
発売日:1979年9月25日
ジャンル:ポストパンク、ダンス・パンク、ファンク・ロック、ニューウェイヴ、アート・パンク
概要
Gang of Fourが1979年に発表したデビュー・アルバム『Entertainment!』は、ポストパンクというジャンルを語るうえで避けて通れない決定的作品である。パンクがロックの過剰な技巧や商業主義を破壊した後、その破壊された場所で何を作るのか。『Entertainment!』は、その問いに対する最も鋭い回答の一つだった。単に速く、荒く、怒りをぶつけるのではなく、ロック、ファンク、政治思想、広告批評、恋愛の解体、資本主義社会への疑念を、乾いたギターと硬質なリズムの中へ組み込んだ作品である。
Gang of Fourは、英国リーズで結成されたバンドであり、ジョン・キング、アンディ・ギル、デイヴ・アレン、ヒューゴー・バーナムを中心に活動した。彼らの音楽は、パンクの直接性を受け継ぎながらも、より知的で、より構造的で、より身体的だった。『Entertainment!』において重要なのは、政治的な歌詞が単に音楽の上に乗っているのではなく、音そのものが社会批評として機能している点である。ギターはロック的な快感を与えるための分厚いコードやソロを拒否し、鋭い切断音として鳴る。ベースはメロディをなぞるのではなく、ファンク的なうねりで身体を動かす。ドラムは過剰に装飾されず、乾いたビートで空間を刻む。ヴォーカルは感情を美しく表現するというより、スローガン、疑問、広告文、会話の断片を投げつけるように響く。
アルバム・タイトルの『Entertainment!』も極めて皮肉である。娯楽、楽しみ、消費される商品としての音楽。それらはポップ・ミュージックの基本条件である。しかしGang of Fourは、音楽が娯楽であることを単純に否定しない。むしろ、聴き手を踊らせ、耳を引きつけながら、その娯楽がどのような社会的・経済的構造の中で成立しているのかを問い直す。つまり本作は、娯楽であると同時に、娯楽への批評でもある。聴き手はリズムに身体を反応させながら、その身体が広告、恋愛、労働、商品、国家によってどのように動かされているのかを突きつけられる。
1979年という時代背景も重要である。英国ではパンクの余波が続き、同時にサッチャー政権の登場によって社会の新自由主義的再編が進みつつあった。失業、階級、消費文化、メディア、都市生活の緊張が、音楽の中にも反映されていた。The Clashがストリートの政治とロックンロールの共同体感覚を結びつけたとすれば、Gang of Fourはそれよりもさらに冷たく、分析的だった。彼らは「何に怒るべきか」を叫ぶだけでなく、「自分たちが欲望しているものは誰によって作られたのか」と問う。
本作における最大の特徴は、恋愛の解体である。ロックやポップの歴史において、ラブソングは最も一般的な形式である。しかしGang of Fourは、恋愛を純粋な個人感情として扱わない。恋愛は所有、交換、支配、消費、性別役割、イデオロギーの場として描かれる。「Damaged Goods」や「Contract」では、愛や欲望が商品や契約の言葉と結びつき、恋愛の背後にある社会的な仕組みが暴かれる。これは単なる反ロマン主義ではない。むしろ、ロマンティックな言葉がいかに社会の権力関係を隠すかを示す批評である。
音楽的には、『Entertainment!』はファンクの影響を受けながら、黒人音楽のグルーヴをそのまま模倣するのではなく、非常に乾いた、硬質なポストパンクの形式へ変換している。デイヴ・アレンのベースは太く、反復的で、しばしば曲の主役となる。ヒューゴー・バーナムのドラムはタイトで、無駄が少なく、身体を動かすための基盤を作る。その上でアンディ・ギルのギターが、コードを埋めるのではなく、空白を切り裂く。これにより、ロックの厚みではなく、音と音の間の緊張が生まれる。
後の音楽シーンへの影響は非常に大きい。Red Hot Chili Peppersの初期ファンク・ロック、FugaziやMinutemenの硬質なポストハードコア、Franz FerdinandやBloc Partyのダンス可能なギター・ロック、The RaptureやLCD Soundsystemのダンス・パンク、さらにはポストパンク・リバイバル全体に、Gang of Fourの影響は深く刻まれている。特にギターをメロディやソロではなく、リズムと切断の楽器として使う発想は、多くの後続バンドに受け継がれた。
