
- 発売日: 2012年11月7日
- ジャンル: エレクトロニック、シンセパンク、ウィッチハウス、ダークウェイヴ、インダストリアル、ノイズ・ポップ、エレクトロクラッシュ
概要
Crystal Castlesの『Crystal Castles (III)』は、2012年にリリースされた3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのディスコグラフィの中でも最も暗く、最も政治的で、最も終末的な空気を持つ作品である。2008年のデビュー作『Crystal Castles』では、8ビット的なシンセ・ノイズ、壊れたゲーム機のような電子音、パンク的な衝動、エレクトロクラッシュ以降のダンス感覚が混ざり合い、2000年代後半のインディー・エレクトロニック・シーンに強烈な印象を残した。続く2010年の『Crystal Castles (II)』では、ゴシックなメロディ、ノイズ、ダンス・ビート、ポップ性がより高い完成度で結びつき、Crystal Castlesの名を世界的なインディー・エレクトロニックの文脈へ押し上げた。
それに対して『Crystal Castles (III)』は、前2作にあったカオスや破壊的な遊戯性を残しながらも、より重く、より一貫した暗黒性へ向かっている。サウンドは初期のチップチューン的な鋭さから離れ、ウィッチハウス、インダストリアル、ダークウェイヴ、冷たいシンセ・ポップの要素を強めている。ビートは硬く、シンセは荒く歪み、ヴォーカルはしばしばリバーブや加工によって幽霊のように遠く響く。ダンス・ミュージックとしての身体性は残っているが、ここでのダンスは祝祭ではなく、暴力や監視、抑圧の中で身体が反射的に動いてしまうようなものに近い。
本作の大きな特徴は、アルバム全体に流れる社会的な不安である。Crystal Castlesは明確なメッセージ・ソングを作るタイプのバンドではないが、『III』ではタイトル、音像、ヴォーカルの断片から、権力、宗教、女性の身体、搾取、監視、戦争、貧困、暴力といったテーマが強く浮かび上がる。アルバム・カバーには、紛争や人道危機を想起させる強烈なイメージが用いられており、音楽もまた世界の崩壊や弱者の苦痛を冷たく反射している。過去作が都市の地下クラブや壊れたアーケードのような質感を持っていたとすれば、本作はさらに広い社会的荒廃の中へ踏み込んでいる。
Alice Glassのヴォーカルは、本作において非常に重要である。彼女の声は、過去作では叫び、怒り、ノイズに埋もれるパンク的な身体性として機能することが多かった。しかし『III』では、叫びだけでなく、消えかけた声、祈りのような声、機械の中に閉じ込められた声として響く場面が増えている。彼女の声は、人間の存在を示す最後の痕跡のようであり、同時に電子音の中で押し潰されていく身体の象徴でもある。この声の扱いが、本作の暗い説得力を生んでいる。
Ethan Kathによるプロダクションは、前作までに比べてより統一感がある。曲ごとに多彩な表情を見せるというより、アルバム全体がひとつの暗い音響空間として設計されている。ビートは鈍く重く、シンセは鋭く冷たく、メロディは美しいが救済的ではない。ポップなフックがあっても、それは明るく開けるためではなく、むしろ暗闇の中で反復される呪文のように機能する。『III』は、Crystal Castlesの中でも特に閉じたアルバムであり、聴き手を明るい出口へ連れていくことを拒む。
また、本作はウィッチハウス以降の暗いエレクトロニック・ミュージックとの関係でも重要である。SALEMやWhite Ringなどが提示した、低速で濁ったビート、ゴシックなシンセ、加工された声、オカルト的な雰囲気は、2010年代初頭の一部インディー・シーンで強い存在感を持っていた。Crystal Castlesはその美学を自分たちのシンセパンク的な攻撃性と結びつけ、より鋭く、よりポップで、より暴力的な形に変換している。『III』はその意味で、ウィッチハウスの闇をインディー・エレクトロニックの前線へ接続した作品でもある。
キャリア上の位置づけとして、本作はAlice Glass在籍時代の最後のアルバムであり、結果的にCrystal Castles第一期の終幕として聴かれることになった。その文脈を踏まえると、『III』の暗さや終末感はさらに重く響く。初期の破壊的な楽しさはここでほとんど消え、代わりに残るのは、消耗、痛み、制度への不信、世界の冷たさである。Crystal Castlesというプロジェクトが持っていた暴力的な美しさが、最も陰鬱な形で凝縮されたアルバムである。
