
発売日:2021年10月15日
ジャンル:ジャズ・ヴォーカル、クリスマス・ポップ、ソウル、フォーク、アダルト・コンテンポラリー
概要
Norah Jonesの『I Dream of Christmas』は、彼女にとって初の本格的なクリスマス・アルバムであり、同時に2020年代初頭の不安定な社会状況を背景に生まれた、親密で穏やかなホリデー作品である。Norah Jonesは2002年のデビュー作『Come Away with Me』によって、ジャズ、カントリー、フォーク、ソウルを柔らかく融合した音楽性で世界的な成功を収めたアーティストである。ジャズ・シンガーとして語られることも多いが、実際の音楽性はジャンル横断的であり、伝統的なアメリカン・ソングブックの感覚と、シンガーソングライター的な内省、ブルースやカントリーの素朴さを自然に結びつけてきた。
『I Dream of Christmas』は、そうしたNorah Jonesの持ち味をクリスマス・ソングという形式に落とし込んだ作品である。クリスマス・アルバムは、ポピュラー音楽の中でも特殊な位置を持つ。多くの場合、スタンダード曲の再解釈と新曲の提示が組み合わされ、季節性、郷愁、家族、祈り、孤独、祝祭といったテーマが扱われる。Frank Sinatra、Ella Fitzgerald、Nat King Cole、Bing Crosby、The Beach Boys、Vince Guaraldiなど、過去の名演が強く記憶されている領域でもあり、新たな作品を作る際には、伝統への敬意と独自性のバランスが重要になる。
本作においてNorah Jonesは、豪華なオーケストラや派手なポップ・アレンジに頼るのではなく、小編成のバンドを軸にした温かいサウンドを選んでいる。ピアノ、オルガン、ギター、ウッドベース、ドラム、控えめなホーンやコーラスが作る音像は、リビングルームで鳴っているような近さを持つ。これは、商業的なクリスマス・アルバムにありがちな過剰な華やかさとは異なる方向性である。Norah Jonesの声は、強く押し出すタイプではなく、近くで語りかけるように響く。そのため本作では、祝祭の大きな光よりも、夜の部屋に灯る小さな明かりのような親密さが重視されている。
アルバムの背景として重要なのは、2020年以降の世界的な孤立感や不安である。『I Dream of Christmas』には、単に楽しいクリスマスを描くだけではなく、離れている人を思う気持ち、誰かと一緒にいたいという願い、静かな慰めへの希求が流れている。伝統的なクリスマス・ソングには、もともと郷愁や孤独の要素が含まれているが、本作ではそれが現代的な感覚として再び浮かび上がる。クリスマスは必ずしも幸福な人だけの季節ではなく、喪失や不安を抱えた人にとっても、記憶や祈りを見つめ直す時間になる。その視点が、本作の落ち着いた音楽性に深みを与えている。
Norah Jonesのキャリアにおける本作の位置づけも興味深い。彼女はデビュー当初、ジャズ寄りの静かな音楽性で広く受け入れられたが、その後はThe Little Williesでのカントリー志向、Danger Mouseとの『Little Broken Hearts』におけるダークなポップ、Puss n Bootsでのルーツ・ロックなど、さまざまな方向性を試みてきた。『I Dream of Christmas』は、そうした実験性の集大成というより、彼女の核にある「声とピアノ」「親密な歌」「アメリカ音楽の伝統への自然な接続」を改めて確認する作品である。
影響関係としては、Nat King Coleの温かいクリスマス・スタンダード、Vince Guaraldi Trioの『A Charlie Brown Christmas』に代表されるジャズ的で家庭的なホリデー音楽、さらにCarole KingやJoni Mitchell以降のシンガーソングライター的な私的感情の表現が、本作の背景に感じられる。ただしNorah Jonesは、過去のスタイルを単に再現するのではなく、自身の低く柔らかな声と、余白を生かした演奏によって、現代的な穏やかさを作り出している。
全曲レビュー
1. Christmas Calling (Jolly Jones)
アルバムの幕開けを飾る「Christmas Calling (Jolly Jones)」は、本作のオリジナル曲であり、Norah Jones流のクリスマス観を明確に提示する楽曲である。タイトルに含まれる「Calling」は、クリスマスが遠くから呼びかけてくるような感覚を示している。これは単なる季節の到来ではなく、記憶や人とのつながりが再び意識される瞬間を表している。
