アルバムレビュー:Return of the Giant Slits by The Slits

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1981年10月

ジャンル:ポストパンク、ニューウェーブ、ダブ、レゲエ、アヴァンポップ、ワールドミュージック、実験ロック

概要

The Slitsの『Return of the Giant Slits』は、1981年に発表されたセカンド・アルバムであり、1970年代末のパンクからポストパンク、ダブ、レゲエ、アフリカ音楽、即興的なリズム表現へと大きく展開した、きわめて独創的な作品である。1979年のデビュー作『Cut』によって、The Slitsはパンク以後の女性バンド像を大きく変えた。粗く、自由で、挑発的でありながら、レゲエやダブの影響を大胆に取り入れた『Cut』は、パンクの速度や怒りをそのまま続けるのではなく、リズム、身体、声、空間を新たに組み替える作品だった。

『Return of the Giant Slits』は、その『Cut』からさらに遠くへ進んだアルバムである。ここでThe Slitsは、もはや一般的な意味でのパンク・バンドではない。ギターの攻撃性よりも、パーカッション、ベース、声の反復、隙間、ダブ的な音響処理、アフリカ的なポリリズム、即興的な歌唱が前面に出る。楽曲は従来のロックの構造から離れ、円を描くように進む。サビで感情を爆発させるのではなく、リズムの中で身体と声が変化していく。The Slitsはここで、ロック・バンドという枠そのものをほとんど解体している。

The Slitsは、Ari Up、Tessa Pollitt、Viv Albertine、Palmoliveらによって1970年代後半のロンドン・パンク・シーンから登場した。初期にはSex PistolsやThe Clash周辺のシーンとも関係し、荒々しいパンク・バンドとして知られたが、彼女たちの本質は単なるパンクの模倣ではなかった。The Slitsは、女性がロックの中でどのように見られるか、どのように声を出すか、どのように身体を動かすかを根本から問い直したバンドである。彼女たちは、男性中心のロックにおける「上手さ」「強さ」「セクシーさ」「反抗」の定型を拒み、自分たちの不器用さ、遊び、奇妙さ、身体感覚をそのまま音楽へ変えた。

『Cut』のジャケットで、泥を身体に塗ったメンバーたちがカメラを見返していたことは象徴的だった。女性の身体は、男性的な欲望に向けて整えられた商品ではなく、汚れ、笑い、挑発し、自然と都市の間に立つものとして提示された。『Return of the Giant Slits』では、その身体性がさらに音の中へ溶け込んでいる。ここでのThe Slitsは、目に見えるイメージよりも、リズムと声によって女性の身体を再構成している。

本作の制作には、The Pop GroupやNew Age Steppers、On-U Sound周辺の実験的ダブ/ポストパンクの空気が強く関わっている。1980年前後の英国では、パンク以後のアーティストたちが、ジャマイカのレゲエ/ダブ、ファンク、アフリカ音楽、フリージャズ、電子音響を取り込みながら、ロックの構造を解体していた。Public Image Ltd、The Pop Group、Rip Rig + Panic、Maximum Joy、New Age Steppers、A Certain Ratioなどが、それぞれ異なる形でリズムと政治を再発明していた。その中でThe Slitsは、女性の声と身体を中心に、最も自由で遊戯的な形のポストパンクを作った。

『Return of the Giant Slits』の音は、一聴すると散漫で、つかみどころがないように感じられるかもしれない。『Cut』のような比較的分かりやすい曲構造や、パンク由来の鋭さを期待すると、本作はかなり異質である。ビートは直線的に走らず、歌はメロディを美しくなぞらず、ギターはロック的なリフを中心にしない。だが、その不安定さこそが本作の価値である。The Slitsは、安定したポップソングを作るのではなく、音楽が生まれる以前の遊び、集団の声、身体の反応、リズムの発見へ戻ろうとしている。

タイトルの『Return of the Giant Slits』も興味深い。「巨大なSlitsの帰還」という言葉には、B級映画的なユーモア、怪獣映画的な誇張、女性性をめぐる挑発的な言葉遊びがある。The Slitsは自分たちを神話的な怪物のように提示する。女性バンドは可憐で、整っていて、男性に受け入れられる形で存在すべきだという期待に対して、彼女たちは「巨大な存在」として戻ってくる。これは自己神話化であり、同時に冗談でもある。その軽さと大胆さが、The Slitsらしい。

