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カンタベリー・シーンを知るなら、まず名盤から
カンタベリー・シーンは、1960年代後半から1970年代にかけて英国で形成された音楽的な人脈と作品群を指す呼称である。Soft Machine、Caravan、Matching Mole、Hatfield and the Northなどが代表格で、プログレッシブ・ロック、ジャズ、サイケデリア、ポップを自由に横断する音楽を生み出した。
「シーン」と呼ばれているものの、すべてのバンドが同じ場所で同じ音楽を演奏していたわけではない。重要なのは、The Wilde Flowersなどを起点とするミュージシャン同士のつながりである。Robert Wyatt、Hugh Hopper、Richard Sinclair、Dave Sinclairらが複数のバンドを行き来しながら、独特の音楽的ネットワークを形成していった。
初めて聴く場合は、この複雑な人脈を最初から覚える必要はない。まず代表的なアルバムを聴き、オルガンの音色、ジャズ的な即興、変拍子、親しみやすいメロディなど、それぞれの作品に共通する要素と違いをつかむのがおすすめである。
カンタベリー・シーンとはどんなジャンルか
カンタベリー・シーンの源流として重要なのが、1960年代半ばに英国カンタベリー周辺で活動したThe Wilde Flowersである。ここからSoft MachineやCaravanにつながるミュージシャンが登場し、その後さまざまなバンドへ人脈が広がっていった。
音楽的にはプログレッシブ・ロックの一部として扱われることが多いが、King CrimsonやYesなどとは異なる特徴もある。ジャズからの影響が強く、エレクトリックピアノやオルガンを生かした演奏、長いインストゥルメンタル、複雑なリズムが頻繁に登場する一方、英国ポップらしいメロディやユーモアも共存している。
Soft Machineのようにジャズロックへ大きく接近したバンドもあれば、Caravanのように歌とメロディを重視したバンドもいる。この振れ幅の大きさこそカンタベリー・シーンの魅力である。
カンタベリー・シーンの名盤10選
1. Volume Two by Soft Machine
1969年発表の『Volume Two』は、初期Soft Machineのサイケデリック・ロックと、後のジャズロック志向が交差する重要なアルバムである。
Robert Wyatt、Mike Ratledge、Hugh Hopperを中心とする編成で制作され、短い楽曲や断片的なアイデアが連続する独特の構成を持つ。Ratledgeのオルガン、Hopperのファズ・ベース、Wyattのドラムとヴォーカルが組み合わさり、ロックバンドらしい荒々しさと実験性が共存している。
いきなり純粋なジャズロックへ進むのではなく、サイケデリアからカンタベリー特有の音楽へ変化する過程を知りたい人に適した一枚である。
2. Third by Soft Machine
1970年発表の『Third』は、Soft Machineの代表作であり、カンタベリー・シーンとジャズロックの接点を象徴するアルバムである。
オリジナルLPでは各面をほぼ一曲で使う長大な構成を採用し、Mike Ratledgeのエレクトリック・ピアノとオルガン、Hugh Hopperのベース、Robert Wyattのドラムを軸に、長い即興と緻密なアンサンブルを展開する。
特にWyatt作の「Moon in June」は、ヴォーカルを含む前半から長いインストゥルメンタルへ進む重要曲だ。プログレッシブ・ロックとジャズの境界にあるカンタベリー・サウンドを理解するなら避けて通れない。
3. In the Land of Grey and Pink by Caravan
1971年発表の『In the Land of Grey and Pink』は、Caravanの代表作であり、カンタベリー・シーン初心者にも特におすすめしやすいアルバムである。
Richard Sinclairの柔らかなヴォーカル、Pye Hastingsのソングライティング、Dave Sinclairのオルガンを中心に、英国的なポップ感覚とプログレッシブ・ロックの長尺構成が共存している。「Golf Girl」のような親しみやすい曲がある一方、後半には約20分に及ぶ組曲「Nine Feet Underground」が配置されている。
Soft Machineのジャズ志向が難しく感じられる場合でも、本作ならメロディを入口に楽しみやすい。カンタベリー・シーンの親しみやすい側面を代表する名盤である。
4. Waterloo Lily by Caravan
1972年発表の『Waterloo Lily』は、Caravanが前作のメロディアスなプログレッシブ・ロックから、よりジャズ色の強い方向へ進んだ作品である。
Dave Sinclairに代わってSteve Millerがキーボードを担当し、エレクトリック・ピアノを中心とした演奏が目立つ。タイトル曲や長尺の「The Love in Your Eye」などでは、Caravanらしい歌心を残しながらジャズロック的な展開を取り込んでいる。
『In the Land of Grey and Pink』と続けて聴くと、同じバンドでもカンタベリーのジャズ志向を大きく強めることができたことがわかる。シーン内部の人脈変化が音楽に反映された例としても興味深い。
5. Matching Mole by Matching Mole
1972年発表の『Matching Mole』は、Soft Machineを離れたRobert Wyattが結成したMatching Moleのデビューアルバムである。
Wyattのヴォーカルとドラム、Phil Millerのギター、Dave MacRaeのキーボードなどを中心に、ジャズロックと実験的なロックを組み合わせている。「O Caroline」のような繊細な歌ものから、自由度の高いインストゥルメンタルまで幅広い。
Soft Machineの『Third』以降がジャズへ進んだのに対し、Wyattはより個人的な歌や実験性を残した。本作を聴くと、同じ人脈から複数の方向性が生まれていったことを理解できる。
6. Rock Bottom by Robert Wyatt
1974年発表の『Rock Bottom』は、Robert Wyattのソロ代表作であり、カンタベリー・シーンから生まれた最重要作品のひとつである。
Wyattのヴォーカルとキーボードを中心に、Richard Sinclair、Hugh Hopper、Mike Oldfield、Fred Frithらが参加。ロック、ジャズ、実験音楽の境界を曖昧にしながら、非常に独自性の高い音楽を作り上げている。