日本のリスナーにとって『Entertainment!』は、最初は音の薄さや乾きに戸惑うかもしれない。ハードロック的な音圧や、メロディアスな歌を期待すると、非常にそっけなく聴こえる。しかし、そのそっけなさこそが本作の核心である。余計な装飾を削ぎ落とし、身体を動かすリズムと、思考を刺激する言葉だけを残す。『Entertainment!』は、ロックが快楽であることを拒まず、その快楽が作られる構造を暴く、きわめて鋭いアルバムである。
全曲レビュー
1. Ether
オープニング曲「Ether」は、アルバム全体の批評的な姿勢を端的に示す楽曲である。曲は唐突に始まり、鋭いギター、乾いたリズム、切迫したヴォーカルが、聴き手を一気にGang of Fourの世界へ引き込む。タイトルの「Ether」は、空気、媒体、麻酔薬、あるいは見えない伝達空間のような複数の意味を含む。音楽が鳴る場所、情報が流れる場所、社会的な意識が形成される場所を思わせる言葉である。
音楽的には、アンディ・ギルのギターが伝統的なロックのリフとは異なる使われ方をしている。ギターは曲を豊かに埋めるのではなく、短く鋭く鳴り、空間に亀裂を入れる。ベースは低く反復し、ドラムは乾いたビートで緊張を維持する。ここでは、ロックの快感は過剰な音圧ではなく、削ぎ落とされた構造から生まれる。
歌詞では、政治、暴力、抑圧、情報操作のようなテーマが断片的に現れる。Gang of Fourは、明快な物語を語るのではなく、社会の言説を切り取り、聴き手にその不穏さを感じさせる。冒頭曲から、バンドは娯楽としての音楽の中に政治的な緊張を持ち込んでいる。「Ether」は、『Entertainment!』が単なるダンス可能なロックではなく、社会批評として機能するアルバムであることを宣言する曲である。
2. Natural’s Not in It
「Natural’s Not in It」は、Gang of Fourの思想を象徴する重要曲である。タイトルは「自然なものなどそこにはない」という意味に近い。これは、本作全体の核心的な考え方でもある。愛、欲望、性、消費、家庭、自由。社会の中で「自然」とされるものは、本当に自然なのか。それとも、文化、広告、資本主義、権力によって作られたものなのか。この曲は、その問いを鋭く提示する。
音楽的には、非常にタイトで、ダンス可能なグルーヴを持つ。ベースとドラムは反復的で、身体を動かす力がある。しかし、そのグルーヴは滑らかではなく、ギターの鋭いカッティングによって常に中断される。快楽が生まれた瞬間に、その快楽が疑われる。この構造がGang of Fourらしい。
歌詞では、欲望や商品化された身体、余暇、消費社会の仕組みが扱われる。人々は自分の欲望を自然なものだと思っているが、その欲望は広告や市場によって作られている。リゾート、セックス、商品、成功、自由。それらはすべて「自然」なものとして提示されるが、実際には社会的に構成された記号である。
「Natural’s Not in It」は、ポストパンクにおける批評性の最高例の一つである。曲は短く、踊れる。しかし、その中で提示される問いは非常に深い。Gang of Fourはここで、身体を動かすリズムと、欲望を疑う言葉を同時に成立させている。
3. Not Great Men
「Not Great Men」は、歴史や政治を語る際にしばしば中心に置かれる「偉大な人物」という考え方を批判する楽曲である。タイトルは「偉大な男たちではない」という意味であり、歴史は英雄や指導者によって作られるという物語への拒否が込められている。これはGang of Fourの反権威主義的な姿勢をよく示している。
音楽的には、ベースが強く前に出ており、リズムは硬質で反復的である。ギターは短く切り込み、曲に緊張感を与える。ヴォーカルは、歴史的な権威をからかうように、冷たく言葉を投げる。曲全体には、英雄的な高揚とは正反対の乾いた感覚がある。
歌詞では、国家や歴史が「偉人」によって語られることへの疑念が示される。政治の世界では、王、将軍、指導者、革命家といった人物が歴史の中心に置かれがちである。しかし実際には、無数の労働者、民衆、制度、経済構造が歴史を動かしている。Gang of Fourは、偉大な男たちの物語を解体し、歴史の背後にある構造を見ようとする。
「Not Great Men」は、政治的メッセージをストレートに叫ぶ曲ではなく、歴史の語り方そのものを疑う曲である。ポストパンクが単なる反抗ではなく、思想的な批評として機能し得たことを示す重要曲である。
4. Damaged Goods
