
1. 楽曲の概要
「Left and Right」は、Charlie PuthがBTSのJung Kookをフィーチャーして2022年6月24日に発表したシングルである。同年10月7日に発売されたPuthの3作目のスタジオアルバム『CHARLIE』にも収録された。作詞・作曲とプロデュースはPuth自身が中心となって担当している。
この曲の最大の特徴は、タイトルの「Left and Right」をサウンドそのものへ反映していることだ。ボーカルや効果音がステレオの左右へ振り分けられ、ヘッドフォンで聴くと音が右耳と左耳を往復する感覚が明確に分かる。
そのため「Left and Right」は、単に失恋について歌うポップソングではない。
「忘れたい相手の記憶が頭のあちこちに残っている」という歌詞の内容を、音像の移動によって具体的に表現している。
Puthは2022年のアルバム制作期に、TikTokなどを通じて制作過程を積極的に公開していた。「Light Switch」でも身近なスイッチ音をリズムの要素へ変換したが、「Left and Right」でも言葉の意味を直接プロダクションへ落とし込む方法が使われている。
Jung Kookの参加も重要である。
当時BTSのメンバーとして世界的な人気を持っていた彼にとって、この曲はソロ名義での本格的な海外コラボレーションの早い例となった。Puthとの声質の相性もよく、二人のボーカルが交互に登場することで、同じ未練を別々の声から聞かせる構造になっている。
商業的にも成功し、アメリカのBillboard Hot 100では最高22位、Billboard Global 200では5位を記録した。英国では41位だったが、世界規模では特にストリーミングで強い反応を得た。
2. 歌詞の概要
「Left and Right」の主人公は、別れた相手を忘れられずにいる。
関係はすでに終わっている。
相手は目の前にはいない。
それでも記憶だけは頭の中に残っている。
この状況を歌詞では非常に直接的に描く。
思い出が頭の左右に存在する。
夜も相手のことを考える。
忘れようとしても、生活の中のさまざまな場所から記憶が戻ってくる。
つまり曲の中心にあるのは、別れそのものより「別れた後に残る記憶」である。
失恋曲では、相手に戻ってきてほしいと訴えることも多い。
「Left and Right」では、その願望よりも、自分の頭から相手を追い出せない状態に焦点が置かれている。
この違いが重要だ。
問題は相手が何をしているかではない。
主人公自身の記憶が止まらないことにある。
そのため歌詞は心理描写として非常に単純だが、サウンドデザインによって立体的になる。
右。
左。
頭の中。
ベッド。
夜。
こうした位置を示す言葉が、音の配置と結びつく。
歌詞とプロダクションが同じアイデアを共有していることが、「Left and Right」の強みである。
3. 制作背景・時代背景
「Left and Right」が作られた『CHARLIE』期は、Charlie Puthの制作方法が大きく可視化された時期だった。
2018年の『Voicenotes』では、「Attention」「How Long」などを通してベースラインやファンク、R&Bを取り入れ、Puth自身のプロデューサーとしての能力が強く評価された。
その後、彼は次のアルバム制作を一度やり直している。
2020年前後には複数のシングルを発表していたが、自分の方向性に納得できず、それらをアルバムへまとめる計画を撤回した。
そこで2021年以降、制作そのものをSNSで公開する方法を始めた。
日常で見つけた音。
短いメロディ。
コード。
ボーカル。
それらを組み合わせ、曲が完成するまでの過程を見せる。
「Light Switch」はその代表例で、電灯スイッチのクリック音から楽曲のリズム的なフックを作った。
「Left and Right」も同じ発想を持つ。
タイトルが「左右」なら、本当に音を左右へ動かす。
非常に単純な発想だが、聴いた瞬間に理解できる。
これがPuthの2022年期のプロダクションの特徴だった。
一方、Jung Kookとの関係には以前から接点があった。
Jung KookはPuthの楽曲をカバーした経験があり、2018年には韓国のMBC Plus X Genie Music AwardsでPuthとBTSが共演している。
その後2022年に正式なコラボレーションとして「Left and Right」が実現した。
Puthは発売前にもJung Kookのボーカルを使った短い動画を公開し、楽曲の存在をSNS上で段階的に明かした。
この宣伝方法も当時らしい。
完成したシングルを突然発表するのではなく、制作過程そのものをコンテンツとして共有する。
『CHARLIE』はそうした時代のポップ制作をアルバムへまとめた作品だった。
4. 歌詞の抜粋と和訳
Memories follow me
和訳:
思い出が僕についてくる
この短い一節に、曲の問題が集約されている。
主人公が思い出を追いかけているのではない。
思い出の方が追ってくる。
つまり自分の意志では制御できない。