Soft Machineのような演奏主体のジャズロックとは異なり、声、キーボード、反復するフレーズ、即興的な演奏がひとつの音響として組み立てられている。一般的なプログレッシブ・ロックのイメージから離れて、カンタベリーの実験性を知りたい人に欠かせない作品である。
7. Hatfield and the North by Hatfield and the North
1974年発表のセルフタイトル作『Hatfield and the North』は、カンタベリー・シーンの人脈が1970年代半ばに到達した高度なアンサンブルを味わえる作品である。
Phil Miller、Richard Sinclair、Dave Stewart、Pip Pyleという編成を中心に、ジャズロック、複雑な変拍子、コーラス、短い楽曲断片などを組み合わせている。演奏は高度だが、難解さだけを追求するのではなく、柔らかなヴォーカルやユーモラスな展開が入るのも特徴だ。
CaravanとMatching Moleの流れを受け継ぎながら、より緻密なジャズロックへ進んだ作品として重要である。
8. The Rotters’ Club by Hatfield and the North
1975年発表の『The Rotters’ Club』は、Hatfield and the Northのセカンドアルバムであり、カンタベリー・シーンを代表する名盤のひとつである。
Dave Stewartのキーボード、Phil Millerのギター、Richard Sinclairのベースとヴォーカル、Pip Pyleのドラムが複雑に絡み合いながら、演奏には独特の軽さがある。「Share It」のような比較的コンパクトな曲と、長大な「Mumps」が同居している点も特徴だ。
技巧的な演奏とメロディ、ユーモアのバランスがよく、カンタベリーらしさを一枚で味わいやすい。Caravanからさらにジャズ寄りの作品へ進みたい初心者にもおすすめできる。
9. Fish Rising by Steve Hillage
1975年発表の『Fish Rising』は、ギタリストSteve Hillageの初ソロアルバムである。HillageはGongのメンバーとしても知られ、カンタベリー周辺の人脈と深く結びついたミュージシャンである。
本作にはGongのメンバーを中心とする演奏陣が参加し、Hillageの流麗なエレクトリックギター、シンセサイザー、複雑なリズムを組み合わせている。カンタベリー的なジャズロックと、Gong周辺のスペース・ロック/サイケデリアが交差するサウンドが特徴だ。
キーボード中心の作品が多いカンタベリー・シーンのなかで、ギターを前面に出した作品を聴きたい場合にも適している。
10. National Health by National Health
1978年発表の『National Health』は、カンタベリー・シーンの主要な流れを1970年代後半へ受け継いだNational Healthのデビューアルバムである。
Dave StewartとAlan Gowenのキーボード、Phil Millerのギターを中心に、複雑な作曲とジャズロック的な即興を融合している。初期Soft MachineやCaravanと比較すると楽曲構造はかなり緻密で、カンタベリー・サウンドの技巧的な側面が前面に出ている。
パンクが登場した時代に、あえて高度なアンサンブルを追求した点も興味深い。Hatfield and the Northまで聴いたあとに進むと、カンタベリーの系譜がどのように継承されたのかがわかりやすい。
初心者におすすめの3枚
初心者に特におすすめしたいのは、Caravan『In the Land of Grey and Pink』、Soft Machine『Third』、Hatfield and the North『The Rotters’ Club』の3枚である。
最初は『In the Land of Grey and Pink』が入りやすい。親しみやすいヴォーカル曲と長尺のプログレッシブな演奏が両方入っており、カンタベリー・シーンのポップな側面と技巧的な側面を一枚で味わえる。
次に『Third』へ進めば、Soft Machineによるジャズロック志向を体験できる。さらに『The Rotters’ Club』を聴けば、70年代半ばに複雑なアンサンブルとメロディがどのように統合されたのかが見えてくる。
この3枚から、歌を重視するならCaravanやRobert Wyatt、即興ならSoft Machine、複雑な演奏ならHatfield and the NorthやNational Healthへ広げると理解しやすい。
関連ジャンルへの広がり
カンタベリー・シーンの複雑な曲構成や長尺の楽曲に惹かれたなら、プログレッシブ・ロックをさらに掘り下げたい。King Crimson、Yes、Genesisなどを聴き比べることで、同時代の英国プログレッシブ・ロックのなかでも、カンタベリー系がジャズや即興を強く取り込んでいたことが見えてくる。
一方、Soft MachineやHatfield and the Northの演奏が気に入った場合は、ジャズロック/フュージョンへ進むとよい。エレクトリック・ピアノ、複雑なリズム、長いインストゥルメンタルという共通点を持ちながら、Miles Davis周辺やWeather Reportなどとは異なる英国独自のアプローチを比較できる。
まとめ
カンタベリー・シーンは、ひとつのサウンドで定義されるジャンルというより、Soft MachineやCaravanを起点として広がったミュージシャンの人脈と、その周辺から生まれた音楽を捉える言葉である。
初心者なら、まずCaravan『In the Land of Grey and Pink』でメロディアスな側面を知り、Soft Machine『Third』でジャズと即興への接近を体験し、Hatfield and the North『The Rotters’ Club』で高度なアンサンブルへ進むと全体像を理解しやすい。
さらにRobert Wyatt『Rock Bottom』では個人的で実験的な音楽、Steve Hillage『Fish Rising』ではサイケデリアやスペース・ロックとの接点、National Healthでは70年代後半の技巧的な発展を確認できる。人脈をたどりながらアルバムを聴いていくことで、カンタベリー・シーンがプログレッシブ・ロックのなかでも特に自由で多様な音楽圏だったことが見えてくるのである。

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