音楽的には、軽やかなリズムと温かいピアノ、柔らかなホーンが印象的である。ジャズの要素を持ちながらも、難解さはなく、自然に身体を揺らすようなポップさがある。Norah Jonesのヴォーカルは、祝祭を大げさに盛り上げるのではなく、ほほ笑みを含んだ語り口で曲を導く。副題の「Jolly Jones」には、彼女自身の名前をもじった遊び心があり、アルバム冒頭に穏やかなユーモアを加えている。
歌詞の中心には、クリスマスを待ち望む心がある。ただし、その期待は派手なパーティーや商業的な賑わいではなく、誰かと時間を共有することへの願いとして描かれる。Norah Jonesのクリスマス表現は、華美な装飾よりも人の気配に重点がある。この曲は、アルバム全体が「豪華なクリスマス」ではなく「親密なクリスマス」を描く作品であることを示す導入曲である。
2. Christmas Don’t Be Late
「Christmas Don’t Be Late」は、もともとThe Chipmunksの楽曲として知られるユーモラスなクリスマス・ソングである。原曲は子ども向けの軽快でコミカルな印象が強いが、Norah Jonesはそれを自身の音楽性に合わせて、温かく少しレトロな雰囲気へと変換している。
アレンジは過度に奇抜ではなく、原曲の可愛らしさを残しながら、大人のリスナーにも自然に届く形に整えられている。ピアノやリズムの配置は柔らかく、童謡的な旋律がジャズ・ポップの質感をまとっている。Norah Jonesの歌唱は、子どもっぽさを演じるのではなく、曲の無邪気さを穏やかに受け止める方向に向かっている。
歌詞は、クリスマスが早く来てほしいという素朴な願いを描く。欲しいものを待つ子どもの感覚が中心にあるが、本作の流れの中では、それが単なるプレゼントへの期待だけでなく、明るい時間への待望として響く。クリスマスを待つことは、希望を待つことでもある。特に不安の多い時代において、この単純な願いは意外なほど切実に聴こえる。
アルバム序盤に置かれることで、この曲は本作に軽さと親しみやすさを与えている。Norah Jonesのクリスマス・アルバムが、内省だけに偏らず、遊び心も持っていることを示す一曲である。
3. Christmas Glow
「Christmas Glow」は、アルバムのオリジナル曲の中でも、特にNorah Jonesらしい柔らかな情感を持つ楽曲である。タイトルの「Glow」は、強い光ではなく、じんわりと広がる温かな輝きを意味する。本作全体の美学を象徴する言葉でもある。
音楽的には、ピアノを中心にした落ち着いたアレンジが特徴である。リズムは穏やかで、メロディは滑らかに流れる。Norah Jonesの声は、近くで息づくように録音されており、聴き手との距離が非常に近い。大きなクライマックスを作るのではなく、静かな余韻を積み重ねていく構成が、この曲の魅力である。
歌詞では、クリスマスの光が心の中に灯る様子が描かれる。ここでの光は、街のイルミネーションだけではなく、記憶、愛情、希望の象徴でもある。クリスマス・ソングではしばしば光が重要なモチーフになるが、Norah Jonesはそれを宗教的な荘厳さや商業的な華やかさではなく、日常の小さな幸福として表現している。
本曲は、アルバムの核心にある「静かな慰め」をよく表している。派手さはないが、音の隙間に温度があり、聴き手の生活空間に自然に溶け込む。Norah Jonesの声の特性が、クリスマスの親密な側面と非常に相性がよいことを示す楽曲である。
4. White Christmas
「White Christmas」は、Irving Berlinが書いたクリスマス・スタンダードの代表曲であり、Bing Crosbyの歌唱によって広く知られる名曲である。雪のクリスマスを夢見る歌であると同時に、失われた時間や故郷への郷愁を描いた楽曲でもある。Norah Jonesはこの有名曲を、過度に荘厳にするのではなく、控えめで個人的な歌として再解釈している。
アレンジは、ジャズ・スタンダードとしての品格を保ちながら、非常に柔らかい。ピアノと落ち着いたリズムが中心となり、Norah Jonesの声が旋律を丁寧になぞる。彼女は大きなヴィブラートや劇的な歌い上げを避け、言葉の余韻を重視する。その結果、曲が持つ郷愁が過度な感傷にならず、静かな記憶として立ち上がる。
