
発売日:1997年
ジャンル:Punk Rock / Post-Punk
概要
In the Beginningは、The Slitsの初期音源をまとめて1997年に発表されたアーカイヴ作品である。1979年のデビュー・アルバムCutより前、1977年を中心とする録音から構成されており、Ari Up、Viv Albertine、Tessa Pollitt、Palmoliveらによる初期The Slitsの姿を記録している。したがって通常の意味でのスタジオ・アルバムではなく、後年に編集された初期録音集として捉える必要がある。Cutで聞けるレゲエ/ダブとポストパンクの独特な融合へ到達する以前の、もっと速く、粗く、直接的だったバンドを知るための作品だ。
The Slitsは1976年にロンドンで結成され、初期UKパンクの現場から登場した。しかし、最初から整った演奏を目指していたわけではない。ギターはコードを厚く鳴らすより鋭い断片を投げ込み、リズム隊は崩れそうな勢いを保ちながら曲を進め、Ari Upは叫び、話し、音程を大きく動かしながら歌う。本作では後の作品ほどレゲエのリズムは前面に出ておらず、パンクの速度と衝動が強い。その一方、既存のロックらしい演奏の整合性から意識的にはみ出す感覚や、女性に期待される振る舞いへの反発には、後のThe Slitsへ直結する個性がすでにはっきり現れている。
全曲レビュー
1. 「Vindictive」
鋭く切り込むギターと忙しく動くドラムによって、最初から演奏が前のめりに進む。後年のThe Slitsに特徴的な空間の多いリズムとは違い、ここでは初期パンクらしい速度と粗さが中心だ。Ari Upの声もメロディを滑らかに整えるより、言葉を噛みつくように吐き出し、演奏と競い合っている。録音の荒さまで含めて、バンドが完成された様式を提示する以前の衝動がそのまま残されたオープニングである。
2. 「A Boring Life」
題名どおり、退屈な生活への拒絶を極めて直接的に表した初期The Slitsの代表曲の一つ。ギターは短いコードを荒々しく刻み、Palmoliveのドラムが一定の勢いを保つため、複雑な構成を使わなくても強い推進力が生まれる。Ari Upの歌唱には怒りだけでなく、退屈そのものを笑い飛ばすような感覚もある。日常への不満を深刻な政治声明へ変えるのではなく、退屈なら自分たちで騒ぎを起こすというパンクの行動原理へ直結させている。
3. 「Slime」
ギター、ベース、ドラムが完全に同じ場所へアクセントを置くのではなく、少しずつずれながら前進するため、演奏には不安定な揺れがある。Ari Upもその隙間へ叫び声のようなボーカルを入れ、通常のロックで期待される「きれいな歌と伴奏」という関係を崩していく。荒い録音の中でもベースの動きが存在感を持ち、単純な高速パンクから別のリズム感覚へ向かおうとしていることが分かる。後のCutに至る変化の芽を感じさせる曲だ。
4. 「New Town」
都市の日常を題材にしながら、ギターの断片的なフレーズと不規則に感じられるボーカルによって落ち着かない空気を作る。Ari Upは一定のメロディをきれいになぞるのではなく、言葉によってアクセントや声色を変えるため、歌そのものがリズム楽器のように働いている。後のCutにも収録される曲だが、ここではアレンジがまだ硬く、パンクの直線的な力が強い。完成形と比較すると、The Slitsが同じ曲をリズム中心の音楽へ作り替えていった過程がよく見える。
5. 「Love and Romance」
恋愛を扱っていても、一般的なラブソングの甘さとは正反対である。男女関係にまとわりつく決まりごとや期待をからかうような視点があり、Ari Upの誇張した歌い方も「ロマンティックな女性ボーカル」という型から意図的にはみ出して聞こえる。ギターは粗くコードを切り、リズム隊も曲を整然と支えるより勢いを優先する。後にCutでさらにリズムを整理される曲だが、この初期形では歌詞の反抗的なユーモアがよりむき出しになっている。
6. 「Shoplifting」
万引きという題材を、善悪についての重々しい物語ではなく、興奮と悪ふざけが入り混じった出来事として描く。演奏もその感覚に合わせて慌ただしく、ギターの鋭い音とドラムが追い立てるように曲を進める。Ari Upのボーカルには会話や叫びに近い瞬間があり、整った歌唱より、その場で事件を実況しているような生々しさが強い。Cutにも残るThe Slitsらしい曲だが、初期録音ではパンク・バンドとしての荒々しさが前面に出ている。
7. 「Number One Enemy」
「敵」とされる立場を逆に引き受けるような挑発性があり、初期The Slitsを取り巻いていた敵対的な視線への応答としても聞ける。演奏は速く、ギターは長いソロを作らず短いノイズとコードで曲を押し進める。Ari Upの声も怒鳴るだけではなく、音程を突然変えたり言葉を伸ばしたりして、予測しにくい動きを見せる。技術的な整然さよりも、自分たちをどう見せるかを自分たちで決めるという態度が音そのものに表れている。
8. 「In the Beginning」
作品名にも採用された曲で、初期The Slitsの混沌とした演奏感を象徴するような録音である。ギターは通常のロックのリフとして整理される前にノイズへ崩れ、リズム隊もそれを強引に前へ運ぶ。Ari Upの自由な発声が加わることで、完成されたスタジオ録音とは違うライブに近い緊張が生まれている。後年から初期を振り返るというコンピレーションの性格を考えると、題名そのものも、この時期のバンドを示す言葉としてよく機能している。
9. 「New Town」
