
発売日:1993年3月22日
ジャンル:Alternative Rock / Post-Punk / Folk Rock / Hard Rock
概要
The Love of Hopeless Causesは、New Model Armyが1993年に発表した6作目のスタジオ・アルバムである。1980年代の彼らは、ポストパンクの緊張感、フォーク由来の旋律、Justin Sullivanの政治的・社会的な歌詞、そしてStuart Morrowや後のNelsonによる特徴的なベースを組み合わせ、英国ロックの中でも独自の位置を築いていた。しかし前作Thunder and ConsolationやImpurityで顕著だったヴァイオリンやフォーク色を、本作では意識的に後退させ、より直接的で硬いギター・ロックへ転じている。
プロデュースを担当したのはNiko Bolas。Neil Young作品などでも知られる彼のもと、サウンドは厚いギター、明確なドラム、簡潔なアレンジを中心に整理された。1993年という時期にはグランジやアメリカのオルタナティヴ・ロックが世界的な基準になりつつあったが、New Model Armyはそれを模倣するのではなく、自分たちの曲から装飾を削ることで同時代の重量感へ接近している。
歌詞では戦争、国家、政治的失望、共同体、世代間の距離、個人的な愛情が扱われる。ただし初期のように政治的立場を鋭いスローガンへ凝縮するより、理想を抱いて行動した人間が、その理想の不完全さまで認める視点が強い。タイトルの「絶望的な大義への愛」は、勝算があるから信じるのではなく、負ける可能性を知りながらも何かへ関与し続ける態度を示す。本作は、New Model Armyが政治的ロック・バンドとしての過去を捨てず、それをより成熟した疑念とハードなバンド・サウンドへ更新した作品である。
全曲レビュー
1. Here Comes the War
アルバムは、戦争がやって来るという直接的なタイトルの曲から始まる。冷戦後の世界が必ずしも平和へ向かわず、民族紛争や新たな戦争が現実化していた時代背景を思わせるが、歌詞は特定の一事件だけに固定されず、人間が繰り返し戦争へ向かう構造そのものを見つめる。
ギターは分厚く、ドラムは行進のような強さを持つ。Sullivanのヴォーカルも説教ではなく、迫ってくる状況を目撃する人物として切迫している。フォーク的装飾を削った本作の方向性を最初から明確にする、非常に強いオープニングである。
2. Fate
「運命」をタイトルに置きながら、それを受動的に受け入れる曲ではない。人間が自分の選択を運命という言葉で説明しようとする心理と、それでも責任から完全には逃れられないという感覚が交差する。
演奏はミッドテンポながら緊張があり、ギターのコードは大きく鳴るが、過度な装飾はない。Sullivanは人生を偶然と必然のどちらかに整理せず、その間で揺れる人物を描く。本作の「確信よりも疑念」という成熟した作詞姿勢がよく出ている。
3. Living in the Rose
薔薇の中で生きるという美しいイメージを持つが、薔薇には棘もある。幸福や理想の内部に痛みが含まれているという二重性が、タイトルそのものに組み込まれている。
サウンドは比較的メロディックで、硬いギター・ロックの中にもNew Model Army特有の叙情性が戻る。Sullivanは理想を完全に否定するのではなく、美しさと苦痛を同時に受け入れる。アルバム・タイトルにも通じる、「価値があるからこそ傷つく」という感覚を持った曲である。
4. White Light
白い光は浄化や救済を思わせる一方、強すぎる光は対象を見えなくする。曲では、何か絶対的な答えや救いへ向かおうとする心理が、その危うさも含めて描かれる。
リズムは力強く、ギターにはハードロック的な厚みがある。Sullivanの声もサビで大きく開き、作品の中では比較的アンセミックだ。ただし、光へ到達すればすべてが解決するという単純な構図にはならず、救済を求めること自体への疑問が残る。
5. Believe It
「信じろ」という命令形を使いながら、盲目的な信念を称賛する曲ではない。New Model Armyは長年、政治や共同体への信頼と失望を歌ってきたが、ここでは信じることが必要である一方、それが自己欺瞞にもなり得るという微妙な立場を取る。
