
1. 歌詞の概要
Green Hondaは、ニュージーランド出身のアーティストBENEEが2023年2月8日に発表したシングルである。
2022年のEP Lychee以降、BENEEが新しいフェーズへ進む合図のようにリリースされた曲で、彼女の持ち味である少しへんてこで、少し毒があり、でもやけにキャッチーなポップ感覚が、より勢いよく前へ出ている。
タイトルのGreen Hondaは、文字通り緑色のホンダ車を指している。
ただし、この車は単なる乗り物ではない。BENEE自身が実際に乗っていた車に由来する。祖母から譲り受けた緑のHonda Integraで、彼女はその車をSteveと呼んでいた。2019年のEP Stella & Steveのジャケットにも登場した車であり、BENEEの初期イメージとも深く結びついた存在である。
この背景を知ると、Green Hondaというタイトルはただの奇抜な語感ではなくなる。
それは、彼女の個人的な歴史の一部であり、移動の記憶であり、自分の居場所を自分で決めるための小さな自由の象徴でもある。
歌詞の内容は、かなりはっきりした別れの歌だ。
ただし、泣き濡れる失恋ソングではない。
むしろ、相手に対してもう言うべきことは言う、という曲である。裏切られたあと、傷ついたあと、いろいろ考えたあとで、ようやく自分の立場がわかる。相手の言い訳も、未練も、ドラマも、もういらない。私は私の車に乗って、ここから出ていく。
そんな種類の開き直りが、この曲にはある。
BENEEはこの曲について、自分がどこにいるのか、何を言うべきなのかをわかっていて、それを怖がらない曲にしたかったと語っている。まさにその通り、Green Hondaは怒りの曲であり、同時に自由の曲である。
相手への苛立ちはある。
でも、そこに沈み込まない。
むしろ、その苛立ちをエンジンに変えて走り出す。
曲全体には、ポップな軽さと、言葉の切れ味が同居している。失恋の苦さを、明るく乱暴なドライブソングへ変えてしまうところに、BENEEらしいセンスがある。
2. 歌詞のバックグラウンド
Green Hondaは、2023年のBENEEにとって最初のソロ・シングルとして発表された。
前作EP Lycheeでは、BENEEはロサンゼルスを舞台にしたファンタジーや、恋愛の不安、個人的な成長を、柔らかくドリーミーなポップとして描いていた。Beach BoyやDoesn’t Matterのような曲では、少し浮遊感のある音像と、内側に沈む感情が印象的だった。
それに対してGreen Hondaは、もっと前へ出る。
ビートは鋭く、シンセは明るく跳ね、歌い方にも強気なニュアンスがある。内向きに悩むというより、窓を開けて大声で言い返すような曲だ。
この曲は、Elvira AnderfjärdとLuka Kloserとの共作として作られている。BENEEは、同世代の女性クリエイターたちとスタジオに入ったことがとても新鮮だったと語っており、説明しなくても感覚が共有できるような制作体験だったという。
その感覚は曲にもよく出ている。
Green Hondaには、細かい感情の説明よりも、直感的な勢いがある。私はこう感じている。もう我慢しない。相手に振り回されるのではなく、自分の言葉で言う。そういう明快さがある。
一方で、タイトルの元になった緑のホンダには、BENEEの個人的な記憶が詰まっている。
彼女にとってその車は、ただの交通手段ではなかった。祖母から受け継いだものであり、若いころの移動や冒険を共にした存在であり、初期のEP Stella & Steveにもつながるキャラクターのようなものだった。
だから、Green Hondaは単なる別れの歌ではなく、BENEE自身の時間を取り戻す歌でもある。
誰かとの関係が終わるとき、人はしばしば自分の輪郭を失う。相手に何をされたか、何を言われたか、どう思われたか。そのことばかりを考えてしまう。
でもGreen Hondaでは、主人公は自分の車に乗る。
それは、自分の手でハンドルを握るということだ。
行き先を決めるのは相手ではない。自分である。
この車のイメージが、曲全体の強い推進力になっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の著作権に配慮し、ここでは短い一節のみを抜粋する。
My green Honda
和訳すると、次のような意味になる。
私の緑のホンダ
この短いフレーズは、曲の中心にあるイメージそのものだ。
Myという言葉が重要である。
ただのgreen Hondaではない。
私のgreen Hondaなのだ。
そこには所有の感覚がある。自分だけの場所、自分だけの移動手段、自分だけの逃げ道。相手に振り回されたあとで、主人公が戻ってくる小さな安全地帯のようにも聞こえる。
