情を爆発させるわけでもない。大きなビートで聴き手を持ち上げるわけでもない。ヴォーカルも、泣き叫ぶようには歌わない。
それなのに、曲が終わるころには、心の中に小さな波紋が広がっている。
その波紋は、かなり長く残る。
Faye Websterの音楽の魅力は、感情の温度を上げすぎないところにある。
多くのラブソングは、好きという感情を高く持ち上げる。サビで一気に解放し、聴き手に大きなカタルシスを与える。それはそれで素晴らしい。
だがIn a Good Wayは、違うやり方をする。
感情を大きくするのではなく、小さく見つめる。
その小ささの中に、深さを見つける。
この曲で歌われる幸せは、勝ち取ったものというより、ふと気づいたものだ。
部屋の中にある植物が、知らないうちに新しい葉を出していたような感覚。窓を開けたら、思ったより空気がやわらかかったような感覚。何日も曇っていた心に、ほんの少し光が差したような感覚。
その小さな変化に、涙が出そうになる。
いい意味で。
このいい意味でという補足は、とても現代的でもある。
私たちは、感情をすぐに分類したがる。
嬉しいのか、悲しいのか。
楽しいのか、苦しいのか。
前向きなのか、後ろ向きなのか。
でも本当の感情は、そんなにきれいに分けられない。嬉しいのに怖い。幸せなのに不安。安心しているのに泣きたい。
In a Good Wayは、その混ざった状態をそのまま置いてくれる。
だから聴いていて安心する。
説明しなくてもいいのだと思える。
幸せなのに泣きたくなる自分を、変だと思わなくていい。むしろ、その涙は心が動いている証拠なのだと思える。
サウンド面でも、この曲はその感情に完璧に寄り添っている。
クラシック・ギターのやわらかな粒立ち。
低く滑るベース。
空気の中に溶ける鍵盤。
そして、曲を包むストリングス。
それらはどれも、前に出すぎない。感情を押しつけず、そっと輪郭を与える。まるで誰かが隣に座って、何も言わずにいてくれるような音である。
Faye Websterの声も、ここではとても大切だ。
彼女の声には、眠たげな脱力感がある。だが、それは無関心ではない。むしろ、感情が深いところに沈んでいるからこそ、表面は静かなのだ。
大きく揺れない声。
その奥に、小さな震えがある。
この震えが、曲を忘れがたいものにしている。
In a Good Wayは、恋愛の曲でありながら、恋愛だけに閉じない。
誰かの存在によって、自分がまだ幸せを感じられることに気づく。これは、恋人に限らず、人との関係全般に通じる感覚である。
友人かもしれない。
家族かもしれない。
あるいは、ずっとそばにいてくれた誰かかもしれない。
自分ひとりでは見つけられなかった心の明るさを、誰かが教えてくれることがある。何かをしてくれたからではなく、ただそこにいてくれたから。
この曲は、そのありがたさを歌っている。
しかも、感謝という大きな言葉を使わずに。
ここがFaye Websterらしい。
彼女は感情をきれいな額縁に入れない。むしろ、生活の中にぽんと置く。だから曲は、詩でありながら会話のようでもある。告白でありながら、独り言のようでもある。
In a Good Wayには、そういう自然さがある。
聴き手は、誰かの秘密の日記を読んでいるような気持ちになる。けれど、その日記の中に自分の気持ちも見つけてしまう。
この親密さは、Faye Websterの大きな武器である。
また、この曲はI Know I’m Funny hahaというアルバムの中でも重要な役割を持つ。
アルバム全体には、寂しさや気まずさや、恋愛のうまくいかなさが漂っている。Faye Websterのユーモアは、しばしば悲しみと隣り合っている。笑っているのに寂しい。軽く言っているのに、本当はかなり痛い。
その中でIn a Good Wayは、かなりまっすぐに幸せへ向かっている曲である。
ただし、完全な幸福ではない。
Faye Websterらしく、そこには戸惑いがある。幸せを信じきれない感じがある。けれど、それでもこの曲には確かな光がある。
アルバムの中で聴くと、その光はより柔らかく感じられる。
悲しみの中にも、こういう瞬間がある。
退屈な生活の中にも、心が動く瞬間がある。
孤独な人にも、誰かによって開かれる瞬間がある。
In a Good Wayは、そんな小さな希望として鳴る。
この曲を聴くうえで大切なのは、感情を急がないことだと思う。
すぐに泣ける曲として消費するのではなく、ゆっくり聴きたい。ギターの隙間、ストリングスの揺れ、Faye Websterの息づかい、歌詞の短い言葉。そのすべてが、じわじわと効いてくる。
コーヒーが冷めていく時間。
夜に部屋の明かりを少し落とした時間。
誰かの寝息を聞いている時間。
そんな場面に似合う曲である。
In a Good Wayは、幸せが大きな音を立ててやってくるとは限らないことを教えてくれる。
幸せは、静かに来ることがある。
あまりにも静かで、最初は気づかない。
でも、ふと目を上げたとき、目の前にいた人の存在で、自分の心が少し変わっていたことに気づく。
その瞬間に、涙が出そうになる。
いい意味で。
この曲は、その一瞬をとても丁寧に閉じ込めている。
だからIn a Good Wayは、派手ではないのに忘れられない。
小さな声で歌われる、小さな奇跡の歌である。
参照元・引用元
- Pitchfork Watch Faye Webster’s Video for New Song In a Good Way
- Pitchfork In a Good Way Track Review
- Secretly Canadian Faye Webster releases I Know I’m Funny haha
- Spotify In A Good Way Single by Faye Webster
- The Line of Best Fit Faye Webster releases In a Good Way
- Cool Hunting Faye Webster In a Good Way
- 歌詞の短い引用は、公開されている歌詞情報をもとに、著作権に配慮して最小限にとどめた。著作権は各権利者に帰属する。

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