発売日: 1995年10月16日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック
概要
『All Change』は、元The La’sのギタリスト/作曲家であるジョン・パワー率いるCastが1995年にリリースしたデビュー・アルバムであり、90年代中盤のブリットポップ黄金期における重要作である。
The La’sの解散後に結成されたCastは、より明快で陽性なメロディとギター・ドリヴンなサウンドを志向し、本作ではその志向が最も鮮やかに結実している。プロデュースは名匠ジョン・レッキー(Radiohead『The Bends』、The Stone Roses『The Stone Roses』)が担当し、クリアで伸びやかな音像が全編を包み込む。
1990年代のイギリスではBlurやOasisを中心にギター・ロックの復権が叫ばれていたが、Castはその潮流の中でよりクラシカルな60年代の影響を色濃く受け継いだ存在だった。The BeatlesやThe Byrds、The Whoといった先達からの影響をベースに、リヴァプールらしいメロディ志向とロックの躍動感を掛け合わせたスタイルは、他のブリットポップ勢とは一線を画していた。
本作はUKチャート初登場7位を記録し、50万枚以上のセールスを達成。キャッチーなメロディと瑞々しいバンド・アンサンブルが評価され、Castを一躍人気バンドに押し上げる決定打となった。シングル曲のヒットも追い風となり、バンドはUKツアーを成功させるとともに、同時代の若者たちの支持を得ていく。
全曲レビュー
1. Alright
イントロから陽気なコード進行とシャッフルするドラムが印象的なキックオフ・トラック。
「すべてうまくいくさ」というポジティブなフレーズが何度も繰り返され、まるでアンセムのような高揚感を生む。ブリットポップ的能天気さと、60年代ポップス的な温かみが絶妙に融合している。
2. Promised Land
宗教的な暗喩を散りばめたタイトルだが、内容はもっと地に足の着いた現実逃避の物語。
分厚いギターと中域のリフレインが、希望と諦念の間を揺れるようなニュアンスを表現する。
3. Sandstorm
シングルとしても成功を収めた本曲は、ギターリフが印象的なハードエッジな一曲。
歌詞は内面の葛藤や衝動性を描いており、「砂嵐」は混乱した心象風景の象徴として機能している。
4. Mankind
ややスローテンポでありながら、どこか牧歌的な雰囲気を持つナンバー。
ジョン・パワーのボーカルが柔らかく、歌詞には人類普遍のテーマ——愛、理解、衝突——が織り込まれている。
5. Tell It Like It Is
スウィング感のあるビートが特徴で、ブルースやR&Bの要素を取り入れたアプローチが光る。
直接的で正直な態度を促すリリックは、若者たちへのメッセージソングのようにも受け取れる。
6. Four Walls
閉塞感とそれに抗う感情が描かれた歌詞。
ミッドテンポの展開の中に、情熱的なギターソロが挿入され、聴き手の内面にも静かな火を灯す。
7. Finetime
ポップでキャッチーなメロディが印象的なヒット・シングル。
サビで繰り返される“It’s gonna be a finetime”は、90年代特有の楽天主義の象徴のようでもあり、ブリットポップを代表する軽快な名曲である。
8. Back of My Mind
インナー・ヴォイスとの対話を描いたような曲。
アコースティック・ギター主体のアレンジにより、アルバム全体に変化を与えている。
9. Walkaway
アルバム中もっとも感傷的なバラードで、別れとその余韻が描かれる。
「忘れられないけど、前に進まなくちゃ」という心情が、穏やかなメロディとともに染み入る。
10. Reflections
タイトル通り内省的な内容で、ややサイケデリックなギター処理が施されている。
ジョン・レッキーの手腕が光る、空間性のある音作りが秀逸。
11. History
中盤からの加速感がドラマチックで、ライブ映えする楽曲。
歴史を辿るというより、個人の記憶や経験が物語られているように感じられる。
12. Two of a Kind
ビートルズ的なコーラスとリズムが心地よい。
恋愛関係の対称性とズレを描くリリックが、軽快な音楽の中に皮肉さを滲ませている。
13. Fine Time(Acoustic)
ボーナストラック的な扱いだが、アコースティックならではの優しさと素朴さが新たな魅力を引き出している。

総評
『All Change』は、ブリットポップというムーブメントの中で、キャッチーなメロディと誠実なサウンドを武器にして生まれた誠実な名盤である。
本作においてCastは、明確なメッセージ性や技巧的な構築美よりも、直感的なポップネスとギター・ロックへの純粋な愛情を前面に出している。それが、聴き手に対する押し付けがましさを感じさせず、結果として時代を越える普遍性につながっているのだ。
ジョン・パワーのソングライティングは、The La’s時代からの流れを汲みつつも、より開かれた感覚と楽天性を備えている。ポジティブでエネルギッシュだが、どこかセンチメンタルな余韻も残る——それが『All Change』の魅力なのだろう。
キャリア初期にして最高傑作とも評されるこのアルバムは、Castの出発点でありながら、同時に一つの完成形でもある。ブリットポップのカタルシスを体現した作品として、今もなお愛され続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- The La’s / The La’s
ジョン・パワーの出発点となったバンド。ミニマルかつ鋭利なギター・ポップの原点。 - Ocean Colour Scene / Moseley Shoals
同時期に活躍したバンドの代表作で、ブルース寄りのブリットポップ。 - The Bluetones / Expecting to Fly
メロディ重視のスタイルと柔らかい音像が、Castに通じる要素を持つ。 - Dodgy / Free Peace Sweet
ポップで陽気なムードを持つバンドで、Castと同じく“ポジティブ・ロック”の系譜にある。 -
Paul Weller / Stanley Road
モッズとロックの橋渡しを担った作品。Castのルーツとも重なる60sリバイバル精神が感じられる。
制作の裏側(Behind the Scenes)
プロデューサーに迎えられたジョン・レッキーは、The Stone RosesやRadioheadなど、時代の空気を切り取る名匠として知られていた。彼はCastの持つアナログ的な温かさを最大限に引き出すため、リヴァプール郊外の老舗スタジオで全曲をライブ録音に近い形で仕上げていった。
メンバー間のケミストリーも抜群で、デビュー作とは思えない一体感が音に現れている。特にドラマーのキース・オニールは、スウィング感とパワーを兼ね備えた演奏で楽曲を支え、バンドのポジティブなグルーヴを生み出していた。
ジョン・パワーは本作において、単なるラ・ズの元メンバーという評価から脱却し、真のソングライター/フロントマンとしての地位を確立したのである。
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