Basketball Shoes by Black Country, New Road(2022)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Basketball Shoes」は、UK出身の実験的ロックバンド、Black Country, New Roadのデビューアルバム『Ants From Up There』に収録された、アルバムのラストを飾る約12分の大作である。アルバム全体のテーマ性を集約しながら、ある種の破滅と再生を内包した壮大な物語を描き出しているこの曲は、フロントマンのアイザック・ウッドがバンドを去る直前に書かれたものであり、その切実な情感と不安定な心の揺れが生々しく反映されている。

曲は三つの異なるセクションに分かれており、静謐な導入部から、途中の激しい感情の爆発、そして最後のリリカルなカタルシスへと展開する。テーマとしては、未練、痛み、恋愛の不均衡、自己破壊的な愛といった、非常にパーソナルでエモーショナルな感情が織り込まれている。特に「Basketball Shoes(バスケットボール・シューズ)」というタイトルが比喩的に用いられ、愛情や距離、願望の象徴として機能している点が印象的である。

2. 歌詞のバックグラウンド

Black Country, New Roadは、2018年にロンドンで結成されたバンドで、ポストロック、ジャズ、クラシック、ポストパンクなどを自在にミックスした音楽性が高く評価されてきた。本作『Ants From Up There』は2022年2月にリリースされ、アイザック・ウッド在籍時の最後の作品となった。

「Basketball Shoes」は、バンドの初期ライブから存在していた曲であり、ファンにとっては待望のスタジオ録音版でもある。長らくライヴで披露され続け、曲そのものも年月をかけて成長し、最終的にアルバムの終章として完成した。

特筆すべきは、アイザックのパフォーマンスに宿る詩的な感性と自己探求の姿勢である。この楽曲では彼の言葉が観念的な飛躍と現実のディテールを行き来しながら、聴き手に強烈なイメージを植えつける。それはまるで、ページの裏側に書かれた秘密を読まされるような感覚に近い。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は、印象的なパートの一節である:

英語原文:
“You in a threadbare bedsheet
With your hands tied
I can’t believe that I chose
Basketball shoes for you”

日本語訳:
「擦り切れたベッドシーツの中の君
両手は縛られたまま
どうして僕が
君のためにバスケットボール・シューズを選んだのか、信じられない」

引用元: Genius – Basketball Shoes Lyrics

この短い一節だけでも、愛と罪悪感、滑稽さと痛ましさがない交ぜになった深い感情が表現されている。しかも、この「バスケットボール・シューズ」という語は、単なるモノとしての靴ではなく、感情の象徴として機能している。

4. 歌詞の考察

「Basketball Shoes」は、ある一人の語り手が、自分の思い描く恋愛関係の幻影と現実の断絶の間で揺れ動く様子を描いている。この曲の核には、過去への執着と、それに囚われた自己の脆さがある。語り手は、愛した相手の幸せを願いながらも、その記憶に溺れて抜け出せない。「擦り切れたベッドシーツ」や「両手が縛られている」という表現は、性的な暗喩であると同時に、精神的に縛られている自分自身の状態をも示しているように読める。

また、「バスケットボール・シューズを選んだ」という行為には、相手の望むものに応えられなかった後悔や、的外れな優しさの象徴のようなニュアンスが感じられる。相手を理解したつもりでも、結局それは自分の都合による行為だったのではないかという、語り手の内的な問いかけが透けて見える。

中盤の展開では、演奏が激しさを増し、語り手の感情も制御不能なほどに膨れ上がっていく。その高まりはまさに音楽と言葉がひとつに融合した瞬間であり、まるで心の断層が露出するような、痛烈な表現が連続する。そして最終的に、曲は静かな反復とともに終わりへ向かう。その終幕には、癒しではなく諦念のような感触がある。だがそれこそが、語り手にとっての唯一の救いであるのかもしれない。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Your Best American Girl” by Mitski
     痛みと未練、文化の違いを背景にした個人的な愛の物語を、感情の爆発とともに描き出す点が共通している。

  • “New Slang” by The Shins
     夢と現実、愛と記憶の交錯を内省的に語るこの曲も、感傷的な余韻が「Basketball Shoes」に通じる。

  • “Let Down” by Radiohead
     感情の高まりと静寂、そして虚無感という構造が非常に似ており、ポストロック的な編成を好むリスナーに強く響くだろう。

  • “The Past Is a Grotesque Animal” by of Montreal
     10分を超える長尺の曲で、語り手の内面世界を情熱的かつ不穏に描いている点で重なる。

6. 「別れ」と「断絶」をめぐる、ポストモダンな叙事詩として

「Basketball Shoes」は単なるラブソングではない。それは崩壊しつつある内面の記録であり、自己言及的な愛の寓話でもある。アイザック・ウッドの歌詞は、意味を明確に伝えるのではなく、むしろ感情の断片として漂わせる。彼が歌い終えた後に残るのは、言葉では説明しきれない何か——喪失、痛み、そしてそれでもなお愛そうとした痕跡のようなものである。

また、曲の構成自体が非常に映画的であり、視覚的な情景が浮かぶような音作りにも注目したい。まるで荒廃した映画のラストシーンのように、音と声が交錯しながら幕を閉じるさまは、聴く者の心に深い余韻を残す。

この曲がラストに収められていることは偶然ではなく、『Ants From Up There』という作品そのものが持つひとつの終焉、あるいは通過儀礼を象徴しているようでもある。アイザックがこのアルバムを最後にバンドを去ったという事実は、この曲にさらなる意味を与えている。まるで彼自身の「最後の言葉」のようにも聞こえてくるのだ。

Black Country, New Roadはこの曲をもって一つの章を閉じた。そしてそれは、リスナーにとってもまた、特別な時間との別れを意味するのかもしれない。

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