「Damaged Goods」は、『Entertainment!』の中でも最も有名な楽曲の一つであり、Gang of Fourの恋愛批評が最も鋭く表れた曲である。タイトルは「傷物の商品」を意味する。恋愛の相手や自分自身が、商品価値のあるものとして見られ、損なわれたものとして扱われる。この言葉の選び方だけで、Gang of Fourが恋愛をどのように見ているかが分かる。
音楽的には、非常にファンキーで、ベースラインが曲全体を支配している。デイヴ・アレンのベースは滑らかにうねり、聴き手の身体を動かす。だが、アンディ・ギルのギターはその快楽を切断し、曲に冷たい緊張を与える。リズムは踊れるが、歌詞は恋愛を解体する。この二重性が曲の魅力である。
歌詞では、愛、欲望、別れ、商品化された身体が扱われる。恋愛関係は、純粋な感情ではなく、交換、所有、消費の言葉によって描かれる。相手は「商品」のように評価され、損傷し、価値を失う。これは恋愛を冷酷に見ているようでいて、実際には社会が恋愛をどのような言葉で管理しているかを暴いている。
「Damaged Goods」は、ラブソングの形式を使いながら、ラブソングそのものを批判する曲である。キャッチーで踊れるにもかかわらず、聴き手に恋愛の言語を疑わせる。Gang of Fourの方法論が最も鮮やかに結実した楽曲の一つである。
5. Return the Gift
「Return the Gift」は、贈与、交換、価値、見返りの問題を扱う楽曲である。タイトルは「贈り物を返せ」という意味であり、通常は好意や愛情の象徴とされる贈り物が、ここでは取引や義務のように扱われる。Gang of Fourは、日常的な人間関係の中に経済的な論理が入り込んでいることを繰り返し描いてきたが、この曲もその典型である。
音楽的には、緊張感あるリズムと鋭いギターが中心で、曲は非常にタイトに進む。ベースは反復的で、ドラムは無駄なく刻まれる。ギターは装飾ではなく、関係の不和を示すような切断音として響く。
歌詞では、贈り物が純粋な善意ではなく、関係性を縛るものとして描かれる。贈り物を受け取ることは、相手への負債を負うことでもある。恋愛や友情の中で交わされるものも、実際には無償ではない場合がある。愛情、物、言葉、時間。それらはすべて交換の構造に巻き込まれる。
「Return the Gift」は、資本主義社会の価値観が個人的な関係にまで浸透していることを示す曲である。Gang of Fourは、政治を議会や国家だけに見出すのではなく、贈り物をめぐる小さな関係の中にも見出している。
6. Guns Before Butter
「Guns Before Butter」は、軍事費と生活、国家の優先順位をめぐる政治的な表現をタイトルにした楽曲である。「guns or butter」は経済学や政治の文脈で、軍事支出と民生支出の選択を示す有名な言葉である。Gang of Fourはそれを「バターより銃」という形で提示し、国家が生活よりも暴力装置を優先する構造を批判する。
音楽的には、曲はやや不穏で、リズムには緊張がある。ベースとドラムは冷たく反復し、ギターは鋭く空間を切る。曲全体に軍事的な規律や抑圧を思わせる硬さがあるが、行進曲的な分かりやすさにはならない。むしろ、日常の中に軍事的な論理が浸透しているような不気味さがある。
歌詞では、国家、軍事、生活、消費の優先順位が問われる。市民の生活を支えるべき資源が、軍事力や国家の威信へ向けられる。これは冷戦期の政治状況とも関係しているが、現在においても非常に普遍的な問題である。Gang of Fourは、この大きな政治的テーマを、短く鋭いポストパンクの形式へ圧縮している。
「Guns Before Butter」は、『Entertainment!』の中でも直接的に政治的な曲であり、バンドが恋愛や消費だけでなく、国家の暴力にも批評を向けていたことを示す重要な楽曲である。
7. I Found That Essence Rare
「I Found That Essence Rare」は、本作の中でも比較的ポップな推進力を持つ楽曲である。タイトルは「その希少な本質を見つけた」という意味に読めるが、ここでもGang of Fourらしく、広告的な言葉や価値の誇張が皮肉として響く。希少性、本質、価値といった言葉は、商品を魅力的に見せるためにも使われる。
音楽的には、速めのテンポと鋭いギターが印象的で、アルバムの中でも比較的ストレートなエネルギーを持つ。リズムはタイトで、ギターは切れ味が鋭い。曲は短く、無駄なく進み、ポストパンクの攻撃性とダンス的な身体性がバランスよく結びついている。
