
1. 楽曲の概要
「This Is the Sea」は、The Waterboysが1985年に発表した楽曲である。同名アルバム『This Is the Sea』の最終曲として収録され、作詞・作曲はバンドの中心人物であるMike Scottが手がけている。アルバムはThe Waterboysにとって3作目のスタジオ・アルバムであり、1980年代前半の彼らが追求した壮大なロック・サウンド、いわゆる「Big Music」の到達点として位置づけられる。
The Waterboysは、スコットランド出身のMike Scottを中心に結成されたバンドである。初期のサウンドは、ポストパンク以降の緊張感、フォークやソウルの要素、Van MorrisonやBob Dylanからの影響を含んだ詩的な歌詞、そして大きく広がるバンド・アレンジを特徴としていた。「This Is the Sea」は、その初期スタイルの最終的な表現として聴くことができる。
アルバム『This Is the Sea』には、The Waterboys最大の代表曲のひとつである「The Whole of the Moon」も収録されている。そのため、タイトル曲である「This Is the Sea」はシングル・ヒットとしての知名度では「The Whole of the Moon」に譲る。しかし、アルバム全体の思想を締めくくる曲としては非常に重要である。曲の主題は、過去の閉じた状態から抜け出し、より大きな世界へ進むことにある。
この曲のタイトルは、歌詞の中心的な対比である「river」と「sea」に基づいている。川は流れていく過程、限定された道筋、過去の経験を表す。一方、海は広がり、解放、到達点、あるいは新しい始まりを象徴している。アルバムの最後にこの曲が置かれていることで、『This Is the Sea』は単なる曲集ではなく、ひとつの到達と転換を示す作品としてまとまっている。
2. 歌詞の概要
「This Is the Sea」の歌詞は、過去に縛られた状態から離れ、新しい意識や人生の段階へ進むことを描いている。語り手は、相手に対して過去を振り返りすぎることをやめるよう促す。そこには、個人的な励ましだけでなく、精神的な目覚めや変化を求める強い意志がある。
歌詞では、川と海の対比が繰り返し使われる。川は、これまでの苦しみ、迷い、葛藤の道筋として読める。人は川の中にいる時、自分がどこへ向かっているのかを完全には理解できない。しかし海に出ると、視界は一気に広がる。この曲では、その視界の変化が精神的な解放として表現されている。
語り手の口調は、単なる慰めではない。むしろ、相手を強く目覚めさせようとする呼びかけに近い。過去の痛みを否定するのではなく、それを通過した先に別の段階があると告げる。ここでの「sea」は、安らぎだけを意味するのではない。広大で制御しきれないものでもあり、未知の世界に入ることを含んでいる。
この曲は、失恋や個人の苦悩を直接描く歌ではなく、より大きな変容の歌である。人生のある時期が終わり、別の局面に入る瞬間を扱っている。そのため、宗教的、神秘的、あるいは哲学的な響きを持つが、歌詞は完全な抽象に流れない。川から海へという明快なイメージがあるため、聴き手はその変化を具体的に受け取ることができる。
3. 制作背景・時代背景
『This Is the Sea』は1985年に発表された。The Waterboysの初期3作、『The Waterboys』『A Pagan Place』『This Is the Sea』は、Mike Scottが「Big Music」と呼んだ大きな音像を追求した時期の作品群である。広がりのあるギター、サックス、トランペット、キーボード、力強いドラムが重なり、ロック・バンドでありながら、スピリチュアルな高揚を持つサウンドが作られていた。
Mike Scottは、このアルバムを初期Waterboysサウンドの完成形として語っている。実際、次作『Fisherman’s Blues』では、バンドはアイリッシュ・トラッドやフォーク色を大きく強める方向へ進む。その意味で「This Is the Sea」は、初期の壮大なロック路線の終点であると同時に、次の変化へ向かう前の区切りでもある。
制作面では、Mike Scottのほか、Karl Wallinger、Anthony Thistlethwaiteらが重要な役割を担った。Karl WallingerはのちにWorld Partyを結成する人物であり、この時期のThe Waterboysのサウンドを支えたマルチ・プレイヤーである。Anthony Thistlethwaiteのサックスやマンドリンも、バンドの音に独自の色を与えていた。
