発売日: 2021年2月5日
ジャンル: ポストパンク、ポストロック、アートロック、エクスペリメンタル
不安と熱狂のモノローグ——現代UKの“語り”を再定義する、混沌と理知のデビュー作
2021年、ロンドン発の7人組バンドBlack Country, New Roadが放ったデビュー・アルバム『For the First Time』は、ポストパンク以後の“語りと演奏”の可能性を極限まで押し広げた異形の傑作である。
バリトンサックスやヴァイオリンを含む変則的な編成、クラウトロック〜ジャズ〜ユダ〜クレズマー音楽までを巻き込んだ自由度の高い演奏、そして何よりフロントマンIsaac Woodによる“激情と諧謔”が共存する語り口が、リスナーを一気に異世界へと連れ込む。
本作に漂うのは、20代特有の脆さ、アイデンティティの揺らぎ、インターネット文化へのシニカルな視線、そして文学的ナルシシズム。
それらが演劇的な構成で語られ、ポストロック的なビルドアップとともにカタルシスを迎えるという手法は、Godspeed You! Black EmperorやSlint以降の“語り系音楽”の正統進化形とも言える。
それでいて、彼らはただの模倣ではなく、“2020年代的オタク気質と自意識過剰”をここまで見事に音楽化したという点で唯一無二なのだ。
全曲レビュー
1. Instrumental
Klezmerや中東音楽を思わせる哀愁と熱狂が入り混じる、歌のないオープニング・ナンバー。
狂騒的なブラスと変拍子のリズムが、アルバム全体の緊張と期待を見事に演出している。
まるでサーカスが崩壊する瞬間を見ているかのような、不穏で魅力的な導入。
2. Athens, France
Isaacのモノローグ的ヴォーカルが本格的に登場する初の楽曲。
詩的で自虐的なリリックは、過去の失恋や“男らしさ”の失墜をアイロニカルに綴っており、ギターとサックスが感情の増幅装置として機能する。
ポストパンクの文脈を活かしながら、極めて内面的な世界を展開する名曲。
3. Science Fair
数学的で実験的なリフから始まる緊迫の一曲。
Isaacの“語り”が次第に狂気を帯びていく構成が見事で、まるで一人芝居を聴いているかのよう。
不安と誇大妄想が交錯する現代青年の肖像が、サウンドと共に崩壊していく。
4. Sunglasses
本作のハイライトにして代表曲。
「I’m more than adequate」という名フレーズを筆頭に、自意識過剰とナルシズムの奔流が爆発する13分超の大作。
途中で姿を変えながらビルドアップし続ける構成は、まるで心の解体ショー。
冷笑と苦悩が同居する、2020年代的カタルシス。
5. Track X
前曲までの緊張を緩める、穏やかで抒情的なミッドテンポ。
コーラスの美しさやヴァイオリンの旋律が印象的で、ノスタルジアや後悔を静かに包み込む。
構成の妙が際立つ、アルバム内での“癒やし”の役割を担う楽曲。
6. Opus
ユダヤ音楽的スケールとクラシックのような展開力が融合した、アルバムの最終楽章。
カオティックな音の洪水の中で「前に進むこと」への渇望と痛みが激しく表現される。
まるで演奏そのものが泣いているような、情動のピーク。
総評
『For the First Time』は、“ジャンルを超えた語りの音楽”としての現代的到達点である。
Slintの『Spiderland』、GY!BEの『F♯A♯∞』、そしてMogwaiやTalk Talk以降のポストロック文脈を継承しながら、さらに文学的、演劇的、そして“ポスト・ミーム”な感覚を取り込んだ稀有な作品である。
聴き手は、これは“歌”なのか、“叫び”なのか、“ポエム”なのかと戸惑いながらも、いつしかその語りと演奏の渦に巻き込まれていく。
不安、皮肉、混乱、恍惚。
そのすべてが、このアルバムの“語り”には詰まっている。
そして何より、本作はIsaac Wood在籍時の唯一のスタジオ・アルバムという点でも歴史的価値が高い。
彼の語り口が、もう一度この形で聴けることはない。
だからこそ、この作品は永遠に“最初で最後の語り”なのかもしれない。
おすすめアルバム
- Slint – Spiderland
モノローグ的語りと変拍子による不穏な美。BCNRの直接的ルーツ。 - Godspeed You! Black Emperor – Lift Your Skinny Fists…
構成の壮大さと情緒的カタルシス。『Opus』や『Sunglasses』との親和性が高い。 - black midi – Schlagenheim
ポストパンクと実験精神の爆発。現代UK前衛ギターロックの仲間。 - The World Is a Beautiful Place & I Am No Longer Afraid to Die – Harmlessness
ポストロックと語りの融合。よりエモーショナルな方向性を求める人に。 - Lingua Ignota – Caligula
語りと痛み、激情と音響の極限。BCNRの内面性をさらに突き詰めた先にある音楽。
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