失恋後に相手のことを考えないよう努力しても、記憶は音楽、場所、時間、習慣などをきっかけに戻ってくる。
この受動性が「Left and Right」の歌詞では重要である。
主人公は過去に執着したいわけではない。
しかし頭の中に相手が残っている。
だから「左右」という空間的な表現が機能する。
記憶が抽象的な感情ではなく、まるで物理的に頭の周囲へ存在しているものとして描かれる。
歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に限定しており、原詞の権利はCharlie Puthをはじめ各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Left and Right」のサウンドで最も重要なのはステレオパンニングである。
通常のポップミックスでも、ギターやコーラスを左右へ配置することは一般的だ。
しかしこの曲では、左右への移動そのものがフックになっている。
タイトルを歌う部分で声が片側から反対側へ移る。
ヘッドフォンで聴くと、その動きが非常に明確である。
これは単なる効果音ではない。
歌詞の意味を音響で説明している。
主人公の頭の中に記憶が「左にも右にもある」。
その言葉を、本当に左右から聞かせる。
このように、意味とミックスを一体化するのがCharlie Puthのプロデューサーとしての特徴の一つである。
リズム自体は比較的軽い。
「Attention」のような太いベースを前面に出したファンク寄りのグルーヴではない。
キックとスネアは明快だが、過度に重くない。
そのため全体には夏のポップソングに近い軽快さがある。
歌詞は失恋を扱っているのに、音楽は暗くならない。
ここにも典型的なポップの対比がある。
悲しい歌詞。
明るいメロディ。
軽いリズム。
その組み合わせによって、曲は失意へ沈まず、「忘れられない自分を少し困ったように眺める」程度の感情に保たれる。
Charlie Puthのボーカルはかなり乾いている。
大きなリヴァーブに沈めず、耳の近くで歌っているように処理される。
これは左右の効果を明確にするためにも重要である。
残響が大きすぎれば、声の位置が曖昧になる。
そこで音像を比較的タイトに保ち、どこから声が鳴っているかを分かりやすくする。
Jung Kookの声はPuthより柔らかい。
Puthは子音を明確に発音し、リズムへ正確に言葉を置く。
Jung Kookはそれより滑らかにフレーズをつなぎ、R&B的な柔らかさを加える。
二人とも高音域を無理なく使えるため、デュエットとして声の高さは近い。
その一方、声質の違いによって誰が歌っているかはすぐ分かる。
ここがコラボレーションとして効果的である。
大きく対照的な歌手を組み合わせるのではなく、似た音域の二人を少し違う質感で配置する。
その結果、曲全体の統一感を壊さずに変化を作れる。
コーラスのメロディも非常に単純である。
大きな音程跳躍を連続させない。
短いフレーズを反復し、左右の音響効果そのものを覚えさせる。
つまりメロディだけがフックなのではない。
言葉。
声。
パンニング。
三つを一緒に記憶させる。
この設計は短尺動画やストリーミング時代とも相性が良かった。
数秒聴いただけでも特徴が分かるからである。
『CHARLIE』の中では「Light Switch」と比較すると分かりやすい。
「Light Switch」ではタイトルの物体を実際に鳴らし、その音を曲の一部にする。
「Left and Right」ではタイトルが空間方向なので、実際に音を左右へ動かす。
どちらも言葉遊びをプロダクションへ変換している。
この方法は非常にPuthらしい。
音楽理論や録音技術の知識を、難解な形では見せない。
誰でも一度聴けば分かるギミックへ変える。
一方、「That’s Hilarious」と比べると感情の扱い方にも違いがある。
「That’s Hilarious」は裏切りや傷つきについて、より苦い感情を持つ。
「Left and Right」では、未練はあるが相手への激しい怒りはない。
だから音も軽い。
同じ失恋という題材を、曲ごとに異なる感情の温度で作り分けている。
ミュージックビデオではこのユーモアがさらに強調される。
監督はDrew Kirsch。
Puthが恋愛の記憶に悩む患者、Jung Kookがその関連人物として登場し、精神科医を交えたコミカルな設定で展開する。
歌詞にある「頭から離れない」という状態を、文字通り治療対象のように扱う。
映像では深刻な失恋ドラマを作らない。
むしろ、忘れられないこと自体を少し滑稽な状況にする。
このトーンは音楽とも一致している。
曲そのものが、苦しみを大げさな悲劇にはしないからである。
Jung Kookのキャリア上でも重要な曲だった。
BTSのグループ活動と並行しながら個人名義の活動が増えていく中で、「Left and Right」は世界的なポップアーティストとの正式なフィーチャリングとして広く成功した。
翌2023年には「Seven」で本格的なソロデビューを果たし、『GOLDEN』へ進む。