アレンジは直線的で、ギターとドラムが曲を強く前へ運ぶ。言葉の反復にはライブでの集団性を生む力があるが、その高揚の裏に疑念があるため、単純な応援歌にはならない。信念そのものを問い直す本作の中心的な一曲である。
6. Understand U
タイトルの“U”という簡略表記には、少し私的で直接的な響きがある。政治や社会から離れ、他者を理解したいという個人的な関係へ焦点を移す曲である。
相手を理解したいという願いはあるが、完全に分かり合えるという確信はない。ギターは比較的抑えられ、ヴォーカルの言葉が前へ出る。社会的な大義を歌うバンドが、最小単位の「一人の他者を理解すること」の難しさへ降りてくることで、アルバムに重要な人間的な尺度を与えている。
7. My People
“my people”という言葉は共同体への帰属を強く示すが、その共同体が国家、階級、友人、政治的仲間のどれを指すのかは単純ではない。New Model Armyにとって共同体は長年重要な主題だったが、ここでは所属することへの誇りと不信が同時に存在する。
演奏は力強く、コーラスには集団で歌える性格がある。しかし、共同体を理想化するのではなく、人間同士の結束が時に排他性へ変わる可能性まで感じさせる。Sullivanの政治的作詞が、スローガンからより複雑な社会観察へ移ったことが分かる。
8. These Words
「これらの言葉」というタイトル通り、言葉そのものの力と限界を意識した曲。政治的な歌を書き続けてきたSullivan自身が、言葉が現実をどこまで変えられるのかを問い直しているようにも聞こえる。
サウンドは比較的落ち着いており、歌詞へ注意を向けさせる。言葉は人を励ますことも傷つけることもできるが、それだけで現実を変えられるわけではない。それでも言葉を使わずにはいられないという矛盾が、このバンドの存在そのものと重なる。
9. Afternoon Song
タイトルの穏やかさにふさわしく、アルバムの中でも比較的静かな曲。昼下がりという日常的な時間を背景に、大きな政治や歴史から離れた個人的な感情へ視線を向ける。
New Model Armyの魅力は、社会的なテーマだけでなく、風景や時間の感覚を歌うときにも現れる。この曲では、午後の光や静けさが一時的な休息として機能し、アルバム前半の硬い緊張を和らげる。平穏が永続するというより、短い時間だけ訪れるものとして描かれている。
10. Bad Old World
「古き悪しき世界」というタイトルには、過去を美化するノスタルジーへの反発がある。昔の方が良かったという語りに対し、過去にも暴力、差別、抑圧が存在したという冷静な視点を向ける。
曲はエネルギッシュで、ギター・ロックとしての即効性も高い。Sullivanは現在を無条件に肯定するのではなく、過去と現在の両方に問題があることを認める。政治的ロックにありがちな「失われた理想の時代」への回帰を拒む点で、非常にNew Model Armyらしい。
11. Lovesongs
アルバムの最後は、複数形の「ラヴ・ソング」をタイトルにした曲で締めくくられる。政治、戦争、共同体を扱ってきた作品が最後に愛へ戻るが、ここでも甘い恋愛賛歌にはならない。
愛の歌が世の中に溢れていても、それだけで人間関係や社会が救われるわけではない。それでも人が愛について歌い続けることには意味があるという、半ば諦めを含んだ肯定が感じられる。アルバム・タイトルの「hopeless causes」とも響き合い、勝ち目がなくても信じたり愛したりする人間の姿を静かに残して作品を閉じる。
総評
The Love of Hopeless Causesは、New Model Armyが自分たちの過去の成功パターンを意識的に削った作品である。前作までのヴァイオリンやフォーク的な色彩を期待すると、ギターを中心とした本作はかなり硬く、乾いて聞こえる。だが、その変化は単なる時流への適応ではなく、歌詞の内容をより直接的なロック・サウンドへ置き直すためのものだった。
Niko Bolasによるプロダクションでは、楽器の役割が明快である。ギターは装飾よりコードとリフを優先し、ドラムは厚く前へ出る。初期New Model Armyの特徴だったベース主導の緊張感は残っているが、全体としてはバンドそのものの物理的な押し出しが強い。このサウンドによって、1990年代初頭のオルタナティヴ・ロックと自然に並べられる作品になった。
