1. 歌詞の概要
「Green and Grey」は、New Model Armyが1989年に発表したアルバム『Thunder and Consolation』に収録された楽曲であり、彼らの中でも特に繊細で詩的な作品としてファンに愛され続けている。タイトルの「Green and Grey（緑と灰色）」は、田舎と都市、自然と文明、純粋さと現実といった二項対立を象徴している。そしてその対立の間で引き裂かれる若者の苦悩と、彼を見送った語り手の複雑な感情が、深く静かに綴られている。
この楽曲は、友人や兄弟のような存在が都会へと移り住み、理想を失っていく過程を遠くから見つめる立場の語り手の視点で構成されている。そこには、都市が持つ魅力への理解と同時に、そこに飲み込まれていくことへの警鐘、あるいは祈りのようなものが含まれている。
決して怒りに満ちた歌ではない。しかし、その代わりにあるのは、静かな寂しさ、失望、そしてまだ消えていない希望である。それらが、New Model Armyならではの言葉の力と、音楽の揺らぎの中に、美しく織り込まれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録された『Thunder and Consolation』は、バンドにとって音楽的な飛躍を遂げた作品であり、よりフォークやケルト的な要素を取り入れたサウンドが印象的だ。「Green and Grey」もその例に漏れず、アコースティック・ギターとヴァイオリンが主軸となり、あたたかくも物悲しい音像を作り出している。
フロントマンのジャスティン・サリヴァンは、都市と田舎、現実と理想の分断に強い関心を持っていた人物であり、この曲はその問題意識が最も直接的に表現された楽曲のひとつである。特にイングランド北部出身の彼にとって、「グリーン（田園）」と「グレイ（都市）」は単なる色の対比ではなく、人生の選択肢そのものを象徴する言葉であった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
冒頭の印象的な一節：
The time I think most clearly
一番はっきり物事を考えられるのはThe time I drift away
現実から離れていくときIs on the bus ride that meanders
くねくねと進むバスの中でUp these valleys of green and grey
緑と灰色に染まる谷間を通るとき
この導入は、物語の情景と心情を鮮やかに描き出している。「green and grey」という表現は、自然と工業化された風景が混在するイギリスの田園地帯を想起させ、そこに“思索”が生まれる瞬間を美しく描いている。
サビにあたる部分では、次のように歌われる：
So you head for the city
君は街へ向かったAnd you look for the gold
黄金を探しにBut those nights in the bars
でもバーで過ごす夜たちはIn the stories you told
君が話した物語の中にはAre so far removed
まるで別世界のようだったFrom the people who sleep in the rain
雨の中で眠る人々からは
このパートでは、都会の表面的な煌びやかさと、その裏にある貧困や孤独とのギャップが鋭く浮かび上がる。語り手は、都会へ出た友人が語る「成功」や「冒険」が、どこか現実味を欠いていると感じている。そしてその感覚には、怒りではなく、静かな哀しみと戸惑いが込められている。
（出典：Genius Lyrics）
4. 歌詞の考察
「Green and Grey」は、都市と田舎のあいだに横たわる溝を描きながら、その溝が生み出す“人と人との距離”にこそ焦点を当てている。語り手は、田舎に残り、都会へ出た友人に言葉を送る。その言葉には、「裏切られた」という感情と、「それでも理解したい」という優しさが混在しており、人間関係の複雑な機微が丁寧に描かれている。
この曲において特徴的なのは、「君を責めない、でも忘れない」という語りの態度だ。語り手は、田舎を捨て、都市へ向かった者たちを裁こうとはしない。だが、彼らが何を失ったのかを伝えようとする。そこで歌われる「緑と灰色」は、単なる風景の描写ではなく、人生の価値観そのものの対立であり、懐かしさと諦念、そして小さな希望が共存する象徴なのだ。
また、全体の構成が静かで抑制されていることも、この曲の魅力のひとつである。激情に訴えるのではなく、囁くように語りかけるこのアプローチが、かえってリスナーの心に深く浸透していく。何かを失って初めてその存在の大きさに気づく──そのような人生の真理を、この曲は繊細に伝えてくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The River by Bruce Springsteen
若き日の夢と現実とのギャップを描いたバラードで、都市と労働者階級の物語が「Green and Grey」と響き合う。 - Smalltown Boy by Bronski Beat
田舎町を離れ、都会で自分の居場所を探す若者の旅を描いた楽曲。逃避と再生というテーマが共通している。 - This Is the Sea by The Waterboys
精神的な旅と変化、そして人生の受容をテーマとした詩的な名曲。 - Caledonia by Dougie MacLean
故郷とそこでの記憶、遠く離れた土地への旅というテーマをシンプルに美しく描くスコットランドの伝承的名曲。
6. ノスタルジアと選択の詩学：失われたものを抱えて生きる
「Green and Grey」は、現代の生き方に対するひとつの視座を提示している。それは“進歩”や“都会的成功”とは異なる価値観であり、たとえそれが時代遅れと見なされたとしても、人と土地、人と人とのつながりを大切にする生き方への静かな肯定である。
ジャスティン・サリヴァンは、この曲で政治的メッセージを声高に叫ぶのではなく、人間関係のひだの中にある「寂しさ」や「後悔」を通して、より深い問いを私たちに投げかけている。現代社会においてもなお響き続けるこの曲は、“選ばなかった道”への哀しみと、その道に残った者の誇りと後悔、すべてを受け止めるような包容力を持っている。
「Green and Grey」は、ひとつの別れと再会の物語であると同時に、都市化する社会のなかで失われていく“根”のようなものに対する讃歌でもある。静かな言葉とメロディの中に、人生の選択の重さと、それでもなお手放せない風景への愛情が、そっと息づいている。だからこそ、この曲は時代を越えて、静かに、けれど確かに私たちの心を打ち続けるのだ。
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