「Left and Right」は、その前段階として英語圏ポップの制作環境にJung Kookの声が自然に適応できることを示した曲でもある。
チャート面でも、Billboard Global 200で5位に初登場し、世界的なストリーミング規模の大きさを示した。
Charlie Puthにとっても、Atlantic Recordsは当時「自身最高のチャート初登場を記録したシングル」としてこの曲を位置づけていた。
つまり音楽的には軽快でシンプルな曲だが、両者のキャリアが交差したタイミングとしては重要な作品だった。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Attention by Charlie Puth
2017年の『Voicenotes』を代表する楽曲。ベースを中心としたファンク寄りのプロダクションと、別れた相手への複雑な感情を組み合わせる。「Left and Right」のPuthらしい細かな音作りを、よりリズム重視で聴ける。
- Light Switch by Charlie Puth
『CHARLIE』収録曲で、「Left and Right」と特に制作思想が近い。タイトルに対応する具体的な音をトラックへ組み込み、日常的なアイデアを即座に理解できるポップフックへ変えている。
- We Don’t Talk Anymore by Charlie Puth feat. Selena Gomez
2016年の『Nine Track Mind』収録曲。別れた後も相手を意識し続ける二人の視点を男女のデュエットで描く。「Left and Right」の未練というテーマを、よりメランコリックな方向から扱った曲である。
- Seven by Jung Kook feat. Latto
2023年のJung Kookの正式なソロデビューシングル。軽快なUKガラージ系のビートと英語のポップメロディを組み合わせ、「Left and Right」で示した国際的なポップボーカリストとしての方向をさらに明確にした。
- Stay by The Kid LAROI & Justin Bieber
Charlie Puthが共同作曲・プロデュースに関わった2021年の大ヒット曲。短いシンセリフ、明快なメロディ、高音域の男性ボーカルを組み合わせ、Puthのポッププロデューサーとしての感覚を別の歌手を通して確認できる。
7. まとめ
「Left and Right」は、Charlie Puthが2022年の『CHARLIE』期に展開した「アイデアをそのまま音へ変える」制作方法を代表する楽曲である。
タイトルは左右を意味する。
そこで実際にボーカルや音をステレオの左右へ移動させる。
非常に分かりやすい発想だが、それが歌詞の内容と正確に結びついている。
主人公が苦しんでいるのは、別れた相手そのものではない。
相手の記憶が頭の中から消えないことである。
どこへ行っても思い出す。
右にも左にも存在する。
その心理状態がパンニングによって物理的に再現される。
サウンドは軽快で、失恋曲としては暗さを抑えている。
重い悲嘆ではなく、「忘れたいのに忘れられない」という困惑を明るいポップへ変換する。
Charlie Puthの乾いた明瞭な声と、Jung Kookの滑らかな歌唱も相性が良い。
二人は似た高音域を持ちながら声質が異なり、同じメロディの世界を壊さずに変化を作る。
またキャリア上の意味も大きい。
Puthにとっては『CHARLIE』の主要シングルの一つとなり、Billboard Global 200で5位を記録。Jung Kookにとっては、2023年の本格的なソロ活動に先立つ重要な国際コラボレーションとなった。
「Left and Right」は複雑な歌ではない。
むしろ構造も歌詞も意図的に単純である。
しかし、言葉の意味、ステレオ配置、ボーカルの組み合わせ、短いフックを一つのアイデアへ集約した完成度が高い。
Charlie Puthが音楽理論や録音技術を、専門的な技巧として見せるのではなく、誰でも瞬時に理解できるポップの仕掛けへ変える。その特徴が最も端的に表れた一曲である。
参照元
- Atlantic Records「Charlie Puth and Jung Kook of BTS Team Up for Left and Right」
- Atlantic Records「Charlie Puth Unveils Third Studio Album CHARLIE」
- Billboard「Charlie Puth & Jung Kook Bring Left and Right Around the World」
- Billboard「Charlie Puth & Jung Kook’s Left and Right」
- Billboard「Left and Right Video Behind the Scenes」
- Official Charts Company「Left and Right – Charlie Puth ft Jung Kook」
- Official Charts Company「Jung Kook」

コメント