
発売日:2022年10月7日
ジャンル:Pop / Electropop / Contemporary R&B
概要
Charlie Puthの3作目のスタジオ・アルバム『Charlie』は、本人が全12曲をプロデュースし、自分の名前をそのままタイトルにした2022年作である。前作『Voicenotes』で強く出ていたファンクやR&Bの生演奏的な感触に対し、本作ではシンセサイザー、加工されたボーカル、短いドラム音、細かく編集した効果音を使い、よりコンパクトな現代ポップへ寄せている。制作過程の一部をTikTokなどで公開し、身近な物音や思いついたフレーズが楽曲へ変わっていく様子を見せたことも、本作を特徴づける要素だった。
歌詞の大部分は別れた相手への未練、嫉妬、後悔、新しい関係への期待を扱う。題材自体はオーソドックスだが、Puthは音楽理論や録音技術の複雑さを表へ出しすぎず、短いフックへ変換している。多重録音した自身の声を楽器のように使う場面も多く、緻密に作られている一方で、曲は3分前後を中心に素早く進む。『Voicenotes』ほど音楽的な振れ幅を見せる作品ではないが、作曲家、歌手、プロデューサーというPuthの三つの側面を一つのポップ・サウンドへまとめようとしたアルバムである。
全曲レビュー
1. 「That’s Hilarious」
笑い声を加工した音から始まり、失恋の痛みを題材にしながら軽快なポップへ変換する。題名の「笑える」という言葉は本当に楽しいという意味ではなく、自分を傷つけた相手が後になって戻ろうとする状況への苦い反応だ。ヴァースでは比較的抑えた声で状況を説明し、サビでは高い音域と厚いコーラスを使って感情を開放する。悲しさをそのままバラードにせず、皮肉と明るいサウンドへ置き換えることでアルバムの基本的な方向を示している。
2. 「Charlie Be Quiet!」
自分自身へ「静かにしろ」と言い聞かせ、恋愛感情を相手に悟られないようにする場面をそのまま曲の構造にした一曲。冒頭ではPuthがささやくように歌い、伴奏も小さいが、感情を抑えられなくなるにつれて突然大きなギターとドラムが入る。音量差が単なる演出ではなく、隠そうとする気持ちと表へ出てしまう気持ちを直接表現している。短い曲ながら、録音とアレンジを歌詞の一部として使うPuthの制作感覚がよく分かる。
3. 「Light Switch」
題名通り、スイッチを操作する音をリズムのアクセントとして取り込み、日用品の音からポップソングを組み立てる発想を分かりやすく示す。ベースは弾むように動き、サビでは短い言葉を反復することで一度聴いただけでも残るフックを作る。歌詞は振り回されると分かっている相手に、それでも簡単に気持ちを動かされてしまう状態を描く。相手が自分を「スイッチ」のように操作できるという比喩と、実際の効果音がきれいにつながっている。
4. 「There’s a First Time for Everything」
新しい相手との出会いによって、過去の恋愛を引きずっていた状態から抜け出していく感覚を軽快に描く。細かな電子音と跳ねるビートを使い、曲全体を重くせずに進めることで、新しい経験へ踏み出す気分を音にも反映している。サビはタイトルの長いフレーズをそのままメロディに乗せる作りで、会話に近い言葉を自然なポップ・フックへ変えている。前半の失恋中心の流れに、初めて明確な出口を作る曲である。
5. 「Smells Like Me」
別れた相手が新しい恋人と一緒にいる状況を想像しながら、自分の痕跡がまだ残っているのではないかと問いかける。香りを記憶の手掛かりにする歌詞は具体的で、未練だけでなく、新しい相手への競争心や自尊心もにじむ。音楽は1980年代のポップを思わせる明るいシンセと力強いドラムを使い、感傷に沈み込まない。Puthの高音もサビで大きく広がり、嫉妬を爽快なポップソングへ変えている。
6. 「Left and Right」
BTSのJung Kookを迎えたデュエットで、元恋人の記憶が頭のあちこちから現れる感覚を音響そのものに置き換えている。ボーカルがステレオの左と右へ移動する部分があり、「left and right」という歌詞をヘッドフォン上の位置として体験できる仕掛けだ。PuthとJung Kookはいずれも柔らかな歌い方を選び、失恋を重苦しくするより、頭から離れない記憶のしつこさを軽いポップとして表現する。短く整理された構成も含め、本作の即効性を代表する曲である。
7. 「Loser」
アコースティック・ギターを前面に置きながら、リズムとコーラスを細かく重ねたポップ・ロック寄りの曲。別れを招いた自分自身を「loser」と呼び、相手を失ってから価値に気づいた後悔を歌っている。ここでは相手を責める「That’s Hilarious」と立場が逆になり、語り手自身の失敗へ視線が向く。自虐的な題名に対してメロディは非常に明るく、後悔を必要以上に重くしないところにもアルバムの一貫したポップ志向が表れている。
8. 「When You’re Sad I’m Sad」
ピアノを中心にしたバラードで、電子音が多い前半から音数を減らし、Puthの歌を近くに聞かせる。別れた後でも相手の感情に引きずられ、相手が悲しめば自分も悲しくなるという、関係を完全には断ち切れない状態が中心だ。高音を派手に見せるより、抑えた声から少しずつ強くしていくことで感情を作る。未練を巧妙な比喩へ隠さず、そのまま言葉にするため、本作でも特に素直なバラードになっている。
9. 「Marks on My Neck」