車というモチーフは、ポップソングの中で長く使われてきた。
自由。
移動。
逃避。
青春。
恋人とのドライブ。
夜の高速道路。
ひとりで帰る道。
Green Hondaもその系譜にあるが、BENEEらしいのは、それが高級車でも、映画的なスポーツカーでもなく、緑色のホンダであることだ。
少し日常的で、少し変で、ちょっとかわいい。
その等身大の感じが、この曲の魅力になっている。
Green Hondaは、ゴージャスな復讐ソングではない。
高級車で相手を見返す曲でもない。
もっと身近で、もっと個人的で、もっとリアルな脱出の歌である。祖母から譲られた車、自分の歴史が染み込んだ車に乗って、相手のいる場所から離れていく。
それはとても小さな自由かもしれない。
でも、その小さな自由が、ここでは何より強く響く。
歌詞引用元および権利情報は、記事末尾の参考情報に記載する。
4. 歌詞の考察
Green Hondaの歌詞を考えるうえで、まず大切なのは、この曲が失恋の後片づけの曲であるということだ。
別れの直後の混乱ではない。
まだ涙が止まらない瞬間でもない。
相手にひどいことをされたあと、しばらく怒りや傷を抱えて、そのあとでようやく言葉が出てくる。そのタイミングの曲である。
だから、曲には勢いがある。
悲しいけれど、もう泣き崩れてはいない。
怒っているけれど、ただ叫んでいるだけではない。
相手を罵りたいけれど、その言葉の奥には自分を取り戻す感覚がある。
ここがGreen Hondaの気持ちよさだ。
失恋ソングには、相手を忘れられない曲がある。
戻ってきてほしい曲がある。
自分の悪かったところを責める曲もある。
でもGreen Hondaは違う。
この曲は、相手を中心から追い出す曲である。
あなたが何をしたかはわかっている。
あなたに何を言いたいかもわかっている。
でも、もうあなたの物語の中にはいない。
私は自分の車に乗っている。
この切り替えが、曲全体を明るくしている。
サウンド面でも、Green Hondaは非常に効果的だ。
インディーポップ的な軽さ、エレクトロポップの光沢、少しロック寄りの推進力が混ざっている。ビートはドライブ感があり、シンセは曲にカラフルな勢いを与える。BENEEの声は、いつものように少し脱力しているが、ここではかなり挑発的でもある。
その歌い方がいい。
怒りを大げさに演じすぎない。
むしろ、軽く言う。
その軽さが、かえって痛快なのだ。
本当に相手を乗り越え始めたとき、人は必ずしも大声で怒鳴らない。むしろ、ふっと笑えるようになる。相手の言動が、もう自分を壊すほどの力を持っていないと気づく。
Green Hondaの声には、そのふっと笑う感じがある。
もちろん、傷は残っている。
でも、その傷を相手に握らせたままにはしない。
タイトルのGreen Hondaには、個人史とポップな記号性が同時にある。
実在の車であることによって、曲は地に足がつく。具体的なモノがあるから、歌詞が抽象的な感情に流れすぎない。緑色のホンダという妙に鮮やかなイメージがあることで、聴き手はすぐに情景を思い浮かべられる。
夜でもいい。
昼でもいい。
海沿いでも、郊外でも、街中でもいい。
主人公が車に乗り込み、相手の声を後ろに置いて走り出す。
この映像が、曲を聴くたびに浮かぶ。
車はここで、逃げるためのものではあるが、敗北の逃走ではない。
むしろ勝利の退場である。
相手のいる場所に残って言い合いを続けるのではなく、ハンドルを握って自分のスピードで離れる。これがGreen Hondaのかっこよさだ。
また、この曲にはBENEEらしいユーモアもある。
別れの怒りを歌うとき、シリアスになりすぎることは簡単だ。相手を悪者にして、自分の痛みを大きく見せることもできる。
でもBENEEは、どこかコミカルに処理する。
Green Hondaというタイトル自体に、少しおかしみがある。怒りの曲なのに、タイトルが車種のようで、しかも緑色。かっこつけすぎない。この抜け感が、BENEEのポップセンスを支えている。
彼女の音楽には、昔から少し斜めの視線がある。
Supalonelyでは孤独を明るく踊れる曲にした。
Glitterでは不安定な感情を軽い足取りで鳴らした。
Green Hondaでは、失恋後の怒りをドライブのポップソングに変える。
感情は本物だ。
でも、それを過度に重くしない。
その結果、聴き手は自分の怒りや傷を、少し笑いながら扱えるようになる。
これはとても大事なことだ。
傷ついたとき、人は悲しむ権利がある。
同時に、笑い飛ばす権利もある。
Green Hondaは、その後者の力をくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Supalonely by BENEE feat.