歌詞の面では、本作は自然、身体、都市、衣服、動物性、地球、生活、移動、遊び、制度からの逸脱といったテーマを扱う。Ari Upの声は、一般的なロック・ヴォーカルとはまったく異なる。彼女は歌うというより、叫び、跳ね、つぶやき、子供のように遊び、動物のように鳴き、時に言葉をリズムへ変える。その声には、女性ヴォーカルに期待される滑らかさや美しさへの拒否がある。声は意味を伝えるだけでなく、身体そのものとして鳴る。

『Return of the Giant Slits』は、商業的には大きな成功を収めた作品ではない。しかし、後のポストパンク、ノーウェーブ、ダブ・パンク、アヴァンポップ、フェミニスト・インディー、実験的なダンスミュージックにとって、非常に重要な示唆を持つ作品である。The Slitsはここで、ロックの言語から逃れ、リズムと声による別の共同体を作ろうとした。これは、未完成で奇妙で、ときに扱いにくいアルバムだが、その扱いにくさこそが歴史的な意味を持っている。

全曲レビュー

1. Earthbeat

「Earthbeat」は、アルバム冒頭に置かれた楽曲であり、『Return of the Giant Slits』の方向性を最も明確に示す一曲である。タイトルは「地球の鼓動」を意味し、ロックの人工的なビートではなく、もっと原始的で、自然と身体に根ざしたリズムを連想させる。The Slitsはここで、パンクの直線的な疾走から離れ、循環するリズム、地面から湧き上がるようなビートへ向かう。

音楽的には、パーカッションとベースが中心にあり、ギターは従来のロック的な主役ではなく、リズムの一部として機能している。ダブやレゲエの影響は明らかだが、単なるジャマイカ音楽の模倣ではない。The Slitsは、レゲエの空間性やベースの重さを取り込みながら、そこに自分たちの不安定で遊戯的な声を乗せている。曲は大きなサビへ向かうのではなく、リズムの反復の中でじわじわと広がっていく。

Ari Upのヴォーカルは、歌詞を整然と伝えるよりも、声そのものを打楽器のように使っている。彼女の声は、地球の鼓動に反応する身体の声として響く。そこには、ロックにおける美しい歌唱や力強いシャウトとは異なる、野生的で子供のような自由さがある。声が意味から少しはみ出し、音として踊り始める。

歌詞のテーマは、自然と身体のつながり、地球規模の感覚、都市的なロックからの脱出として読める。The Slitsはここで、パンクの怒りを社会への直接的な攻撃としてではなく、身体が別のリズムを取り戻すこととして表現している。地球のビートを聴くことは、管理された都市生活やロックの定型から離れることでもある。

「Earthbeat」は、本作の入口として非常に重要である。聴き手はここで、ギター中心のパンク・アルバムではなく、リズム、声、空間、身体が中心のアルバムへ導かれる。The Slitsの第二段階は、この地球的な鼓動から始まる。

2. Or What Is It?

「Or What Is It?」は、問いかけそのものをタイトルにした楽曲である。「それとも、それはいったい何なのか」という曖昧な言葉は、The Slitsの音楽の分類不能性を象徴している。これはパンクなのか。レゲエなのか。ポップなのか。即興なのか。女性たちの遊びなのか。政治的な音楽なのか。この曲は、その問いを答えずに放置する。

音楽的には、リズムの隙間と声の配置が重要である。曲は従来のロックのように、リフ、ヴァース、サビの明確な構造で進むわけではない。音が散らばり、声が入り、リズムが揺れ、曲全体が不安定な問いのように存在する。この不安定さは、未熟さではなく、意図的な形式の拒否である。

歌詞では、物事を名づけることへの疑いが感じられる。社会は常に、女性を分類し、音楽を分類し、身体を分類し、行動を分類する。The Slitsはその分類に従わない。「これは何なのか」と問われても、彼女たちは明確な答えを差し出さない。むしろ、答えられない状態を音楽にする。