1985年のイギリスの音楽シーンでは、ニュー・ウェイヴ以降のサウンド、ポストパンク、シンセ・ポップ、スタジアム志向のロックが並立していた。その中でThe Waterboysは、商業的なシンセ・ポップとは異なる方向から、スケールの大きい音楽を目指していた。彼らの音楽には、U2のような広がりのあるロックと比較される要素もあるが、Mike Scottの歌詞にはより文学的で神秘主義的な傾向が強い。
「This Is the Sea」は、アルバム最後の曲として、作品全体の精神的な結論を担っている。「Don’t Bang the Drum」の劇的な幕開け、「The Whole of the Moon」の理想化された人物像、「Old England」の社会的な視線を経て、最後に置かれるこの曲は、個人と世界の関係をより広い視点から捉える。アルバムのタイトル曲でありながら終曲でもある点は重要で、聴き手はここで作品全体の意味を再確認することになる。
4. 歌詞の抜粋と和訳
That was the river, this is the sea
和訳:
あれは川だった、これは海だ
この一節は、曲の主題を最も端的に示している。過去に経験してきたものを「川」として位置づけ、現在たどり着いた、あるいはこれから入っていく場所を「海」として示している。川は流れの途中であり、海はその先にある大きな広がりである。
この表現は、過去を否定するものではない。川がなければ海にはたどり着かない。つまり、苦しみや迷いは無意味だったのではなく、変化のための過程だったと読むことができる。ただし、曲が強調するのは、過程にとどまり続けないことである。過去を理解したうえで、そこから抜け出すことが求められている。
歌詞の引用は、批評・解説に必要な最小限にとどめている。原詞の権利は権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「This Is the Sea」のサウンドは、初期The Waterboysの特徴である大きな空間性を持っている。バンドの演奏は単に音量が大きいのではなく、各楽器が広い響きを作るように配置されている。ギター、キーボード、管楽器、パーカッションが重なり、曲全体に前進する力と開放感を与えている。
リズムは直線的なロックの推進力を持ちながら、重くなりすぎない。ドラムは曲を前へ押し出す役割を担い、反復されるフレーズが儀式的な感覚を作る。これにより、歌詞の「過去から未来へ進む」という主題が、音の動きとしても表現されている。停滞したバラードではなく、移動する曲であることが重要だ。
Mike Scottのボーカルは、語りかける部分と叫ぶように広がる部分の差が大きい。彼の歌唱は、技術的な滑らかさよりも、言葉を押し出す力に重点がある。歌詞の内容が抽象的になりすぎないのは、この声の身体性によるところが大きい。精神的な変化を歌いながらも、声には現実の切迫感がある。
この曲では、サウンドのスケールと歌詞の比喩が強く結びついている。海という言葉は、広大な空間を連想させるが、アレンジ自体もその広がりを音で作っている。もしこの歌詞が小さなアコースティック・アレンジで歌われていれば、個人的な内省の歌として響いたかもしれない。しかしThe Waterboysの演奏では、個人の変化が世界の広がりと結びつく。
アルバム内での配置も、曲の意味を大きくしている。『This Is the Sea』は、冒頭から大きな音像で聴き手を引き込み、複数の視点から理想、幻滅、社会、精神性を扱っていく。その最後にタイトル曲が置かれることで、アルバム全体がひとつの旅として聴こえる。終曲であるにもかかわらず、曲は閉じるというより開く印象を残す。
「The Whole of the Moon」と比較すると、「This Is the Sea」の性格はより内面的である。「The Whole of the Moon」は、何かを見通す人物への憧れを歌った曲で、メロディも非常に明快だ。一方「This Is the Sea」は、語り手自身、あるいは聴き手自身の変化を促す曲である。前者が他者への視線を中心にしているなら、後者は自分がどこに立っているのかを問い直す曲といえる。
