アルバムレビュー:Happy Now by Gang of Four

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発売日: 2019年4月19日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、エレクトロニック・ロック、ポストパンク、ダンスロック


“幸福”の仮面を剥がす鋭利な最後通牒——Andy Gill最後の警鐘

『Happy Now』は、イギリスのポストパンクレジェンドGang of Fourが2019年に発表した通算11作目のスタジオ・アルバムであり、
同年翌年に急逝した創設メンバーAndy Gillにとっての遺作となる、静かに、しかし深く響く最終章である。

アルバムタイトルの“Happy Now”という言葉は、
どこか嘲笑的で、逆説的に響く。
現代社会が提供する“幸福”の即席感と、自己満足に沈む人々への皮肉として、
このアルバムはビート、ノイズ、リフレインを用いて「いま私たちは本当に幸せなのか?」と問いかける

音楽的には、前作『What Happens Next』で強まったインダストリアルやエレクトロ的要素を継承しながらも、
よりシンプルでストレートなビート構成へと舵を切っており、
1979年の『Entertainment!』以来貫かれてきた“ダンスしながら怒る”という構造が、現代的に再提示されている。


全曲レビュー

1. Toreador

闘牛士を意味するタイトルにふさわしく、攻撃的で鋭いギターリフとドラムが炸裂するオープナー。
現代社会における戦いとその虚無を、隠喩として描いている。

2. Alpha Male

マスキュリニティと権力構造を痛烈に批判するトラック。
“支配する男”の滑稽さと脆弱性を、ギルのギターが冷たく切り裂く。

3. One True Friend

友情というテーマを、信頼と裏切りの両義性から描く。
リズムはタイトだが、どこか空虚さが漂うバラッド風ポストパンク。

4. Ivanka: ‘My Name’s on It’

最も話題を呼んだ楽曲のひとつ。
イヴァンカ・トランプの台詞を引用し、ブランド、権力、ナルシシズムの交差点を鋭く風刺。
“顔だけで支配する者たち”への告発とも取れる。

5. Don’t Ask Me

問いと応答の断絶をテーマにした一曲。
タイトルの通り、「自分に聞くな」という姿勢に、責任転嫁と逃避が暗示される。

6. Change the Locks

感情や記憶の領域への侵入を拒むような、閉鎖的メッセージ。
ギターとベースがパルス的に交差し、冷たくも疾走感がある。

7. I’m a Liar

自己告白的なリリックと、繰り返されるフレーズが印象的。
“自分は嘘つきだ”という認識のもと、誠実さを装う社会への批判が透ける。

8. Paper Thin

“ペラペラな幸福”を暗喩したようなタイトルとサウンド。
軽快なビートの裏で、情感や重みがどこにもない社会の空虚を描く。

9. Lucky

タイトルとは裏腹に、内容は不運や機会損失について。
皮肉たっぷりのヴォーカルと、軽やかなビートの落差が不安を煽る。

10. White Lies

最後を締めくくるのは、“善意に包まれた嘘”の蓄積。
ギルのギターが薄く、しかし鋭く残響し、“終わり”の予感が静かに漂う。


総評

『Happy Now』は、Andy Gillというアーティストが“怒り”と“冷笑”を一歩引いた視点から再構築した、知的で厳しい問いかけのアルバムである。
その怒りは叫ばれるのではなく、むしろ冷静に設計されたリフと無機質な構成の中に封じ込められ
そこからにじむのは激情ではなく、諦観と観察者の視線なのだ。

新ボーカリストJohn “Gaoler” Sterryは、熱量というよりは冷たさを内包した声質で、
この作品の“皮肉な幸福”というテーマにフィットしている。

『Happy Now』とは、決して“幸せな今”を祝福する作品ではない。
むしろ、“それで満足なのか?”という問いを、耳元で静かに、しつこく囁き続けるアルバムなのだ。
そしてそれは、Andy Gillが生涯をかけて伝え続けた最後のメッセージとして、今なお痛切に響いている。


おすすめアルバム

  • Public Image Ltd – What the World Needs Now… (2015)
    同時代の老練なポストパンクの応答。皮肉と不穏さの共演。
  • SavagesAdore Life (2016)
    現代のポストパンクを代表する一作。『Happy Now』の女性的鏡像のような激しさと冷たさ。
  • Depeche Mode – Spirit (2017)
    政治的メッセージとダークなエレクトロサウンドの結合。怒りの再定義という意味で近似。
  • IdlesJoy as an Act of Resistance (2018)
    “喜び”を怒りとともに掲げる現代パンクの旗手。タイトル概念において対比的で興味深い。
  • David BowieBlackstar (2016)
    遺作としての音楽のあり方、死と表現の交差点。ギルの最後の表現と重ねて聴きたい。

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