この曲の重要な点は、The Slitsが自分たちの音楽を固定されたジャンルへ閉じ込めないことだ。『Return of the Giant Slits』全体が、まさに「これは何なのか」と問いたくなる作品である。だが、その問いに対する答えは、ジャンル名ではなく、聴き手の身体の反応にある。音楽が何であるかは、定義よりも、どう動かすかによって決まる。

「Or What Is It?」は、アルバムの分類不能な美学を象徴する楽曲である。The Slitsは、説明可能なロックから離れ、問いそのものをリズムと声へ変えている。

3. Face Place

「Face Place」は、顔と場所を結びつけたタイトルを持つ楽曲である。顔は個人のアイデンティティを示すものだが、同時に社会に見られ、評価され、記号化される表面でもある。場所は身体が存在する空間であり、社会的な位置でもある。この二つを結びつけることで、曲は自己像、視線、空間、アイデンティティの問題を扱っているように響く。

音楽的には、ベースとリズムが曲の土台を作り、ギターや声がその上で自由に動く。ダブ的な空間の使い方があり、音と音の間に余白が多い。その余白によって、声の奇妙さやリズムの揺れが際立つ。The Slitsは、音を詰め込むのではなく、隙間の中で身体を動かす音楽を作っている。

Ari Upの声は、ここでも安定したメロディを歌うというより、言葉を遊びながら発する。彼女の声には、顔を作ること、表情を変えること、社会の視線をからかうようなニュアンスがある。The Slitsにとって、女性の顔は見られるための表面ではなく、変化し、歪み、拒否し、笑い返すものだ。

歌詞のテーマは、自己表象への疑いとして読める。女性は常に顔を整え、見られることを意識し、どこにいるかによって評価される。The Slitsはその視線に対して、まともな顔を差し出さない。彼女たちは顔を変え、場所をずらし、固定された女性像から逃げる。

「Face Place」は、本作の中で視線と空間のテーマを担う楽曲である。顔は商品ではなく、場所は固定された役割ではない。The Slitsは、顔と場所をリズムの中で揺らし、アイデンティティを流動化している。

4. Walk About

「Walk About」は、移動、歩行、放浪、身体の自由をテーマにした楽曲である。タイトルはオーストラリア先住民文化に由来する言葉としても知られるが、本作ではより広く、決められた道から外れ、自分の身体で世界を移動する感覚として響く。The Slitsにとって、歩くことは単なる移動ではなく、制度からの逸脱でもある。

音楽的には、曲は軽やかに揺れ、直線的なロックの推進力とは違う動きを持つ。リズムは歩くように反復しながら、どこか予測不能な方向へ広がる。ギターや声はその上で自由に動き、曲全体が目的地のない移動のように進む。ここには、ダブ、アフリカ的なリズム感、ポストパンクの実験性が混ざっている。

歌詞では、決められた場所にとどまらない感覚が描かれる。女性は社会の中で「いるべき場所」を割り当てられてきた。家庭、恋人の横、観客席、装飾的な位置。The Slitsはその配置を拒み、歩き回る。どこへ行くのかよりも、歩くこと自体が重要である。身体が移動することで、社会的な役割もずれていく。

この曲の魅力は、自由を大げさなスローガンとしてではなく、歩行のリズムとして表現している点にある。反抗は必ずしも叫びだけではない。自分の足で歩き、決められた場所から離れることも反抗である。The Slitsはその小さな身体的行為を音楽化している。

「Walk About」は、『Return of the Giant Slits』の中で、移動する身体とリズムの関係を示す重要曲である。The Slitsの音楽は、目的地よりも、決められていない道を歩くことに価値を見いだしている。

5. Difficult Fun

「Difficult Fun」は、タイトルが非常にThe Slitsらしい楽曲である。「難しい楽しさ」という矛盾した言葉は、本作全体の聴取体験をよく表している。このアルバムは楽しい。しかし、その楽しさは単純で分かりやすいものではない。リズムはずれ、声は奇妙で、構造は不安定で、聴き手は慣れたロックの快楽から外される。まさに「難しい楽しさ」である。

音楽的には、遊び心が強く、声やリズムが自由に跳ねる。曲はポップに開かれているようでありながら、通常のポップソングの滑らかさを拒む。The Slitsは楽しさを作るが、それを消費しやすい形には整えない。楽しさは、少し居心地が悪く、身体の慣れを変えるものとして提示される。