日本のリスナーにとって『Crystal Castles (III)』は、明るいエレクトロニック・ポップやクラブ・ミュージックとはまったく異なる作品として聴くべきアルバムである。踊れるリズムはあるが、そこにあるのは幸福な高揚ではなく、圧迫された身体の反応である。メロディは美しいが、その美しさは救済ではなく、廃墟の中に残った光のように冷たい。Crystal Castlesの作品の中でも、特に社会的な不安と音響的な暗さが結びついた重要作である。
全曲レビュー
1. Plague
オープニング曲「Plague」は、『Crystal Castles (III)』の世界観を一気に提示する強烈な楽曲である。タイトルの「Plague」は疫病、災厄、蔓延する破壊を意味し、アルバム全体に漂う終末感を象徴している。過去作のような壊れたゲーム的な刺激ではなく、ここで聴こえるのは、社会全体を覆う病のような音である。
音楽的には、硬く沈むビートと、鋭く歪んだシンセが中心である。曲はクラブ・トラックの構造を持ちながら、快楽よりも不安を生む。Alice Glassのヴォーカルは加工され、遠くから叫ぶように響く。彼女の声は明瞭な言葉としてではなく、災厄の中でかき消される人間の声として機能している。
歌詞の断片からは、腐敗、汚染、抑圧、崩壊のイメージが浮かぶ。疫病は単なる医学的な病ではなく、社会に広がる暴力や支配の比喩としても読める。Crystal Castlesはそれを直接説明せず、音そのものを病のように広げる。シンセの反復は感染のように聴き手へ入り込み、ビートは逃げ場のない圧力として響く。
「Plague」は、本作の入口として完璧である。ここには、暗さ、暴力、終末感、加工された声、冷たいビートという『III』の主要な要素がすべて含まれている。アルバムはこの曲によって、踊るための空間ではなく、災厄の内部へ聴き手を連れ込む。
2. Kerosene
「Kerosene」は、『III』の中でも最も印象的な楽曲のひとつであり、Crystal Castlesの暗いポップ性が見事に結実している。タイトルの「Kerosene」は灯油、燃料を意味し、炎、引火、焼却、破壊のイメージを伴う。曲全体にも、燃え上がる寸前の不穏な緊張がある。
音楽的には、重く一定のビートと、冷たいシンセ・メロディが組み合わさっている。曲は非常にキャッチーだが、そのキャッチーさは明るいポップとは異なる。メロディは美しく、反復されるフレーズは耳に残るが、その美しさは冷たく、危険で、燃料の匂いを含んでいる。クラブで鳴る音楽でありながら、燃え広がる炎を眺めているような不安がある。
Alice Glassのヴォーカルは、ここでは比較的メロディアスに配置されている。しかし、その声は親密な歌声というより、機械の向こうから届く幽霊的な声である。彼女の歌は感情を伝えると同時に、感情が加工され、奪われ、遠ざけられている状態を示す。これがCrystal Castlesの音楽における重要な二重性である。
歌詞のテーマは、自己破壊、抑圧、燃え尽きること、あるいは世界への拒絶と結びついているように響く。灯油は火をつけるための物質であり、破壊の準備そのものを象徴する。曲は爆発するのではなく、燃料が満ちた状態で持続する。その緊張が非常に強い。
「Kerosene」は、『III』の代表曲として、アルバムの美しさと危険性を最も分かりやすく示している。暗いエレクトロニック・ポップとしての完成度が高く、Crystal Castlesの冷酷なメロディ感覚が際立つ楽曲である。
3. Wrath of God
「Wrath of God」は、宗教的なイメージと終末的な恐怖を直接的に示す楽曲である。タイトルは「神の怒り」を意味し、罰、審判、災厄、権力による暴力を連想させる。Crystal Castlesの音楽では、宗教的な言葉が救済ではなく、恐怖や支配の象徴として使われることが多い。この曲もその典型である。
音楽的には、ビートは重く、シンセは暗い波のように押し寄せる。曲全体に儀式的な雰囲気があり、クラブ・ミュージックでありながら、地下の礼拝や終末の儀式のようにも響く。音の反復は祈りではなく、避けられない罰のように感じられる。