歌詞では、メディア、広告、商品、理想化された価値のようなテーマが浮かぶ。人々は「希少な本質」を探しているようで、実際には市場が提示する記号を追っているだけかもしれない。Gang of Fourは、商品や経験に付与される価値がどのように作られるかを疑う。
「I Found That Essence Rare」は、鋭いギター・ロックとしても機能するが、同時に消費社会の言語を風刺する曲でもある。Gang of Fourの楽曲が、聴きやすさと批評性をどのように両立しているかを示す一曲である。
8. Glass
「Glass」は、透明性、脆さ、隔たりを連想させるタイトルを持つ楽曲である。ガラスは向こう側を見ることができるが、直接触れることはできない。透明でありながら、隔てるものでもある。この二重性は、Gang of Fourの歌詞世界と非常に相性がよい。社会の構造は見えているようで、実際には人々の関係を隔てている。
音楽的には、曲はやや冷たく、鋭い緊張を持つ。ベースとドラムはミニマルに反復し、ギターは断片的に鳴る。音の余白が大きく、その余白がガラスのような冷たい空間を作る。ヴォーカルも感情を大きく込めるのではなく、距離を保ったまま言葉を置く。
歌詞では、見ること、隔てられること、透明性の幻想がテーマとして感じられる。現代社会では、メディアや広告によって多くのものが見えるようにされている。しかし、見えることは理解することと同じではない。ガラスの向こうの世界は見えるが、そこには触れられない。「Glass」は、そのような近さと遠さの矛盾を音楽化した曲である。
9. Contract
「Contract」は、恋愛や結婚を契約として描く、Gang of Fourの代表的な批評曲の一つである。タイトルの「契約」は、通常は法的・経済的な関係を示す言葉である。それを親密な関係に適用することで、恋愛や結婚の背後にある制度的・経済的な構造が浮かび上がる。
音楽的には、硬質なリズムと鋭いギターが曲の緊張を作る。ベースはうねりながらも冷静で、ドラムは乾いている。曲は踊れるが、その踊りは祝祭的ではなく、むしろ制度の中で繰り返される動作のように響く。
歌詞では、関係が感情ではなく契約として描かれる。愛すること、結婚すること、共に暮らすこと。それらはロマンティックな言葉で語られるが、実際には社会制度、所有、義務、性別役割、経済的交換に支えられている。Gang of Fourは、このロマンティックな覆いを剥がし、関係の制度的な側面を見せる。
「Contract」は、『Entertainment!』の恋愛批評を最も理論的に示す曲である。ラブソングの甘さを拒否し、愛の中にある契約性を暴く。聴き手にとっては冷たく感じられるかもしれないが、その冷たさこそが本作の鋭さである。
10. At Home He’s a Tourist
「At Home He’s a Tourist」は、Gang of Fourの代表曲の一つであり、消費社会における移動、観光、疎外、自己演出を扱う楽曲である。タイトルは「家にいても彼は観光客だ」という意味で、現代人が自分の生活空間の中でも外部者のように振る舞う感覚を示している。
音楽的には、非常に強いグルーヴを持つ。ベースはファンク的に動き、ドラムはタイトで、ギターは鋭く切り込む。曲はダンス可能でありながら、どこか神経質で落ち着かない。この不安定さが、観光客としての自己の不在感をよく表している。
歌詞では、消費、セックス、観光、都市生活、自己疎外が断片的に描かれる。観光客は場所を消費する存在である。しかし、現代人は自分の家や都市、日常までも観光するように消費している。自分の生活を本当に生きているのではなく、外から眺め、記号として扱う。この視点は非常に現代的である。
「At Home He’s a Tourist」は、ポストパンクが都市生活の疎外感をどのように音楽化したかを示す名曲である。身体は踊っているが、主体はどこか不在である。Gang of Fourの冷たいファンクの魅力が最も強く表れた楽曲の一つである。
11. 5.45
「5.45」は、時間をタイトルにした楽曲であり、日常、メディア、ニュース、暴力の関係を扱う。5時45分という具体的な時刻は、ニュース番組や家庭内の生活リズムを連想させる。夕方の決まった時間に、世界の暴力や政治的出来事が家庭の中へ流れ込む。その異様さが曲の背景にある。
音楽的には、曲は不穏で、アルバム終盤に重い緊張をもたらす。ギターは鋭く、リズムは硬い。曲全体に、日常の時間が突然政治的暴力と接続されるような不安がある。Gang of Fourの音楽は、日常と政治を切り離さない。この曲はその代表例である。