首に残った痕を、終わった関係が残した記憶の象徴として使う。軽快なビートと滑らかなベースに対して歌詞は身体的で、親密だった時間が消えても痕跡だけは残るという状況を描いている。サビでは同じフレーズを反復し、消えない記憶への執着を音楽的にも強調する。失恋を抽象的な悲しみとして語るのではなく、身体に残った小さな証拠から関係全体を思い出す視点が、この曲をアルバム内で際立たせている。
10. 「Tears on My Piano」
ピアノ弾きのシンガーソングライターというPuth自身のイメージを題名に使いながら、実際の音はバラードに限定されない。鍵盤を中心にしつつビートと厚いコーラスを加え、失恋の悲しみを大きなポップ・サウンドへ変えている。音楽を作っていても特定の相手を忘れられないという内容で、ピアノは感情を癒やす道具であると同時に、その相手を思い出してしまう場所にもなる。アルバム終盤で改めて失恋と音楽制作を直接結びつけた曲だ。
11. 「I Don’t Think That I Like Her」
ギターとドラムを中心にした軽快なポップ・ロックで、新しい恋愛が始まりそうになるたび、過去の経験から身構えてしまう語り手を描く。タイトルだけなら特定の女性への拒絶に見えるが、歌詞が進むにつれて問題は相手よりも、傷つくことを恐れている自分自身にあると分かってくる。明るいサビに対して内容には諦めがあり、そのずれが曲を単純な恋愛批判から遠ざける。後半のアルバムに自己認識の変化を与える一曲である。
12. 「No More Drama」
最後は過去の関係がもたらした混乱から離れ、日常の平穏を取り戻した状態を歌う。失恋を扱ってきたアルバムだが、ここでは新しい恋を大げさに勝利として掲げるのではなく、「ドラマがなくなった」こと自体に安心を見いだしている。Puthのボーカルも晴れやかで、伴奏はポップな推進力を保ちながら過剰なクライマックスを作らない。何度も過去へ戻っていた作品を、忘却ではなく距離を取ることで閉じるエンディングである。
総評
『Charlie』の特徴は、Charlie Puthが持つ高度な音楽知識を、複雑な曲として誇示するのではなく、非常に分かりやすいポップへ圧縮したところにある。「Light Switch」ではスイッチ音、「Left and Right」ではステレオの左右、「Charlie Be Quiet!」では音量差と、曲の題材を録音上の仕掛けへ直接変換する。この方法によって、制作技術を知らない聴き手にもアイデアがすぐ伝わる。プロデューサーとしての技術とポップ作家としての簡潔さが、同じ目的へ向かっている。
一方、前作『Voicenotes』と比べると演奏面の広がりは意識的に抑えられている。前作ではベースを中心としたファンク、R&B、ジャズ的な和音などが強い個性を作っていたが、『Charlie』では短い電子音とボーカルの重ね方が中心になり、各曲もコンパクトになった。そのためアルバム中盤では似た明るさや音の質感が続く部分もある。演奏そのものをじっくり聴かせる作品というより、一曲ごとに一つのアイデアを素早く提示する作品である。
歌詞にも同様の直接性がある。別れた相手への怒りから始まり、嫉妬、自責、未練を行き来した後、最後には関係から距離を取る。物語が完全に一直線で進むわけではないが、「That’s Hilarious」で相手を責めていた人物が「Loser」では自分の失敗を認め、「I Don’t Think That I Like Her」では次の関係に進めない自分を見つめるため、感情の視点は少しずつ変化している。日常会話に近い言葉を多く使うことも、複雑な感情を即座に理解できる形へ変える助けになっている。
『Charlie』はPuthの作品中でも特に、楽曲が作られる「工程」と完成したポップソングが近いアルバムである。制作過程をSNSで見せたことも含め、何気ない音や短いメロディが録音と編集によって曲へ成長する過程そのものが作品の個性になった。その代わり、緻密さの割に音楽が軽く聞こえる瞬間もあり、『Voicenotes』の豊かな演奏を好む場合には物足りなさも残る。それでも、自分の声、身近な音、失恋という限られた材料から12曲を組み立て、プロデューサーとしての発想を誰にでも伝わるフックへ変換した点に、このアルバムの明確な強みがある。
おすすめアルバム
Voicenotes by Charlie Puth
2018年の前作で、ファンクやR&Bの影響とベース演奏を強く押し出している。『Charlie』より生演奏の存在感と和音の複雑さが目立ち、Puthが同じポップ志向を異なる制作方法で実現したことが分かる。
Nine Track Mind by Charlie Puth
2016年のデビュー作。ピアノ・バラードや王道のポップを中心としており、後の作品ほどプロデューサーとしての個性は前面に出ていない。『Charlie』までに音作りの主導権がどう強まったかを比較できる。
Future Nostalgia by Dua Lipa
ディスコやファンクの要素を短く強力な現代ポップへ整理した2020年作。音楽的なルーツは異なるが、細部まで作り込んだプロダクションを難しく聞かせず、即効性のあるフックへ変える点が共通する。
Justice by Justin Bieber
2021年作。シンセを使った現代的なポップとR&Bを土台に、恋愛や親密さを直接的な言葉で歌っている。『Charlie』より客演やプロデューサーの幅は広いが、短いフックを重視した2020年代前半のポップ感覚を比較しやすい。
24K Magic by Bruno Mars
ファンクとR&Bの演奏を高度に作り込みながら、技術を難解さではなく楽しさへ変換した2016年作。『Charlie』とはサウンドが異なるものの、音楽的な知識と演奏力を簡潔なメロディやリズムへ落とし込む姿勢に共通点がある。

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