歌詞では、楽しむこと自体の難しさ、あるいは社会が決める「正しい楽しみ」への反発が感じられる。女性にとって楽しむことは、しばしば管理される。どう笑うか、どう踊るか、どう見えるか、どこまで自由でいてよいか。The Slitsはその制限を拒み、奇妙で扱いにくい楽しさを作る。

この曲は、The Slitsの政治性が怒りだけではなく、遊びにもあることを示している。遊ぶこと、ふざけること、変な声を出すこと、リズムをずらすこと。それらは、規範から逃れる方法である。The Slitsは、真面目な政治的メッセージだけでなく、楽しさそのものを再定義する。

「Difficult Fun」は、本作の核心を言い当てるタイトルを持つ楽曲である。The Slitsの音楽は、簡単に理解される楽しさではなく、聴き手の感覚を変える難しい楽しさで成り立っている。

6. Animal Space

「Animal Space」は、動物性と空間を結びつけた楽曲であり、本作の中でも特に身体的で、野生的なテーマを持つ。タイトルは「動物の空間」と訳せる。人間社会の秩序や言葉、マナーから離れ、身体が本能的に反応する場所を示しているように響く。The Slitsは、女性を文明的で従順な存在として整える社会に対し、動物的な身体を取り戻す。

音楽的には、リズムが中心で、曲は身体を揺らす空間を作る。音は過剰に整えられておらず、どこか野生的で、即興的である。ベースは太く、パーカッションは有機的に動き、声は言葉と鳴き声の間を行き来する。The Slitsの音楽が、ロックというより身体儀式に近づく瞬間である。

Ari Upのヴォーカルは、ここで特に動物的な性格を帯びる。彼女は美しく歌うのではなく、声を変形させ、身体の反応として発する。女性ヴォーカルに期待される滑らかさや感情的な美しさから離れ、もっと本能的な声を使う。これは、女性の声を「聴きやすいもの」に制限する規範への拒否でもある。

歌詞のテーマは、社会的な身体から動物的な身体への移行として読める。人間は社会の中で、身体の動きを管理される。特に女性の身体は、座り方、歩き方、笑い方、踊り方まで規範化される。The Slitsはその管理から逃れ、動物の空間を作る。そこでは身体は見られるためではなく、生きるために動く。

「Animal Space」は、『Return of the Giant Slits』の中で、身体の解放を最も直接的に示す楽曲である。The Slitsはここで、女性の身体を人間社会の檻から離し、野生のリズムの中へ戻している。

7. Improperly Dressed

「Improperly Dressed」は、「不適切な服装」というタイトルを持つ楽曲であり、女性の外見や服装をめぐる社会的規範への批判として聴くことができる。どの服が正しいのか、どの身体が見せてよいのか、どのように装うべきか。女性は常にそのような規範によって評価されてきた。The Slitsは、その規範を笑い飛ばす。

音楽的には、軽やかさと奇妙さが同居している。曲は説教的ではなく、むしろ遊ぶように進む。リズムは跳ね、声はからかうように響き、服装規範の馬鹿馬鹿しさが音そのものに表れている。怒りだけでなく、ユーモアが重要な役割を果たしている。

歌詞では、「正しく着る」ことへの疑いが示される。服は社会的な記号であり、性別、階級、年齢、職業、性的な評価を示すものとして機能する。女性は服装によって「ちゃんとしている」「だらしない」「挑発的」「子供っぽい」と判断される。The Slitsは、その判断の基準を拒否する。適切であること自体が、支配の言葉だからである。

この曲は、The Slitsのファッションや身体表現の歴史とも深く関係する。彼女たちは、パンク・ファッションの中でも、男性的な攻撃性を模倣するのではなく、泥、髪、身体、民族的な装飾、子供っぽさ、奇妙な服装を組み合わせ、分類しにくいイメージを作った。「Improperly Dressed」は、その姿勢を音楽にした曲である。

「Improperly Dressed」は、服装をめぐる規範へのユーモラスで鋭い反撃である。不適切であることは、ここでは失敗ではなく、自由の証である。

8. Life on Earth

「Life on Earth」は、アルバムの終盤に置かれた楽曲であり、本作全体の地球的、生命的なテーマをまとめるような存在である。タイトルは「地球上の生命」を意味し、冒頭の「Earthbeat」と呼応している。アルバムは地球の鼓動で始まり、地球上の生命へと広がっていく。その構造は非常に象徴的である。