また、次作『Fisherman’s Blues』との関係を考えると、この曲は転換点としてさらに重要になる。The Waterboysはこの後、より土着的なフォーク、アイリッシュ音楽、アコースティックな響きへ向かう。「This Is the Sea」の大きなロック・サウンドは、そこでいったん完結する。歌詞が「海」を到達点として示していることは、バンドのキャリア上の区切りとも重なる。
この曲の魅力は、励ましや解放を歌いながら、単純な楽観にはならない点である。海は広く、可能性に満ちているが、同時に不確かでもある。曲は、未知へ進むことの怖さを完全には消さない。その緊張感があるからこそ、サビの言葉はただの前向きな標語にならず、人生の転換点を表す言葉として響く。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The Whole of the Moon by The Waterboys
同じ『This Is the Sea』に収録された代表曲で、初期The Waterboysの「Big Music」を最も広く知らしめた楽曲である。「This Is the Sea」が変化と到達を歌うのに対し、この曲は大きな視野を持つ人物への憧れを歌っている。スケールの大きいアレンジと文学的な歌詞を共有している。
- Don’t Bang the Drum by The Waterboys
『This Is the Sea』の冒頭曲であり、アルバムの劇的な始まりを担う曲である。タイトル曲が終点なら、この曲は出発点にあたる。管楽器とロック・バンドの迫力が重なり、アルバム全体の大きな音像を理解するうえで重要である。
- Fisherman’s Blues by The Waterboys
次作『Fisherman’s Blues』の中心曲であり、バンドがフォークやアイリッシュ音楽へ大きく方向転換したことを示す楽曲である。「This Is the Sea」で初期ロック路線が完結した後、Mike Scottがどのような音楽的海へ進んだのかを聴くことができる。
- Where the Streets Have No Name by U2
1980年代のロックにおける広がりのあるサウンドと、精神的な解放感を持つ曲である。The Waterboysとは歌詞の質感や宗教性の扱いが異なるが、大きな空間を作るギターと高揚感という点で近い聴き方ができる。
- Astral Weeks by Van Morrison
Mike Scottに大きな影響を与えたとされるVan Morrisonの代表的な楽曲である。ロック、フォーク、ジャズ、魂の解放を結びつける感覚は、The Waterboysの詩的な側面を理解するうえで重要である。「This Is the Sea」の精神的な広がりを、より源流に近い形で感じられる。
7. まとめ
「This Is the Sea」は、The Waterboysの初期ロック・サウンドを締めくくる重要曲である。アルバム『This Is the Sea』の最後に置かれ、過去からの脱出、精神的な変化、より大きな世界への到達を歌っている。タイトル曲であり終曲でもあるため、作品全体の意味を受け止める役割を持つ。
歌詞では、川と海の対比が中心に置かれている。川は過去や過程を示し、海は広がりと新しい段階を表す。この比喩は明快だが、単純な楽観ではない。未知へ進む不安を含んだまま、それでも前へ進むことを促している。
サウンド面では、The Waterboysが「Big Music」と呼んだ大きな音像がよく表れている。ギター、キーボード、管楽器、力強いリズムが重なり、歌詞のスケールを音として支えている。次作『Fisherman’s Blues』でバンドがフォーク色を強めることを考えると、「This Is the Sea」はひとつの時代の終わりであり、新しい始まりを示す曲でもある。
参照元
- The Waterboys Official – This Is The Sea
- Discogs – The Waterboys – This Is The Sea
- Pitchfork – The Waterboys: This Is the Sea
- AllMusic – The Waterboys: This Is the Sea
- Super Deluxe Edition – The Waterboys / 1985
- HMV&BOOKS online – ウォーターボーイズ『This Is The Sea』デラックスボックス

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