はじめに
Butthole Surfers(バットホール・サーファーズ)は、1980年代から90年代にかけて、アメリカのアンダーグラウンド・ロックシーンで強烈な個性とカオスをまき散らしてきたカルト的バンドである。
バンド名からして常軌を逸しているが、彼らの音楽とパフォーマンスはその名を遥かに凌ぐ異常さと実験性に満ちていた。
サイケデリック、ノイズ、ハードコア、インダストリアル、カントリー……ジャンルの境界などものともせず、観客を不安と笑いの間に突き落とす。
それはまさに、“ロックという概念の反乱”のような存在だった。
バンドの背景と歴史
Butthole Surfersは、1981年にテキサス州サンアントニオでギブビー・ヘインズ(Vo)とポール・リアリー(Gt)によって結成された。
初期にはドラムが2人という特異な編成で知られ、ライブではストロボライト、スローモーション映像、豚の頭などの不気味な演出が行われ、観客を呆然とさせるステージで伝説化していった。
活動初期はインディーレーベルから作品を発表し、ハードコアパンクの文脈で語られることもあったが、実際には彼らはどのジャンルにも属さない異端者だった。
1996年にはメジャーでのヒット曲「Pepper」を放ち、一時的にオルタナ・ロックのメインストリームにも姿を見せたが、基本的にはアンダーグラウンドのアイコンであり続けた。
音楽スタイルと影響
Butthole Surfersの音楽は、端的に言えば“カオスの音楽”である。
不協和音、変拍子、サンプリング、スローダウンしたヴォーカル、突然のテンポチェンジ――あらゆる構造が破壊され、音の断片がコラージュのように並べられる。
しかし、その中にはサーフロック的な軽快さや、サイケデリックな没入感、そしてヒップホップ的なビートの実験すら潜んでいる。
影響を受けた音楽としては、Frank Zappaの風刺精神、Captain Beefheartの前衛性、Pere Ubuの実験性、Black Flagの破壊力などが挙げられる。
だが彼らはその影響をなぞるのではなく、混ぜて歪めて異常化することで、まったく新しい音楽体験を創り出した。
代表曲の解説
Pepper
1996年リリースのアルバム『Electriclarryland』収録。
彼らにとって唯一のメジャーヒットとなったこの曲は、ギブビーによる語り風のラップと、ループするメロディアスなトラックが印象的。
一見ポップな仕上がりながら、不穏で病的なリリックと、どこか醒めた語り口が独特の世界観を作り出している。
90年代オルタナの文脈においても異質な輝きを放つ一曲である。
Who Was in My Room Last Night?
1993年のアルバム『Independent Worm Saloon』収録。
プロデューサーに元Led Zeppelinのジョン・ポール・ジョーンズを迎えた本作は、彼らの中でも比較的“ロックバンドらしい”作品とされるが、その中心にあるこの曲は、やはり狂気のかけらを残している。
暴力的なギター、ギブビーのわめくようなヴォーカル、唐突な転調――視覚的な混乱を誘うMVも含めて、彼らの美学を象徴する楽曲である。
Sweat Loaf
1987年の『Locust Abortion Technician』収録。
Black Sabbath「Sweet Leaf」を歪ませて引用しながら、極端にスローで変則的なリズムと語りを乗せた、実験的かつ不穏な一曲。
「Why do they call it love when they mean pain?(愛と呼ぶけど、それって痛みのことじゃない?)」という冒頭のセリフが、ユーモアと狂気の境界を表している。
アルバムごとの進化
Psychic… Powerless… Another Man’s Sac(1984)
フルアルバムとしてのデビュー作にして、初期のカオティックな世界が炸裂した作品。
ノイズ、変拍子、意味不明なサンプリングが縦横無尽に現れ、聴く者を振り落とすようなサウンドが特徴。
Locust Abortion Technician(1987)
代表作にして、彼らの実験精神が最高潮に達した名盤。
ノイズロック、サイケ、ドゥーム、カントリーが混沌と結合したサウンドは、今なおアンダーグラウンドの指標として語られる。
聴くたびに“音楽とは何か?”を問い直されるような衝撃がある。
Independent Worm Saloon(1993)
ジョン・ポール・ジョーンズのプロデュースにより、比較的“聴きやすさ”が増した作品。
「Who Was in My Room Last Night?」を筆頭に、グランジ以降のロックとしての説得力を持ちながら、なおも不安と異常を内包している。
Electriclarryland(1996)
「Pepper」のヒットを含む、彼らにとってもっとも商業的に成功したアルバム。
トリップホップやヒップホップ的なビート感もありつつ、やはり“普通ではない”。
このアルバムでしか味わえない、“危うさを含んだポップ”が魅力。
影響を受けたアーティストと音楽
Frank Zappa、Captain Beefheart、Throbbing Gristleといった前衛音楽家たちの精神を継承しながらも、Punk/Hardcoreのエネルギーを持ち込み、独自のアナーキーを築き上げた。
また、ビジュアル面ではマルチメディア的な要素や、サブカルチャーへの眼差しも強く、音楽以外の感覚を刺激する要素が豊富だった。
影響を与えたアーティストと音楽
彼らの存在は、90年代のオルタナティヴ/ノイズ/インダストリアル系アーティストに絶大な影響を与えた。
Nine Inch Nails、Mr. Bungle、Melvins、Ween、さらにはBeckのようなポップと奇抜さを両立させたアーティストにも、その系譜は見て取れる。
ライブ・パフォーマンスにおける視覚演出や破壊性は、後のマルチメディア的な音楽表現にも影響を与えた。
オリジナル要素
Butthole Surfersの真骨頂は、“音楽が不安であってもいい”という美学にある。
不快、異常、狂気――それらを隠すことなく全面に出すことで、むしろ人間の無意識や社会の矛盾をあぶり出す。
そして、ギブビー・ヘインズの存在は単なるヴォーカリストを超え、パフォーマー、狂言回し、思想家としての側面を持っていた。
まとめ
Butthole Surfersは、決して大衆向けではなかった。
だが、彼らの音楽には“すべてを壊した先にしか見えない風景”があった。
それは、笑っていいのか怖がるべきなのか分からない、境界のない世界。
そこにこそ、彼らのロックは存在した。
そして今もなお、音楽の常識を疑うすべての者にとって、Butthole Surfersは心強い味方であり続ける。
コメント