音楽的には、リズムと声の反復が中心にあり、曲は大きな結論へ向かうというより、生命の循環の中へ溶け込むように進む。The Slitsは、ロック・アルバムの終曲にありがちな劇的なクライマックスを選ばない。むしろ、生命が続いていくような感覚、音が自然の一部になるような感覚を作っている。

歌詞では、地球上で生きること、その奇妙さ、身体性、自然との関係が描かれる。The Slitsにとって、生活や生命は、整った文明的なものではない。動物的で、不適切で、楽しく、難しく、声とリズムに満ちている。地球上の生命とは、管理された都市生活だけではなく、もっと雑多で、身体的で、分類不能なものだ。

この曲は、The Slitsのポストパンク的な実験が、最終的に生命の感覚へ向かっていることを示している。彼女たちは、ロックを解体するためだけに解体しているのではない。別の生き方、別の身体、別の共同体、別のリズムを探すために解体している。その探求が「Life on Earth」という大きな言葉に集約される。

「Life on Earth」は、本作の締めくくりとして、The Slitsの音楽を生命の実験として提示する楽曲である。地球の鼓動から始まったアルバムは、地球上でどう生きるかという問いへ到達する。

総評

『Return of the Giant Slits』は、The Slitsのディスコグラフィーの中でも最も実験的で、最も分類しにくい作品である。デビュー作『Cut』がパンク、レゲエ、ダブ、フェミニストな身体表現を結びつけた歴史的名盤であるなら、本作はその要素をさらに解体し、ロック・ソングの形式から大きく離れた作品である。聴きやすさや即効性という点では『Cut』の方が優れているかもしれない。しかし、The Slitsがどれほど自由に音楽を考えていたかを知るには、『Return of the Giant Slits』は欠かせない。

本作の最大の特徴は、リズムと身体の再発明である。パンクはしばしばギターの音量、速度、怒りで語られる。しかしThe Slitsは、パンク以後に別の方向へ進んだ。彼女たちは、怒りを直線的な攻撃としてではなく、リズムのずれ、声の変形、身体の解放、遊びの中に置いた。これは、パンクをより深く解釈した結果ともいえる。既存のロックの形式を壊すなら、ギターの弾き方だけでなく、歌い方、踊り方、聴き方、生き方まで変えなければならない。

音楽的には、ダブとレゲエの影響が重要である。だが、The Slitsはそれを単なる異国趣味として取り入れているのではない。ダブの空間、ベースの重さ、リズムの反復は、彼女たちがロックの中心主義から逃れるための方法になっている。ギター・ソロや力強い男性ヴォーカルが支配するロックの形式から離れ、ベース、パーカッション、声、余白が中心になることで、音楽の身体感覚が変わる。The Slitsはその変化を徹底した。

本作におけるAri Upの声は、非常に重要である。彼女の声は、上手いか下手かという基準では測れない。むしろ、その基準を壊すために存在している。彼女は子供のように叫び、動物のように鳴き、リズムに飛び乗り、言葉をバラバラにし、女性ヴォーカルに期待される美しさや従順さを拒否する。声が身体からはみ出していく。そのはみ出しが、本作の自由を作っている。

歌詞やタイトルに現れる「Earthbeat」「Walk About」「Animal Space」「Improperly Dressed」「Life on Earth」といった言葉は、The Slitsが自然、身体、衣服、移動、生命をめぐる問いを立てていたことを示している。これは抽象的な自然回帰ではない。都市の中で、パンクの中で、女性として、身体をどう動かすか。どんな服を着るか。どこを歩くか。どんな声を出すか。そうした具体的な問題が、地球や生命という大きなテーマと結びついている。

『Return of the Giant Slits』は、フェミニスト・パンクの文脈でも非常に重要である。The Slitsは、後のライオット・ガールのように明確なスローガンを前面に出すバンドではない。しかし、彼女たちの音楽実践そのものがフェミニストだった。女性がロックに参加するだけでは不十分である。男性的なロックのルールをそのままなぞるのではなく、音楽の作り方、身体の見せ方、声の出し方、リズムの感じ方を変える必要がある。The Slitsはそれを実践した。