歌詞の「白いクリスマス」は、現実の雪景色であると同時に、理想化された過去の象徴である。多くの人にとってクリスマスは、現在の出来事であると同時に、子どもの頃の記憶や家族との時間を呼び起こす季節でもある。Norah Jonesの解釈では、その記憶は美しくもあり、少し遠いものとして響く。
この曲は、本作がクリスマス・スタンダードの伝統に正面から向き合っていることを示している。ただし、伝統を大きく塗り替えるのではなく、自身の声の温度で静かに包み込む。その姿勢が、アルバム全体の品位を支えている。
5. Christmastime
「Christmastime」は、Norah Jonesによるオリジナル曲として、アルバムの私的な側面を強く担っている楽曲である。タイトルは非常にシンプルだが、その分、クリスマスという時間そのものをどのように感じるかが主題になっている。
音楽的には、軽やかで親しみやすいメロディが中心となる。ジャズ、ポップ、ソウルの要素が自然に混ざり合い、Norah Jonesらしい肩の力の抜けた雰囲気を作っている。演奏は洗練されているが、過度に装飾的ではない。音数を抑えながら、リズムとハーモニーの温かさで季節感を表現している。
歌詞では、クリスマスの時期に感じる期待、寂しさ、誰かを思う気持ちが描かれる。Norah Jonesのオリジナル曲は、スタンダード曲のような大きな物語を持つというより、日常の感情を小さなスケッチとして切り取ることが多い。本曲もその特徴を持ち、クリスマスの特別さを大げさに語るのではなく、日々の中にふと差し込む季節の感覚として提示している。
アルバムの中では、スタンダード曲とオリジナル曲をつなぐ役割を持つ。伝統的なクリスマス・ソングの世界に寄り添いながらも、Norah Jones自身の現代的な視点を加える一曲である。
6. Blue Christmas
「Blue Christmas」は、Elvis Presleyの歌唱でも有名なクリスマス・スタンダードであり、クリスマスの寂しさを代表する楽曲である。タイトルの「Blue」は、色としての青だけでなく、憂鬱や悲しみを意味する。祝祭の季節に孤独を感じる人の心情を描いたこの曲は、Norah Jonesの声質と非常に相性がよい。
アレンジは、カントリーやブルースの要素を含みながら、柔らかく抑制されている。Elvis版にある独特の揺れや甘さを意識しつつも、Norah Jonesはより内向的で静かな表現を選んでいる。ピアノとギターの響きは控えめで、歌声の陰影を前面に出す構成である。
歌詞では、愛する人がいないクリスマスの寂しさが歌われる。クリスマスは社会的には幸福や団らんの象徴として語られやすいが、だからこそ孤独がより強く感じられる季節でもある。本曲はその逆説を端的に表現している。Norah Jonesの歌唱は、悲しみを劇的に誇張するのではなく、静かに受け入れるような響きを持つ。そのため、曲の悲哀がより現実的に伝わる。
本作において「Blue Christmas」は重要な位置を占める。アルバムが単に明るいホリデー作品ではなく、孤独や喪失も含んだクリスマスの全体像を描いていることを示すからである。
7. It’s Only Christmas Once a Year
「It’s Only Christmas Once a Year」は、アルバムの中でも軽快で遊び心のあるオリジナル曲である。タイトルは「クリスマスは年に一度だけ」という意味で、季節の特別さをユーモラスに肯定する。Norah Jonesはここで、過剰に感傷的な表現から少し離れ、リラックスしたホリデー・ポップを提示している。
音楽的には、スウィング感のあるリズムと、明るいピアノの響きが特徴である。ジャズの軽やかさがありながら、難解さはなく、誰にでも開かれたポップ・ソングとして成立している。Norah Jonesの歌い方も、穏やかな笑みを含んだような自然さがあり、曲全体にくつろいだ空気を与えている。
歌詞では、クリスマスを楽しむことへの小さな言い訳が描かれる。年に一度の特別な時間だからこそ、少し羽目を外したり、甘いものを食べたり、普段より感情を素直に表したりすることが許される。このテーマは、古典的なクリスマス・ソングの祝祭性を現代的な軽さで再解釈したものといえる。
本曲は、アルバム全体に明るいリズムをもたらす存在である。内省的な曲が多い中で、クリスマスの楽しさを素直に提示しつつ、Norah Jonesらしい落ち着いた品の良さを失っていない。
8. You’re Not Alone