Alice Glassの声は、ここではより遠く、埋もれた位置にある。彼女のヴォーカルは、神に祈る声ではなく、神の怒りに晒される側の声のように聴こえる。言葉は明瞭に届かず、音響に飲み込まれていく。この声の扱いによって、曲は人間が巨大な力の前で無力化される感覚を表現している。
「Wrath of God」は、社会的権力と宗教的恐怖を重ね合わせるような曲である。神の怒りとは、実際には人間の制度や暴力が作り出す恐怖かもしれない。Crystal Castlesはその曖昧さを、暗く圧迫感のある電子音として提示している。
4. Affection
「Affection」は、『III』の中でも比較的メロディアスで、ドリーム・ポップ的な美しさを持つ楽曲である。タイトルは「愛情」を意味するが、Crystal Castlesの世界において愛情は決して安全なものではない。ここでの愛情は、依存、傷、距離、失われた温度と結びついている。
音楽的には、浮遊感のあるシンセと、やや抑えられたビートが特徴である。前曲までの攻撃性に比べると、曲は少し柔らかく聴こえる。しかし、その柔らかさは温かさではなく、冷たい霧のような質感である。メロディは切なく、Alice Glassの声は遠くから反響している。
歌詞では、愛情が純粋な救いとしてではなく、歪んだ関係や満たされない欲望として描かれているように響く。Crystal Castlesの音楽における人間関係は、しばしば暴力や消失と隣り合う。愛されることは、支配されることや傷つけられることと分離しにくい。この曲にもその不安がある。
「Affection」は、本作の中で感情的な余白を作る重要曲である。激しいビートで押し切るのではなく、冷たいメロディと幽霊的な声によって、愛情の不確かさを描いている。Crystal Castlesの暗い美しさがよく表れた楽曲である。
5. Pale Flesh
「Pale Flesh」は、身体性を強く感じさせるタイトルを持つ楽曲である。「青白い肉体」という言葉は、死、病、脆弱性、性的な不穏さ、身体の物質性を連想させる。『III』において身体はしばしば自由な主体ではなく、傷つき、管理され、消耗するものとして現れる。この曲はそのテーマを端的に示している。
音楽的には、硬質なビートと冷たいシンセが反復され、曲全体に機械的な圧力がある。人間の身体を示すタイトルに対して、音は非常に無機質である。この対比が重要である。肉体は生々しいが、その肉体は冷たい電子音の中で処理され、匿名化されていく。
Alice Glassのヴォーカルは、ここでも加工され、声の輪郭が曖昧になる。声は身体から発せられているはずだが、電子処理によって身体性を奪われている。タイトルにある「flesh」と、音響上の非身体的な声の対比が、曲の不穏さを強めている。
「Pale Flesh」は、本作の中でも特に肉体と機械の関係を強く感じさせる楽曲である。身体はそこにあるが、温かくはない。むしろ冷たく照らされ、観察され、消費される。その感覚が、Crystal Castlesらしい電子音の暴力性として表れている。
6. Sad Eyes
「Sad Eyes」は、タイトルからして感情の直接性を持つ楽曲である。「悲しい目」という言葉は、視線、傷ついた内面、言葉にできない苦しみを示す。しかしCrystal Castlesは、この感情的なタイトルを、甘いバラードではなく、硬質で冷たいエレクトロニック・トラックとして表現する。
音楽的には、シンセの反復とビートが曲を支配し、全体にダークな推進力がある。メロディは比較的分かりやすく、アルバムの中でもポップな印象を持つが、音の質感は冷たく、荒れている。踊れる構造を持ちながら、そこにある感情は孤独で暗い。
Alice Glassの声は、ここでタイトルの「Sad Eyes」を補強するように、遠く切なく響く。彼女は感情を直接的に語るのではなく、音の中に沈める。悲しみは言葉として説明されるのではなく、声の距離やシンセの冷たさとして伝わる。
この曲の魅力は、ポップ性と暗さのバランスにある。Crystal Castlesは、非常にキャッチーなメロディを作る力を持っているが、それを明るい方向へ解放しない。むしろ、メロディが美しいほど、その背後の悲しみが際立つ。「Sad Eyes」はその構造がよく表れた楽曲である。
7. Insulin
「Insulin」は、アルバムの中でも特に暴力的で短く、攻撃性の高い楽曲である。タイトルは医学的な物質であるインスリンを指すが、Crystal Castlesの文脈では、身体を制御する物質、依存、注射、医療と管理のイメージを喚起する。身体の内部へ直接介入する物質として、非常に冷たい印象を持つタイトルである。