再び「New Town」が登場することで、この作品が通常のスタジオ・アルバムではなく、異なる初期録音を保存する資料的な編集盤であることがはっきりする。同じ曲でも演奏の速度やギターの入り方、Ari Upの歌い回しが固定されておらず、バンドが曲を演奏しながら形を探していたことが伝わる。完成版だけを聴けば意図的なアレンジに思える箇所も、こうした別録音を通すと、試行錯誤から生まれたことが見えてくる。
10. 「Shoplifting」
こちらも別の形で収められた「Shoplifting」。曲の基本となる慌ただしさは共通しているが、初期The Slitsでは曲を毎回同じように再現することより、その瞬間の勢いを保つことの方が重要だったことが分かる。特にボーカルは細かな抑揚が変わり、歌詞を固定された旋律へ閉じ込めない。重複曲を含む構成はアルバムとしては変則的だが、バンドの発展を記録する編集盤としては意味を持っている。
11. 「Number One Enemy」
再度登場する「Number One Enemy」でも、ギター、リズム、声が互いにぶつかる初期の特徴が中心にある。The Slitsの演奏は一見すると単に粗く聞こえるが、複数のテイクを聴くと、その粗さの中でも特にリズムと声の関係を変化させていたことが分かる。完成されたロック・バンドの正確さとは別のところに魅力があり、演奏の不安定さが曲の攻撃性やユーモアを強めている。
12. 「Love and Romance」
終盤で再び「Love and Romance」を取り上げることで、初期の重要曲を別角度から確認できる。恋愛という伝統的なポップソングの題材を使いながら、甘い歌唱や整った伴奏を拒むという発想は、この時点ですでに明確だった。Ari Upの声と荒いギターが曲の「ロマンティック」な要素を次々と壊していくため、題名との落差そのものがユーモアになる。後のThe Slitsがジェンダーやポップ文化の慣習を軽々とひっくり返していく、その原型を聞ける演奏である。
総評
In the Beginningを評価する際には、Cutのような正式なスタジオ・アルバムと同じ完成度を求めるべきではない。録音は粗く、同じ楽曲の異なる録音も含まれ、音楽的な方向性もまだ固まり切っていない。しかし、その未完成さこそがこの作品の意味である。1979年以降のThe Slitsだけを聴くと、レゲエやダブをパンクへ持ち込んだバンドという印象が強くなるが、本作では、その出発点がもっと直接的で騒々しいUKパンクにあったことが分かる。
同時に、後の個性につながる要素もすでに存在している。特に重要なのは、各楽器がロックの定型的な役割へきれいに収まっていない点だ。ギターは巨大なコードの壁を作るより断片的に入り、ベースは独立して動き、Ari Upの声は旋律とリズムの間を自由に移動する。演奏技術が発展途上だったことと、既成の演奏法から外れていったことは単純には分離できず、その両方がThe Slits独自の音楽を形成していった。
歌詞や態度にも同じ特徴がある。退屈、恋愛、消費、敵意といった身近な題材を扱いながら、模範的な女性像や整ったポップスター像に自分たちを合わせようとしない。特に「Love and Romance」では、ポップ音楽が長く扱ってきた恋愛そのものを題材にしながら、その語り方を内側から崩している。これは単に「女性によるパンク」というだけでは説明できないThe Slitsの面白さであり、後のポストパンクにおけるリズム、声、ジェンダー表現の拡張にもつながっていく。
資料的な性格が強いため、単体のアルバムとしての流れや音質の統一感ではCutに及ばない。一方で、完成された代表作だけでは見えにくい「バンドがどのように自分たちの音を発見したか」を聞けることが本作の価値である。荒いパンクから出発しながら、すでにギター、ベース、ドラム、声の関係を普通とは違う形へ崩し始めている。その変化の途中を保存したIn the Beginningは、The Slitsの前史であると同時に、初期UKパンクからポストパンクが生まれていく過程を生々しく記録した作品でもある。
おすすめアルバム
Cut by The Slits
1979年のデビュー・アルバム。初期の粗いパンクを残しながら、レゲエとダブのリズム、広い音の空間、Dennis Bovellのプロダクションによって独自のスタイルを完成させた。本作との比較でバンドの急速な変化がよく分かる。
Return of the Giant Slits by The Slits
1981年の2作目。Cut以上にパンクの定型から離れ、ダブ、ファンク、アフリカ音楽などを思わせるリズムへ踏み込んでいる。In the Beginningの荒々しい演奏からどれほど遠くまで進んだかを確認できる作品だ。
Germfree Adolescents by X-Ray Spex
1978年作。初期UKパンクの速度を持ちながら、消費社会や女性に求められるイメージを鋭いユーモアで扱っている。The Slitsとは音楽的な方法が異なるものの、パンクの男性中心的な型を押し広げた同時代作品として重要である。
Entertainment! by Gang of Four
1979年発表。ギターをコードの壁ではなく鋭いリズム楽器として扱い、ベースとドラムを前面へ出したポストパンク作品である。The Slitsが別の経路から進めていた、パンク以後のリズム重視の発想と比較できる。
Metal Box by Public Image Ltd
1979年作。巨大なベース、ダブから取り入れた空間感覚、金属的なギターによって、パンクの編成をまったく異なる音楽へ変えた。In the Beginningに残る初期パンクの衝動が、その後どれほど多方向へ解体されていったかを知るうえで格好の対照となる。

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