本作の難しさは、まさにその自由さにある。曲はしばしば従来の意味での完成されたポップソングとして振る舞わない。リズムは不安定で、声は奇妙で、展開は予測しにくい。聴き手は、ロックやポップの慣れた聴き方を一度手放す必要がある。だが、その手放しこそが本作の体験である。『Return of the Giant Slits』は、分かりやすい答えを与えるアルバムではなく、聴き方そのものを変えるアルバムである。

同時代の作品と比べると、本作の位置づけはより明確になる。Public Image Ltdの『Metal Box』がダブを用いてロックを冷たく解体し、The Pop Groupがファンク、フリージャズ、政治を混ぜて爆発させたとすれば、The Slitsはより遊戯的で身体的な方法を取った。彼女たちの音楽は、怒りや理論だけでなく、笑い、子供っぽさ、奇妙な踊り、動物性を含んでいる。そのため、本作は前衛的でありながら、どこか生命力に満ちている。

The Slitsの影響は、後の多くのアーティストに及んでいる。ライオット・ガール、フェミニスト・インディー、ポストパンク・リバイバル、ダブ・パンク、実験的なポップ、女性によるDIY音楽の多くが、The Slitsから何らかの許可を受け取った。特に、音楽的な「正しさ」を拒否し、自分の身体と声をそのまま音にしてよいという感覚は、多くの後続アーティストにとって重要だった。

日本のリスナーにとって『Return of the Giant Slits』は、『Cut』に比べてかなり取っつきにくい作品かもしれない。メロディや曲構造の分かりやすさを求めると、奇妙に感じられる部分も多い。しかし、ポストパンクがどのようにロックの枠を壊し、ダブや非西洋的なリズム、女性の身体表現と結びついたのかを知るには、本作は非常に重要である。最初は断片的に聴こえる音も、リズムと声に集中すると、独自の生命感を持って立ち上がってくる。

総じて『Return of the Giant Slits』は、The Slitsが自らの自由を最も遠くまで押し広げたアルバムである。地球の鼓動を聴き、分類を拒み、顔と場所をずらし、歩き回り、難しい楽しさを発明し、動物の空間を作り、不適切な服装を誇り、地球上の生命を歌う。これは、パンクの次に何が可能だったのかを示す、奇妙で大胆な作品である。The Slitsはここで、ロックを壊しただけでなく、別の生き方のリズムを探したのである。

おすすめアルバム

1. The Slits – Cut(1979)

The Slitsのデビュー作であり、パンク、レゲエ、ダブ、フェミニストな身体表現を結びつけた歴史的名盤である。『Return of the Giant Slits』よりも曲構造が分かりやすく、バンドの出発点を理解するうえで欠かせない。The Slitsの自由なリズム感と挑発的な姿勢が最も直接的に表れている。

2. New Age Steppers – New Age Steppers(1981)

On-U Sound周辺の実験的ダブ/ポストパンクを代表する作品であり、Ari Upも関わった重要なアルバムである。The Slitsのダブ的な側面をさらに深く理解するうえで関連性が高い。レゲエ、ダブ、ポストパンク、女性ヴォーカルの実験が交差する作品である。

3. The Pop Group – Y(1979)

ポストパンク、ファンク、フリージャズ、ダブ、政治的な叫びを融合した過激な作品である。The Slitsと同時代の英国ポストパンクが、ロックの構造をどれほど大胆に解体していたかを知るうえで重要である。『Return of the Giant Slits』よりも攻撃的で混沌としている。

4. Public Image Ltd – Metal Box(1979)

Sex Pistols以後のJohn Lydonが、ダブ、ベース、反復、冷たい音響によってロックを解体したポストパンクの金字塔である。The Slitsとは異なる方法で、パンク以後の空間的な音作りを追求している。ダブが英国ポストパンクに与えた影響を理解するうえで欠かせない。

5. Rip Rig + Panic – God(1981)

ポストパンク、ジャズ、ファンク、アヴァンギャルド、女性ヴォーカルの自由な表現が混ざった作品である。The Slitsの実験性や遊戯性に近い感覚を持ちながら、よりフリージャズ的で爆発的な音楽を展開している。1980年代初頭の英国における自由な女性表現の広がりを知るうえで重要である。

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