音楽的には、ノイズとビートが強く押し出され、曲はかなり荒々しい。長く展開するよりも、短時間で暴力的な衝撃を与える。過去作にあったパンク的な爆発力が、本作の暗い音像の中で凝縮されている。シンセは刺すように鋭く、ビートは攻撃的である。
Alice Glassのヴォーカルも、ここではより破壊的に扱われている。声は人間的な歌としてではなく、音響の衝撃の一部として機能する。身体を制御する物質のタイトルを持つ曲で、声が制御不能なノイズとして現れる点が興味深い。
「Insulin」は、『III』の中で短いノイズ的爆発として機能する楽曲である。アルバム全体の冷たい統一感の中に、突発的な暴力を挿入し、聴き手の身体を強く揺さぶる。
8. Transgender
「Transgender」は、『III』の中でも特にタイトルが強い意味を持つ楽曲である。性別、身体、アイデンティティ、社会的な分類、自己の変容といったテーマが、この一語によって想起される。Crystal Castlesの音楽において、身体はしばしば固定されたものではなく、電子音の中で歪み、変形し、匿名化される。この曲はその感覚をタイトルの段階で明示している。
音楽的には、シンセのメロディが非常に印象的で、アルバムの中でも強い浮遊感を持つ。ビートは重く、全体に暗いが、メロディにはどこか透明な美しさがある。この美しさは解放的でありながら、同時に孤独でもある。アイデンティティの変容は自由であると同時に、社会的な暴力に晒される可能性を伴う。その二重性が音に反映されている。
Alice Glassの声は、ここでも加工され、性別や身体の輪郭が曖昧になる。声は女性的でありながら、電子処理によって人間的な特定性から離れていく。これは、タイトルが持つテーマと深く関係している。Crystal Castlesは、声を加工することで、身体の固定性を揺るがしている。
「Transgender」は、本作の中でも特に重要な楽曲である。社会的な分類に対する不安と、変容する身体の可能性を、暗く美しい電子音として表現している。Crystal Castlesの音楽が持つ、身体とアイデンティティへの不穏な関心がよく表れた一曲である。
9. Violent Youth
「Violent Youth」は、タイトル通り「暴力的な若者」を意味し、Crystal Castlesの音楽における若さ、怒り、反抗、破壊衝動を示す楽曲である。ただし、ここでの若さは明るいエネルギーではない。むしろ、社会によって追い詰められ、暴力へ向かうしかない世代の姿として描かれている。
音楽的には、ビートは硬く、シンセは暗く、曲全体に緊張がある。初期Crystal Castlesのような無邪気な破壊性ではなく、より重く、疲弊した暴力である。若者の暴力は自由な衝動ではなく、抑圧への反応として響く。
Alice Glassのヴォーカルは、ここでも不穏に加工され、個人の声というより集団的な不満の断片のように聴こえる。若者たちは個別の名前を持つ存在ではなく、社会からまとめて危険視される存在として扱われる。その匿名性が、曲の冷たさと結びついている。
「Violent Youth」は、『III』における社会的な不安を強く示す楽曲である。暴力を賛美するのではなく、暴力が生まれる環境の冷たさを音として表している。Crystal Castlesのパンク的な精神が、より暗く社会的な形で現れた曲である。
10. Telepath
「Telepath」は、アルバムの中で比較的抽象的なタイトルを持つ楽曲である。テレパシーは、言葉を使わずに思考や感情を伝える能力を意味する。Crystal Castlesの音楽では、言葉はしばしば聞き取りにくく、声は加工される。そのため、「Telepath」というタイトルは、言語を超えた伝達、あるいは言語が破壊された後に残る感覚の通信を示しているように響く。
音楽的には、シンセの反復とビートが冷たく配置され、曲は暗い空間の中を進む。メロディはあるが、はっきりとした感情表現というより、意識の中に直接流れ込む信号のように聴こえる。Crystal Castlesの音楽が持つ、機械的でありながら霊的な感覚がよく表れている。
ヴォーカルは、言葉の意味よりも音として機能している。まるで誰かの思考がノイズを通じて送信されているようである。ここではコミュニケーションは明確ではなく、断片的で不安定である。相手に届いているのか、届いていないのか分からない。その曖昧さが曲の魅力である。