しかし、歌詞の思想は若いオルタナティヴ世代のそれとはかなり異なる。Sullivanはすでに十年以上、政治、反戦、国家、階級、共同体について歌い続けてきた人物であり、本作では「何を信じるべきか」より「信じ続けることにはどんな代償があるのか」へ関心が移っている。これは政治的情熱が失われたという意味ではない。むしろ長く関与したからこそ、理念と現実のずれを無視できなくなったのである。
タイトルのThe Love of Hopeless Causesは、その態度を非常によく表している。成功する可能性が高いから運動に参加するのではなく、敗北するかもしれないと知っていても、その大義に意味があると思えば関与する。恋愛にも同じことが当てはまり、相手を完全に理解できなくても理解しようとし、傷つく可能性があっても愛する。本作では政治と個人の感情が、同じ「不確かなものを信じる行為」として接続されている。
Justin Sullivanのヴォーカルも、その成熟を反映している。若い頃の怒りをそのまま叫ぶより、疲労、疑念、確信が混ざった声で歌う。特に「Here Comes the War」の緊迫感や、「These Words」の自己検証には、プロテスト・シンガーが自分の言葉そのものを疑う深みがある。
弱点としては、フォーク色を削った結果、前作までにあった音色の豊かさが薄れ、ギター中心の楽曲が続くことで均質に感じられる部分がある。また、時代的にハードなオルタナティヴ・ロックへ寄った音像は、New Model Army固有の癖を一時的に弱めてもいる。しかし、その代わりにバンドの曲そのものの強さと、Sullivanの歌詞がむき出しになった。
The Love of Hopeless Causesは、80年代英国ポストパンクの政治的理想主義が、90年代の現実へ入ったとき何を歌えるのかという問いへの一つの回答である。理想を捨てるのでも、若い頃の確信を演じ直すのでもない。疑いながら、それでも関与する。その姿勢を硬質なギター・ロックへ変換したことで、本作はNew Model Armyのキャリアにおける重要な転換点となった。
おすすめアルバム
Impurity by New Model Army
1990年発表の前作。フォーク、ヴァイオリン、ポストパンクを濃密に組み合わせ、社会的な歌詞と壮大なアンサンブルを展開した作品。The Love of Hopeless Causesで何が削られ、どのようにギター中心へ変化したかを比較しやすい。
Thunder and Consolation by New Model Army
1989年発表。フォーク色と政治的ポストパンクを高い完成度で統合した代表作で、「Vagabonds」などを収録する。本作の硬質な90年代型サウンドと比べることで、バンドの音楽語法の幅がよく分かる。
Strange Brotherhood by New Model Army
1998年発表。長い制作期間を経て、フォーク、ロック、電子的な質感を再び混ぜ合わせた作品。The Love of Hopeless Causes以降、バンドが単純なギター・ロックに留まらず再び音響を拡張していく過程を確認できる。
Levelling the Land by The Levellers
1991年発表。英国フォークとパンクの政治性を直接的なロックへ結びつけた作品。New Model Armyとは世代が異なるが、共同体、社会的不満、理想主義をフォーク由来の旋律と強いリズムで表現する点に明確な連続性がある。
Earth and Sun and Moon by Midnight Oil
1993年発表。同年の作品で、政治や環境問題を扱いながら、80年代的ニューウェイヴ色からより有機的で硬いロックへ成熟した一枚。長く社会的テーマを歌ってきたバンドが90年代に自らの政治性をどう更新するかという点で、The Love of Hopeless Causesとよく響き合う。

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