発売日: 2010年5月4日
ジャンル: インディーロック、バロックポップ、エクスペリメンタル・ロック、ドリームポップ
赦しと共鳴の交響——“許すこと”から始まる、BSS流ロックの再定義
2010年、Broken Social Scene(以下BSS)は5作目のアルバム『Forgiveness Rock Record』をリリースした。
3作目『Broken Social Scene』(2005年)以来の本格的な新作となった本作では、
これまでの過剰なまでの音の重ね合わせやノイズの暴走から一歩引き、よりクリアで構築的なサウンドが採用されている。
タイトルの「Forgiveness(赦し)」が象徴する通り、今作のトーンはより静かで寛容、そして開かれている。
それは過去の混沌を経たからこそ到達できる境地であり、
このアルバムはまさに“人間関係”や“都市生活”における疲弊と再生、孤独と再接続の記録”として響く。
プロデューサーにはTortoiseのJohn McEntireを迎え、
その影響はリズムセクションの精緻さ、構成美、そしてミニマルな質感に色濃く現れている。
BSSの“音の群像劇”に、静かな呼吸と余白の美しさが加わった一枚である。
全曲レビュー
1. World Sick
アルバム冒頭にして、10年代のBSSの幕開けを告げる壮大な楽曲。
“世界病”というタイトルの通り、世界に対する倦怠と祈りが同居する。
ダイナミックな展開と繊細なリリックのコントラストが印象的。
2. Chase Scene
Emily Hainesが参加。
シンセとギターの交錯が追跡劇のような緊迫感と心拍数の上昇を描く。
視覚的イメージが喚起される、映画的なトラック。
3. Texico Bitches
ポリティカルで挑発的なタイトルに対し、音はポップで跳ねる。
石油資本主義への皮肉と、都市生活者の軽やかな反抗が響く。
4. Forced to Love
Feistの不在を感じさせない、エネルギッシュなギターと突き抜けるメロディが痛快な一曲。
「愛することを強いられる」その歪みを、キャッチーに描き出す。
5. All to All
Lisa Lobsingerによる浮遊感のあるヴォーカルとミニマルなエレクトロビートが印象的。
BSSにおける“クラブ・サウンド”の美しい応用例。
6. Art House Director
ユーモアと哀愁が混ざった小品。
インディー映画的感性とBSSらしい詩的語り口が心地よく交差する。
7. Highway Slipper Jam
ジャムセッション的な緩さと、ロードムービー的感傷が共存する。
ギターとドラムが語り合う、旅の途中のような音像。
8. Ungrateful Little Father
パーソナルな傷と感情が音に落とし込まれたような異色曲。
父性や責任、そして不完全さについての内省的ポストロック。
9. Meet Me in the Basement
インストゥルメンタルでありながら、怒りと連帯のエネルギーに満ちたライブ定番曲。
ベースとドラムのうねり、ギターの咆哮が言葉を超えて語るプロテスト。
10. Sentimental X’s
Amy Millan、Emily Haines、Leslie FeistというBSSの“3大歌姫”が揃い踏みの奇跡的楽曲。
憂いと甘さ、過去と現在が交差するカナダ・インディーポップの金字塔的瞬間。
11. Sweetest Kill
Feist的なメロウさと暗さを引き継いだ、破滅的なロマンスのバラード。
“いちばん甘い殺意”という表現が、静かな狂気として響く。
12. Romance to the Grave
愛の終わりと記憶の継続。
ポップと諦観、優しさと死の匂いが同居する、BSSらしいエレジー。
13. Water in Hell
“地獄の中の水”——希望か錯覚か。
幽玄なギターと浮遊感のあるミックスが現実逃避的な夢見心地を誘う。
14. Me and My Hand
わずか1分弱のラストトラック。
“手と自分”だけが残された終末的独白のようでもあり、
孤独と赦しをそっと包み込むエピローグ。
総評
『Forgiveness Rock Record』は、Broken Social Sceneという音楽集団が“混沌”から“構築”へと向かう転換点である。
だが、それは洗練されたポップスへの移行ではなく、むしろ内省と関係性の回復を目指す“赦しのプロセス”なのだ。
音数は絞られ、構成は緻密になりながらも、
そこには変わらず、人の不器用さとつながろうとする意志が満ちている。
このアルバムは、叫ばない。
だが、その静かな声が、もっとも遠くまで届くことがあるのだ。
おすすめアルバム
- The National – High Violet
内省と都市感覚が交差する、同時代的親和性の高い作品。 - Feist – Metals
『Sentimental X’s』の延長線上にあるソロ作。情緒の成熟が響く。 - Tortoise – Standards
構築的ポストロックとジャズの融合。McEntireのプロダクション美学に通じる。 - Arcade Fire – The Suburbs
郊外、喪失、希望を巡るポストインディー叙事詩。 - Grizzly Bear – Veckatimest
繊細なアレンジとハーモニーが生む、密やかなロックの美学。
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