「Telepath」は、本作の中で音響的な通信や意識の接続を感じさせる楽曲である。Crystal Castlesの電子音は、身体だけでなく、精神そのものを侵食するように響く。
11. Mercenary
「Mercenary」は、「傭兵」を意味するタイトルを持ち、戦争、雇われた暴力、金銭による支配を連想させる楽曲である。『III』全体に漂う政治的な不安や暴力性が、この曲ではより直接的に軍事的なイメージと結びつく。傭兵は国家や信念ではなく、報酬によって動く存在であり、暴力の倫理的な空洞を象徴している。
音楽的には、ビートが非常に硬く、機械的である。曲は冷たい軍事行進のようにも聴こえ、シンセの反復が暴力のシステム化を感じさせる。Crystal Castlesの電子音はここで、戦争機械のように機能する。人間の感情よりも、命令、契約、動作が前面に出る。
Alice Glassの声は、曲の中で人間的な抵抗の痕跡として響く。しかし、その声も電子音に飲み込まれ、完全な主体としては立ち上がらない。この構造は、戦争や権力の中で個人がどのように消費されるかを音響的に示しているように感じられる。
「Mercenary」は、『III』の政治的暗さを支える重要な楽曲である。暴力が個人の怒りではなく、制度化された仕事として存在する世界。その冷たさが、硬質なビートと無機質な音像によって表現されている。
12. Child I Will Hurt You
アルバムの最後を飾る「Child I Will Hurt You」は、『Crystal Castles (III)』の中でも最も静かで、最も不穏な楽曲である。タイトルは「子どもよ、私はあなたを傷つけるだろう」という意味を持ち、非常に直接的で痛ましい。無垢、保護、暴力、世代間の傷、親密な関係の中に潜む加害性が、この一文に凝縮されている。
音楽的には、これまでの硬いビートやノイズから一歩離れ、静かで冷たいシンセ・バラードのように響く。テンポは遅く、音数も抑えられている。だからこそ、タイトルの言葉が強く迫る。激しい曲よりも、この静けさの方が恐ろしい。暴力は叫びとしてではなく、静かな予告として現れる。
Alice Glassのヴォーカルは、ここで特に幽霊的である。彼女の声は近いようで遠く、子守唄のようでもあり、警告のようでもある。子どもに向けられた声でありながら、そこには安心ではなく不安がある。この歪んだ子守唄の感覚が、曲の核心である。
歌詞のテーマは、無垢な存在が避けられず傷つけられる世界を示している。暴力は外部からだけ来るのではなく、親密な関係や保護を装った場所からも来る。アルバム全体が描いてきた社会的な暴力、身体の搾取、制度への不信は、最後に最も弱い存在である子どもへ向けられる。この終わり方は非常に重い。
「Child I Will Hurt You」は、『III』の終曲として極めて重要である。アルバムは大きな爆発ではなく、静かな恐怖で終わる。救済は提示されず、ただ傷つけられる予感だけが残る。Crystal Castlesの暗黒性が最も純度高く表れた、忘れがたい楽曲である。
総評
『Crystal Castles (III)』は、Crystal Castlesの作品の中でも最も暗く、統一感があり、社会的な不安を強く帯びたアルバムである。デビュー作の荒々しいチップチューン・パンク的衝動や、『II』のメロディアスで多彩なゴシック・エレクトロとは異なり、本作は最初から最後まで冷たい終末感に貫かれている。音は踊れるが、祝祭ではない。メロディは美しいが、救済ではない。声は人間的だが、電子音の中で消されていく。
本作の最大の特徴は、音響とテーマが非常に強く結びついている点である。疫病を示す「Plague」、燃料と破壊を示す「Kerosene」、神の怒りを示す「Wrath of God」、身体の脆さを示す「Pale Flesh」、性と身体の変容を示す「Transgender」、制度化された暴力を示す「Mercenary」、そして子どもへの加害を示す「Child I Will Hurt You」。これらのタイトルは、単なる雰囲気作りではなく、アルバム全体の倫理的な暗さを形作っている。
Crystal Castlesの音楽はしばしば、ノイズとポップの間にある。『III』でもそれは変わらないが、そのバランスはより暗い方向へ傾いている。「Kerosene」「Affection」「Sad Eyes」「Transgender」には明確なメロディがあり、ポップ・ソングとしての魅力も強い。しかし、そのメロディは明るい解放へ向かわず、閉ざされた空間の中で反復される。美しさがあるからこそ、アルバムの残酷さが際立つ。