「You’re Not Alone」は、アルバムの中でも特にメッセージ性の強いオリジナル曲である。タイトルが示す通り、孤独ではないという呼びかけが中心にある。クリスマス・アルバムにおいてこのテーマは非常に重要である。祝祭の季節は人とのつながりを強調する一方で、孤立している人にとってはその不在を痛感させる時期でもある。
音楽的には、穏やかなテンポと包み込むようなハーモニーが印象的である。Norah Jonesの声は、励ますというより、隣に座っているような近さで響く。過度に壮大なアレンジを避けているため、メッセージが押しつけがましくならない。これは彼女の音楽における大きな美点である。
歌詞では、孤独や不安を抱える相手に対して、静かな連帯が示される。ここでの慰めは、問題をすぐに解決するものではない。むしろ、誰かがその孤独を理解し、そばにいるという事実そのものが救いとして描かれる。2020年代初頭の社会状況を踏まえると、この曲のテーマはより強く響く。離れていてもつながること、声や音楽が人を支えることが、本曲の核にある。
アルバムの中では、単なる季節ものを超えて、Norah Jonesのヒューマンな表現力を示す楽曲である。クリスマス・ソングの形式を借りながら、普遍的な慰めの歌として機能している。
9. Winter Wonderland
「Winter Wonderland」は、クリスマス・シーズンの定番曲のひとつであり、雪景色の中での幸福な時間を描いた明るいスタンダードである。多くのアーティストが華やかに歌ってきた曲だが、Norah Jonesはここでも過剰な装飾を避け、軽やかでジャジーな解釈を行っている。
アレンジはスウィング感があり、リズムは柔らかく跳ねる。ピアノやドラムの動きは控えめながらも、曲に心地よい推進力を与えている。Norah Jonesのヴォーカルは、メロディの明るさを自然に引き出しながら、甘くなりすぎない。彼女の声には落ち着きがあるため、定番曲の親しみやすさが大人の余裕をまとって響く。
歌詞は、雪の中を歩き、愛する人と過ごす楽しい時間を描く。内容自体は明るいが、本作の流れの中では、その明るさが一時的な夢のようにも感じられる。冬の風景は美しく、幸福な時間は確かに存在するが、それは永遠ではない。Norah Jonesの控えめな歌唱は、こうした儚さも含ませている。
本曲は、アルバムに伝統的なクリスマスの華やかさを与える役割を持つ。しかし、その華やかさは大規模なショーではなく、静かな雪の日の散歩のような親密さに変換されている。
10. A Holiday with You
「A Holiday with You」は、Norah Jonesによるオリジナル曲の中でも、本作の中心的なテーマを分かりやすく表現した楽曲である。タイトルが示す通り、重要なのはクリスマスそのものの豪華さではなく、誰と過ごすかである。ホリデーの本質を、人との共有に置く視点がこの曲の核になっている。
音楽的には、親しみやすいメロディと温かいリズムが特徴である。ポップ・ソングとしての明快さを持ちながら、Norah Jonesらしいジャズやソウルの柔らかな質感が加えられている。演奏は軽やかで、過度な感傷に沈まず、穏やかな幸福感を作る。
歌詞では、特別な場所や豪華な贈り物よりも、愛する人と一緒にいる時間が大切だという感覚が描かれる。これはクリスマス・ソングにおける古典的なテーマであるが、Norah Jonesの解釈では、より日常的で現実的なものとして響く。大きな幸福ではなく、小さな時間の共有こそが祝祭の中心であるという考え方が、本作全体の美学と一致している。
この曲は、アルバム中盤から後半にかけて温かな明るさをもたらす。孤独や郷愁を扱う曲と対になり、クリスマスが持つ希望の側面を穏やかに提示している。
11. Run Rudolph Run
「Run Rudolph Run」は、Chuck Berryで知られるロックンロール・クリスマスの定番曲である。Norah Jonesのアルバムの中では、最もアップテンポで外向的な楽曲のひとつであり、全体に軽快なエネルギーを与えている。
原曲が持つロックンロールの推進力を保ちつつ、Norah Jonesはそれを過度に荒々しくするのではなく、バンドの自然なグルーヴとして表現している。ギターやピアノのリズムは弾み、ドラムも曲を前へ押し出す。彼女のヴォーカルは、ロック的なシャウトではなく、余裕のある歌い回しで曲の楽しさを引き出す。
