1. 歌詞の概要
「Concorde(コンコルド)」は、イギリスのバンド Black Country, New Road(ブラック・カントリー・ニュー・ロード)が2022年にリリースしたセカンドアルバム『Ants From Up There』に収録された楽曲である。タイトルは、かつて超音速旅客機として存在した「コンコルド」を指しているが、これはこの楽曲における象徴的な比喩として用いられており、実在する飛行機というよりも、手の届かない愛、理想、救済のイメージとして機能している。
歌詞は一貫して、切実なまでに「誰かを思い続けることの痛み」と「それでもなお愛を捧げてしまうこと」を描いている。語り手は自らを卑下し、相手との距離をどうしても埋められないと感じながらも、それでも「あなたのためなら自分を犠牲にする」と言い切る。
この自己犠牲的で不器用な愛のかたちは、現代的な恋愛の矛盾や不均衡を冷静に、しかし非常に情緒的に描き出している。
音楽的には、ミニマルなアルペジオから徐々に楽器が重なり、終盤で轟音とともに感情が爆発する構成になっており、まるで内に抑えていた感情が臨界点を超えて噴き出すようなドラマ性を帯びている。静寂から轟音へと至る構造は、楽曲そのものが心の動きそのものであるかのように感じられる。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録された『Ants From Up There』は、Black Country, New Roadにとって転機となるアルバムである。デビュー作『For the first time』では、ポストパンクやクラウトロック的な影響が色濃く出ていたが、本作ではよりオーケストラ的な構成美やメロディ志向の強さ、そしてパーソナルなリリックが前面に押し出されている。
中心人物であったアイザック・ウッド(Isaac Wood)は、アルバム発売直前にバンドを脱退したが、この「Concorde」は彼の歌詞・歌唱が収められた最後の作品群の一つでもある。
アイザックは自身の精神的負荷について語っており、こうしたパーソナルな背景が、彼の詞世界に強く影響しているのは間違いない。
また、「Concorde」という比喩には、「美しく、速く、高価だが、今はもう存在しない」というコンコルドのイメージが重なり、“憧れたが手に入らなかったもの”の象徴として詩的に機能している。恋愛における理想の形や、かつてあったが今は失われた関係性などが、このタイトルに凝縮されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics
Concorde
「コンコルド」
The only thing that’s sticking around
「僕のそばに残ってくれる唯一のもの」
That I care for
「僕が大切にしているのはそれだけ」I was made to love you
「君を愛するために僕は生まれてきたんだ」
Can’t you tell?
「わからないかい?」
I was made to love you
「本当に、心から君を愛してる」
この「I was made to love you(君を愛するために生まれてきた)」というフレーズは、感傷的でありながらどこか滑稽でもある。それは、片思いや自己犠牲の愛にありがちな“自分を物語にしてしまう感情”の極端なかたちを、冷静な語りの中に潜ませている。
And you, like Concorde
「君は、コンコルドのようだ」
Might be too loud for me
「僕には、少し眩しすぎる存在なのかもしれない」
You, like Concorde
「君は、まるでコンコルド」
Might be too proud for me
「僕には誇り高すぎるのかもしれない」
ここでの“loud”や“proud”という表現は、自分とは釣り合わないほどの魅力や力を持った相手へのコンプレックスを示しており、まさに叶わぬ愛の輪郭を浮かび上がらせる比喩となっている。
4. 歌詞の考察
「Concorde」は、恋愛における“奉仕的な愛”の危うさと、それに伴う心の揺らぎを詩的かつ構造的に描いた作品である。
語り手は、あまりにも一方的に愛を捧げている。その姿は健気にも見えるが、裏を返せば自己喪失のようにも見える。「君のために生きる」「君を救うためならなんでもする」といった献身的なセリフが、どこか神話的な悲劇性を帯びて響いてくる。
特筆すべきは、こうした“痛み”が感情過多にならず、むしろ冷静で淡々とした言葉で綴られていることだ。それによって逆に、感情の深さや絶望の深淵が、静かに、しかし確実にこちらに迫ってくる。
また、楽曲構成もこの「抑えられた感情」が徐々に崩壊していく過程を忠実に再現しており、終盤でバンド全体が轟音のように爆発する場面は、まさに語り手の心が臨界点に達した瞬間の音楽的表現といえる。
このように、「Concorde」は詩、構成、音のダイナミクスが有機的に結びついた、極めて完成度の高い楽曲であり、“現代の失われた愛の美学”を描いた名曲として語り継がれていくだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Your Best American Girl by Mitski
自己喪失と理想の相手への憧れを爆発的な感情で描く、女性視点の愛の崩壊。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
冷静な語り口で内面の痛みを描写する現代フォークの名作。Concordeと同じく冷たさと情熱が共存。 - Archie, Marry Me by Alvvays
儚い理想と現実のギャップを、夢見るようなメロディとともに表現したローファイ・ラブソング。 - Death with Dignity by Sufjan Stevens
喪失と対話しながら、静かな美しさの中に深い感情を封じ込めた楽曲。
6. “コンコルド”という夢の残像——失われた理想と現代の愛のかたち
「Concorde」というタイトルが示すように、この曲はすでに失われた夢の飛行についての歌である。
かつて空を最速で飛んだその飛行機は、今はもう存在しない。しかし人は今も、「あんなふうに飛びたい」「あんなふうに愛したい」と願ってしまう。
そしてそれが叶わないと知っていても、誰かのために自分を捧げたいと願ってしまうのが、人間の弱さであり美しさでもある。
「Concorde」はその相反する感情を、静かに、壮大に、そして誠実に鳴らしてみせた。
まるで、空高く消え去った音速の幻影のように。
それでも、耳を澄ませばまだその残響が聴こえるような――そんな楽曲である。
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