Alice Glassの存在は、本作の感情的な核である。彼女の声は、叫び、囁き、遠い反響、機械的な加工を通じて、さまざまな形で現れる。だが、どの形でも共通しているのは、声が安全な場所にいないということだ。彼女の声は常に何かに追われ、押し潰され、歪められている。それは本作が描く世界の中で、人間の身体や声がどのように搾取されるかを象徴している。
Ethan Kathのプロダクションは、非常に冷たく、硬質である。ドラムは人間的な揺れよりも機械的な圧力を持ち、シンセは温かいパッドではなく、刃物や霧のように機能する。音像には強いリバーブと歪みがあり、聴き手は広い空間にいるようで、同時に逃げ場のない閉塞感も覚える。この矛盾した空間設計が、本作の不安を強めている。
『III』は、明確なストーリーを持つコンセプト・アルバムではない。しかし、曲順を通して聴くと、疫病、火、神罰、身体、悲しみ、暴力、変容、戦争、子どもの傷というイメージが連鎖し、ひとつの終末的な世界が立ち上がる。これはダンス・ミュージックのアルバムでありながら、現代社会の暗部を音響的に描く作品でもある。
過去作と比べると、本作には遊びの感覚が少ない。初期Crystal Castlesにあった、壊れたゲーム機のような悪戯心や、暴力的なポップの楽しさは後退している。その代わりに、本作には重さがある。聴きやすさや即効性では『II』に劣る部分もあるが、アルバム全体の暗い一貫性という点では非常に強い作品である。
日本のリスナーにとって『Crystal Castles (III)』は、エレクトロニック・ミュージックを単なるダンスやポップではなく、社会的不安、身体の痛み、終末感を表現する手段として聴くための重要なアルバムである。インダストリアル、ダークウェイヴ、ウィッチハウス、ノイズ・ポップ、シンセパンクに関心がある場合、本作の冷たい質感は強く響くだろう。
総じて『Crystal Castles (III)』は、Crystal Castles第一期の終幕にふさわしい、暗く美しい電子音楽アルバムである。踊れるビートの中に暴力があり、甘いメロディの中に死の気配があり、加工された声の中に傷ついた身体がある。救いのない世界を、冷たいシンセと幽霊のような声で描いた、Crystal Castles屈指の重要作である。
おすすめアルバム
1. Crystal Castles – Crystal Castles (II)(2010)
Crystal Castlesの代表作のひとつであり、ノイズ、ゴシックなメロディ、シンセパンク、エレクトロニック・ポップが高い完成度で融合した作品。『III』よりも多彩でポップな側面が強く、バンドの美学が最もバランスよく表れたアルバムである。
2. Crystal Castles – Crystal Castles(2008)
デビュー作であり、チップチューン、ノイズ、エレクトロクラッシュ、パンクの衝動が混ざり合った荒々しい作品。『III』の暗さとは異なり、壊れたゲーム機のような暴力的な遊戯性が強い。Crystal Castlesの原点を理解するうえで欠かせない。
3. Crystal Castles – Amnesty (I)(2016)
Alice Glass脱退後、Edith Francesを迎えた新体制でのアルバム。『III』の暗い方向性を継承しながら、より冷たく、幽霊的で、インダストリアル寄りの音像へ向かっている。Crystal Castlesの後期的な暗黒性を知るために重要な作品である。
4. SALEM – King Night(2010)
ウィッチハウスを代表する作品。重く濁ったビート、加工されたヴォーカル、ゴシックで不穏なシンセが特徴で、『III』の暗く沈んだ音像と強い親和性がある。より遅く、濁った電子音楽として関連性が高い。
5. HEALTH – Get Color(2009)
ノイズ、インダストリアル、エレクトロニック、ポストパンクを融合したアルバム。Crystal Castlesと同じく、身体的な攻撃性と電子音の冷たさを併せ持つ。『III』の硬質なビートやノイズ的な質感に惹かれるリスナーに適した関連作である。

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