歌詞では、テレビやニュースを通じて暴力が消費される状況が描かれる。遠くの戦争、抑圧、死が、家庭の画面に映し出される。しかしそれは、視聴者にとって現実でありながら、同時に映像として消費されるものでもある。暴力は情報になり、娯楽の一部にもなってしまう。
「5.45」は、『Entertainment!』というアルバム・タイトルの皮肉をさらに強める曲である。ニュースもまた娯楽化される。政治的暴力さえ、家庭の時間割に組み込まれる。Gang of Fourは、その不気味な現実を冷たく描き出している。
12. Anthrax
ラスト曲「Anthrax」は、アルバムを締めくくるにふさわしい異様な楽曲である。タイトルは炭疽菌を意味し、病、感染、危険、見えない暴力のイメージを持つ。曲の構造も通常のロック・ソングとは異なり、ギターのノイズ、反復するリズム、語りと歌が重なり合う実験的な形を取っている。
音楽的には、アンディ・ギルのギターがノイズとして持続し、曲全体に不穏な空気を作る。片方では恋愛についての皮肉な語りがあり、もう片方では歌が進む。この二重構造は、恋愛の表現そのものを解体している。普通のラブソングなら一つの感情へ向かうところを、この曲では言葉と音が分裂している。
歌詞では、愛を病や感染のように扱う視点がある。恋愛は美しいものとしてではなく、人を支配し、混乱させ、思考を麻痺させるものとして描かれる。同時に、ラブソングという形式そのものへの批評も含まれる。なぜポップ・ミュージックはこれほどまでに愛を歌うのか。愛を歌うことは本当に自然なのか。それとも文化産業によって繰り返し作られる形式なのか。
「Anthrax」は、アルバムの最後に、Gang of Fourの最も実験的で批評的な側面を提示する。聴きやすい終幕ではない。しかし、『Entertainment!』という作品が単なるポストパンクの名盤ではなく、ポップ・ミュージックの形式そのものを疑うアルバムであることを、最後に強く印象づける。
総評
『Entertainment!』は、ポストパンクの到達点であると同時に、ロックの根本的な前提を問い直したアルバムである。パンクが「誰でも演奏できる」という形でロックを民主化した後、Gang of Fourはさらに進んで、「なぜそのように演奏するのか」「なぜその言葉を歌うのか」「なぜその欲望を自然だと思うのか」を問うた。本作は、その問いが音楽的にも歌詞的にも極めて高い密度で結晶化した作品である。
最大の特徴は、音の削ぎ落とし方にある。一般的なロックでは、ギターが音の厚みを作り、ヴォーカルが感情を導き、リズム隊がそれを支える。しかしGang of Fourでは、その役割が解体されている。ギターは空間を埋めず、切断する。ベースは伴奏ではなく、身体を動かす中心となる。ドラムは派手なフィルを避け、緊張を刻む。ヴォーカルは感情移入を促すのではなく、言葉の制度性を暴く。この構造そのものが、ロックへの批評になっている。
また、本作は非常に踊れるアルバムでもある。ここが重要である。Gang of Fourは、知的な批評性を持ちながら、音楽を抽象的な思考だけに閉じ込めない。ベースとドラムは明確に身体へ訴える。聴き手はリズムに反応する。しかし、その快楽は常にギターや歌詞によって妨害され、問い返される。踊ることと考えることが同時に起こる。『Entertainment!』は、その稀有なバランスを実現した作品である。
歌詞の面では、恋愛、消費、軍事、歴史、メディア、観光、家庭、契約といったテーマが扱われる。これらは一見ばらばらに見えるが、すべて社会的な関係の中で作られる欲望をめぐっている。「Damaged Goods」や「Contract」では恋愛が商品や制度として描かれ、「Natural’s Not in It」では欲望の自然性が否定され、「At Home He’s a Tourist」では日常生活そのものが消費の対象になる。「5.45」ではニュースが家庭の娯楽に組み込まれ、「Guns Before Butter」では国家が生活より軍事を優先する。つまり本作は、個人の感情から国家の暴力までを、同じ資本主義的・制度的な構造の中で見ている。
『Entertainment!』が後の音楽に与えた影響は計り知れない。1980年代以降のポストパンク、ファンク・ロック、オルタナティヴ・ロック、ポストハードコア、ダンス・パンク、インディー・ロックにおいて、Gang of Fourの影響は繰り返し現れる。特に、ギターをリズムの刃として使う発想、ベースを曲の中心に置く構造、ダンス可能なビートと批評的な歌詞の組み合わせは、多くのバンドに受け継がれた。