歌詞は、サンタのそりを引くトナカイのRudolphが急いで走る様子を描く、明るくユーモラスな内容である。クリスマスの物語性とロックンロールの速度感が結びついた楽曲であり、子ども向けの楽しさと大人の音楽的快感が共存している。
アルバム全体が穏やかなトーンで統一されている中で、この曲はリズム面のアクセントとして機能している。Norah Jonesの音楽は静かな印象が強いが、本曲では彼女がルーツ・ロックやロカビリー的な軽快さにも自然に対応できることが示されている。
12. Christmas Time Is Here
「Christmas Time Is Here」は、Vince Guaraldiによる『A Charlie Brown Christmas』の名曲として知られる、ジャズ・クリスマスの代表的な楽曲である。この曲は、子ども向けアニメーションの文脈を持ちながらも、非常に洗練された和声とメランコリックな旋律を備えており、大人のクリスマス・ソングとしても深い魅力を持つ。
Norah Jonesの解釈は、この曲の持つ静かな哀愁に非常によく合っている。ピアノの響きは柔らかく、テンポはゆったりとしている。彼女のヴォーカルは、旋律を大きく崩すことなく、言葉の余韻を丁寧に扱う。原曲のジャズ的な美しさを尊重しつつ、自身の声の低い温度で包み込んでいる。
歌詞は、クリスマスの到来、幸福、喜び、そして子どもたちの夢を描く。しかし、この曲が特別なのは、その明るい言葉の背後に、どこか寂しげな響きがある点である。クリスマスの美しさは、時間が過ぎ去ることへの意識と結びついている。Norah Jonesの歌唱は、その儚さを自然に引き出している。
本作の中でも、最もアルバム全体の内省性に近いスタンダード解釈のひとつである。クリスマスの静かな夜、過ぎ去った時間、家族や友人への思いを呼び起こす楽曲として、作品の終盤に深い余韻をもたらしている。
13. Last Month of the Year
アルバムを締めくくる「Last Month of the Year」は、伝統的なゴスペル/フォークに由来する楽曲であり、クリスマスを一年の終わり、そして新しい時間への入口として捉える視点を持つ。アルバムの最後にこの曲が置かれることで、本作は単なるホリデー・ムードの作品ではなく、時間の循環を見つめる作品として閉じられる。
音楽的には、ルーツ・ミュージックの感覚が強い。ジャズやポップの洗練よりも、シンプルな反復と共同体的な響きが前面に出る。Norah Jonesは、アメリカ音楽の伝統を非常に自然に扱うシンガーであり、本曲でもゴスペルやフォークの素朴な力を、自身の柔らかな声で現代的に再提示している。
歌詞は、12月という一年の最後の月に生まれたキリストへの言及を含み、クリスマスの宗教的な背景に近づく。アルバム全体は宗教色を強く打ち出す作品ではないが、終曲でこの曲を選ぶことにより、クリスマスが持つ祈りや精神的な意味が静かに浮かび上がる。華やかな消費や装飾の奥にある、時間、誕生、希望、再生のテーマがここで示される。
締めくくりとしての効果は大きい。明るい大団円ではなく、伝統的な歌の反復によって静かに終わることで、アルバムは余韻を残す。Norah Jonesのクリスマスは、騒がしい祝宴ではなく、年の終わりに心を整える時間として提示されるのである。
総評
『I Dream of Christmas』は、Norah Jonesの音楽的個性とクリスマス・アルバムという形式が非常に自然に結びついた作品である。クリスマス・アルバムには、定番曲を華やかに歌い上げるタイプ、ポップ・スターとしての存在感を前面に出すタイプ、伝統的なスタンダード集として構成するタイプなど、さまざまな方向性がある。本作はそのいずれにも完全には属さず、Norah Jonesの声とピアノを中心に、ジャズ、ソウル、フォーク、カントリー、ポップを穏やかに混ぜ合わせた親密な作品として成立している。
アルバム全体を貫くのは、クリスマスの二面性である。一方には、雪、光、贈り物、笑顔、家族、恋人、子どもの期待がある。もう一方には、孤独、離別、郷愁、過ぎ去った時間、誰かを待つ気持ちがある。Norah Jonesは、その両方を過度に dramatize せず、静かなバランスで描く。だからこそ本作は、単なるBGM的なホリデー作品ではなく、聴き手の生活や記憶に寄り添うアルバムになっている。