BENEEを世界的に広めた代表曲である。孤独や自己嫌悪を扱いながら、サウンドは驚くほど軽く、踊れる。Green Hondaが失恋後の怒りをドライブ感に変える曲だとすれば、Supalonelyは孤独をポップなフックへ変える曲である。BENEEの感情のねじり方を知るうえで欠かせない。
- Beach Boy by BENEE
2022年のEP Lycheeに収録された曲で、Green Hondaよりも柔らかく、幻想的なムードがある。ロサンゼルス的な空気、恋への憧れ、一人でも平気だけれど誰かに触れたいという揺れが漂う。Green Hondaの強気なBENEEとは別の、夢見がちな側面を味わえる。
- Doesn’t Matter by BENEE
BENEEの内省的な面が強く出た曲である。不安やメンタルヘルスへの揺れが歌われ、Green Hondaのような攻撃的な開放感とは違い、もっと内側へ沈む。BENEEがただの軽いポップアーティストではなく、複雑な感情をポップに落とし込む作家であることがわかる一曲だ。
- Green Light by Lorde
ニュージーランド発のポップアーティストによる、失恋後の解放を描いた曲として並べて聴きたい。Green Hondaが車で走り出す曲なら、Green Lightは夜の街で踊りながら前へ進む曲である。未練、怒り、自由への欲求が、鮮やかなポップサウンドの中で爆発する。
- Chaise Longue by Wet Leg
Green Hondaの皮肉っぽいユーモア、脱力した声、少し変なフレーズ感が好きなら、Wet Legも相性がいい。Chaise Longueはナンセンスと挑発が混ざったインディーロックで、真面目にふざける感覚がある。怒りや欲望をかっこつけすぎずポップに鳴らす点で近いものがある。
6. 緑の車に乗って、自分の物語へ帰る曲
Green Hondaは、BENEEの曲の中でもかなり痛快な一曲である。
失恋の曲でありながら、暗く沈み込まない。
むしろ、相手への怒りや失望を燃料にして、車を走らせるような曲だ。
この曲の主人公は、傷ついている。
でも、傷ついたまま止まっていない。
相手に対して言いたいことがある。
もう怖がらずに言う。
そして、自分の車に乗る。
この流れがとても気持ちいい。
Green Hondaという具体的なモチーフがあることで、曲はただの失恋アンセムではなく、BENEE自身の記憶と結びついた個人的な歌になる。祖母から譲られた車、Steveと呼ばれた車、初期EPのアートワークにも登場した車。その車が、ここでは新しい自己主張の象徴になっている。
車は移動する。
止まった感情を動かす。
相手に縛られていた場所から、自分の速度で離れていく。
それは小さなことのようで、とても大きい。
誰かとの関係に傷ついたあと、人が最初に取り戻すべきなのは、壮大な自信ではないのかもしれない。もっと小さなものだ。
自分の声。
自分の足。
自分の部屋。
自分の車。
自分の帰り道。
Green Hondaは、その小さな自分のものを取り戻す歌である。
BENEEのポップセンスは、ここで非常に冴えている。
感情は鋭いのに、音は重くない。
怒っているのに、どこか笑える。
具体的なのに、誰でも自分の別れや怒りを重ねられる。
こういう曲は、聴く人の背中を強く押す。
大丈夫、忘れよう、と優しく慰めるのではない。
むしろ、言いたいこと言って、車に乗って行こうぜ、という感じだ。
その軽さが、時には何より救いになる。
Green Hondaは、失恋の後に泣くための曲ではなく、泣いたあとにエンジンをかけるための曲である。
相手を完全に忘れたわけではない。
傷が消えたわけでもない。
でも、もうその場所に留まる必要はない。
緑のホンダは、ちゃんとそこにある。
ハンドルは自分の手の中にある。
あとは走り出すだけである。
参考情報
- Green Honda – Single|Apple Music
- Green Honda|Spotify
- BENEE|Universal Music Japan Discography
- BENEE returns with cruising new single Green Honda|NME
- BENEE – Green Honda|Stereogum
- BENEE’s chaotic Green Honda music video almost didn’t happen|DMY
- BENEE is pulling up in her Green Honda|Universal Music Canada

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