Red Hot Chili Peppersは初期にGang of Fourのファンク・ロック的発想から影響を受け、FugaziやMinutemenはその政治性と硬質なアンサンブルを別の形で発展させた。2000年代には、Franz Ferdinand、Bloc Party、The Rapture、LCD Soundsystemなどが、Gang of Four的なダンス可能なポストパンクを新しい時代のインディーへ翻訳した。『Entertainment!』は、1979年の作品でありながら、2000年代以降のギター・ロックにも直接的に接続している。
一方で、本作は聴き手を選ぶ作品でもある。一般的な意味での美しいメロディや、感情を大きく包み込むサウンドは少ない。音は乾いており、歌はしばしば冷たく、ギターは耳に心地よく鳴り続けることを拒む。しかし、その拒否こそが本作の美学である。ロックの快楽を完全に捨てるのではなく、その快楽が成立する条件を疑いながら、なお身体を動かす音楽を作る。これは非常に高度なバランスである。
日本のリスナーにとって『Entertainment!』は、最初は「薄い」「硬い」「冷たい」と感じられる可能性がある。しかし、ベースとドラムの反復に耳を向け、ギターが何をしないかに注目し、歌詞がどのように恋愛や消費の言葉をずらしているかを追うと、このアルバムの構造的な面白さが見えてくる。特に、現代の広告、SNS、自己演出、恋愛の商品化、ニュースの娯楽化を考えると、本作の批評性はまったく古びていない。むしろ、現在のほうがより鋭く響く部分も多い。
『Entertainment!』は、娯楽の名を持ちながら、娯楽の中に潜む権力を暴くアルバムである。ロックを鳴らしながら、ロックを疑う。踊らせながら、踊る身体を分析する。愛を扱いながら、愛の言葉を解体する。政治を歌いながら、スローガンには回収されない。Gang of Fourはこのデビュー作で、ポストパンクが単なる音楽スタイルではなく、世界を見る方法であることを示した。その意味で『Entertainment!』は、1970年代末の英国ロックの名盤であるだけでなく、ポピュラー音楽が批評的思考を持ちうることを証明した、極めて重要な作品である。
おすすめアルバム
1. Gang of Four – Solid Gold(1981年)
『Entertainment!』の鋭さをさらに暗く、硬く、閉塞的な方向へ押し進めたセカンド・アルバム。初作ほどの即効性はないが、リズムの緊張感と社会批評の冷たさがより濃く表れている。Gang of Fourの思想的な徹底を理解するうえで欠かせない作品である。
2. Gang of Four – Songs of the Free(1982年)
よりダンサブルでポップな方向へ進んだアルバム。「I Love a Man in a Uniform」を中心に、軍事主義、男性性、欲望の商品化をファンク・ポップの形で扱っている。『Entertainment!』の批評性が、より明るい80年代的サウンドへ変換される過程を聴くことができる。
3. The Pop Group – Y(1979年)
Gang of Fourと同時代の英国ポストパンクにおける最も過激な作品の一つ。ファンク、ダブ、ノイズ、フリージャズ、政治的な叫びが混ざり合い、ロックの形式を徹底的に解体している。『Entertainment!』よりも混沌としているが、ポストパンクの批評性と実験性を理解するうえで重要である。
4. Wire – 154(1979年)
パンクの簡潔さから出発し、抽象的で冷たいアート・ロックへ進んだ作品。Gang of Fourほどファンク色は強くないが、ロックの構造を解体し、音の余白と緊張を重視する姿勢に共通点がある。ポストパンクの知的で構築的な側面を知るために有効な一枚である。
5. The Rapture – Echoes(2003年)
2000年代ダンス・パンクの重要作。ポストパンク的なギター、ファンク由来のリズム、クラブ・ミュージックの反復を結びつけており、Gang of Fourの影響を現代的に再解釈した作品として聴ける。『Entertainment!』が後のインディー・ダンスへ与えた影響を理解するうえで適している。

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