音楽的には、彼女の最大の強みである「声の近さ」が効果的に使われている。Norah Jonesのヴォーカルは、強い高揚を作るよりも、低く柔らかく、言葉をそっと置くように響く。そのため、クリスマス・ソングにありがちな過剰な甘さや劇的な演出が抑えられ、自然な温かさが生まれている。ジャズ的な和声、ブルースやカントリーの素朴さ、ソウルの丸みが、クリスマスの楽曲群に落ち着いた深みを与えている。
スタンダード曲の選曲もバランスがよい。「White Christmas」「Blue Christmas」「Winter Wonderland」「Christmas Time Is Here」のような定番を押さえながら、「Run Rudolph Run」でロックンロールの軽快さを加え、「Last Month of the Year」でルーツ・ミュージックやゴスペルの背景に触れる。一方で、「Christmas Calling」「Christmas Glow」「You’re Not Alone」「A Holiday with You」などのオリジナル曲は、既存のクリスマス・ソングに寄り添いながら、現代的な孤独や連帯感を表現している。
特に重要なのは、本作が「静かなクリスマス」の価値を再確認している点である。現代のクリスマスは、商業的な賑わいや視覚的な華やかさによって語られがちだが、Norah Jonesはその中心に、声、記憶、誰かを思う時間を置く。これは、彼女がデビュー以来一貫して提示してきた音楽的姿勢とも重なる。大きな音で主張するのではなく、近くで響くことで聴き手の心に入り込む。その方法が、クリスマスというテーマに非常によく合っている。
日本のリスナーにとって本作は、洋楽クリスマス・アルバムの入門としても聴きやすく、同時にジャズ・ヴォーカルやアメリカン・ルーツ音楽に関心を持つ人にも深く楽しめる作品である。派手なクリスマス・ポップではなく、夜にゆっくり聴ける作品、部屋の空気を穏やかに変える作品として価値がある。Norah Jonesの代表作『Come Away with Me』の落ち着いた雰囲気を好むリスナーであれば、本作の柔らかい音像にも自然に入っていける。
『I Dream of Christmas』は、クリスマス・アルバムとして伝統を尊重しつつ、Norah Jones自身の内省的で温かな音楽性をしっかり刻んだ作品である。祝祭と孤独、明るさと青さ、夢と現実が静かに共存するこのアルバムは、年末の季節性を超えて、穏やかな慰めの音楽として聴くことができる。
おすすめアルバム
1. Norah Jones『Come Away with Me』
Norah Jonesのデビュー作であり、彼女の声、ピアノ、ジャズとフォークの融合を理解するうえで最も重要な作品。『I Dream of Christmas』の親密な空気や、静かな歌唱表現の原点を確認できる。クリスマス色はないが、夜に聴く音楽としての温度感は本作と深く通じている。
2. Vince Guaraldi Trio『A Charlie Brown Christmas』
ジャズ・クリスマス・アルバムの決定的名盤。「Christmas Time Is Here」を含む作品であり、クリスマス音楽における静かな哀愁と温かさを確立した重要作である。Norah Jonesの本作に漂う穏やかなジャズ感覚を理解するうえで欠かせない。
3. Ella Fitzgerald『Ella Wishes You a Swinging Christmas』
ジャズ・ヴォーカルによるクリスマス・アルバムの代表作。スウィング感、明るさ、歌唱技術の高さが際立つ。Norah Jonesの抑制されたアプローチとは異なるが、クリスマス・スタンダードをジャズとして楽しむうえで重要な作品である。
4. Nat King Cole『The Christmas Song』
温かく包み込むような声でクリスマス・スタンダードを歌った名盤。Norah Jonesの本作にも通じる、声の柔らかさと季節感の自然な表現が魅力である。華美な演出よりも、歌そのものの品格を重視するクリスマス・アルバムとして参照したい。
5. She & Him『A Very She & Him Christmas』
Zooey DeschanelとM. Wardによる、レトロで親密なクリスマス・アルバム。小編成の素朴なアレンジと、スタンダード曲への柔らかなアプローチが特徴である。Norah Jonesの『I Dream of Christmas』と同様、派手さよりも部屋の中で鳴るような温かさを大切にした作品である。

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